第39話「羅刹の生贄」其の一




 第三十九話『羅刹の生贄』其の一




 妖蟻帝国と同盟を結んでから二週間ほど経った。


 この二週間は実にハードな二週間だった。

 ハードと言うか、ヘヴィだったトモちゃん関連の事もあるが、二週間の出来事は後述するとして、今は目の前の組手に集中しよう。



「えいシャぉらぁ!! えいシャぉらぁ!!」

「ちょっ、待っ、アイターッス、折れた、折れたっ!!!!」


「一本、それまで。誰か、ミギカラを運んでやれ」



 メチャの下段右回し蹴り右ローキックを左膝の外側に二発喰らったミギカラが倒れ、戦闘続行不可能でミギカラはノックアウト負け。


 メチャがペコリとミギカラに一礼、ミギカラは苦笑しながら軽く右手を振る。


 これで、メチャの組手連勝記録は三百二十四に上がった。

 今のメチャに戦闘訓練や『メチャ逝け』で“まともに”相手が出来るのは、俺とジャキ、スコル&ハティを除けば妖蜂と妖蟻の仕官だけ、格上のジャキに勝った事もある。


 メチャが放つ蹴りは空手のそれだが、曲げた膝から急に飛び出てくる空手やムエタイ等の蹴りは、実戦経験のある兵士達でも初見ではまず避けられない。


 特に左右の上段回し蹴り、いわゆる上段へのスピンキック、単にハイキックと呼ばれるものだが、これにはジャキも面喰らっていた。


 メチャが出した右膝の軌道を先読みし、腹を蹴られると思った矢先に、曲げられたメチャの見えないスネが軌道を変えて出現し、ガラ空きの側頭部を襲う。


 打撃無効のジャキにはダメージを与えられないが、驚いているジャキの股間に『刺突攻撃』である貫手ぬきてをお見舞いしてダウンさせる事も出来た。



 余談だが、『回し蹴り』とは相手に背中を見せる『後ろ回し蹴り』や『後ろ蹴り』の事ではない。『回し蹴り』は後ろに引いた足を前方の相手側面に叩き込む蹴り、クルッと回って相手に背中を見せる蹴りではないのだが、その名前から勘違いしている者が多い。空手家は絶対に間違えない。


 空手を習って日が浅いメチャには、後ろ回し蹴りをなるべく使わないように指導している。敵に背後を見せる蹴り技は、相手の油断を確実に見抜けるようになるまで、実戦では使わせない。


 体重をかかとに乗せて体を前へ回転させる『胴回し回転蹴り』のような博打技は組手でも使用禁止だ。軸足が地面から離れる蹴りは手加減が難しいので、当たれば相手も死にかねん。



 余談はこれくらいにして、先ほどはメチャの強さが際立つ組手だったが、それ以外の理由でもメチャは注目の的だ。特に、ゴブリン達からは憧憬や恋慕の情が籠った熱い視線を、其処彼処そこかしこから注がれている。


 その理由は、彼女がレベル30を超えた事によって進化を果たしたからだ。


 俺の眷属では初となる特殊進化、しかも新種だ。

 その名は『マハトマ・ラクシャシー』、ゴブリンですらない。

『偉大なるアートマンの羅刹女』と言う意味だ。さよならパイズリン。


 メチャのレベルは31、総合力は62万、各種武道スキルは10にも満たないが、彼女の持つ【耐性】は『飢餓耐性』以外全てランクアップし、以下の通りとなった。


【耐性】

『火炎半減』 『物理半減』 『即死・呪殺無効』

『土・金属性半減』 『飢餓耐性』



 魔法は一切覚えていない、魔力も高いしMPも1万に近い、だが、彼女は魔法を学ぶ時間を武道に充てる。

 これはヴェーダも推奨した事だ。武技に魔力を乗せる事を覚えさせ、MPは武技スキルに使わせるらしい。


 ただの正拳突きが『魔拳突き』になる日も近いと思われる。


 さて、何故メチャにレベル30の壁を超える事が出来たのか?

 疑問に思うのは当然だ。浅部では草食の魔獣や獣を倒し続けても、その経験値カルマの低さから、上位種へ至る道のりが長い、厳密に言えばレベル24から上がらなくなる。


 最初の壁であるレベル25、ここを突破するにはカルマを溜め込んだ強者を倒すか、肉食の生物を多く狩る必要がある。


 その強者とは、通常、小エリアボスや歳を重ねた魔族・魔獣の長などを指す。そして、肉食の生物とは、大森林で獲物を狩りカルマを溜める魔族と魔獣の全てを指す。


 即ち、大多数の弱者が占めるこの大森林浅部に於いて、その弱者達がレベル25に達する方法は、強者を殺す事ではなく、肉食の弱者を多く狩るしかない。


 無論、メチャに無駄な殺生はさせないし、無駄な時間も与えない。

 彼女は正当な理由と大森林の掟に従って、自らのレベルを上げた。


 彼女は俺の護衛侍女である。

 彼女は俺から離れる事を恥とする。

 それは戦場に於いても同様。


 女性を戦場に立たせたくはない俺としては、例外や前例を作るのは避けたかった。


 戦場での女性、その扱いはデリケートだ。

 行軍中の水浴び、トイレ、寝床、気遣う部分が多々ある。

 その上、女性兵士に対する敵軍からの扱いが問題だ。


 情報の記録や伝達が発達した21世紀の戦場でさえ、敵女性兵士の扱いは目に余るものだった。


 この大森林で女性兵が捕虜となった場合、まず間違いなく凌辱される。

 捕らわれた先が魔族軍だったなら、命は助かるだろう。

 しかし、人間に捕らえられた場合、魔族の女性は悲惨だ。


 魔族の女性で『実験体』や『装置』として扱われる確率が低いのは『白エルフ』と呼ばれる種族の女性のみ。収納系や転移系スキルなど、人間にとって有益な特技を持たない他の女性魔族は…… 人類を滅ぼそうかと俺が思ったほどの酷い仕打ちを受ける。


 そんな仕打ちを、メチャが受けるなど考えたくもない。


 しかし、メチャの意思は固く、共に戦場へ向かうと言って譲らない。

 眷属であるメチャに対して『命令』すれば話は簡単だが、俺はロボットの家族を持った覚えは無い。何とか説得出来んものかと考えていた。


 そこで、ヴェーダが言った。



『人外の帝王が、戦場に立つ侍女一人を護り通せぬとは…… 驚きですね』



 言ってくれる。

 なるほど、一理ある。

 俺が護ればいい、上等だ。


 俺はメチャの意思を尊重する事にした。だが、条件は付けさせてもらった。


 レベルを上げて進化する。シンプルな条件だが、この大森林浅部では厳しい条件だ。


 だがしかし、天の意思かメチャの強運か、条件をクリア出来る“生贄”が、この南浅部に足を踏み入れた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 あれは妖蟻帝国から戻って四日後の事だった。


 三国同盟を結んだ翌日、アカギとカスガに贈られた『蟲』、魔獣化した虫の事であるが、俺はその蟲達に精気を注ぎ、四千匹の『軍隊蟻』と、千匹の『兵隊蜜蜂』を眷属として使役出来る事になった。


 すると、早速その蟲達が仕事をしてくれた。


 蟲眷属達の『声』が、昼食を摂っていた俺の頭に響いた。


 いわく、浅部の南西に人間が入った、と。


 俺には声しか聞こえないが、既にヴェーダは蟲の目を通して侵入者の姿を捉えていた。



 生贄が、供物を捧げる祭壇へ自ら登った。





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