第34話「ものには限度があるんですよ?」




 第三十四話『ものには限度があるんですよ?』




 地下道を塞ぐモッコス硬度9の巨大な土門が開かれ、いよいよ地下帝国内へ足を踏み入れる事になった。


 ここからが真の帝国領、いったいどれ程の――


 オレンジ色の温かな光を放ちながら、門が完全に開いた。

 俺はその光景を見て、微かに首を横に振るだけだった。


 信じられない。


 果てが見えない、それこそ野球のドーム何百個分って話だ。

 眼前には丸みを帯びた不思議な形の家屋らしき建造物が並ぶ。


 目に入る範囲に古そうな家屋が無い、スキルで頻繁に修復しているのだろうか、そう思ったが、道や壁、人々、かなり清潔だ。


 おそらく都市全体がこうなっている。『清潔が当たり前』と言う常識を持っているご様子。実にうらやましい。

 

 いや、ここまでくると微笑ましいな。お見事っ、と言う称賛しか出らんわ。


 清潔感のある街並みと、耳障りではない和やかな喧騒、美しく整備された道を薄緑色の葉を付けた灌木と赤い花が彩り、アラビアンな白髪褐色美女達が絶妙なアクセントとなって、異国情緒をこれでもかと感じさせる。


 鼻から空気を吸い込むと、仄かに土の香りを含んだ優しい空気が肺を満たした。地上よりヒンヤリした美味しい空気だ。


 耳を澄ますと、人々の声と共に水の流れる音が聞こえた。

 だがそれは、この大都市に似つかわしくない、弱々しい音だ。水が足りていない?



『そのようですね。水脈が枯れようとしています』

「まぁ、人が多いからなぁ……生活用水だけでも相当なもんだろ」


「西浅部の川から引っ張って来るとか、無理なの?」


『妖蟻族は南浅部が縄張りですので、たとえ地下だとしても義理は通しているようです』



 何だよそれ、かっこいいな妖蟻帝国。嫌いじゃないぜ。

 でもなぁ、それで生活が厳しくなるのは間違いだな。


 水不足は解消出来るんだよ、皇帝陛下。





 建物の窓から顔を出した少女がこちらへ手を振る。

 余りの可愛らしさに「ハハッ」と笑い声が出てしまった。

 あの子が水不足に苦しむ姿は見たくないですね。


 ここであの子にお礼をしなきゃ、好い男失格だ。


 ヴェーダを中に入れたまま、光を放って巨大化。

 驚愕に染まる周囲に笑顔で応え、股間を革袋で華麗に隠す。

 革袋から回復薬の入った竹筒を取り出し、少女に手渡した。

 これしか無いんだ、すまんな美少女よ。



「これ、なぁに?」

「お薬だね、苦いけど」


「う~ん、にがいの?」

「嫌かい?」

「うん」

「そいつは困った。じゃぁ……」



 ヴェーダ、ここでFPは使えるか?


『もちろん』


 そりゃ良かった。



「じゃぁ、お嬢ちゃん、手を出してごらん」

「ん? はい」


「笑顔をくれた君に、神様からのプレゼントだ」


「ん? あ、あぁぁ~」



 さ~って、何をあげようかね……などと考えていると、彼女の小さな両手を光が包み、その両手一杯に“お菓子”が出現した。


 え~っと、あれれ~、クッキーだよなコレ?

 カントリーでマァムなチョコ味の……やれやれ。


 その時、俺と少女を優しい風が撫でた。


 まったく、子供に甘い母ちゃんだ。有り難う御座います。


 少女は両目を大きく見開き、その赤い瞳で俺とお菓子を何度も見比べた。


 周囲から歓声が上がる。

 ちょっとした手品に見えただろう。

 ササミちゃん達は白目を剥いているが、見逃してくれ。次から大人しくする。


 有り難うお兄ちゃん、そう言って抱き付いてきた少女から可愛いキスを貰い、変身解除。少女は俺の体をモフって喜んでいた。


 彼女に別れを告げて、皇居までの道を進む。

 俺達が進む道には見物人が溢れ返った。オッスオッス!!

 って多いなオイっ!! この都市に何人居るんですかねぇ……


 無論、集まって来る人々の中に男性は居ない。これも妖蜂族と同じだな。


 集まって来る者達は皆女性。少女から老婆まで年齢は様々だが、皆一様に美しい。


 そんな彼女達の白髪をより美しく際立たせているオレンジの光、俺は上を見上げる。


 天井までの距離をヴェーダが測定、およそ1,200mと出た。

 その天井にはオレンジ色の光を放つ魔道具が所狭しと嵌め込まれている。


 規則正しく並べられた照明は、シャンデリアのようにドーム全体を照らし、俺の目では確認出来ない場所をも照らしているようだ。


 ファンタジーここに極まれり、ってな。

 とんでもねぇ場所に足を踏み入れちまったなぁ……


 まぁ、遠くに見えるアレに比べれば、幾分ライトなファンタジーだが。


 天地を繋げるバベルの塔、アレはそう呼ぶべきだ。

 1,200mだヨ、高さ1,200mの東京都庁。

 ドームの中央にそびえ立つ、いや、聳え支える、か?


 天井と地面が一体化した中央分岐型ツインタワー。


 最初に見た時、カルスト地形で見られる錐形の石灰岩台地『タワーカルスト』かと思った。山水画などで見られる細長い山、アレだ。


 予想は大きく裏切られ、また一つ溜息の数を増やした。

 あの中に皇帝が居るんでしょう? って言うか――


 あそこまでデケェと山だよっ!! 山に穴掘れよっ!!

 何であっちに建造中っぽいの有んの!?

 一つで満足しようぜぇ~、ってか山の下に街作って上に向かって穴掘れって!!


 そんな事よりボタン作れよボタンをよぉっ!!

 チャックでもフックでもいいよ!! 建造中止しろよぉ!!


 これで皇帝までボタン一個だったら、お前、コノヤロ、南浅部一のツッコミ見せるぜ俺?



「ササミちゃん、妖蟻族は皆、そのズボンを履いてるのかい?」


「は、はぃ、いっしょ、です」

「そっか、なるほどね。皇帝陛下も?」

「ぅん、いっしょ」



 あ~、うん、はい。


 今年一番キレのあるツッコミしてやんぜ。




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