第40話「羅刹の生贄」其の二




第四十話『羅刹の生贄』其の二




 侵入者の数は男女合わせて二十四、立ち位置からすると4パーティーと推測。


 ヴェーダが全員の身体能力を把握、蟲の目で見てもアユスヴェダを使える恐ろしさ。さすがです。


 そこで、ヴェーダが『鳥を殺せと兵隊蜂に命令を』と言いだした。


 意味は判らなかったが、急を要するのだと判断した。

 ヴェーダが説明も無しに殺生を促すはずが無いからだ。


 俺は急いで蜂達に指示を出す。


≪ヴェーダが指定した『鳥』を殺せ≫


 一分も経たずに『完了』の報告が入った。

 眷属化した蜜蜂はスズメ蜂よりデカイ。体長10cm以上だ。

 ただの小動物なら一匹でアッと言う間に毒殺出来る。


 ヴェーダが『伝書ポッポ』の事を教えてくれた。

 なるほど、ポッポ、テメェは敵だったと理解し、合掌した。

 このまま蟲の指揮はヴェーダにゆだねる。


 人間達が鳥籠のポッポ死亡を確認し慌てているとヴェーダが言う。


 蜂達には上空から、蟻達は地上から、人間達に近付き過ぎないように見張らせる。


 10分ほど経過、人間達はそのまま浅部に侵入する事が判った。

 浅部南西、俺の縄張りと西のリザードマンの縄張り周辺だが、リザードマンはチョーに虐殺され、その数を大きく減らしている。


 ここは、俺が行って対処するべき、そう判断した。

 ヴェーダが眷属ネットで事の次第を報告。

 さらに、スコル&ハティに狼達を連れて先行を指示。

 俺が立ち上がると眷属の皆も立ち上がった。


 俺は心強いと思いながらも皆を座らせ、拠点防衛に努めるよう指示した。


 だが、ジャキとメチャは座らず、俺の横に立っていた。

 カストルとポルックスはミミズを叩いて遊んでいる。


 ジャキガールズは新たなメンバーを3人加え48人となっていたが、彼女達は巫女衆と共に拠点防衛へ回るようだった。



 俺はジャキとメチャを連れ、ヴェーダナビに従って森を駆けた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 俺はメチャを肩に座らせ、ジャキと共に森を駆けた。


 人間を見る、人間に会う、そこに恐れや戸惑いは無い。

 ただ、アートマン様が仰った『大義を得る』という姿勢は、縄張りを広げる時以外にも必要な事だと思った。


 大森林の浅部に侵入した二十四人の人間。


 普段から浅部への侵入はあった、俺の知らないところで魔獣や魔族が狩られていたのだ。だが、今回は違う、俺は蟲の眷属から人間の侵入を聞いた。


 今回侵入してきた人間達の目的は何か?

 俺は大義を得る為に知る必要がある。


 奴らは魔族を狩りに来たのか、それとも生け捕りに来たのか。


 人間が浅部で生け捕る必要があるのは、酒やローヤルジュース等を生み出す妖蜂族と妖蟻族、産んだ卵を食用とする為の北浅部に住む妖鳥族ハーピー、その邪眼を様々な用途で利用される妖蛇女ようじゃめラミア、河や湖でボート曳きとして使役される妖水蛇ナーガ。


 それ以外は、各種『テイマー』による魔獣や魔性生物のテイム。

 広義の意味では、魔族も魔獣も人間も魔核を持つ魔性生物だが、一般的にはスライムや蟲といった狭義の方を指す。


 魔族をテイムする事は出来ないが、隷属の魔道具や魔法を用いてラヴのように服従させる事も出来る。ゴブリン等の下級魔族を『従魔』として使役するモノ好きは少ないだろう。


 従魔の大半は魔獣だ、魔族で従魔扱いされる者は極僅かである。

 従魔と言えば聞こえは良いが、実際は奴隷以下の扱いだ。



 人間の白人種に容姿の似た金髪翠眼の長命な『白エルフ』は、男女共に性奴隷が主な“使い道”。


 女性は魔力が高くても『魔力タンク』としてではなく性奴隷として扱われる場合が主だが、男性はその高い魔力を用いた魔道具等の魔力補給や補充、魔導兵器の魔力増槽として扱われる事も少なくない。


 低身長だが筋骨逞しいドワーフ族はその冶金技術や鍛冶技術を買われ、主に鍛冶ギルドで労働を強いられる。女性のドワーフも同様だが、彼女達は男性ドワーフの子を生み続けなければならない。


 出産出来なくなれば鍛冶仕事へ回されるが、その頃にはもう初老だ、鍛冶スキルを上げるヒマも無かった彼女達に、これ以上何をしろと言うのか。


 ヴァンパイアはその不死性の究明や長命故の知識を求めて追われ、見目麗しいその容姿と強さが従魔としての価値を高め、彼らを使役する人間の虚栄心を腐った喜びで満たす道具とされる。


 人化能力と凄まじい身体能力を持つ人狼や人虎は、戦争の矢面に立つ戦奴や闘技場の闘士にされる。しかも、彼らを執拗に狙うのは“獣人”である。


 それは嫉妬が生み出す愚かな行為。獣人よりも強く、人化出来る“魔族の獣人”など認めるわけにはいかないらしい。彼らは獣人ではないというのに。


 このように理由は多々あるが、人間に近い容姿の魔族ほど“需要”が生まれる。


 捕らえられた者達は人間界のヒエラルキーに於いて最下層、メハデヒ王国では死刑囚のさらに下の存在である。


 白エルフ以外は『不可触種』と呼んでも過言ではない。



 そしてこの南浅部には、地下に潜む妖蟻族以外、人間が生け捕りにする必要のある魔族は居ない。


 魔族ではないがナイトクロウラーと言う体長1mほどの巨大な蟲が居る、コイツらは大きな『ヤママユガ』と言っていい。


 その繭から作る美しい“翡翠糸ハイエロ”は、非常に高値で取引されるため乱獲がはなはだしく、現在の浅部では中部との境目にしか生息していない。


 今回ナイトクロウラーは生け捕り対象から除外されていると思うが、大森林で絶滅種を出すのは気分が悪い、コイツらも俺の保護対象だ。


 生け捕り対象から外されているゴブリンやコボルトは新人冒険者の練習台、練習で殺された者達の魔核はちょっとした小遣いだ。コボルトに至っては、死後に牙を抜き取られ、皮も剥ぎ取られる。


 西浅部の南にはナーガ族やラミア族は居ない。そこに居るのはコボルトとリザードマンの二種族、リザードマンもまた、その頑丈な皮や牙を持って行かれる。


 魔獣も同じだが、スコルとハティが遠吠えを使って魔狼の群れを集めたお陰で、浅部に棲むエッケンウルフは全て俺の眷属となって眷属進化している。その為、ヴェーダのネットワークと完璧な指揮がある彼らは、今回侵入した人間に狩られる心配は無い。


 他の魔獣もスコル達に追われて避難するだろう。

 血に飢えたアカカブトゥには出来なかった芸当だ。


 あとは、マハトマ・エッケンウルフの群れを一つ、西浅部南側に布陣させて人間達を牽制しておけば、西浅部の被害は免れる。


 目的地まで残り約180km、このまま走り続ければ四時間後に到着出来る。


 俺が侵入の理由を問うまで、大人しくしていろ、人間。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 日も傾き、西の空が夕焼けに染まる頃、俺達は二十四人の侵入者が集まる西浅部と南浅部の境界へ辿り着いた。


 野営の準備をしている奴らの足下には、狩りに出ていたと思しき四人のコボルト達が無残な亡き骸を晒していた。


 狼達は指定された場所に素早く移動し、コボルトやリザードマンを威嚇して退避させていたが、亡くなった彼らは集落を出て南に居た為、救う事は出来なかった。


 皮を剥がれたコボルト達を見て、メチャは涙を浮かべ、ジャキは無言で空を見上げた。


 俺達より二時間ほど早く彼らの亡き骸を見付けたスコルやハティは、既に哀悼の遠吠えも捧げ終わり、今は身を伏せて人間達をジッと見ている。



 俺は期待していたわけじゃない、ひょっとしたら魔族を“人類の枠”に入れる人間が居るかも知れない、なんて事は考えていない。


 ラヴと出会った場所でも、ゴブリンが無残に殺されていた。

 既に人間の行いは目で見て耳で聞いて理解している。

 そこに『魔族との共存』という幻想が無い事も知っている。


 この世界で魔族と人間が誕生してから現在まで、人間が共存の道を模索した事は一度も無い、個人ですら無い。人・獣人・魔族は互いの主義主張を受け入れない。


 そう言う世界だとヴェーダは言っていた。


 暗中模索は精霊族が一部の妖精族と共に頑張っているが、結果は精霊の従魔化という笑えないものだ。


 人間に魔素の事や共存を訴えかける精霊を捕らえ、召喚獣として契約を結ぶ、本当に笑えない。


 俺はこの世界の人間の事を理解しているつもりだ。

 ただ、その狂気は正しく理解出来ていなかった。


 狂人チョーに感じた狂気とは違う。

 この世界に住む人間が、当たり前の事として魔族に見せる不気味なそれは、ガキの頃俺がイモムシに向けていたモノと同じ。


 呼吸と変わらない、殺害に対して何も考える必要の無い圧倒的強者が持つ邪気ある無心。心に妄念は無いが邪気を含む。


 その“邪心こどもごころ”を向けられる側から見た人間の狂気、それを理解していなかった。


 チョーは支配下にある魔族はなるべく殺さず使役し、自分の居場所を確保した上での計算された狂気。


 目の前に居る冒険者達は『狂気ですらない』狩られる側から見た狂気だ。


 そんな恐ろしい無自覚無意識の邪心を持つ“不気味な生物”を、モンスターと呼ばずして何と呼べばよいのだろうか。


 コボルトの生皮から肉を削ぎ落とす女は、首を揺らしながら鼻歌を歌っている。

 俺達から見れば狂っているが、奴らからすれば作業中の気晴らし。


 何の為にこの森へ入ったのか、そんな事聞く必要は無かった。


 人間と言う化け物モンスターが縄張りに入った時点で、殺せば善かったのだ。


 既に大義は得ていた。


 女の鼻歌を聞きながら、俺と“ヴェーダ”は全員に指示を出した。




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