第28話「ヤレヤレだぜ(震え)」




 第二十八話『ヤレヤレだぜ(震え)』




 最近、女王から届く晩餐会へのお誘いが少しばかり情熱的になっている。


 親書の遣り取りを始めた当初、お誘いは親書にしたためられた社交辞令の形で書かれた物だった。親書の端にチョコっと書き添えられている程度の可愛らしいものだ。


 だがしかし、お誘いの言葉が『食事を楽しみにしておるよ』程度の簡単なものだったのは最初と二回目の二通のみ。


 やがてそれは『一緒に住まぬか?』とか『王配にならぬか?』とか『返事が遅いな』とか『返書の文字数が減っておる』とか、晩餐会の事や政治的な事が一切書かれていない親書こいぶみになっている。


 しかも、私は妹の方からも似たような密書を貰っているのです。


 妹の方は姉より内容が攻撃……積極的アグレッシブだ。



『私が造った口噛み酒以外飲むな、下郎』

『今日送った口噛み酒には私の“汁”が入っている。かしこまって飲み干せ、野人』

『手紙に添えた蜂糸袋には、私の秘所を三日包んだ蜂糸布が入ってある、使え。使ったら返せ、使ってやる、下衆め』



 等々、非常に高圧的かつ愛情に溢れている。

 深い愛情にも困ったもんだ。ヤレヤレだぜ(震え)。



 早めに日程を決めて訪問しようと思う。

 何か危険なモノを感じたんだ。杞憂だと思いたい。


 おっと、イカンイカン。黙考はホドホドにせねば。

 メチャが一人寂しく無言で俺の左乳首を見ている事にも気付かなかった、赦せ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 メチャが俺の左乳首を見つめていたので、さりげなく大胸筋を動かして赤面させ、毎度のように目がバッテン化したのを確認して、本日の作業報告を聞く。



「今日は神像を何体埋めたんだ?」

「えと、え~っと、い、いっぱい、ですっ!!」


『拠点の内外と制圧した領土の外縁に合計二百十三体ですね。しっかり数えておきなさい』


「あわわわ、尊妻様っ、ももも申し訳御座いませんっ!!」

『怒っていませんよ可愛いメチャ、貴方達はよくやっています』


「そうだぞメチャ、皆も感謝している。お前達のお陰で二重三重の障壁が展開される事になったんだからな」


「は、はぅわぁ~、有り難きお言葉っ!! ほぉぉぉ」


『貴方の帰還はホンマーニへ伝えていません。早く彼女の許へ戻って報告してあげなさい』


「は、はぃぃぃ!! し、失礼致しましたぁっ!!」



 深く頭を下げ、目を閉じたまま走って行くメチャ。

 相変わらず、テンパると目をバッテンにしてワタワタするなぁメチャは。


 あれでどうやってコケずに走っているのだろうか、非常に気になる。


 おっと、そろそろ俺も戻ろう。

 男衆を抱えて帰省させてくれた今日の補給大隊にお礼の品を渡さねば。


 今日から入れ替えで東へ向かう男衆と、彼らを運んでくれる別働隊の皆さんにも干し物セットを贈るのが恒例となっていて、みんな楽しみにしているからな。



 俺の足下でミミズを叩いて遊ぶカストルとポルックスを持ち上げ、補給大隊の隊長さんが預かっているであろう『愛に溢れる親書と密書』の内容を楽しみにしつつ、姉妹との熱い夜を想像して苦笑を浮かべてしまう俺は、プロゴリラー失格だ。


 何故失格なのかって? 簡単な答えさ。


 モテるゴリラってのは、苦笑で勃起を誤魔化さない。

 好い男プロゴリラーの条件は、大胆かつ強引に勃起を肯定する事。


 ヤンチャな“息子”を否定するゴリラは、いつまで経っても“一皮剥けない”半端モンだ。


 まぁ、だからどうしたって話だが。


 ワタワタしながら「はわわ」と両手で頬を抑えながら駆けて行く彼女を追うように、俺は神像の許へ向かう。


 無論、一度森で息子を徹底的に叱り付けてからだ。


 半端な教育は、息子を“増長”させるだけだ。



『御立派ですね』

「からかうなよ」



 御立派なのは息子の事なのか、それとも俺の考え方なのか、どっちでもいい、急に話し掛けて息子を委縮させた母親を俺は赦さない。絶対にだ。


 見ろ、小さくなって部屋に閉じ籠っちまった。



『ツバキ達が目にした女王カスガと王妹トモエの薄衣うすぎぬ姿映像が有りますが』



 ったく…… 良い母ちゃん持ったな、お前。

 元気になって部屋から顔を覗かせる息子を撫で、俺は森へ進む足を速めた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふぅ、今日はこれくらいにしとくか」

『少し、御子息が可哀そうでした』



 お前がステキ映像をズームインで見せるからだ。

 本当に有り難う御座いました。


 まったく、俺の急所を的確に突いてきやがる。

 テメェは危険な相棒オンナだぜ、ヴェーダ。次回も宜しく。


『王妹が貴方の名を呼びながら隠れて致すシーンをツバキ大尉が目撃しております。次回はその映像を――』


「あ、それはいいです」



 恐怖映像を俺に見せて何がしたいのか、困った相棒だぜ。


 森で息子を叱り飛ばしたあと、拠点に戻った俺に補給隊の大隊長さんが渡してきた手紙は二通。いつも通りだ。


 先ずはカスガ女王の親書を拝見。

 女王の親書を見ると、可愛らしい女性だなと毎回思う。


 ついつい頬を緩めてしまう猿人をはたから見れば、さぞ気色悪い生物に見えるだろう。俺なら近付かない。


 はぁ、やはり手紙は良い。

 俺はいつの間にか、二人との文通を楽しむようになっていた。


 今回も、王妹トモちゃんの密書は内容がハードだったが、それもまた愛情表現の一つだと俺は知っている。


 泣き言と涙でつづられた最初のトモちゃん密書は、翌日に来た補給部隊の隊長さんが『殿下が“返せ”と仰せです』と言ってきたので、素直に返している。


 それ以降、トモちゃんは高圧的かつディープな愛情を俺にぶつけるようになった。


 トモちゃんは今、素直になれないツンデレーションに陥っているのだ。決してヤンデレーションを患っているわけではない。


 今回、密書の裏面に書かれた宛名が『クソ旦那様へ』となっていたのも、手紙を黒く埋め尽くす『裏切るなよ』の文字嵐も、密書と共に贈られてきた『ヌルっとする湿った蜂糸布』も、全て、恋愛初心者トモちゃんが俺に示した愛情だ。


 どんな愛にも全力で応える、それが好い男の条件だ。

 生き埋めになる様なダサい男は、もう居ない。


 と言う事で、カスガたんとトモちゃんに返事を書く。


 女王には、さりげない愛を所々に散らして、“こちらも恥ずかしいのですよアピール”をしておく。少女の様な恋文を送ってくる彼女には、互いが初心ウブな状況であると認識させる事が望ましい。


 恋は同じ歩幅で歩む、これも、好い男の条件だ。


 トモちゃんの方は…… 好意を匂わせる程度に留めておく。

 ダイレクトな愛情表現は危険だ。俺を殺した大道具のサッちゃんは、それで暴走した。


 同じ失敗を犯さないのも、好い男の条件だ。



『好い男の条件を纏めて眷属ネットワークにアップロードしますか?』



 よせ、アイツらには…… まだ早い。

 仮免許も取ってねぇドライバーに、好い男の条件マシンは乗りこなせねぇよ。


 ヒヨッコ共は、ジャキ原チャリの後ろ姿でも追ってな。


 などとフザけた事を考えつつも、いつの日か彼らが大型免許を取れるように願いながら、返書を書き終えた。


 よっしゃ、午後の作業も頑張るぞー。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る