第36話「皇帝と帝王」其の一
第三十六話『皇帝と帝王』其の一
黄金の髪飾りから垂れる
「
少し低めの声、ゆっくりとした語り口。
アリヅカ朝妖蟻帝国、第125代皇帝。
アカギ・ソウツウ・アリヅカ三世。
彼女の許可を得て、片膝を突いたまま顔を上げる。
文武百官が俺と皇帝を挟んでズラリと並び、皇帝の隣には最強が
女帝アカギの妹、妖蟻族の
イセ・ソウツウ・アリヅカ。
皇妹イセ、一瞬だけ視線を交わした。
イセは赤い瞳を半眼から覗かせ、鼻提灯を膨らませて、寝ていた。
まだだ、まだツッコムのは早い。
俺は視線を正面に向け、皇帝アカギの胸元を見る。
皇帝に視線を合わせてはいけない。
失礼にならないように失礼して豊満な胸を凝視する。
彼女の顔半分を覆う半透明の白いヴェール。
その素材と同じ物で作られた衣服は、その豊満な二つのロケットを惜しみ無く一般公開していた。
無料一般公開とは、さすが大帝国の皇帝、慈悲深さの深度が違う。
彼女のロケットも目が離せないが、それ以上に度肝を抜かれたのが、彼女の背後に見える蟲腹だ。
直径は3mほど、その長さは20m以上有る。
薄衣で覆われてはいるが、所々脈打つように動いているのが判る。
人間の俺だったなら、その姿に卒倒していたかも知れない。
だが、今の俺は彼女の巨大な蟲腹を見て…… 興奮している。
これはカスガの映像を見た時にも起きた現象だった。
益々ゴリライズが進んだようだ。元々俺が人外萌えだったと言う事は無い。ガキの頃よりはマシになったが、大人になってもイモムシは嫌いだったからな。
あの蟲腹は、どう見ても巨大なイモムシだ。
しかし、それも今は魅力的に映る。不思議なものだ。
カスガもアカギも、その蟲腹の所為で背もたれの有る椅子に座れない。
彼女達は肘置きだけが付けられた特殊な形の椅子に座っている。
座っている。子を宿した後は一生そこに座っている。
眠る時も座ったまま、自分の蟲腹に背を預けて寝る。
文句も言わずに、座ったまま、一生を終える。
舌打ちしそうになるのを堪えて目線を下げた。
あんまりじゃねぇか……
よしんば彼女達がそれを受け入れていたとしても、自由を犠牲にして玉座に座り続ける女を放っておくなんて……
俺には無理だぜ、なぁ、相棒。
『その思いを、その願いを、その反り返る大魔王に込めて、彼女達の中に放出するのです』
それは…… 眷属進化させるって事か? それで問題解決?
『少なくとも、今よりは自由を得られるかと』
なるほど、中に放出するのか。デキルカナー?
『御謙遜を、ナオキさんは尋常ならざるエロカリスマの持ち主ですよ? 楽勝です』
何それ、普通のカリスマが欲しいんだけど。
だがしかし、救う方法が有るなら、ヤッてみよう。
その前に片付ける事が多いけどな……
皇帝アカギのヴェールが吐息で揺れた。
「いらっしゃい、猿人ナオキさん」
「は、お招きにあずかり、恐悦至極に存じます」
「あら、お行儀が良いわね」
「……前世で、礼儀作法を学びましたもので」
「へぇ、前世、ね。うふふ、妖蟻の皇帝に嘘は危険よ?」
「左様で御座いますか、肝に銘じておきます」
立ち並ぶ百官の雰囲気が変わった。
文官は道化を見る眼差し、武官は無礼者を見る眼差し、それぞれ違った見方で俺を“値踏み”しているようだ。
地竜騎士のナナミ嬢は…… サーカスを見に来た観客ってとこだな。
皇妹イセは相変わらず寝たままか、そのまま寝ていてくれ。
眠っている妹を起こそうともせず、アカギが俺を見据えて話を続ける。彼女は間延びした話し方だと聞いていたが、今はシャキッとしている。ぷんぷん丸なのだろうか?
「ではナオキさん、幾つか聞きたいのだけど、宜しい?」
「どうぞ、何なりと」
「そっ。では先ず、奉公に来たゴブリン達と、貴方の関係を教えて」
「御意、彼らは――……」
俺はメチャ達の事や北の村での出来事、その後の経緯を全て話した。
スモーキー達に対する俺の考えも、しっかり伝えておく。
アカギは俺の話を静かに聞いていた。
幾つか質問を受けたが、その質問は全て俺が下したスモーキー達への沙汰についてだった。
質問への答えは「一度助けて道を造り義務を果たした、あとは知らん」、「眷属に入れる必要性を感じない」、「ディック=スキの女衆への配慮」、この三つで片付いた。
アカギも周囲の者も「なるほど」と納得していたようだ。
「そうだったの、大変だったわねぇ」
「いえ、大した苦労はしておりません」
「そっ。貴方に敵意が無い事は判りました。それで…… 妖蟻より先に妖蜂と
いよいよ本題だな……
「帝国との接触が困難だった、と申し上げるのは、言い訳でしょうな」
「そうね、今回のゴブリンのように、南浅部北側をうろついてくれていたら、こちらも素直に歓迎出来たのだけれど…… 面子があるの、解るでしょう?」
「承知しております。下が上へ義理を通すのは大森林の不文律、それを破ったのはこのナオキ、伏してお詫び申し上げる」
ここで日本の美しい土下座を披露。
周囲から「ほほぅ」と感心する声が上がった。
そろそろ開演の時間だ。
さて相棒、始めようか。
「しかしながら……」
「あら、見事な土下座だったのに、言い訳? 見苦しいわね」
「あぁ、左様ですな…… 人間との戦いを避け、この地下で平和を享受する皆様方には理解し難い事かも知れませんが、対人戦の防波堤たる南浅部、その南浅部に住まう“地上の”者達を護る私には、すぐに接触出来た妖蜂族と
周囲が殺気立つ。
騎士達が剣の柄に手を掛け、アカギの前に立ち塞がった。
騎士ナナミが口角を上げ、ササミちゃんの目が潤む。
アカギが騎士達を少し下がらせ、俺と視線を合わせる。
「それは、妖蟻が人を恐れ、地下に隠れている、そう言いたいの?」
「いいえ、地下で平和に暮らしている、そう申し上げました。そして私には対人戦において必要となる心強い隣人が居た、妖蜂族は“過去”を恐れずに私と誼を結んだ。彼女達と対人戦に向けての準備が忙しく、帝国と接触する“ヒマ”が御座いませんでした、お詫びの言葉も御座いません」
さすがに煽り過ぎたか、騎士の数名が抜剣する。
騎士ナナミは嬉しそうだ。負けんよ、君には。
「陛下っ!! 野人の首を刎ねる御許しをっ!!」
「お待ちなさい…… ナオキさん、先ほど“過去”がどうのと言ったかしら?」
眉間にシワを寄せ、
微笑みを浮かべ、俺は頷く。
俺は立ち上がり、アカギの目を見て告げた。
「浅部を護り抜いた妖蟻の名君『カガ』の意思は、妖蜂の名君が継いでいる」
一斉に首を傾げる“若い”妖蟻族のギャラリー。
四十歳を超えたギャラリー達から戸惑いの表情が窺える。
ヒロインのアカギは、俺の目を見つめたままだ。
その視線を一度切った俺は、謁見の間を見渡してから、再びアカギと目を合わせた。
「大軍を率いて大森林制圧を目論んだメハデヒ王国に、アンタの姉貴が妖蟻族を率いて戦い、それに勝利し、戦場で共に戦った妖蜂の王子と勝利を祝いながら、二人で天に昇った」
「……それが、何?」
「あの時、大森林の中部や深部から援軍が来ていたなら、二人は死なず、妖蟻と妖蜂に多数の犠牲者が出る事も無かっただろう」
「……何を、言っているの、貴方」
「俺なら、中部の援軍も深部の力も要らねぇ、浅部だけのド根性で人間ブッ殺せるつってんだよ」
「はぁぁ、もう結構、狂人と話す事なんて――」
「アンタの姉貴も、アンタが愛した妖蜂の王子も、俺だったら死なせちゃいねぇ」
「――ッッ!!!!」
絶句するアカギ、文官の数名も大きく目を開いて俺を見る。
その空気を察したのだろうか、最強が覚醒。ヤレヤレ。
だが、このまま押し通る。
寝ぼけ
準備はいいかい相棒、いつもより柔らかなスポットライトを頼むぜ。
胸の奥から了解の返事を貰った。
では、大猩々化、開始。
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