第30話「あ~、出ちゃったかぁ~」




 第三十話『あ~、出ちゃったかぁ~』




 ボロ雑巾と化したスモーキーが状況を半ば把握したのか、俺や周りを囲む眷属狼達を見てキョドる。巨大なスコルやハティを見たらショック死するんじゃなかろうか?



「な、何でナオッさんがここに?」

「このエッケンウルフ達が知らせてくれた。“ゴミの山”があります、ってな」


「そ、そうなんだ…… け、眷属?」

「ああ、眷属だ」

「ヒュ~、さすが“俺の”ナオッさんだぜぇ!!」


「そうか、じゃぁな」


「うぉぉおおおうい!! 待って待って、置いてかないで!! 死んじゃう、死んじゃうから!! 弱者を助けたら面倒見るのが強者の責務でしょ!! ナオッさん言ったじゃん!!」


「何言ってんだオメェ、一度見逃してやっただろ。それに、俺は拠点に来るなら来いと言ったはずだ、あれか五十日以上経過してる、その間何をやっていたか言えるのか? 言えねぇみてぇだな。面倒見てやる義理も責務もあるわけ無ぇだろうがボケ」



 スモーキーは俺の質問に答えられなかった。

 目を泳がせて口をつぐんだだけだ。


 何をしていたか分からんが、推して知るべし、だな。

 コイツらの惨状は、間違い無くコイツらが招いた結果だろう。


 スモーキー達は死んでいない、この大森林で殺されずに置かれたって事は、『殺すに値しない弱者』認定されたと言う事。


 更に言えば、コイツらは何らかの理由で慈悲を与えられている。まず間違い無く、コイツらをシバき回した奴はコイツらと敵対関係ではない。弱すぎて敵と見なされていない、敵対していたら今頃コイツらは雲の上だ。


 そして、この処分を下した者はゴブリンの百や二百から恨みを買ったところで、歯牙にも掛けん強者、この南浅部北側でそんな奴と言えば“奴ら”しか居ない。


 頭が痛くなってきた。


 フザけんなよ、やっと南浅部の東西を支配出来たって時に、よりにもよって地下帝国と関わるなんぞ冗談じゃねぇ。笑えねぇな。


 ここは武士の情けで回復薬をアホに渡して、撤退が上策だ。


 善は急げ。おいアホ、コレやる、俺帰る。

 無言でスモーキーに革袋を突き出す。首を傾げるアホ。

 わんわんお達が唸る、どうした? コレは汚いから食べちゃ駄目だぞ?



『足下に御注意下さい』



 ヴェーダの急な忠告、咄嗟に地を蹴って木へ飛び付く。

 狼達も散開した。良い動きだ、スコルのお陰か。


 俺達の行動に唖然とするスモーキー。

 その足下が僅かに盛り上がり、二本の腕が腐葉土を突き破って生えた。


 その両手はスモーキーの両足首を掴むと、一気に土中へ引き摺り込んだ。

 約一秒間の出来事。その見事すぎる手際に、さすがの俺も声を失う。


 ヴェーダが狼達へ広範囲への散開を指示、我に返った俺も『常に走り続けろ』と追加の指示を与えておく。


 周囲を見渡し、魔族の気配を探る。当然、地上には居ない。

 再び重い溜息が口から漏れた。


 いよいよ“本物”の『南浅部最強』が御出座おでましだ。

 暫定最強の俺とは格もスケールも大違い、妖蜂族とタイマン張れる唯一の存在。



「さて、どうすっかな、相棒。俺も狙われてるみてぇだぜ?」

如何様いかようにも、貴方が望むように行動すれば宜しいかと』


「そうかよ」



 それじゃ、遠慮無く。

 地面に向かって自己紹介から始めよう。



「オメェら聞こえてるか? 聞いてるよな、俺はナオキ、南浅部中央と東西を支配したガンダーラの“王”だ。用が有るならツラ出しな、五を数えるまでに出て来ねぇなら、俺ぁ帰るぜ。ひとつ、ふたつ、み――」



 オイオイ、マジか……


 眼前に広がるグロ映像。

 俺が登っている大木を囲むように土中から現れた褐色の集団。


 軽く見積もっても二千を超えるそれは、褐色の肢体に漆黒の甲冑を纏った白髪の美女軍団だった。


 大地を揺るがすその異様、紛う方無き浅部最強『妖蟻ようぎ族』だ。


 想像以上だなコイツぁ……

 一兵卒までフル装備とは、恐れ入った。

 しかも、この数で“ほんの一部”だ。


 スモーキー達はコイツらに何やりやがった?

 頭湧いてんじゃねぇのか?



『ナオキさん、部隊の責任者らしき者が』

「あ?」


おん皇帝陛下の詔書を臣ササミが読み上げる。拝聴せよ。“地下の天子から地上の王へ書を致す、恙無つつがなきや”――……」



 当たり前のように格下扱いされた文面だ。

 皇帝から王へ手紙を書いてやるぞ、元気でやってる? ってとこか。


 どこかで聞いた内容だな。

 今回は、大帝国の皇帝から農村の村長宛ての手紙ってくらい違いがあるが。


 はぁ~、まいったなこりゃぁ。

 ゴリラ村長としては、穏便に事を済ませたいところだが、先がまったく見えませんなぁ。


 どうなる事やら。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 渋谷のスクランブル交差点を歩いていたら、急に周囲の人間が自分を見る。


 例え話だが、今の状況はそれに近い。


 俺を囲む妖蟻族の数は、初め二千を超える程度だった、だが、今では森のあちこちから視線を感じる。


 目視出来る範囲で数えていたが、三千を超えた辺りでやめた。後と左右の客入りまで数える気にならねぇ。


 特殊な性癖をお持ちの紳士淑女以外では、この視線はキツいだろう。


 かつて俺が役者で、舞台に立つ事に普段から慣れていたと言う理由も有るが、今の状態に臆する事は無い。


 ボスゴリラとしての余裕か、それとも好色家プロゴリラーとしての自信がそうさせるのか、今の俺はこの状況に興奮し、喜びさえ覚える。


 ゴリライズされた俺の魂が、『僕を見てるお?お?お?もっと、もっと見ておっ!! もっと見ておっ!!』と、胸の奥から歓喜を表し、熱狂の雄叫びをやめない。


 それはそうだろう、妖蜂族を少し小柄にした平均身長165cmほどの華奢な体躯、濃い褐色の肌はアラビアンな装いがそれをより引き立てる。


 そんな彼女達の視線を独占している状況だ、興奮します。


 エキゾチックな女性の魅力は、世界が異なっても男を虜にするもんさ。


 彼女達も妖蜂族と同じ、全員が血族、この部隊は母親が今上帝なのだろうか、似た顔がズラリと並んでいるが、小憎らしいほどにクソ可愛い。


 そりゃ魔王が降臨するってもんだぜ。


 この状況で魔王、いや、大魔王降臨。


 先ほど詔書を読み上げた指揮官と思しき女性は、眠たそうな目で俺の口元を見つめ、そこから視線を外さず微動だにしないが……


 出てますよ、鼻血。



『彼女の状態が【発情・小】に変化しました』



 おいおいヴェーダ、野暮は無しだぜ?


 敵と認識していない限り、基本的に俺が相手のステータスを無暗に覗かない主義なので、ヴェーダは自主的に俺の周囲に居る知的生命体の生体情報を確認する。いや、してくれているんだ。


 どうしても魔族相手だと覗き見してるみたいな気分になる。いずれ仲間とかになるかもしれん相手に、無礼はしたくない。


 甘い考えだが、ヴェーダは否定しなかった。俺がそうする事により、気配察知等の索敵系特技を修得出来るから……


  ヴェーダはそう言ったが、ツンデレラ姫な相棒は、いつもこうして後付けの理由を上げては、甘っちょろい俺をサポートしてくれる。



『あら、惚れましたか?』


「さぁな、今際いまわきわに教えてやるよ」


『それは残念、しばらく答えは聞けそうにありませんね』



 それはさておき。

 どうやら俺を地下帝国へ御招待してくれるらしい。

“鼻血の君”の指示に従い、のんびり付いて行こうか。


 狼達はジャキの許へ帰るように指示、ヴェーダが眷属達に状況説明。

 ツバキ達が戦支度を始めたらしいので止めさせた。


 マジでヤメテ。






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