第二章
第18話「あ、ごめん忘れてた」
第十八話「あ、ごめん忘れてた」
「助けてくれー!! ここに入れてくれー!!」
宴の喧騒が収まっていく。
叫び声の主は拠点の南西から北へ移動しつつ声を上げている。
俺達は砦建設現場で宴を開いていた。妖蜂族を全員収容するスペースは拠点北側のここしかない。俺は右手を上げて皆を静かにさせ、ツバキに合図を送る。
ツバキは『サオリ中隊』を偵察に向かわせ、他の中隊長を集めて指示を飛ばし、ゴブリンの女衆と赤ん坊をオキク率いる妖蜂族と共に建設途中の砦内に隠した。
中隊長のサオリはオキクに次ぐ実力を持つ少尉だ。オキクは工兵中隊の隊長なので偵察や斥候に部隊を動かせない。
この場に残ったのは俺とジャキ、男衆十四人とツバキのみ。夜空に上がったサオリ隊は北側へ低空で飛んでから木の高さを超えないように舞い上がり、五個小隊に分かれて偵察。
神像を中心に据えた最初の平地を囲う土壁の高さは既に7mを超え、巨人族や竜と言った超大型種以外の生物が拠点の内部を覗く事は難しくなっている。
梯子などを用意して壁を登っても、その先に在るのは幅30m近い水濠、その深さは巨人族が余裕で溺れ死ぬ事が出来るほどだ。
たとえ濠を泳ぎ切ったとしても、4m以上ある内壁が侵入を阻止する。水路の入り口も、縦横にクロスさせた木の柵が三重に嵌め込まれているので入り込めない。空を飛べる者以外の侵入は困難だろう。
拠点の住人が森へ出る時は跳ね橋を下ろして濠を渡り、東西南北に設置した土壁の階段を上って、壁の上に置いてある梯子を使って降りる必要がある。
現在は妖蜂族に運んでもらえるお陰で、ゴブリン達は簡単に拠点を出入り出来る。
助けを呼ぶ来訪者は入り口を求めて土壁沿いに北上中だ。
声に悲壮感は無く、息切れの様子も無い。夜の森を元気に叫びながら歩いている、助けを求めているとは思えん。
ジャキが「
男衆も剣呑な雰囲気だ。祝いを邪魔されてムッとしている。
「殺るかどうかは……サオリ達の報告次第だ」
『私が彼女達の見た物をお伝えしましょうか?』
「その手があったか!! まぁ、お前が精査して頭に流してくれ。サオリ達が肌で感じた事もしっかり聞きたい」
「ん? 俺にもヴェーダ姐さんの声が聞こえたぞ? 眷属でなくても聞こえるんだな。ってか、砦周りの壁はまだ4mだが空堀は完成してる、仮に伏兵が居たとしても侵入されるとは思えねぇなぁ。まぁ、気を引き締めて答えを待つとするか。あ、干し柿くれよ兄弟」
『私の声が聞こえるのはナオキさんが認めている者と眷属に限ります。それから、アナタに姐さん呼ばわりされたくありませんね』
「へへへ、照れんなって。美味ぇなぁ干し柿、むしゃむしゃ」
緊張感の無い食いしん坊と怒れる男衆に、木皿に盛った干し柿を渡す。
俺は干し芋派なので干し柿はあまり食べない。
こうして干し芋をかじっていると、昔見た里見八犬伝の映画を思い出す。主人公が小屋の中で干し芋らしき物を美味そうに食べていた。あれを真似て祖母にもらった干し芋を兄貴と二人で押し入れの中で食べた。秘密基地で食べてる感じがして面白かったなぁ。
緊張感が無いのは俺もだったようだ。
森からは相変わらず悲壮感の欠片も無い救助コールが響いている。
四つめの干し芋をチョビチョビかじっていると、背後から羽音と共に小隊長のイスズ軍曹が低空飛行で抱き付いてきた。
「う~んナオキ様ぁ~、クンクン、良い匂いですなぁ」
「はっはっは、君が造った口噛み酒を飲んだからかな? さて、報告を聞こうか」
「はい!! では先ず、外で叫んでいるのはゴブリンの男ですな。体が大きいし魔力量が多いのでホブではなくハイゴブリンかと。体から漏れる魔力の色が少し変でしたが」
蟲系魔族の彼女達は紫外線や赤外線などが見えている。魔素もその一つだ、俺達が見ている世界とは違った色彩の世界を見ている。
ゴブリンの初回進化で分岐する先がホブゴブリンとハイゴブリンであるが、前者は戦士系統、後者は魔術師系統の基礎となる。
イスズが来訪者をハイゴブリンであると推測したのは、彼女が見た来訪者から立ち昇る体内魔素、つまり魔力量を見てホブが放つ量ではないと判断したからだ。
俺が注意を向ける点は来訪者のレベルと魔力量だ。
ホブかハイかはどうでもいい、そいつは確実にレベル30以上である事実と、ホブより高い魔力量、そして彼女が疑問に思う魔力の色が問題。つまり、奇妙な魔力で魔法が使える“かも知れない”レベル30以上のゴブリン種が来た、という事だ。
「そんな事よりもナオキ様、あのハイゴブリンは狂っておりますぞ」
「ん? 何で?」
「奴の格好を見ればわかります、ヴェーダ様を通してご覧になって下さい」
「分かった。ヴェーダ、頼む」
『畏まりました』
ハイゴブリンを監視するサオリ達の目を使い、ヴェーダが資格情報を『精気ホログラム化』して俺達の目前に出現させた。
なるほど、狂ってる。俺は眉根を寄せて唸った。
ジャキ達は絶句している。
人外ゴリラの俺より『魔族歴』が長い彼らには刺激が強かったようだ。
取り敢えず、この気狂いゴブリンの“ナリ”に対する議論は後にして、状況確認を急ぐ。
「周辺に伏兵は居なかったみたいだな」
「あ、ヴェーダ様から聞きましたかな? 西に7kmほどの場所にコボルトとゴブリンが沢山居りました。今は一個小隊が見張っております。他の隊は拠点から円形状に哨戒範囲を広げておるところです」
「西……ミギカラ、その辺りには火魔法持ちが居るゴブリンの村が在ったな?」
「スカト=ロウ氏族ですな。村人の数は八十を超えております」
「その場所にコボルトか……南浅部中央にコボルト居たか?」
『マッシ=グラ氏族が居ります。詳細データをご覧下さい』
「よぉ姐さん、久しぶりに出てきなよ」
『嫌ですね、それにナオキさんが変身する必要があります』
「へへっ、照れんなって。本当は兄弟とイチャイチャしてぇんだろ?」
『……ブタ』
ヴェーダの声は聞き流すとして、コボルトは鉱物が採れる場所を好む。南浅部で言えば東西の山脈に近い場所がそうだ。
実際、コボルトは東浅部と西浅部に分かれて山の麓に集落を築いている。マッシ=グラ氏族はひっそりと南浅部中央で暮らしていたようだ。
「イスズ、その集まっているコボルトの数は分かるか?」
「多かったですな、百は居りました」
「主様、マッシ=グラ氏族は五十人前後で御座います。恐らく西からの援軍かと」
「フム、西から五十近く増援に来たとしても片道200km以上ある、本当に増援か?……」
西には川も在るし沼地も在る、水を求めたわけではなさそうだが……
イスズが背中から離れ、俺の両肩にフワリと脚を下ろした。肩車だ。ツバキから舌打ちが聞こえる。
イスズは鎧を外しているので顔を挟む太ももが心地好い。
ハッハッハ、今夜は君とセック――ッ!! まさか――
「――産んで増やした、のか?」
「主様それは……ちと時間的に無理かと。主様とお会いした時点での数が五十前後で御座いました。コボルトの妊娠期間は
「隠れて産み育てた可能性は?」
「……否定出来ません」
ミギカラが沈痛な面持ちで俯く。
お前が落ち込む必要は無いと肩を叩いた。実際俺の推測、いや憶測だ。
「仮に、隠れて産み育てたとしても、それが周囲を侵略する為とは限らない。ただ単に氏族の繁栄を願った行為かも知れない。ヴェーダによるとマッシ=グラ氏族は弱小だ、氏族の保全を図るのは当然と言える。だが――」
「ゴブリンが一緒に居るってのが気になるな、ハッ」
ジャキが苛立たしげに口を歪め、干し柿を頬張った。
それを見ていたイスズが俺の手から干し芋を奪い口へ運ぶ。
それを見ていたツバキがイスズを睨んで「はしたない」と眉を寄せた。
それを見ていたミギカラが干し芋を木皿に戻した。
「もぐもぐ、ところでナオキ様、外で叫んでるアレは、もぐもぐ、どうなさいます?」
あ、忘れてた。
「俺が会いに行く、俺はバッドステータス無効だから状態異常に陥らん。相手がどんな手段を持っているか分からんからな、サオリ達がもっと近づけばヴェーダの能力で鑑定出来るが、それも出来ん。魅了などの精神攻撃を持っていた場合危険だ」
『カスガ女王に偵察用のミツバチを譲り受けましょう』
「そうだな、眷属化しよう。さて、ツバキは砦内の女衆を指揮、イスズの小隊は北から出て砦と拠点を真上から監視、ヴェーダはサオリ中隊の皆に誰とも接触しないように伝えてくれ」
「あらあら、私はヒマですね」
「は~い、行って来ま~す。チュッ。御武運を」
「ああ、君もな。ジャキはミギカラと男衆六人を連れて拠点の西側で待機、シタカラと残りの男衆は砦の周りを囲んで森の方に目を向けてくれ」
「へへっ、任せな」
「畏まりました」
『私は各員の状況把握と連絡係ですね』
「では、行こうか」
念のため、大猩々化して行くか……。
『発光するので砦内で』
はいよー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます