第24話「忍び寄る悪意? お、おう」




 第二十四話「忍び寄る悪意? お、おう」




「御苦労、よくやった」



 そんな軽い労いの言葉をメチャに掛け、彼女の右肩に手を置いた。

 メチャは恐縮していたが、どこか誇らしげだった。


 チョーのカルマを吸収したメチャ、レベルは19まで上がり、総合力は三千を超えた。それはミギカラとシタカラ親子に次ぐ実力だ。


 彼女はそれを理解していない、眷属達もこれほどレベルが上がったとは思っていないだろう。


 メチャの背中を押し、眷属達の許へ向かわせる。

 ホンマーニが彼女を優しく抱擁し、頑張ったわねと頭を撫でた。


 メチャの周りにディック=スキの巫女衆が集まり、祝いと労いの言葉を掛けていく。マナ=ルナメルの眷属達も、メチャがガンダーラ初の処刑執行官という大役を任され、それを完遂した事を讃え、共に喜んだ。


 ハードがスカト=ロウ氏族を代表し「お見事」とメチャに妖蜂酒を渡し、ワンポ達マッシ=グラ氏族のコボルトが「ありがとう」と彼女に頭を下げた。


 魔族が一人処刑され、笑顔と祝辞が飛び交う。

 これが、不文律をことごとく破った敗者を処刑した結果で、大森林に生きる魔族の答えだ。


 俺がチョーの思考をグダグダと考える必要は無かった。アイツがタブーを犯した時点で、既に破滅は決まっていたのだ。


 破滅へのカウントダウンはチョーがガンダーラを狙った事で加速し、俺に敗北した瞬間ゼロになった。大森林のシンプルな掟により刻まれた秒読みは、チョーの力で止める事は出来なかった。簡単な答えだ。



『嬉しそうですね』


「ああ、シンプル・イズ・ベスト。分かり易くて良い。進む道の数を絞れるからな、迷わずに済む」


『そうですか。では、この大森林で大義を得て覇道を往きますか?』


「そうしよう。大森林らしく“シンプルな”大義を掲げよう」



 今回の処刑は、アートマン様にとって『無駄な殺生』だったかも知れない。

 そう考えると、申し訳ない気持ちで心が――あふぅん。


 小魔王を優しく揉んで頂いた。有り難う御座います。

 そうか、“本能に従え”だったな。


 俺は天に向かって一礼し、後始末に取り掛かった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 チョーの体を土中から引き抜き、ヤツが身に纏っていたリザードマンの“無念”を脱がし、丁重に折り畳んでからホンマーニに預けて聖泉の水で清めさせ、丁重に蜂糸布で包ませ神像の前に置き、弔いの言葉と共に神の御許へ送った。


 蜂糸布に包まれた“亡き骸”から、二つの光が天に昇る。

 無念は二人分有った、そういう事だろう。

 俺はアートマン様に「二人をお頼みします」と強く願った。


 この亡き骸は必ず西浅部のリザードマン達に届けよう。

 さっそくツバキに頼んだ。



 弔いを終え、後処理をする為にチョーの遺体を寝かせた場所へ向かうと、ヤツの遺体は消えていた。


 俺は周囲を見渡し遺体を探すがどこにも無い。眷属達も遺体が消えた事に気付いていなかった。


 アートマン様が処分して下さったかと思ったが、ヴェーダにより否定された。



『どうやら、この場に留まっていたチョーの魂が、死霊召喚に応じたようです。遺体は魂と共に召喚者の下へ転移しました。なお、召喚者の種族や現在地は不明』


「死霊召喚……? それは、俺と同じじゃないのか?」


『いいえ、ナオキさんの場合はアートマンが魂のみ“救った”純粋な転生です。肉体はあの砂中から移動しておりません。チョーは冥界の裁きを受ける前に死霊契約を結び、遺体と共に召喚者の下で“アンデッド”として偽りの生を享受する道を選びました。その魂に次の転生先は無く、滅びが有るのみです』



 そりゃまた……救い様の無ぇ話だな。


 まぁ、野郎がどうなろうと知った事じゃねぇが。もし、また俺の縄張りに汚ぇ足を踏み入れた時は、本気の【圧壊】で圧し潰してやる。“次は無ぇ”ぜ、チョー。



「……で、召喚者ってのは、この近辺に居なくても対象を召喚出来るのか?」


『魔力量や魔法の練度により、召喚対象を探る範囲や対象の強弱などを自由に選べます。ダンジョンマスターはコアの力で生物を創造召喚しますので、前述の限りではありません。一般的には、術者から一番近いダンジョンや魔窟に生息する【養殖】を召喚しますが、今回は高レベル術者により遠方から意図的に“死して間もない高レベルのハイゴブリン”を選出し、これを召喚したかと』



 なるほど、術者が望んだ条件にヒットしたのがチョーだったわけか。だが、少しばかりタイミングが良すぎやしねぇか?……


 はぁ、処分の手間が省けたと喜ぶべきか悩むところだな。チョーの遺体に興味は無ぇが、最低限の礼儀として、ヤツの遺体は火葬して魔核をアートマン様に預けるつもりだった。


 何か、無関係なヤツからチョッカイ出された感じで、気分悪ぃな。近くに居たら走って行って5~6発ブン殴るんだが……


 相手の居場所も分からん遠方からの狙撃じゃぁ、防ぎようが無ぇか……クソッたれが。



『いいえ、我々にとって不利益な召喚術や魔法を防ぐ事は可能です』


「ほぅ、どうやって?」


『そもそも、神像を中心に据えたこのガンダーラは、アートマンの加護により悪意や邪気の籠った魔法を防ぐ力を備えています。ですが、現在のアートマンは約六千年前のアートマン信仰最盛期に備えていた力を殆んど失っており、その加護の力は聖泉と神木に注がれ、強力な結界を張ってガンダーラを守護する事が不可能となっています』


「……そうか。そんな状態で俺や皆に加護を…… あぁ、本当に感謝の言葉が思い付かん、そして、これ以上御迷惑を掛ける事は出来ん。信者を増やして御力を取り戻して頂き、御手間を取らせずに俺達で魔法対策を講じねば。その結界ってヤツ、俺達でも張れるか?」


『ええ、丁度良いタイミングでコボルトの眷属を得られましたので』


「よっしゃ、皆を集めて対策会議だ。説明は頼むぜ、相棒」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




『――ですので、マッシ=グラ氏族は【木彫りの手乗り神像】を丹精込めて、より多く制作し、それを巫女衆が祝詞で清め、清めた神像にナオキさんが精気を注いで聖泉に三日三晩浸します。そうする事で、四日後に【守護の神像】が出来上がりますので、それを等間隔でガンダーラの外縁に設置する事により、簡易魔法障壁―― 疑似結界がガンダーラ全体に張られる事になります』



 眷属達から「おおぉぉ」と感動の声が上がる。

 チョーの遺体が消えた事など、皆はどうでもいいといった様子で、その話題はヴェーダの説明開始時に少し触れた程度で終了した。


 アホの遺体より結界の方が大事なのは確かだ。駐屯地で熱い麦茶とお茶請けの干し芋を皆に配り、各々が好きな場所に座ってヴェーダの説明を真剣に聞く。


 説明中や説明後、脳内で簡単に質問出来る状況を皆が活かして、ヴェーダに質問が殺到したらしいが、ヴェーダは何の苦も無く瞬時に全ての問答をこなした。


 ヴェーダは数十人が一度に質問を挙げても、同時に質問者の疑問に答える事が出来る。さらに、それぞれの問答はヴェーダが綺麗に纏め、その纏めた問答を知りたい者達には問答の音声を送っている。本当に凄いヤツだ。


 識字率が高まれば、各自のステータス画面で問答の内容を確認出来るようにするらしい。ガンダーラの民がいつでも閲覧出来る新聞のような物も考えているようだ。


 ヴェーダの伝達能力を知ったツバキが『是非女王陛下にもお力添えをっ!!』と、ヴェーダに懇願すると、ヴェーダは『ナオキさんが女王を認めれば可能です』と言ったので、俺はすぐに了承した。


 妖蜂族は大切なパートナーだ、女王とのホットラインは繋げっぱなしにして欲しい。招待された晩餐会の後は、女王と翌朝まで繋がる予定です。


 女王が望むなら、女王の下に居る妖蜂族全員と俺個人が友誼を結ぶ事で、女王以下全員がヴェーダの力を借りる事も出来る。


 その事もツバキに伝えると、「アンマンサーン!!」と激しいキスを俺の右頬に叩き込み、早速伝令を東へ送っていた。ツバキは、『アンマンサーン』を俺の別名だと思っているようだが、指摘するような野暮はしないのが―― 俺流だ。



 さて、ヴェーダの説明と指示が終了したわけだが、コボルト達と巫女衆以外にも具体的な指示を与えねば。


 妖蜂族はオキク率いる工兵中隊の監督下で駐屯地内の砦建設、総指揮は無論ツバキが執るが、彼女はオキクに仕事を任せて基本的に口出ししない。


 部下にとっては非常にやり易い環境と言える。無論、指示を仰げばツバキが迅速に対応している。


 ジャキ組とゴブリンの眷属達は、男女に分けて建設や狩猟等に振り分ける。


 俺とジャキは開拓で決定。ゴブリンの中で神職に就きたい者は、男性を宮掌くじょう、女性を巫女としてヴェーダが鍛える。


 魔法の修得も、随時ヴェーダが要望に応えて指導していく。


 残りの者は哨戒を兼ねた採集狩猟と戦闘訓練。俺は開拓に忙しいので、戦闘訓練はヴェーダ軍曹に任せてある。彼女は『大森林のグリーンベレー』や『大森林のレンジャー』を誕生させてくれるだろう。メチャもこのグループで鍛える。



 駐屯地拡張と砦建設の完了を区切りとして、各自に与えられた仕事をこなす。


 神事に関心を持っていた者や、戦闘職より他の職が向いている者などは、区切り期間中に仕事を変えてみるつもりだ。


 俺とジャキ、そして妖蜂族は区切り期間後も拠点拡張がメインになるだろう。

 住居区と栽培園は早めに手を付けたいところだ。



「それじゃぁ皆、昼まであと二時間ほどだが、気合入れて行こう」


「「「応っ!!!!」」」




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