第19話「腹がガラ空きだぜ?」




第十九話「腹がガラ空きだぜ?」




 なぁヴェーダ、勇者ってのは神の遣い的なアレだよな?



『そうです。使徒です』


 

 じゃぁ、そいつらには神の加護は付くんだよな?

 俺や眷属みたいに、神様の名前入りのヤツ。



『必ず付与されます』



 以前のゴブリン達は加護を持っていなかったが、そのゴブリンが勇者になれば話は別って事か?



『称号に加護の有無は基本的に無関係です。しかし、勇者など特定の称号は加護が無ければ付与されません。また、何らかの行動によって付いた称号は死ぬまで消えません』



 ふぅ~ん、そいつぁ……



 俺は考えるのを止め、目の前に居る身なりの良いゴブリンに話し掛ける。



「この集落に何か用か?」

「あ、あ、あ、ゴリ……ラ?」



 俺は北側から堀を飛び越え森に入り、助けを求めるゴブリンに近付き背後から声を掛けた。


 近付く必要はなかったが、ケツを掻きながら救助を求めるコイツを見て、偽りの救助要請だと判断。


 敵としてコイツのステータスを確認後、“俺には”問題無しと断定し近付いた。だが、今コイツが口に出した言葉とステータスの【称号】は捨て置けんな……



「で? ゴブリンが何か用か?」

「な、何で魔獣が言葉を……」

「質問に答えろ」



 ハイゴブリン、いや、『チョー・スカト=ロウ』という名のこの男は、“うろこで覆われたズボン”を右手で握り締めながら、俺を見て目を泳がせている。


 俺の存在はこの辺りで有名になったハズだが……

 あ、南と西には周囲の氏族を刺激しないように出張ってなかったな。



「あ、お、おま、お前は、何だ?」

「ここの主で小エリアボスだ」

「は? 主? この辺りのボスはデカイ熊だったろ?」


「どうでもいい、質問に答えろ」

「い、いやいや、魔獣じゃ話にならない。この土壁の奥にゴブリンは居ないか?」



 イライラするなコイツ、シバくか。強めに普通の威圧を放つ。

 レベル54のハイゴブリンで総合力9万なら死にはしないだろう。


 チョーは顔をしかめて片膝を突いた。

 って言うか、特技の威圧だったら爆散してたな。この調子だと特技の方はもう威圧とは呼べんか。名前を変えて【圧壊】と呼ぼう。


 さて、憎らしげに俺を睨むチョー。本性見せてくれそうだ。



「ゴリラ風情が威圧スキルなんぞ使いやがって……」

「使ってねぇよ、で? 何の用だ?」



 ゴリラ風情、か。この世界にゴリラは居ないはずなんだがな。やはり聞き間違いじゃなかったか。



「……ゴリラの脳みそじゃ会話が成り立たねぇな、もういいや面倒臭ぇ、お前の丸焼き見せたら中の奴らも降伏するだろ。じゃぁな、エテ公――ファイアスト~~ム!!」



 俺の足元から炎の柱が出現した。

 いや、柱かどうか分からんが、高さと範囲的にそんな感じの炎だったと思う。一瞬で炎を吸収したから詳しい形は分からない。


 焚き火の炎も俺が触れると吸収して消えてしまうとヴェーダが言っていたので注意している。


 俺に魔力は無いが、吸収した炎が魔力を帯びていると少しだけ精気が回復する。ただの炎だった場合の精気回復量は微量だ。


 だらしなく口を開け、魔法を放ったポーズのまま固まるチョー。

 コイツの困惑などどうでもいいので質問を続ける。



「お前はゴリラを見た事があるのか?」

「……ふぁっ!? え? え?」

「チッ、まぁいい、寝とけ」



 アホとの距離は3mほど。

 まぁ、大猩々の長い腕ならワンステップでイケるだろう。


 ボケッと突っ立ったアホに軽~く腹パン。



「ンおゴッッ!!」



 血反吐をを噴き出しブっ飛んだチョーは大木に激突して気絶した。失禁脱糞はお決まりだ、綺麗なズボンの中は大惨事だろうな。


 俺はチョーの“鱗で覆われたジャケット”を掴み、そのままアホを右手にぶら下げて拠点内に戻った。胸糞が悪過ぎるぜコイツぁ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おぅ兄弟、そいつが『助けてマン』か? 酷ぇニオイだなオイ……って、そいつ……やっぱ気狂いか」


「ヒドイ…… 西浅部に行ったら死ぬわねコイツ……」

「主様そ奴は……」


「あぁ、理由は知りたくもないが、あとで調べよう」


「サイコ野郎が…… 助けてマンなんて可愛らしいモンじゃねぇぞ」



 俺が地面に放り投げたチョーを見た皆は、顔を顰めて鼻を右手で押さえながら、チョーの身なりを見て絶句している。


 だよな、そうなるよな。


 同じ魔族であるリザードマンの革で作った服を全身に纏うサイコパス。

 地球で例えるなら、○○人種が△△人種の皮で衣服を作り、それを着ている状態。


 皆は狂人を見る目でチョーを見下ろしていた。関わりたくないようだ。

 ひと先ず、コイツの悪臭をどうにかしよう。


 ツバキや男衆も臭そうにしていたので、【飛石】で地面に穴を掘り、チョーをその中に入れて顔だけ地面に出して埋めた。



「これで臭くないだろ」

「ダーリン、こんな砦の目の前じゃなくて厠に埋めて欲しかったですね。ここは一生近付きたくありません」



 ツバキがそう言って頬を膨らませた。可愛いので頬を突く。

 さすが綺麗好きの妖蜂族だ、不浄を身近に感じたくないのだろう。少し失敗したな。



「スマン。あとで土を入れ替えておこう」

「そのあと花を植えましょう」

「それはナイスな提案だハニー、花壇にしよう」


「どうでもイイけどよ、で? このクソ野郎はどうする? 尋問か?」



 ジャキがチョーの頭を足でガスガス小突きながら聞いてきた。やめて差し上げろ、首の骨が折れそうだ。



「そうだな、ここに来た目的は聞いた。マナ=ルナメルの皆を降伏させる為らしい。コイツには他に聞きたい事があるから殺すなよ」


「ほぉ、降伏ねぇ、って事は、最初のお助けコールで拠点に入れてもらってから、何かする気だった……そんな感じか」


「恐らくな。コイツと西に居るゴブリン・コボルトとの関係は決まってないが、十中八九こいつに関わりがあるだろう。ちなみに、コイツぁ称号に【森の勇者】と【連続殺魔者シリアルキラー】が付いていた。だが、勇者なのに神の加護は無い」


「森の勇者で連続殺魔ぁ~?ひでぇ冗談だぜ兄弟ブッホッホ」

「こ奴が?魔族の勇者など聞いた事がない。しかも加護無しで……」

「勇者……魔族を多く殺したから……かしら?」


『加護は物騒な称号獲得によって消されたのでしょう。加護を与えた神の意に沿わなかった、もしくは加護を与えた神として第三者に見られたくなかったと思われます』


「ですが尊妻様、加護を失っても勇者のままと言うのは……」


『先ほどツバキ大尉が言ったように、多くの魔族を殺害しています。それは人類からすれば勇者です。しかし、加護を失ったため、神の名を冠する勇者ではなく、格の落ちる【森の勇者】へ名称が変わったようです。使徒としての力も失っています。神気を感じません』



 なるほど……称号は死ぬまで消えんが、名称や効果は変わるってトコか?

 称号詐欺が横行しそうなクソシステムだな。


 どうでもいいが、狂ったペットの後始末くらいしとけボケ神が。



「まぁ、コイツの事は後回しだ」



 皆が不機嫌な顔でチョーを見つめる中、ツバキが真剣な表情で俺の右腕にしがみ付き、妖蜂族の方針を問う。



「どうします? 私が大隊を率いて行けば、百を数える前に殲滅出来ますが?」


「ははは、確かにな。サオリの情報では進化を果たしたコボルトやゴブリンを確認していないようだし、君達に任せれば問題無いだろう。だが、隠れた強者が居ないとも限らん、それにまだ完全に敵対したと決まったわけではない。先ずは潜んでいる奴らに話を聞いてからだ。浅部魔族を間引いて得するのは人間だからな」


「あら、残念。ここは臭うから、私は砦に入って温かい『麦茶』でも飲んでおきますね。チュッ」



 ツバキは俺の頬に軽いキスを撃ち込むと、右手をヒラヒラさせて砦に入って行った。麦茶は100gで10FPの嗜好品、妖蜂族は麦茶を温めてから蜂蜜を入れて飲む。



『ナオキさん、コボルトとゴブリンが動きだしました。数は約二百』



 ヤレヤレ、尋問も終わっていないというのに。



「チョーの帰りが遅くて痺れを切らした…… と言うわけじゃないか、西の集落からここまで7km以上離れている、チョーが帰り着くまでまだ時間に余裕があるはずだ。って事は予定された動きだろうな」


「だな、時間を決めてたみてぇだ。このクソ野郎が拠点を掻き回したところで襲撃って感じか。もしそうなら自信家だなこのクソ野郎、ムカツクから目隠しもしとこうぜ」



 ジャキは腰に下げた麻布の手拭を手に取ると、それをチョーの顔に巻き付けて目隠しした。そんなにキツく縛ると顔の骨が砕けるんじゃないか?


 だが、目隠しは有効だ。恐怖心を煽るし美しい妖蜂族をゴミの目に晒さずに済む。


 ついでに耳栓もしておこう。俺がそう言うと、ミギカラが濡れた土をチョーの耳に詰め込んだ。


 容赦無ぇなコイツら。ミギカラは口の中にも何か詰め込んでいる、ストレスが溜まっているのかお前?



「主様、これで狂人の魔法は封じましたぞっ!!」


「あぁ、そうだな。コイツは詠唱短縮スキルを持っているが、無詠唱で魔法を放つ事は出来ん。魔術名を唱えなければ何も出来ない。もし魔術を放っても火魔法しか使えないから、俺が居れば火魔法を吸収するので問題無い」


「おおっ!! さすが主様っ、さすぬし!!」

「「「さーすぬしっ!! さーすぬしっ!!」」」

「ブヒヒッ、気持ち悪ぃなコイツら、ブハハハハ」


「はっはっは……よさないかお前達」



 これ以上のヨイショはやめて頂きたい。

 ゴリライズされた俺の魂が『もっと、もっと褒めて』と蠢動するのだ。


 これ以上ヨイショされたら俺は……俺は……



 ……南浅部を制圧したくなるじゃないですかヤダー。


 俺がちょっぴりヤル気を見せると、優しい風が股間を撫で回した。おぅふ。

 ヤレって事ですか? あふん。了解しました。





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