第38話「北の姫騎士」




 第三十八話『北の姫騎士』




【メハデヒ王国、テイクノ・プリズナにて】



 メハデヒ王国、人口約二千万、この“惑星”における最大の大陸『ユースアネイジア』の中央から少し離れ、その南西に位置する場所に領土を有する大国である。


 メハデヒ王国の南側は海に面しており、海洋国家ほど盛んではないが、貨物船を用いて遠く離れた国との貿易も力を入れている。


 その海洋貿易や交易の影響で、王国の南側は異国人が持ち込む文化と自国の文化が混ざり合い、内陸部では見られない一風変わった料理や娯楽を知る事が出来る。


 メハデヒ王国は東に大国『スーレイヤ王国』と国境を接し、南西に強国『アン・スラクース王国』、北西に宗教国家『メタリハ・エオルカイ教国』と国境を接する。


 そして、メハデヒ王国の北側は『ハイジクララ山脈』が領土を塞いでいる。


 ハイジクララ山脈は、北東から南西へ連なるハイジ山脈と、北西から南東へ連なるクララ山脈が、互いの南に伸びた山脈の先端をメハデヒ王国の北部で交差する形で出来ている。


 その山脈が交差した南部、メハデヒ王国の北部には『スマップの森』と呼ばれる大森林が扇状に広がり、その大森林はメハデヒ王国が築いた長城と山脈の壁によって、人間の住む世界から隔離された状況である。


 メハデヒ王国が、隣国の力を借りて全長約600kmに及ぶ長城を築いた理由、それは、スマップの森最深部に潜む『地竜』と一定周期で起こる魔族大繁殖による二つの脅威を防ぐ為であったが、昨今では無謀な冒険者の最深部侵入を防ぐ役割も兼ねている。


 賞金や名声を求めた冒険者が最深部に居る地竜の逆鱗に触れ、地竜が大森林の魔族と魔獣を全て引き連れ南下などしようものなら大惨事必至、目も当てられない。


 そう言った理由で、冒険者達を擁する冒険者ギルドによる森への“魔物”討伐クエスト等は、国を通した厳格な管理と厳重な監視の下に、王族の契約魔術が施された誓約書に署名した者に限り、公務クエストとして依頼書が発行される。


 誓約書の内容は簡単なもので、大森林の浅部以外に侵入しない事を誓うものであり、一度署名すれば次回から誓約書への署名は免除され、公務クエストボードから自分の冒険者ランクに応じた依頼を自由に受ける事が出来る。



 メハデヒ王国の北部長城付近には、魔物の棲む魔窟が二か所、ダンジョンが一か所存在する。


 魔物を自由に創造し魔窟を自在に拡張できる『コア』、そのコアと何者かが契約し『魔人』となり、魔窟は『ダンジョン』へと昇華し、魔人は『ダンジョンマスター』と呼ばれるようになる。


 メハデヒ王国北部に在る上述した二つの魔窟はマスター不在で、どちらも五階層からなる超低難易度魔窟である。


 この二つの魔窟は山麓に出来た地下下降型で若く、コアが生み出す魔物や宝箱はレベルもレア度も最低値であり、その為、新人や低ランクの冒険者以外が足を運ぶ事は少ない。


 魔窟とは逆に、不老なるダンジョンマスター『魔ドンナ』が二百年掛けて創り上げた総階層数不明の高難易度城型ダンジョン『パパドンプリーチ』は、冒険者ランク『四段』以上の冒険者と入城資格を国から得た騎士のみ立ち入る事が許される。


 冒険者のランクは最低ランクの八級からランクが上がる毎に級数が減り、初級まで上がると『段取り』と呼ばれる昇格試験を経て、合格した者は初段を与えられる。


 現在は八段が最高段位だが、段位の上限は定められていない。


 国や教会等が指定した討伐対象を、依頼された最高段位所持者が討伐出来ず、他の者によって討伐された場合、討伐者と国選最高段位者の試合を行い、討伐者が勝てば新たに最高段位を設けて勝者に与えられる。


 広義の人間、即ち獣人を含む人間が持つスキルレベルにも上記の級と段が用いられ、それぞれ熟練値を上限まで上げる事により昇格する。


 冒険者ランクの段位所持者を『有段者』、スキルの段位所持者を『段持ち』と呼び分けるが、段持ちの者はほぼ有段者なので、どちらで呼んでも『強者』である事は変わらない、それが人々の認識である。


 しかし、冒険者ギルドとしては、組織が擁する優秀な冒険者を他者と区別させる必要があるので、冒険者段位とスキル段位を持つ者を『両段持ち』と呼び、優遇措置を以って強者の囲い込みと低ランカーへの勤労意欲を促しつつ差別化も図り、両段持ちへの公務依頼料引き上げに奔走している。


 その両段持ちへの優遇措置が、若い冒険者達を危険な冒険へ向かわせるのだが、各所に存在するギルドには必ず両段持ちの『まとめ役冒険者』が在籍し、暴走しがちな若い冒険者の手綱を上手く捌き、若者の“ガス抜き”も引き受ける。



 メハデヒ王国北部、フリドメン辺境伯が治める辺境伯領最北の街『テイクノ・プリズナ』に在る冒険者ギルドにも、そんな『まとめ役』が今日も一人、いつものように公務クエストボードを眺めていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 酒と煙草のニオイが充満する不健康な空間、テイクノ・プリズナ冒険者ギルド支部一階、受付カウンターの左側に貼り出された数種の公務クエスト。


 クエストボードに鉄製ピンで貼られた国からの依頼書、その植物繊維で作られたあらい依頼書からピンを抜いて一枚手に取り、女は受付カウンターに居る馴染みの受付嬢に依頼書を見せた。


 青みを帯びた金属『魔力鉄ミスロリ』で作られた薄手の全身板金鎧フルプレートメイルに身を包み、兜だけを右脇に抱えたその女に、受付嬢は一度肩を竦ませ、自分に向けられた依頼書を受け取った。



「今日も一人で『パパドンプリーチ』? 出来るだけパーティーを組んで行かせろって、貴方のお父様とギルド長にお願いされているんだけど、お願い聞いてくれないよね?」


「聞けんな、そんな面倒な事は」


「だよね~、はぁぁ、困ったなぁ、どうしよう、そろそろギルド長の胃も限界なんだよねぇ…… あっ、そうだ、これ明日出される公務依頼なんだけど、どうかな? 四段のシャズリナには簡単過ぎる依頼だけど」



 そう言いながら、受付嬢モブリンコはカウンターの引き出しから真新しい依頼書を一枚抜き取り、目の前の女騎士シャズリナに手渡した。


 シャズリナは肩まで伸びた濃い栗色の髪を揺らし、薄い褐色の肌に少し汗を滲ませ、右手で受け取った依頼書を茶色い瞳で見つめる。左手は剣の柄をもてあそんでいた。


 その様子を苦笑しながら見つめるモブリンコ、彼女もまた、シャズリナと同じ薄い褐色の肌を持ち、髪は黒に近い茶色、瞳は濃い茶色だ。


 メハデヒ王国に生まれる大多数の人間が、二人の様な容姿をしている。


 金髪碧眼に白い肌を持った人間は北の山脈を越えた土地や、西のメタリハ・エオルカイ教国を越えた土地に多く存在する。メハデヒ王国内で黒や茶系以外の髪を持つ“人間”を拝める機会は少ない。


 モブリンコは冒険者達が酒を飲み交わしている場所に佇む『非人』の銀髪を一瞬視界に収めつつ、シャズリナの判断を待った。


 シャズリナが依頼書をカウンターに置き、口を開く。



「森の南浅部から魔族が消え、あの殺人熊も消えた?…… 東の蜂や西の蜥蜴トカゲは? あいつらも消えたのか?」


「十日前に六級の冒険者パーティー四組を調査に向かわせたんだけど、帰って来ないのよねぇ」


「六級が森へ入って十日か…… 長城の第一関所と街までの往き帰りに馬車で三日、第一関所から西浅部まで徒歩で二日、東浅部は遠過ぎてまだ辿り着いてはいない。もし偵察隊が無事なら南浅部南西と西浅部南を調査しているはずだが、初日の調査報告を持った伝書ポッポが帰っていないとなると……」


「うん、それからね、一年と少し前、噂になった事なんだけど、当時ルーキーだった子達が森へ入った時に、『奇妙なハイ・ゴブリン』を見たらしいんだよね」



 さて、初耳だがと小首を傾げたシャズリナだが、続きを話せとモブリンコに目で促す。



「そのゴブリンはね、リザードマンの革を全身に纏って、ニコニコ笑いながらルーキー達に声を掛けて来たらしいの」


「……ウソ臭い話だな、魔素がどうのとわめく妖精族でもあるまいに。野蛮な人外とはいえ、仲間の革を被った魔族など聞いた事も無い。もし居たらソイツは狂っている、まぁ、ゴミがゴミを被っただけの事、どうでもいい」


「やっぱりそう思うよねぇ、でもね、もしこの話が本当だったとしたら、今頃そのハイ・ゴブリンは、どうなっていると思う?」


「仮に、そんなヤツが居たとしたら…… 浅部の下級魔族を襲ってレベルを上げる事も躊躇せんだろうな。ソイツがレベル上げの必要性を感じていれば、の話だが」


「じゃぁ、そのハイ・ゴブリンが南浅部の魔族を狩り尽くした、だから南浅部の魔族が消えた、そう考える事も出来るよね?」



 それも確かに考えられる事だ、シャズリナは目を閉じ黙考した。


 一年間魔族を狩り続けたハイ・ゴブリンが居たとしたら、ソレは各地の伝承や史書に綴られた『キング』に成るのではないか?


 その強さは大森林中部の特殊なオークを凌駕すると聞く。

 しかし、そのオークの力量を知る者は皆、歴史書の中に名を見せるだけ。


 そう考えると、シャズリナは『仮キング』に興味が湧いた。

 もし、本物のキングだとして、それを自分が討ったとなれば、その名声は王都まで届き、王の招聘を受けるかも知れない。


 そうなれば、北の辺境で退屈な毎日を送る事もなくなる。


 都合の良い未来を脳裏に描いたシャズリナは、モブリンコに依頼受諾を告げた。


 こうして、テイクノ・プリズナのギルド支部に在籍する『まとめ役』、四段の冒険者であり、北部一帯を治める辺境伯の三女『シャズリナ・ポン・フリドメン』による、大森林単独浅部調査が決まった。


 単独討伐へのこだわり、そして慢心。彼女はモブリンコの願いを聞かず、パーティーを組むことはなかった。


 その光景を、ローブに身を包んだ美し過ぎるダークエルフの女が、仮の主人である若い騎士から頬を打たれながら、退屈そうに眺めていた。





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