第23話「処刑」



 第二十三話「処刑」




 足下のチョーを見つめる。

 憐みの感情などは湧かないが『馬鹿な奴』だとは思う。


 コイツがやろうとしていた事については、昨夜の宴会中にハードやワンポ達から詳しく聴いた。俺とジャキがおおむね予想していた通りの『乗っ取り作戦』だった。


 先ず救助を求めたチョーが拠点の中に入り、油断している氏族長を屈服または殺害、反抗する者も同様。手古摺てこずる相手が居た場合は、一時撤退したのち二百の軍を率いて制圧。


 もし拠点内にチョーでもかないそうにない強者が居た場合、チョーが「俺の集落が人間の大軍に夜襲を受けた」と偽り、「ここにもやって来る」と不安を煽ったのち、計画通りにハード達がやって来たら内側から破壊工作。あわよくば強者を背後から暗殺する。


 以上がチョーの考えた作戦だ。


 色々とお粗末な点が多いが、やはり情報不足がコイツの敗因だろう。


 チョーはこの一年間集落の地下で王様生活を続けていた。

 一年前、アカカブトゥに敗れたコイツは、数の力で大熊を退治すべくコボルトの集落を襲って服従させ自分の氏族に吸収、スカト=ロウの集落に地下室を多数造って全員に子作りさせた。


 コボルトは二児以上を妊娠する『多胎妊娠』なので、チョーは手を打って喜んだそうだ。胸糞悪ぃ。


 チョーは子作りに参加せず、毎夜穴から抜け出して西へ向かい、多くの魔族を狩ってレベルを上げた。コイツの称号には『連続殺魔者シリアルキラー』がある。


 この称号は“平時に楽しんで”連続殺人……魔族狩りを行った者に与えられるとヴェーダは言った。


 その同族殺しという行為が神を失望させたのか、それとも面倒になったのか、真相は分からんが、加護を剥がされ使徒の地位も失い、一生ものである称号は消えなかったが格と効果は格段に落ちた。


 この男は魔族の世界でも神界でも普通にサイコパス扱いだ。


 殺したのが種族の違う魔族だったとしても、繰り返すが地球で例えるなら『○○人種が△△人種を殺害する』と同義。しかも死体から『生皮を剥ぎ、それを着る』というおぞましい奇行。


 それが争いの中で行われた殺人ではなく平時に行われた快楽殺人ともなれば、ワイルドな魔族の社会でも犯人は糾弾される。


 どんな理由が有ろうと弁解の余地は無いし、弁護もされない。


 常軌を逸したチョーの行いを止められなかったハード達は、たとえチョーの力で言動を抑圧されていた状況下にあったとしても、非難されて然るべきなのだが、制止を無視する狂人チョーを相手に彼らも相当精神を擦り減らしていた状態だった上に、諫言した者は殺されたようなので、今回はジャキや眷属達の理解を得て不問とした。


 古参眷属達の皆が十分に納得したとは言えないが、新眷属達の問題はサイコ野郎の奇行に比べれば些細な事だ。


 チョーに対して俺や皆が一番不快な点、魔族からすれば狂気の沙汰としか思えないチョーの身なりが、新眷属達の過ちを霞ませる。


 ジャキやツバキ、ミギカラ達も驚愕で声が出なかったチョーの“装備”が狂気の証だ。


 俺が人間で魔族を理解していなかったら、何とも思わなかったかも知れない。コイツのジャケットを見た瞬間、何故こんなムゴイ事を、と思ったが、対峙した時コイツの口から出た『ゴリラ』と言う名詞が、チョーの蛮行の原因を探ろうと思うキッカケとなった。


 翻訳もされずに口の動きのまま放たれたゴリラという言葉、それを聞いた俺は「コイツも俺と同じか?」という疑問が浮かんだ。


 チョーとのファーストコンタクトは俺の腹パンで早々に切り上げ、チョーの“頭の中”をじっくり考える事にした。



 幾つあるか分からない『世界』に、地球のゴリラと同じ名を持つ生命が居るのだろうか、ヴェーダは『居ない』と答えた。つまりチョーは地球でゴリラという名称を知っている人物、と俺は考えた。


 チョーが何故ゴブリンとしてこの世界に居るのか、俺と同じで神の関与による転生か、それとも他の理由があるのか――


 考えてみたが、すべて俺にとってどうでもよい事だと気付いた。


 コイツの帰属・所属意識はドコにあるのか、という事が問題だと思った。


 魔族のゴブリンとして生活しながら、『価値観は地球人のまま』だと仮定すると、チョーの奇行に合点がいく。


 コイツは『人間の自分とは違う生き物』である『化け物』を倒し、ひたすらレベルを上げ、その過程で入手した化け物の皮を剥ぎ装備品とした。


 即ち、外見はどうあれ自分は人間で、魔族は殺しても罪にならないモンスターであると考えている。


 そう考えれば、チョーが当たり前のように『人の皮』を纏って生活しながら平然としている事に疑問が無くなる。


 まぁ、理解した上でリザードマンの皮を身に着けている本物のクソ野郎かも知れんが。


 どちらにせよ、コイツのやった事は赦されん。大森林は『何でもアリ』の無法地帯じゃない、コボルト達に強制した性交などは家畜の種付けと変わらない、皆も当然眉を顰めた。


 性交相手が人間の捕虜だったら、常に狩られる側の魔族から非難は出なかっただろう。むしろ、ゴブリンやオークはその特性を生かして人間の女性に多く子を産ませる。


 つまり、『やっていい事、いけない事』のラインがしっかり引かれている。



 そもそも、魔族を否定したとして、日本人であった俺が妖蜂族やラヴを魔族だからという理由で十把一絡げにして否定出来るだろうか?


 出来んな、都合良く区別するだろう、『彼女達は“亜人”だ』とか言って。俺の下半身は正直で定評がある。


 そしてチョーも、昨夜コソコソと目隠しを鼻や頬の動きでズラした際に、恐らく初めて見た妖蜂族の容姿を見て「嘘だろ」と呟き驚愕していた。


 すぐにミギカラが目隠しを直したが、この時のチョーは何を思っていただろうか? あの呟きと驚愕に、魔族をモンスター扱いしていたさげすみの感情は無かったように思う。


 魔族憎しの感情は、『人類』が胎児の時からこの“世界”や神々によって備えられた常識によるものだ、俺やチョーは当然備わっていない常識、しかも憎まれる側。


 逆に俺は人間憎しの感情を持っている。常識として学んでいないが、魔族が狩られると聞いて憤りを感じた。魔族も当然俺と同じかそれ以上の感情を抱く。


 では、チョーはどうだろうか?

 人間憎しの感情を持っているだろうか?

 魔族なら備わっている感情だが……


 俺の予想では持っていない。推測も出来ている。初めからなのかバグなのか解らんが、コイツに魔族的な感情は無い、あっても薄い。


 コイツはレベル上げや装備品獲得の為に西へ向かって魔族を狩ったが、南に一度行って冒険者パーティーに出会ってからは二度と行かなかったらしい。それは何故か?


 浅部で活動する冒険者は低ランカーだ、チョーなら数十人の低ランク冒険者が集まっていても勝てるだろう。レベルの低い浅部の魔族を狩るより冒険者を狩った方が効率が良い、そのうえ金属製の装備品を全て獲得できる。


 騎士を始末するわけではないので、騎士団を派遣される恐れは無い。冒険者はこの森で数日置きに死んでいる。アカカブトゥは冒険者を殺しまくったが討伐されていない。


 つまり南浅部の南側はチョーにとって素敵な環境、何の躊躇も無く快楽殺人を行える環境と言える。


 それにも拘らず、チョーは殺人を犯していない、殺人の称号が無い。しかし、その美味しい条件を捨てて魔族を狩っている。しかも魔族狩りに罪の意識は無い。


 コボルト達に課した仕打ちと合わせて考えれば、コイツはラヴの頬を打った騎士と同じ、魔族を人間より劣った『生物』としか見ていない。今のコイツは妖蜂族をそのカテゴリーから外しているだろうが。


 そしてコイツは“仲間である人間”を襲うつもりが無い。それが片思いである事に気付いているのかいないのか、冒険者パーティーに出会って何か気付いたのか、どちらにせよコイツは人間と魔族を見比べた上で人を殺さず魔族を殺すという答えを出した。


 人間憎しどころか魔族憎し側の姿勢を持った魔族。それは魔族の皮を被った人間だ。


 とてもじゃないが、周囲に居て欲しい存在ではない。

 百害有って一利無し、コイツには『死』以外の未来は無い。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 長々と黙考したが、結局コイツを赦す要素はどこにも無かった。


 コボルト達への仕打ちや魔族狩りなどの事実以外は、俺の勝手な推測ばかりだが、それを除いてもチョーの死は確定だ。


 俺はもうコイツと言葉を交わす必要が無い。答えは既に出ていた。

 昨夜、皆が寝静まってから、俺はコイツの“存在”を確認する為にテストをした。


 簡単なテストだ。チョーの年齢は九歳だが、生後半年で成人となるゴブリンが九年間もこの森で暮らし、一定期間を強者として過ごせば大森林の常識は必ず理解する。


 実際チョーは『敗者は勝者に従う』というルールを理解して行動していた。その事を再確認するためのテストだった。


 俺は昨夜「眷属になれば生かす」とチョーに告げた。奴は目隠しと麻布の猿轡さるぐつわを付けたまま必死に頷いた。


 それを確認してチョーの前に座り、右手をチョーの額にかざして精気を流し込んだ。


 精気許容量一杯になるまで注いでみたが、チョーが眷属化する事は無かった。眷属化を拒んだわけだ。


 コイツは勝者である俺を否定し、敗者の義務を果たさず虚言を吐いた事になる。大森林の、野生の、魔族の掟をコイツは破った。ルールを無視した。


 コイツはこの大森林で魔族が守ってきた不文律と、勝者であり千を超える眷属の主である俺をナメてやがった。


 大森林に生きながら“大森林での生き方”を受け入れていない。

 二氏族を恐怖支配したコイツに、敗者の取るべき姿勢を知らないとは言わせない。


 敗者の生殺与奪は勝者の手に握られている。たとえ勝者が暗愚であったとしても、活殺自在は勝者が有する神聖な権利。


 それは何人なんぴとたりとも侵す事は出来ない大森林の掟である。生まれて半年のヒャッハーゴブリンでさえ本能で知っている常識だ。


 それを知っているからこそチョーは蛮行を働いてきたはずだ。狂気を許されてきたはずだ。だがそれは、『人間にのみ適用される不文律』だと“人間の”チョーは考えていたようだ。


 大きな姿見で自分の容姿を毎日見れば、現実を受け入れていただろうか。今となっては知る必要の無いどうでもいい事だが。


 俺はチョーに「眷属になれば生かす」と約束した。これは神が俺を見ていると知った上で立てた誓いだ、生かすと言ったら生かす、それをこの野郎は蹴りやがった、アートマン様にクソ野郎を始末する際の業を一寸たりとも背負わせたくなかったのに、だ。


 こうして俺は、『コイツは魔族に非ず』という答えを得て、テストを終えた。



 俺は敗者チョー・スカト=ロウの存在を認めない。



 あとは、コイツをどう処分するかだ。処刑は確定、処刑人は未定。

 俺が殺しても構わんが、俺がコイツから経験値カルマを得るのは少し勿体無く感じる。妖蜂族はコイツに近寄らない、ジャキは強いので除外、ガールズは今回部外者、残るは古参の眷属と新眷属……


 となればコボルト達が妥当か、しかしワンポにやらせるのもなぁ、ワンポがチョーに勝負で勝った状況なら、気持ち良く処刑を任せられるんだが……


 残念ながら敗者だ、氏族の者を殺されたわけでもない、屈辱と恥辱は十分に理解できるが、結果だけ見ると氏族の人口は倍以上に増えている。


 俺の所に攻め込んだのもマイナスだ、これで雪辱も果たして『イイとこ取り』じゃぁスジが通らない。


 さて、如何いかんすべきか……



『コボルト達はやっとチョーの呪縛から逃れる事が出来ました。もう関わらせるべきではないでしょう。それに、貴方の仰る通り、敗者が努力もせず勝者の剣を借りて虜囚の命を絶つべきではありません。それは決して貴方の眷属が採るべき行動ではありません、帝王の眷属から真の敗者を出してはなりません』



 ……はははっ、耳が痛ぇな。ありがとう、肝に銘じておくよ。

 ついでに聞いとくが、今回の大役にお前なら誰を推す?



『既に呼んでおります』


「あ、あのぉ、け、賢者様、お呼びでしょうかぁ?」


「……メチャじゃん」


送襟絞おくりえりじめで、キュッと』


「あぁ、じゃぁ、少し襟元を出すか。このジャケットになったリザードマンも、少しは恨みが晴れるだろう。メチャはマハトミンCを飲んで力を底上げしろ」



 メチャが俺の指示に従いマハトミンCを飲み、チョーの背後に回って座る。


 不安げなメチャに頷いて頬笑みを見せ、チョーを一瞥してから首根っこをつかみ、肘が出るところまで土から引っ張り上げ、メチャに最後の指示を出した。


 メチャは左腕をチョーの左脇に差し込み左襟を掴んで襟の弛みを伸ばし、右腕をチョーの首を絞めるように回して先ほど伸ばした左襟を掴み、左襟を掴んでいた左手で右襟を掴んで自分の体を僅かに左へ傾けた。


 チョーの首に当てられたメチャの右手首と、キツく締まった両襟がチョーの頚動脈洞を圧迫し、禁じ手を止める者が居ない柔道の絞め技が、チョーの気管を塞いでいく。


 チョーが何者だったのか、何故この世界に居たのか、普通なら気になる事なのかも知れないが、俺はそこに興味を持たなかった。


 コイツは地球の知識を持っている。で?

 前世で同郷だったかも知れない。で?

 この世界に居たのは何か理由や目的が有ったのでは。で?


 コイツに興味を持とうと考えたが、無駄だった。話したい事も無い。

 魔族の地で『人間ゴッコ』をしていたコイツから、得たい情報が無い。


 今は只、我が眷属が敵の大将を絞め殺す様を淡々と眺めるのみ。


 もがく狂人を、格下のか弱き侍女が必死に絞め上げる。

 それを遠くで見守る眷属達。

 誰も近付かず、誰も声を出さない。


 主の侍女に絞殺される男の最期を、眷属達は静かに見つめる。

 水路を流れる水音が、やけに耳に付いた。




 そして敗者の首が垂れ、呼吸が止まり、心臓が最後の鼓動を刻み、生と言う名の舞台に幕が下りるのを見届けた。





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