第42話「ついでに殺っとく?」




 第四十二話『ついでに殺っとく?』




 今日のメチャもキレてるな。


 チキン=シャバゾウ氏族の男達に腰布を剥ぎ取られ、組み敷かれながら泣き叫んでいた小さなゴブリンの女性が、今や浅部を代表する猛者に成り上がった。


 ハゲ散らかっていた悲しい頭部の面影など微塵も無く、濡羽色の光沢を持つ黒髪は肩まで伸び、千切れそうだった『柔ちゃんテール』は可愛らしいサイドテールとなって風に揺れる。


 臭ってきそうだったイボイボの肌は薄紫色の瑞々しく艶のある柔肌に、それで食事が出来るのかと疑問を抱かせる乱杭歯は美しく整い、綺麗な歯並びと鋭過ぎる上下の犬歯、小さな口から覗くその白く美しい犬歯が日の光を浴びてキラリと輝く。


 新しくこしらえた道着の胸元を持ち上げるソレは、汗を吸った木綿の肌着に喝采を贈りたくなるほど密着し、道着の開いた前襟から双山の渓谷を拝ませてくれる。


 パンツの概念は要らない、元日本人の俺をしてそう言わしめる臀部と道着の『下履き』との見事な一体感。下履きとは道着のズボンの事です。最高です。


 そこまで下履きを喰い込ませて良いのか?


 確かに、少なくとも日本の男子は道着の下は裸だ、下着など着ない。しかし女子は違う。上下ともに下着を着ける。


 だがメチャは……


 稽古に励む彼女にストップを掛けようと何度も思うほど、危険な、実に危険で挑発的な喰い込み。


 しかし、止めに入ろうとする俺の肩を、腰布の一部分が盛り上がったジャキが掴み、優しい笑顔で首を横に振る。


 ヤレヤレ、困ったヤツだ。俺は苦笑しながらアホな弟分と肩を並べ、同時に股間の盛り上がりも並べた。


 ゴブリンやコボルトの男性陣が、俺を止めたジャキの行動に「イェス!!」と拳を握って素敵な笑顔を見せる。


 彼らの嫁さん達が、とても良い笑顔で旦那を見ていた。



 今や眷属達のアイドル、メチャ・ディック=スキが最後の組手を終え、肋骨を数本持って行かれた感じで痙攣しているシタカラに一礼し、俺の許へ走り寄って来る。


 お疲れさん、そう言って彼女の肩を叩き、怪我は無いかと体中を撫で回す。



「んぁっ、け、賢者、さまぁ、あ、あ、あ……」



 メチャが目をバッテン化させ、なまめかしいかしい声を上げた。

 オカシイナー、何故、彼女がそんな声を上げたのかワカラナイが、怪我は無さそうだ。ヨカッタ。


 ジャキが走ってガールズの所へ向かった。昼だしな、飯だよな?

 他の男衆も嫁さん達を連れて走って行った。妊婦は大事に扱え。


 バッテン化が治まらないメチャを肩に座らせ、昼食の為に駐屯所の第一砦まで向かう事にする。


 足下に寝そべっていたスコルとハティが俺の後を追い、彼らの口にはカストルとポルックスが咥えられている。


 メチャが二十三人殺しを達成してから今日で10日だったか、彼女は力を得ても相変わらずオドオドしたまま、だが、変わる必要はない。


 彼女は『殺る時はヤる』と俺や皆に示した、大事な時に実行出来る決断力と胆力が備わっていれば、普段の態度や大人しい性格など気にする事もない。


 むしろ、それは失ってはいけないモノだろう。脆さや弱さを捨てた悪鬼羅刹など、俺一人で十分だ。オシメの取れないコイツらじゃぁ、悪鬼に呑まれてあの不気味な人間モンスターのようになるかも知れない。


 それは絶対に阻止する。

 俺のカルマがどんなに深くなろうとも、必ずだ。


 いずれ、そんな俺は疲れが溜まる。

 その疲れを癒す特効薬は、メチャのように大事なモノを失わない眷属の笑顔、悪鬼の微笑みじゃぁ疲れが溜まる一方だ。


 そうだろう?

 俺は軽くメチャの太ももに頬を寄せ、彼女の温もりに感謝した。


 俺に頬を寄せられた右肩に座るメチャが、彼女の太ももを支える俺の右手を両手でギュッと掴んだ。


 まったく、バッテン化を悪化させるほど恥ずかしいなら掴むなよ、なんて事を俺が思うはずもなく。頬を寄せられた事に赤面したのかと思い、手を握り締めた理由を聞く。



「どうした? 俺の頬毛がチクチクするのか?」


「いえっ、あの、あのっ、お、おっきな、キノコ様を、あの、わた、私がっ、お鎮めっ、致しまふっ!!!!」


「ん? あぁ、困ったな、いつの間にか充血してしまったようだ」


「ほぁぁぁ、じゅ、充血っ、ほぁぁぁ」

「ハッハッハ、お前には、まだ魔王退治の助手は務まらんな」



 メチャのホッコリする純心は貴重だ。

 ケガシテハイケナイ……


 俺は断腸の思いでピュアなメチャを肩から降ろし、血涙を滝の如く流しながら男子便所へ向かった。


 昼間からツバキ達の世話になるわけには……いかんのだ。



『妖蜂族士官の入浴映像がありますが』



 どうやら、真っ昼間から世話になりそうだぜ。


 ――と、思っていたら、邪魔が入った。


 邪魔したのはヴェーダだが、その原因を作ったのは、この大森林を『支配・管理』していらっしゃる地方領主様の“お転婆お嬢様”だ。


 ヤレヤレ困ったな~。

 10日前に納めてもらった“年貢”を問い質しに来るらしい。


 少しばかり徴収し過ぎたかねぇ。でも――


 ――たった二十四人の人身御供だぜ?

 24/2千万、約0.0001%の優しい税率!!


 百姓一揆になる前に、お仕置きが必要だな……




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……ふぅ」

『お邪魔ではなかったようですね』


「息子の躾は、増長する前に、だ」

『大事な息子をそんなに真っ赤になるまで……ムゴイ』


「俺の教育に、口を出すな…… コイツに同情するなら、もっとソフトな映像をお願いします、割と本気でお願いします。僕の大好きなポイントにばかりズームインしないでください」



 まったく、ヴェーダの“名カメラマン”ぶりには、さすがの俺もお手上げだぜ。


 下半身が敏感過ぎる十八歳の猿人にとって、眷属全ての視界がカメラとなるヴェーダにより撮影されたAV(アニマルビデオ)は、拷問と言っても過言ではない。


 停止ボタンや巻き戻しボタンの操作も要らず、常にベストシーンのベストアングルを毎回違った妖蜂族の女性達で映し出す神業、そんなアングルがあったのかと世界の著名な映画監督達も唸る妙技、実質カメラマンが存在しない空間で繰り広げられる乙女達のリアルな事実ファクト……


 俺の右腕前腕は腫れ上がり、握力は半減、痙攣が止まらない。

 腹筋と両脚、肛門括約筋は“足ピンエクスタシー”による後遺症で力が入らず、右腕と同様にプルプル状態だ。


 俺をここまで追い込んだのは、お前が初めてだぜ。



『それで、お転婆娘とギルドへの対処は如何様いかように?』


「お、おう。お嬢さんの出発はいつだ?」

『三日後、到着は四日後の深夜か五日後の早朝ですね』


「三日後か…… 『偵察蟲』は今何匹送ってる?」

『蜜蜂が百、その蜜蜂一匹につき蟻三匹が張り付いて飛行しました』


「蜂が百に蟻が三百か、少ないな、五倍にしろ」

『了解しました。増援の偵察蟲は約一時間後に街へ到着します』



 俺の眷属となった蟻と蜂、俺は彼らをラヴの居る街に潜伏させている。


 体長10cmを超す蜂達は目立つ、よって日中はラヴの影沼などに隠れている。


 蟻達は体長が3cmと小さいが、どう見ても普通の蟻じゃない、だが、彼らには地中を自由に移動出来る能力を備えているので、誰にも見つからず地面からヒョッコリ顔を覗かせて偵察している。非常にお利口さんだ。



「情報収集は順調か?」


『騎士団員はラヴを通して把握しておりますが、“メーガナーダ”の七名で壊滅可能です。冒険者の両段持ち、高ランカーにも脅威となる者は居りません。今回のお転婆娘は街の最高ランカーですが、ラヴの影沼にすら手を焼くレベルです』


「そうか、そう言えばメーガナーダの奴らまた進化したのか? 一応、眷属最初の進化達成者はメチャにしておくけどよ、アイツらが戻って来たら英雄だぞ?」


『彼らに名誉栄達は必要ありません。貴方とアートマンに存在を認めて貰うだけで十分です。現在はホブが四名、ハイが三名、次の進化はまだ先です』


「そうかい、体をいとえと伝えておいてくれ」

『……伝えました。興奮しているようです、修行が足りませんね』


「ハハハ、さて、ギルドとお転婆娘への対応は、午後のお勤めを済ませてからノンビリ考えよう」


『では、そのように』



 正直言って、ヴェーダが『脅威無し』の答えを出した時点で、作戦会議終了と言っていい。


 要は、先制攻撃を有りにするか無しにするか、それを俺が決めるだけだ。


 さぁ~て、専守防衛の国から転生したゴリラは、どっちを選ぼうか。

 困ったなぁ、ナヤンジャウナー。




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