第22話「今日からガンダーラ」
第二十二話「今日からガンダーラ」
ガンダーラ、俺が昨晩ノリと勢いで勝手に付けた拠点の名。
昨夜の宴で皆からガンダーラの意味を問われ、俺は「愛の国、どんな願いも叶うという幻の都が在った太古の王国……の、名だ」とテキトーに答え、完全に定着してしまった拠点名だが、皆が気に入っているようなので特に問題は無い。
時にはアドリブも必要だ。
そんな一幕があった宴の中で、この世界の魔族について一つ学んだ事がある。
野生、と言うか魔族の価値観として『太っ腹の親分』と言うものは、人間が思う以上に尊敬されるようだ。気前良く、惜しげも無く物を分け与える行為は、懐の深さと愛情を感じるものだが、魔族のそれは非常に重く受け止められる。
新しく眷属となったハードやワンポ、彼らが率いた氏族の皆は、昨夜の論功行賞やその後の宴会で俺が振舞った品々を見て、感動を通り越して悟りを啓いていた。
今朝などは誰よりも早く起きたハードが一族を伴い神像の周りを掃除して狩りに出掛け、ワンポも一族を率いて朝早くから木彫りのアートマン神像を製作していた。
冶金が得意なコボルトは手先が器用で、手乗りサイズの神像は結構な精度だ。
俺が起床すると、すれ違う新眷属が目を伏せて「アンマンサン・アーン」と手を合わせ深々と頭を下げる。
ミギカラ達の様な“丁寧な会釈”ではない、ホンマーニ達のような巫女衆並みに本気の、儀式的な“感謝の礼”である。礼儀作法はヴェーダから学んだようだ。
礼儀作法と言えば、ヴェーダの
彼女達は俺とアートマン様に対する崇拝と感謝の念を一層強め、ヴェーダに至ってはほぼ全ての眷属が『尊妻様』と呼び、アートマン様と同一視している。
その巫女衆に迫る勢いの崇拝ぶりを見せる新眷属達を見ると、昨夜のステージから宴会まで流れは俺とアートマン様にとって大成功だったと言える。
プロゴリラーを舐めないで頂きたい。
新眷属達の献身に「無理はするな」と声を掛け、妖蜂族から朝の抱擁責めを受けつつ、メチャを伴い『洗顔・手洗い・口漱ぎ』という“清め”を行い、神像に朝の礼拝『一礼二拍手』してから狩りに向かった。
朝の清めと礼拝は、ガンダーラに住む者の義務とした。
巫女達の清めは少しハードだ。神事に従事する者として、全身を聖泉の水で洗う『
これはヴェーダがホンマーニ達に仕込んだ巫女の義務だが、禊の方は温かいこの大森林でそれほど苦にはならない。
しかし、薬膳茶はキツい。体に良いのは鑑定で分かっているのだが、味がヒドイ。思わず「グホォエ」と声を漏らしてしまう苦さだ。
薬膳茶で体の穢れも消滅する事必至。これも修行の一環だと理解しているが、淡々と苦行をこなす巫女達には脱帽だ。
その朝のお清めを済ませてから、巫女達は二礼二拍手一礼して
そんなスパルタ教育を受けている巫女達は、朝のお勤めである『回復薬作り』を黙々とこなしている。
俺とメチャは彼女達の邪魔をしないように、そっと神像から離れて狩りに向かう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
メチャを肩に担ぎ、外壁を飛び越えて森に入り、眷属達の狩り場を荒らさないように南へ全速力で駆けた。南へ向かうのは朝の哨戒活動を兼ねた対人対策である。
特に人間の気配や活動の痕跡は無く、落ち着いて狩りをする事が出来た。
メチャを鍛える為に、カルマの溜まった大物を見つけたかったが、今日は運悪く中型のイノシシを二匹仕留めるに終わった。
イノシシは俺が威圧で硬直させてから、メチャがアハトマイトナイフで止めを刺すという形にしたが、魔獣ではないイノシシを二匹仕留めてもレベルは上がらない。
メチャには先ず“刃物で獲物を刺し殺す”という行為に慣れてもらう事にした。急所を教え、そこを確実に狙う事を覚えさせ、普通の獣なら一撃で仕留める技術を習得させたかったのだが…… 如何せん要領が悪い。
マハトマ・ゴブリンとなったメチャは、技術さえあれば魔獣のエッケンウルフに一対一の勝負を挑める。
だが、大人しい彼女は狩りが苦手だ。決して『血を見るのが嫌』とか『荒事は無理』などの理由ではない。
前途多難だなと思っていると、ヴェーダが面白い提案をしてきた。
『彼女は戦闘の素人ですが、重心の置き方が巧みなようです。刃物を使った格闘技よりも、徒手空拳の武道、中でも柔道や合気道と言った武道の方が彼女には合うかも知れません』
「……柔道か、いいかも知れんな。侍女だし、護身術は覚えさせておくべきか」
『ルール無用の柔道は簡単に敵の命を狩れます、レベルを上げる事もそれほど難しい事ではないでしょう』
「よっしゃ、メチャを『
「け、賢者様、ヤワ、ヤワラって、何ですかぁ?」
「小さいお前でも敵をぶっ殺せる伝説の格闘術さ」
「す、凄いですねぇ、伝説…… それを私が、賢者様に教えて頂くのでしょうか?」
「そうだ。受け身から寝技まで、懇切丁寧に教えてやる」
「ね、ねわ、寝技っ、ふぁ、ふあぁぁ…… お、おっきいキノコ……」
メチャは目をバッテンにして赤面し、プルプル震えだした。
面白いので震えが止まるまで黙って見ていた。あぁ、稽古が楽しみだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
メチャをからかいつつ狩りを終え帰路に就く。
悶えるメチャを肩に担ぎ、イノシシ二匹を小脇に抱えて帰還。
獲物の一匹を神像に供える。
既に眷属から沢山の供え物が置かれていたが、その中からマハーカダンバの洞へ消えるのは酒と獲物が一品ずつ、果物が日替わりで数個のみ。余った物は翌日に我々の腹に収まる。
供物の獣を食べる前に、皮や牙など必要となる物以外は洞の中で取り除いてもらっている。アートマン様の優しさに感謝だ。
朝の仕事を一通り終え、皆で朝食を摂る。料理番はジャキガールズと巫女衆、それから妖蜂族の工兵部隊だ。
大所帯となったガンダーラ、全員が集会所の周りで朝食を摂る事は出来ない。砦側に幾つもの
それは遠足でのキャンプのような、戦場の炊き出しのような、とてもカオスな風景だったが、皆の表情は明るく、笑いの絶えない和やかな雰囲気での朝食だった。
そう、土中に体が埋まった一名を除いて、素晴らしいひと時だった。
ウンウン唸るソレを見た新眷属達は、軽く顔を横に振って溜息を吐いた。助命嘆願など一切無い。
ハード達スカト=ロウ氏族は、俺に戦いを挑んで敗れた同氏族のチョーが未だに生かされている事を不思議に思っている。
元々争いを避けて南浅部中央に移住して来たコボルト達の方は、約一年前にチョーの武力で制圧された日から、強制的な子作りや穴掘り等に使役されていたので、チョーに対して恨みこそすれ感謝などするはずも無く、忠誠や義理など持ちようが無い。
そんなコボルト達マッシ=グラ氏族は、現在眷属達と食後の歓談中だ。
殺したいほど憎いはずだが、チョーを生かしているのは俺の意思、それを尊重し、今は憎しみを抑えて皆と楽しんでいる。
待っていろ、そんな我慢は必要無い、俺のワガママでストレスを溜める必要も無い。
俺の用は済んでいる、あとは“処分”の方法を考えるだけだ。
皆に席を外すと告げ、一人チョーのもとへ向かった。
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