第17話「守りたい、この(凶悪な)笑顔」
第十七話『守りたい、この(凶悪な)笑顔』
甘い、甘い匂いが俺の体に纏わり付く。
まったく、俺は甘い物が苦手だと言うのに…… マイッタナ~。
朝日を遮る樹木の無い場所、拠点北側の駐屯地内砦建設予定地に出来た俺の寝床。
地面には100FPで購入した『麻の布・一万平米』が100m四方に亘って敷かれており、その上に七百八十八人の妖蜂族とメチャ、そして俺が寝ている。
俺の体全体に、頭や体を預けて寝息を立てている妖蜂族。
彼女達は毎夜入れ替わりで俺の体を枕に寝る。
彼女達は白磁のような肌を持っていたが、眷属化した後は小麦色になった。透明感ある薄水色だった羽も、同じく透明感のある黄色に変り、種族は『妖蜂族マハトマ種』となって体全体が少し大きくなった。
さらに、ヴェーダの予想通り、彼女達は子を
女王の勅令により、眷属となった彼女達は交替不要の南浅常駐軍となった。
彼女達の総合力は1.5~5倍まで上がり、俺としては敵対する者以外のステータスは大事な個人情報として詳細は見ないように心掛けていたが、眷属の能力は把握しておく必要があるので、皆に説明して確認させて貰った。
メチャとジャキにはステータスの詳細を覗いたと謝罪したが、気にした様子はなかった。ミギカラは自分から見せていたが、あれはアホだとヴェーダが言っていた。今後、眷属と敵以外は基本的に総合力のみ確認すると決めた。
ツバキさん、いや、ツバキ達との熱い一夜を過ごしてから約二か月ほど経った日の朝、今では工兵百三十人と、奉公ゴブリン入れ替えなどで隊から離れていたイオリ小隊二十六名も俺の眷属となった。
イオリ小隊は昨夜、ミギカラとシタカラを除いた男衆十二名を東へ送った為、今朝は居ない。女衆は妊娠中なので妖蜂王国への奉公は見送ってもらった。
ジャキは眷属化を保留、彼の目的を果たす為に眷属化での強化は『卑怯』との事。ジャキの判断にチキン=シャバゾウ氏族の女性達も倣って眷属化を保留した。
間諜のラブも含めて総眷属数八百十五、一人あたりの日間FP獲得数は、奉納品の有無や信仰心により変動。最低値は24、毎時1ポイント上昇で固定らしい。
現在のFP残高=356万5,172
一時間毎に900前後増え続けているのでFPが減らない。特に贅沢もしていないからFPは貯まる一方だ。【伝教師】で下賜される品には、安価な嗜好品なども少なからず有るが、それらは森で採取した物で代わりに出来る物が多い。
麻の布はジャキ達も含めて全員に配った、これが一番の贅沢だった。と言っても、下賜品リストに木綿が有れば購入していただろう。伝教師では麻製の布しか購入出来なかった。
自分で作れる物などは積極的に自作した。木のコップや皿などはFPを使うまでもない。
釘や金鎚、鉄のナイフも作った。リストに鉄の釘も金鎚も無かったし、たとえ有ったとしても仙術の熟練レベル上げと、物作り系の特技獲得を狙って購入しなかっただろう。
本来なら『製錬』と『精錬』も覚えて加工するが、それらは岩仙術に含まれるので工程を飛ばせる。『製造』の特技が有れば高レベルの【錬金術師】と同じ事が出来るようだ。
鉄のナイフは妖蜂族に不要だったので、眷属とジャキ達に与えた。
ラヴにも干し芋やマハトミンCなどをナイフと一緒にあげたかったので、ヴェーダを挟んだラヴとの遣り取りで『深夜に道具を影へ放る』作戦を決行した。
拠点から約60km離れた街に居るラヴが深夜に街を抜け出し、彼女の少し手前の地面に影沼を展開させ、ヴェーダの指示で力加減と角度を決めて、道具の入った魔獣の革袋を麻の布で五重に縛ったそれを俺が空へ放り投げ、60km先の影沼へ落として作戦終了。超怪力バンザイだ。
道具を受け取ったラヴは驚喜したが、思った以上に拠点が楽しそうだと感じた彼女は『もう帰還していいかな?』と、仲良しのヴェーダに弱音を吐いた。
可哀そうだったが、ヴェーダが甘言を弄して説き伏せ、三日に一回の物資投擲と作戦終了後の『帝王の後宮入り』で手を打った。
さて、今日は大事なイベントがある……予定だ。急ごう。
俺の右腕を枕にしているツバキとオキクを起こさないように、右腕を引き抜きつつ、右手に掴んだ麻布と枯れ葉の枕を腕枕とすり替えて、空いた右手で他の女性達をヒョイヒョイ掴んで
俺の起床と共にメチャが目覚める。
互いに朝の挨拶を交わしてトイレを済ませたあと、一緒に水場へ向かう。水場と言っても、水濠から北に用水路を短く引いただけの水溜りだ。恐ろしく澄んでいるが。
そこで口を
余談だが、神木の周りはホンマーニ達ディック=スキ氏族の女性達が整備し、彼女達が植えた芙蓉や小さな花々で美しい聖域と化している。
ホンマーニは【官名】が巫女長になり、他のディック=スキ氏族の女性は全員が巫女になった。修行すればゴブリン史上初の治療魔術を修得出来るとヴェーダが言っていた。
魔族で治療魔術を修得出来るのは極僅かな妖精等の種族に限られているので、魔族の世界に衝撃が走るだろう。
そして、今日は第二の衝撃を世界に与える日となる……予定だ。
予定ばかりだが、こればかりはしょうがない。
ミギカラ夫妻とシタカラ夫妻に子供が生まれるのである。が、予定日は今日であっても、今日生まれるとは限らないからだ。
俺とメチャは妊婦の様子を窺いに向かう。ちなみに、ゴブリンの女性達はホンマーニとメチャ、それからジャキを囲う女性達以外、全員妊婦だったりする。
驚くべき事に、ジャキは避妊していた。「今の俺にガキを育てる資格は無ぇ」と語るジャキ氏の何と紳士な事か。俺の中でヤツの株価上昇が止まらない。
ゴブリン達はジャキ一党以外皆起きていた。
挨拶を交わしながら妊婦達を診断していく。うむ、皆順調のようだ。
ウエカラとキツクは……もう産まれるんじゃないかコレ?
ゴブリンに陣痛は無く、『あ、出る』のような軽い感じらしいが……
とりあえず、この二人は集会所の西側に建てた診療所で横になってもらう。
診療所内は俺が造った木のベッドに麻の布が重ねて敷かれ、井戸から新鮮な水が流れる水道管をFPで購入した竹で造って地中に埋め、診療所の隣に建てた炊事場から水道管の水を常時使えるようにした。
炊事場には岩をくり抜いた
集会所を含むこれららの建物にはすべて屋根と扉、それから窓とトイレも設置した。
集会所は木を組み合わせて造った山小屋のようになったが、ゴブリン達は大いに喜んでいた。
屋根は俺が作った板を妖蜂族が釘で打ち付け、扉は鉄の
困り顔のウエカラとキツクをベッドに寝かせ、安静にするように厳命。巫女四人を付き添わせる。こうしないとウエカラとキツクは畑仕事や狩りに出ようとするので大変だ。
二人の診察を終え、俺はベッドの増産に励む。
診療所には六つのベッドが置かれているが、どう考えても足りない。診療所も拡張する必要がある。
工兵が三階建ての診療所を設計してくれたので、俺は彼女達とヴェーダの助言をもとに材木や釘を用意するだけだ。
ワンフロアに十二個のベッドを置く予定。砦側にも大きな野戦病院を建設して、住民の健康と安全を守りたい。
砦建設予定地の北側で
素晴らしい習慣だ、大切にしたい。ただ、数が多いので解決策を募集中だ。ちなみに、妖蜂族から解決の案は一度も出された事が無い。
彼女達が朝のお勤め――食用植物の採取と警戒活動に向かってすぐ、本日の水補給大隊と共にイオリ小隊が戻って来た。
日替わりの大隊と大隊長さんに「お疲れ様」と声を掛け、互いに自己紹介と挨拶を交わし、恒例となっている『マハトミンC配給』をツバキに任せる。
マハトミンCは王妹殿下のお気に入りだそうで、彼女と女王用に三本ずつ毎日届けてもらっている。
マハトミンCを受け取った隊長さんが、こっそり蜂糸布を渡してきた。
はて、ハンカチかな? と、三重に畳まれた布を見る。縁が蜜蝋で固められていた。
隊長さんが耳元で「王妹殿下の密書で御座います」と囁く。
俺は軽く頷いて「ちょっと厠へ」と皆に告げ、そそくさとトイレに入り、狭い密室で密書を開く。そこには――
『美肌セットを下さいお願いしますお願いしますお願いします気が狂いそうなンでス助けテ
小皺が百八本のところで水滴により文章は途切れていた。涙だろう。
俺は美肌セットと干し柿、さらにA5サイズ一枚10FPもするパピルス紙と、これまた高額な墨汁100ml=10FPを購入し、パピルス紙に『親愛なる君へ~云々』とクサイ言葉を書き
隊長さんは申し訳なさそうに何度も頭を下げ、「これで殿下もお元気に……」と、涙を浮かべていた。
彼女はテキパキと部隊を指揮し、本日の第一陣を従えて東へ帰った。
俺はフゥと一息吐き、ベッド製作に戻った。
「賢者様っ、産まれました!! お二人同時にっ!!」
巫女の一人が息を荒げて駆け寄って来た。ベッド製作は一時中止だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
悪魔?
ウエカラとキツクが産んだ赤ん坊を見た俺の第一印象だ。
そんな事より、生まれた子供達のステータスを素早く確認。
状態は良好、そして――
俺の予想通り、筋力等の数値が高い。新生児の数値は【基準値】と呼ばれ、レベルアップ時の上昇率に繋がる。完璧だ。
赤ん坊達の基準値は普通のゴブリン新生児の三倍。マハトマ・ゴブリン同士の親から生まれ、アートマン様の加護により【養殖】の因子が消えた生粋のマハトマ・ゴブリン。魔族界に衝撃を与える『最弱』が誕生した。
この子達の体色は親よりも濃く黒い。その顔は凶悪、産まれたばかりなのに目を見開き、俺を見て乱杭歯を打ち鳴らす。邪神かな?
ヴェーダの指示で湯を沸かし、赤ん坊はその湯で綺麗に洗われて麻の布に包まれていたが、これが出産直後の血だらけベイビーだったとしたら、俺は間違い無く「ひぃ」と声を上げていた事だろう。それほどまでに凶悪な面構えだ。
赤ん坊はどちらも男だった。ゴブリン達は皆一様に「美男子だ」と言っていたが、やはり美醜の感覚が違うのだろうか、俺には控えめに言って不動明王に見えるのだが……
まぁ、『好い男』なのは間違いないな。そう思える俺は順調にゴリライズが進んでいるようだ。
ツバキやオキク達妖蜂族も赤ん坊を見て「勇ましく可愛い」と言い、ジャキは「
そう言えば俺もゴブリン達を醜悪だとは思わなくなっている。ただ、「ハゲ散らかして凶悪な顔だなぁ」とは思うが、醜いとは思わない。
死ぬほどよく見れば、メチャの上顎から生えた乱杭歯の一本は、閉じた口から先端がはみ出し、それが八重歯に見えて可愛らしいと言えなくもない。
そんな事を考えながら、赤ん坊の頬を
彼らは俺が名付ける事を有り難がるだろうが、名は親から貰って、成人して一族を抱えたら姓を俺が授ける、そう言った形がいいだろう。
生き抜いて名を授けてくれた親に対して感謝の心を持ち続けてもらいたい。
まぁ、名付けの代わりと言うか、この子達には『守り刀』を贈ろうと思う。
アハトマイト製ではないが、柄にはエッケンウルフの革を巻いた鉄の小刀だ。
鍛造品は難しいが、レベル5に上がった岩仙術で出来る限り純度を上げた圧縮総鉄製で、今のところはアハトマイトナイフに次ぐ頑丈な武器である。鞘は工兵に作ってもらう。
今後のベビーラッシュに備えて、岩からの鉄抽出を急ぐとしよう。
赤ん坊イジリを堪能して、俺達は作業に戻った。
今夜は宴会だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミギカラ達の子が生まれて1週間経ち、今日の日没前に全ての妊婦が出産を終えた。
彼らの父親は全員東へ行っているので、それが残念でならない。次回の出産時は是非立ち会ってもらおう。
男の子が五十四人、女の子が四十人生まれ、拠点の総人口は千を越えた。
マハトマ・ゴブリンが二百四人、ゴブリンが四十三人、この四十三人はジャキを囲む女性達。妖蜂族が八百十四人、そして猿人の俺と猪人のジャキ。マハトマ・ダークエルフのラヴも総人口に入れる。
総人口:千六十四人。
生まれた子供達はアートマン様から加護を授かっていた。子供達を神像の前でお披露目、アートマン神像に「あうあうあー」と小さな手を伸ばす子供達。
加護を持つ子供達は既に信仰心を持っているようで、信者が千を越えたとアートマン様に認められた俺は、ジョブが伝教師から【助祭】になり、下賜品リストに下賜品が増えた。能力も少し上がったが、特技等は覚えなかった。
早速、新たにリスト入りした【乾パン10個=1FP】を俺以外の全員分購入して配った。驚きの早さで皆の腹に収まった。美味しかったようだ。
下賜品には小麦粉などの食品の原料は無かった。小麦を栽培出来れば何の問題も無いのだが、ジョブのランクを上げればリスト入りするのだろうか?
小麦の存在はヴェーダに確認出来ているので、栽培を模索した方が無難かもしれない。
だが【木綿の布】や糸はリスト入りした。麻の布より十倍高価だが、赤ん坊を包む布や診療所のベッドで使用したい。針が無いので製作を急ごうと誓う。
今日の作業は中止して、産まれた赤ん坊達を祝う宴を催す事にする。
今は午後三時過ぎ、そろそろ水輸送の第二陣が来るだろう。彼女達も宴に誘おう。女王の下に居る男衆が居ないのが本当に残念だ。
――と、思っていたら、女王が気を利かせて男衆に二日間の休暇を与え帰省させてくれた。本当にデキる女である。美肌セットや乾パン等を、一辺1mの木箱十箱に詰め込んで贈った。無論、感謝の恋文も箱に入れておいた。
この日の晩は盛大に子供達を祝った。
男衆は嫁さん達に「ありがとう」と泣いて喜んでいた。マナ=ルナメルの男衆は皆イイヤツだなぁ。ジャキも「フン」と笑っていた。北の村は本当に酷かったな。
北の村と言えば、その東にある村へ女王から送り返されたディック=スキ氏族の男達は、誰も居なくなった村を見て呆然としていたらしい。それを聞いたディック=スキ氏族の女達は「? 然様ですか」と鼻ホジ状態だった。
旦那が出来た上にお腹の子まで授かった巫女さん軍団は、血族であるディック=スキ氏族の男達を記憶から排除していたようだ。
族長のホンマーニや侍女のメチャも、氏族の男達をすっかり忘れていた。
どうも彼女達は、俺に氏族の恥を忘れてもらいたいようだ。率先して自らの記憶を抹消している
そのディック=スキ氏族の男達だが、おそらく北の村に居るチキン=シャバゾウ氏族の男達と合流すると思う。
しかし俺は「他の氏族を襲うな」とか「女を襲うな」などと彼らに言うつもりは無い。彼らが森の掟と常識の中で行動する限り、南浅部の一部だけを支配する俺が北浅部の事に物申すのは筋違い。人間を警戒しながら北の面倒など見るヒマは無い。
人間に嫌悪されながらアートマン信仰を広げつつ『虐げられる人外と共に生きる事』が俺の使命だ。『虐げられる者』と『敗者』の違いを明確にしておかないと、手を広げ過ぎて眷属に被害が及ぶ。
敗者に襲われる者達は果たして共に生きるべき者達なのか、見極めが必要だ。
無論、ロボットのようにただ使命だけを頑なに遂行する、なんて事はしない。
なるべくカルマが貯まらないように心掛けつつ、眷属を率いる者として生きる。
人間だった頃の俺だったら、
答えは否だ。俺は彼らに『ここへ来てもいい』と言っている。最低限の情けは掛けた、高校の時と同じだ、『次は無い』、馬鹿が同じ事を繰り返す様を見るのは不快だ。
北で襲われる者達が眷属達のように始めから庇護を求めてここへ来れば助ける。護るべき存在が出来た俺は拠点を離れてまで弱者を救済しない、東の女王と同じ様な立場でモノを考える、俺の下に来るなら護るが俺から迎えには行かない。
護れる範囲は自分の周りまで、これは高校生の時から変わらない考えだ。手を伸ばして現在の仲間が護る範囲から零れてしまったら本末転倒。
護るなら自分の力が及ぶ範囲まで、これは前世から変わらない俺のルール、眷属を抱えた事でその考えがより強くなった。
俺が南を完全に支配するのにどれだけ時間が掛かるか分からんが、その頃には北浅部南側に新しいリーダーが居ることだろう。ジャキが消えた北浅部南側で頭角を現したリーダーと弱者との間に起こる問題に、俺が口を挟む事はない。
だが、そのリーダーの行動に南下の兆しが見えたら、俺は絶対に容赦しない。
赤ん坊達を眺めながら思う、俺のブレる意思一つでこの子達が戦いに巻き込まれる。子を失い親を亡くした眷属の顔など見たくない。
そう、
殺伐としたこの世界で家族を護る為に他者を切り捨てる覚悟を持たねばならない。
いずれ新しい氏族の族長になるであろうミギカラの赤ん坊を抱きながら、出産を祝う宴の最中だというのも忘れて、そんな無粋な事を考えていた。
「助けてくれぇー!!」
祝いの席に俺の思考より無粋な叫び声が響いた。
第一章・完
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