第41話「羅刹の生贄」其の三




 第四十一話『羅刹の生贄』其の三




 三人の男と一人の女が集まって周囲を見渡す。

 この四人は斥候職、自分達の周囲に違和を感じている。



「何か…… 様子が変だ」

「うん、ピリピリしている」

「見られている、か?」

「空と地面からも、何かを感じる」



 四人の様子を訝る他のメンバー達が森のあちこちに目を遣った。


 俺は奴らの北側に立ち、森の中から一人一人鑑定していく。

 斥候4、回復4、弓4、攻魔4、戦士8。

 平均レベル21、平均総合力3,000、メチャの脅威となる存在は一人、コボルトの皮を楽しく侮辱している『水魔法』持ちのアバズレのみ。


 ジャキと眷属達に『囲め』と指示を出して10分ほど経過した。

 包囲完了をヴェーダが告げ、俺は“小石”を浮かせる。

 俺が指定した場所の包囲を解かせ、眷属達に一時避難してもらう。


 久しぶりの【飛石】、少しばかり大きめの小石だが、受け取ってくれ。



 大きさはソフトボールほどある小石が、俺の視界から消えた。


 その瞬間、森に木霊こだます爆音。


 アバズレの上半身は消え、向かいの大木が爆散した。

 戦車砲だったか? 相変わらずの威力だ。


 開戦の狼煙が上がり、ジャキとスコル&ハティが包囲を狭める。

 冒険者達は仲間が死んだ事にも気付かず、爆発の起こった森を呆然と眺めていた。


 やがて斥候の四人が異変に気付き、叫んだ。



「「「「囲まれたっ!!!!」」」」



 北から俺とメチャ、南からジャキ、東からスコル、西からハティ、俺達の隙間を狼達が埋め、その狼達の後ろにヴェーダが鍛えた『メーガナーダ』の七人が七方に控えた。アレ? アイツら体がデカくね?


 そう思ったが、今は置いておく。

 俺達は侵入者共の眼前に、その身を晒した。


 大猩々化しながら現れた俺の巨体と異形に驚き、居るはずのない中部のジャキに恐怖し、白金の大狼スコルに腰を抜かし、漆黒の大狼ハティにド肝を抜かれ、道着を着た小さなメチャに安堵を覚える侵入者。


 メチャを侮っている、好都合だ。


 俺はメチャに「殺るか?」と聞いた。

 メチャは「や、殺りまふっ!!」と言った。


 人間との意思疎通は翻訳の魔道具が必要だ、ラヴも翻訳の指輪を付けられている。

 しかし、俺には関係無い、加護を持つ眷属達も人間の言葉は理解している。


 俺はメチャの頭を撫で、侵入者に告げた。



「一対一でこの娘と戦え、勝った者は逃げる猶予を与える」



 そう、猶予だ。のがしはせんよ。

 ジャキがヒュ~と口笛を吹く。リアクションが古い。



 人間達は俺の言葉を聞いて、「信じられるかそんな事っ!!」と、異口同音に声を発したが、俺が軽く威圧を放ち「ならば今死ぬか?」と聞くと、全ての侵入者が顔面蒼白となり、改めてメチャに視線を向け、賭けに出た。


 一番体の大きい戦士の男が一歩前へ出る。

 メチャは俺の顔を一度見て、男の方へ眼を向けると、自分の両頬をパチンと手で叩き、気合を入れて男の前に立った。


 メチャと初戦を飾ろうとする男に斥候の一人が声を掛ける。



「モブス、油断するなよ、さっきの爆発を忘れるな」

「油断? 少し色の違うメスゴブリンの何に油断す――」


「えいさホァ!!」


「ガッッ!!」

「「「モブスゥゥゥ!!!!」」」


「えいシャおらぁ!! えいシャおらぁ!! えいシャー!!」

「ごがっ、ごがっ――ッッ!!」


「モ、モブス、そんな、馬鹿な……」



 メチャの前蹴りが金的に炸裂、両膝を突いたモブスの頭にメチャが両手を回して固め、顔面崩壊必至の膝蹴り三連発。


 最後の一発でモブスの頭蓋骨が粉砕され、血と脳漿を地面に撒き散らしながら仰向けに倒れた。


 メチャのレベルが三つ上がり、奴らの勝利が遠退く。


 不意打ちなんて汚いぞ、そう言って侵入者達がメチャを非難し罵倒する。


 面白過ぎるなコイツら。



「黙れ、お前達の“狩り”は不意打ちが常套手段だろうが」


「ば、馬鹿な、コレは試合じゃないか!!」


「いいや、俺達の“狩り”だ」



 よく喋る斥候の男が絶句する。

 逃げようとした数名をスコルとハティが威嚇して動きを止めた。


 上半身を失って最初に死んだ女の脚を掴み、ジャキが侵入者達へ放る。


 逃げればこうなる、ジャキの優しい忠告だ。

 侵入者共はそこで初めて、女が死んでいたのを知り、驚愕した。


 やがて侵入者共は額から汗を垂らしながら忙しく黙考し、メチャと勝負するしか道は無いと諦め、腹を括って次の対戦者を大森林のリングに上げた。


 ようやく静かにハンティング出来るな、メチャ。


 次の相手はよく喋る斥候の男だった。

 両手にナイフを持ち、姿勢を低くして構える。


 メチャは右足を引き半身に構えて動かない。

 斥候が前に出て右手のナイフを真っ直ぐ突き出す。



「死ねオラァ!!」

「たーっ!!」



 メチャは左足の前蹴りで男のナイフを腕ごと跳ね上げると、蹴り出した左脚の膝を曲げ、腰の回転と脚の筋肉だけを使い、ガラ空きの右脇腹に中段左回し蹴りをお見舞いする。


 打撃をレバーに受ける稽古など受けた事も無いであろう斥候の男は悶絶、左手のナイフも放り投げ両手で腹を押さえる。


 メチャはうずくまる男の背後に立ち、膝を曲げて身を屈め男の腰に両腕を回し、己の左手首を右手でしっかり掴むと、勢いよく脚を伸ばして男を持ち上げて後方へ体を反らし、そのまま後ろへ倒れるように男の頭を地面めがけて豪快に叩き付けた。


 ジャーマン・スープレックス、プロレスで使用される大技だが、“良い子はマネすんな”の一言に尽きる。


 柔道の投げ技全般、プロレスの『バックドロップ』も同じ事が言えるが、頭部から地面に叩き付ける体術は、ルールに守られた畳やマットの上以外で使用すると、死亡するか身体に重度の障害を残す。


 今回のように、殺す目的で使われた場合、十中八九、死ぬ。

 斥候の男は首と頭蓋骨を変形させて死んだ。


 そして再びメチャのレベルが二つ上がった。


 強いヤツから順に来ると、その分メチャのレベルも上がり易くなり、後に控えた者の勝ちは絶望的となる。


 ハッキリ言うと、コイツらはもう詰んだ。

 後は消化試合と言ったところだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 メチャはその後も淡々と勝利を重ねた。


 魔法使いの三人は、詠唱途中で喉に貫手を喰らってダウン、そのままメチャに絞め殺された。


 回復職の四人は上段右回し蹴りでダウン、全員が首の骨を折って即死。


 斥候職を絞め技で三人仕留め、四人の弓持ちを回復職と同じ姿に変え、顔面への膝蹴りと貫手による眼孔破壊で戦士を四人仕留めた後、メチャのレベルが30に達し、凶悪な美貌の鬼娘に進化。


 残った戦士三人は、進化したメチャに命乞いしたが、そんな面白い頼み事にメチャが耳を傾けるはずもなく、三人纏めて羅刹女様に殺された。


 最後の三人は腹側部への右回し蹴りで殺されたが、その体は上下で分かれる形となっていた。


 血に染まった麻布の道着を着たメチャが、オドオドしながら俺の前に歩いてきた。


 俺は彼女の頭を撫で、さりげなく角を触り、さりげなく頬と唇に触れ、さりげなく胸と臀部に視線を遣って、彼女の武勇を讃えた。魔王は絶賛していた。



 にっこり微笑むメチャ、拍手を贈るジャキ、尻尾でメチャを叩くスコル、ハティはツンデレーションを起こしてツンとしているが、尻尾は揺れていた。



 メチャを労った後、俺は飛石で大地に穴を開けると、皆でそこに魔核を抜いた“ゴミ”を放って片付け、コボルトの亡き骸を西浅部の集落に届けてから、拠点へ戻った。


 人間の魔核は初めて見た、体のサイズで若干の違いはあるが直径2㎝ほどのビー玉と変わらん。魔獣の魔核より小さい。


 魔核は純度が高ければピンクから赤に変わり、やがて黒くなるが、こいつらの魔核は汚ぇ桃色だった。




 既に日は暮れ、暗闇が南浅部の森に静かな時間の訪れを告げる。


 自分の脚で走ります、そう言っていたメチャを強引に担いで帰った。

 道着が小さ過ぎてムッチムチになったメチャの姿は、その日の嫌な気分を吹き飛ばしてくれるほど、挑発的で魅力的だった。



 こうして、俺達は最初の対人戦を終えた。




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