第29話「久しいな、スモールキッズ」
第二十九話『久しいな、スモールキッズ』
今日もあっという間の一日だった。
午後一番に補給隊の隊長さんに二通の返書を預け、女王と王妹へ献上する美容セットやマハトミンCなども多めに渡し、補給隊とゴブリン輸送隊の皆さんにも干し物セットとマハトミンCを提供して、ちょっとした食事会の後、今回の奉公任務に就く男衆二十名と妖蜂族の皆さんを見送った。
彼女達を見送った時には既に日は傾き、日没間近となっていた為、本日の作業は少し早めに切り上げた。
夕食の獲物を求めて森へ行く者、食事の準備をする者、皆の服を作る者、仕事が早く終わった所為か、皆の雰囲気が明るく、学校が週休二日制になる前の土曜日を思い出す。
授業が午前で終わる土曜日は、給食で揚げパンが出る上に夕方のアニメが熱い水曜日よりも好きだった。
アニメと言えば、小学校の夏休みに隣県に住む従兄妹の家に泊まりに行った時、自分が住む県はアニメの放映が他の県より一週遅れていると知って、度肝を抜かれた思いだった。あれほど不公平だと思った事は無い。
当時の自分を思い出すと、可愛いものだと笑ってしまう。
少しヒマが出来ると、最近はこうして昔の事を色々思い出す。
親父の実家に在った五右衛門風呂に入った想い出は……
「……風呂でも造るか」
『また、突然ですね』
「いや、俺は構わんが、眷属達が喜ぶかなと」
『確実に喜ぶでしょう』
「だよな。豊富な水だけで満足してたぜ。ゴリライズされ過ぎちまったな、風呂に入ろうと思わなかった。水浴び最高とか思ってた、アッハッハ」
チクショオオオ!! ゴリラちくしょぉぉおお!!
水浴びは
その後、俺が森から持ち帰っていた岩をくり抜いて浴槽を造り、水を張った岩風呂に火で熱した石を何度か入れて、鑑定で水温を確認してから石を取り出し、ミギカラとオキクに湯加減を確認してもらって夕飯前に試作岩風呂一号が誕生した。
眷属の皆は、岩風呂のお湯に手拭を浸けて、それを絞って体を拭くのだと思っていたようで、俺が「中に入って温まる」と教えたところ、何度目か判らないナオキ・ザ・グレイトコールが森に響く事になった。
俺は一番風呂など興味が無いので、混乱を避ける為に女性を先に入浴させる事にした。
岩風呂は、膝を曲げれば大人六人が同時に入る事が出来る大きさだが、如何せん眷属の数が多い。今日だけは妥協案として、『試験入浴』の名目で、巫女長と妖蜂族の仕官に入浴体験してもらう。
だが、お風呂アドバイザーとして、俺も一緒に入浴する事になった。体がデカいので縮こまって入浴だ。
コマッタナー、入るつもりはナインダガナー。ヤレヤレ。
結局一番風呂に入る事になった俺は、本来なら体を洗ってから入るんだぞと説明し、手早く木の桶で掛け湯してから、小さなホンマーニの両脇に手を入れて持ち上げ、彼女と二人でゆっくりと岩風呂に浸かった。
俺とホンマーニから同時に年寄り臭い声が漏れた。
「んあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ンア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「ダ、ダーリン? 大丈夫? 火傷した?」
俺達の声に焦ったツバキが俺の顔を覗き込む。
可愛いので頬にキスだ、コイツめ。ああ、ヤベッ……
「け、賢者様、ご、御立派様が、御立派様が下から…… ポッ」
「アッハッハ、すまんなホンマーニ。そして股で挟むな」
「ナオキ殿、大丈夫なのか? わ、私も入るぞ? ホンマーニ、退け、邪魔だ」
「待ちなさい少尉、上官命令です、先ずは私が入ります。……返事っ!!」
「イ、イエス・マァム!!」
こらこら、風呂は楽しく入るもんだぜツバキ?
クッ、よせホンマーニ、それは楽しくない。我慢風呂は面白くない!!
魔王の再臨を余所に、ツバキが俺の隣へ腰を下ろして「んぁぁ」と艶っぽい声を上げ、蟲腹を股から
ツバキやオキク達中隊長もツバキと同じ格好で湯に浸かり、皆一様に「んぁぁ」と声を上げて俺の魔王を刺激した。
足で魔王を突く悪い子も居た。全員悪い子だった。
その後、士官達と騒ぎながら初風呂を楽しんだ。
前半は我慢風呂だったが、後半は大魔王が我慢の限界を突き破り、『舐めとんかお前ら? なぁ、舐めとんか?』とブチ切れた事は言うまでも無い。
何はともあれ、湯に浸かるという事を気に入って貰えた様なので、俺は大満足だ。
そして、風呂上がりの歓談中に、楽しくない一報が届いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
上弦の月、その仄かな月明かりに照らされた物体。
丈夫な蔓で縛られたソレは、夜の大森林で山積みにされ放置されていた。
コレを発見したのはスコルが率いる雄エッケンウルフの斥候部隊。
二個小隊で編成された彼らは、ジャキ率いる制圧隊が進む20km先を二手に分かれて先行偵察中に、第一斥候分隊がコレを発見。
眷属である彼らの視覚はヴェーダの視覚と同義、情報を時差無しに俺と共有出来る。
風呂上がりの歓談中に、その汚ぇ映像を見せられ、ついついツバキ達の前で怒気を放ってしまった。「うひゃぅ」と可愛い声を上げた女性達には、抱擁とキスの謝罪で赦してもらえた。
急遽、楽しい歓談は中止。
ヴェーダが眷属達に事の次第を一斉告知。俺はツバキに拠点防衛を任せ、膝の上で眠るカストルとポルックスをイオリとイスズに預けると、巫女衆が聖泉の水と薬草から作った竹筒回復薬を鹿革の袋に詰め込み、一人、北に向かって夜の大森林を駆け抜けた。
目的地は拠点から約40km北に在る丘、以前俺が大木からモーニングスプラッシュした場所だ。
あの辺りは浅部で妖蜂族と全面戦争出来る唯一の軍団が存在する。
しかも、ヴェーダの予測では6:4で妖蜂族が負ける。
救いが有るとすれば、その軍団は地上の領土争いに無関心だという事だろう。
もし、ヤツらの目が地上に向けられれば、浅部制圧は一週間掛からない、生き残るのは空を飛べる妖蜂族と、暴れながら逃げ切れる俺だけ、ヴェーダのシミュレーションによって出た答えだ。
ったく、落ち着いて晩酌も出来やしねぇ。
陰気な夜だぜ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
木々を無暗にへし折らないようにしながら、一時間ほどで現場に到着。
斥候隊のリーダー二匹がジャレ付いて来る。
どうやら第一と第二斥候分隊が合流したようだ。
残りのわんわんお八匹も一斉に俺を囲んで尻尾を振った。
可愛い彼らの頭と背を一匹ずつ撫で回し、今回の遠征と“ゴミの山”発見の功を労う。
「よ~しよしよし、ステイ、イェア、オーケィ、グッボーィ、グッボーィ」
「わんわんお!! わんわん!!」
「くぅ~ん、くぅ~ん」
「はっはっは、そうかそうか、スコルが厳し過ぎるか。だが、お前達の事を思って厳しくしているんだ、アイツなりの愛情だ、解ってるだろ?」
「「「わんわんおー!!!!」」」
「よ~しよしよし、グッボーィ、グッボーィ。帰ったら木製フリスビーで一緒に暴れような、ちょっと仕事するから待ってろ」
「「「わんわんおー!!!!」」」
『この子達のニオイを付けて帰ると、子熊達がスネますよ』
「ハハハ、構わんさ。アイツらに嫉妬られるのはボスの“特権”だ」
『なるほど』
ハシャぐ狼達を掻き分け、ゴミ置き場の前に立つ。
見覚えのある“ゴミ”を発見。
おっと、ゴミじゃなくて“クズ”だったな。
そのクズ共は、ボロ雑巾のようにズタボロ状態。蔓で執拗に巻かれ拘束されてこの場所に捨てられたようだ。やっぱゴミだな。
そのゴミを右手で掴んで持ち上げ、揺すってみるが反応は無い。
軽く舌打ちを鳴らして溜息。
右手でゴミの胸倉を掴んだまま、左手でゴミの顔を叩く。
反応が無い。もう一度叩くが無反応、少しイラッとした。
鑑定ではまだ死んではいない、状態は『気絶』なんだが。
少し強めに叩くと、やっと反応があった。メンドクセェ野郎だ。
「あ、あぅ、いたぃ……」
「オイ、大丈夫か?」
「だ、だ、だっふんだぁ」
かなりイラっと来たので地面に放る。
少し放り方が荒かったようだ、残り少なかったHPが3になってしまった。
状態が『瀕死』に変化、マイッタナー。
勿体無いが回復薬を使う事にする。
巫女衆が作った回復薬は最大HPの20%分を回復させる優れモノだ。
最大値が大きいほど効果が跳ね上がる。しかし……
コイツのように最大HPが54しか無い奴には効果が薄い。
それでも約11回復するなら瀕死から重体、良くて重傷くらいまで回復するはずだ。
回復薬はマハトミンCが入っていた竹筒に入れてある。
竹筒の蓋をカポッと開け、ゴミを仰向けに転がし、だらしなく開いたその口に回復薬を流し込む。
顔の腫れや外傷が少し引いた。状態は重傷、HPは14、もう大丈夫だな。
「うぅぅ、あ、痛たたた、アイタ~ス、あ、あれ? ナ、ナオっさん?」
「久しいな、スモーキー」
そう、このゴミ山はメチャ達を襲ったチキン=シャバゾウ氏族の男達と、ディック=スキ氏族の男達だ。
その数百十七、全員漏れなくボロ雑巾。
鑑定で名前を見た時、思いっきり溜息が出た。
楽しいひと時を中断してまで駈け着けたこの虚しさよ。
朝早く起きて回復薬を作っているディック=スキの巫女衆を思い出すと、申し訳なさで泣きたくなる。
コイツらが何故ボロ雑巾に変身したのか知らんが、出来れば北浅部で変身遊びして欲しかった。南で変身すんなボケが殺すぞ。
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