第14話「これが、真の姿、だっ」




 第十四話「これが、真の姿、だっ」




「いやぁ~、驚いたぜ。妖蜂族の大群がこっちに飛んで行くのが見えてよ。俺はただ事じゃねぇと思って急いで来たんだ。まさか友誼を結んでいるとはなぁ。うひょう、冷てぇなこの水!!」



 大量の汗と土埃にまみれた巨体を晒し、チキン=シャバゾウ氏族の女四十三名と共に水浴びしながらジャキは語った。


 ジャキ達は昨日、俺が帰ってすぐに後を追ったそうだ。

 ゴブリンの脚と体力で50kmを走破するには早過ぎるが、ジャキが両腕両肩と体の前後の六ヶ所に女性を担ぎ、担ぐ女性を入れ替えながら走って来たらしい。


 それでも進みが遅かったが、運良く大イノシシを発見し、その大イノシシをジャキが小突いて服従させ、四人の女性を大イノシシに乗せる事により、進行速度が上がったようだ。


 ジャキは笑って話したが、女性達はグロッキー、大イノシシは天寿をまっとうした。


 オキクさんとツバキさんが俺の隣で訝しげにジャキを見つめる。いや、睨んでいるな、警戒しているようだ。



「ミスター、何故、中部の猪人族がここに?」

「聞いていないぞナオキ殿」


「あぁ、ヤツはジャキ、北浅部南側の小エリアボスだ。東を全て治める女王陛下とは違い、俺と同じ“お山の大将”だがな」


「北浅部の小エリアボス? 中部ではなくて? それが何故ミスターの所へ?」


「一人で中部を飛び出して北浅部に住み付いたらしい。先日アイツに会って、勝負した。そのあと――……」



 俺はジャキとの経緯を聞かれるまま答えた。

 二人は『女に優しい猪人族』と言う部分に衝撃を受けたようだった。

 だが、ジャキの『ワルだが紳士』的な姿勢は好意的に受け入れられた。


 しかし、ジャキが中部出身の魔族であることに対して、警戒心は解いていない。さて、何やらワケがありそうだが、今の浅い関係で俺が理由を聞くのは時期尚早だろう。いつか教えてもらえるように努力しよう。


 説明の後、ジャキと妖蜂族の挨拶が交わされ、ジャキは今後『南浅部のジャキ』として妖蜂族と友好を結ぶ誓いを立てた。


 ジャキは貴重な青銅製の大斧と魔獣の革数枚を、女王陛下への献上品としてツバキさんに預けた。


 おそらく、ジャキも女王陛下から豪華な見返りを貰う事だろう。

 何か、歴代中華王朝への朝貢みたいだなと思った。小国が貢物を帝国に納める度に、倍以上の見返りが貰えるアレだ。


 大斧を失ったジャキに「よかったのか?」と問うと、「コレを鍛えるのが先だ」と言って右の拳を俺に向けた。


 なるほど、『北都真拳』を鍛え上げるつもりらしい。ホァタァ!!

 俺も中部に『南都』を造って『南都真拳』創始者になろうか、と本気で考えた。


 そんな事より、空中待機の皆さんに申し訳ないので、駐屯地の場所を決めてもらう事にする。



「ツバキさん、駐屯地か砦か、どちらか分からんが、どの辺りに造る? お勧めは北側だが」


「あらあら、私はてっきり人間が侵入してくる南側に駐屯地をと仰るかと思っていましたが」


「いや、妖蜂族を盾にするような真似はせんよ。出来れば北側に造ってもらって、有事の際は避難所にしてもらいたい。空を飛べる妖蜂族の存在も隠しておきたいしな」


「ミスター、素敵な方。宜しい、北に砦を築きましょう」

「砦か、有り難う。今すぐ平地を造ろう、待っていてくれ」

「え~っと、今すぐ? え? 部隊の投入は?」


「要らんよ。行くぞジャキ、眷属達も付いて来い」

「へへっ、早速かよ。チチョリーナ達は休んでな」



 さて、『草むしり』を始めようか。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 拠点の北側に出た俺達は、俺とジャキ、眷属で分かれ、先ず俺とジャキで間伐材置き場の為の空き地を造った。そして、眷属は灌木かんぼくを、俺とジャキはそれ以外の木を引き抜いて行った。


 今回は砦用に木材を多く使うと予想出来るので、移植の必要は無い。


 樹齢が高い巨木は日本人の感覚として畏敬の念がある為、さすがに移植させて貰った。それは森の民も同じだったようで、眷属達はホッとしていた。


 一時間ほどで拠点と同規模の円形に平地が出来た。


 だが、今回はもっと大きくする。ここは軍が駐在する場所であり避難所だ、避難民が入りきれないなんて事態は避けたい。


 一応の形は整ったので、ツバキさんに見てもらう。



「どうだろう? 今は円形だが、拠点の東西を囲むように広げて、北側も広げる予定だ。面積は今の三倍ほどを最初の大きさにしたいと思っている。ここも水路を伸ばして水濠で囲む。拠点と砦は大きな跳ね橋で繋げようと思う」


「あらあら…… それはまた立派な。工兵をもっと呼ばなきゃ駄目ねぇ、うふふふ、ホントに素敵。オキク少尉、工兵を召集、工兵一個中隊を編成してよこすように伝令を」


「はっ!! 水を補給した補給隊を帰投させて伝令としても宜しいでしょうか?」


「そうね、補給隊の第二陣と一緒に工兵中隊を派遣してもらいましょう。あ、石材を運ばせましょう、一個大隊追加」


「はっ!! 水の補給を開始します。ナオキ殿、勝手に宜しいか?」

「フッ、君のお願いを俺が拒めるとでも?」


「ナオキ殿……」

「オキクさん……」


「……少尉、ハリアップ」

「イ、イエス・マァム!!」



 オキクさんは渋々拠点内に戻った。彼女が部隊を率いて戻るのかな?

 ところでツバキさんが『石材』を運ばせると言っていたな。東は石が豊富なのか?



『この大森林は扇状に広がっており、その南側以外は山脈に接しています、山脈から採れる岩石や鉱物は豊富です』



 なるほどな、そりゃ羨ましいね。

 浅部の東は駄目でも西をどうにか出来れば、自由に山をあさるんだがなぁ。



『岩仙術を鍛え上げれば、地中の岩盤を好きなように出来ますよ』



 ただでさえ地下水抜きまくっているのに大丈夫かそれ。



『問題ありません。地下水はアートマンが少量のFPで随時補充しますので。岩盤を抜いた際にはアナタの精気が抜いた分を補います、今は精気の量も強さも足りませんが』



 ハイハイ、頑張りますよ~。

 抜いた岩盤の箇所をFPで補充してもらえないだろうか?



『神像の直下に在る岩盤なら可能でしょうが、未だアートマンの力も弱いままです、膨大なFPを必要とします。普通に仙術の熟練度を上げた方がよいでしょう』



 なるほどね。

 さて、次はどこから手を付けようか……

 と考えていたら、ジャキが腹を鳴らして寄って来た。



「兄弟、区切りがいい、少し遅ぇが昼飯にしねぇか?」

「ああ、そうだな。昼飯を摂ってなかった。戻ろう」


「あらあら、私はお昼を済ませて来たけどどうしましょう、部隊も戻っちゃうし」


「一緒にどうかな? 妖蜂族は肉もイケるんだろ?」

「あらミスター、ご一緒しても?」


「勿論さ。君と一緒なら、たとえ木の実一つの昼食だったとしても、俺にとっては豪華な宮廷料理に変わる」


「嗚呼、ミスター……」



 恍惚乙女をエスコートして、俺達は集会所へ向かった。

 ジャキが「やるじゃねぇか」とか言ってきたが、「お前が言うな」と言いたい。


 ちなみに、ツバキさんは三十路だ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 集会所に戻ると、オキクさんが何やら指示して補給隊の方々が忙しく動いていた。用水路や水濠に蟲腹の先を突っ込んで水を吸い上げているそうだ。


 口から飲んで蟲腹に貯めた方が『加工』の手順が省けるとツバキさんが教えてくれた。


 飲料水だけではなく、様々な用途に使われる水だが、妖蜂族は酒と蜜造りに重点を置いている。今回は東浅部で栽培されている果樹園用の水なので、“尻”から吸収しても構わないらしい。


 酒と蜜用の水は口から含んで蟲腹に、生活用水は基本的に壺に入れて運ぶ。


 縁に二つの取っ手が付いた壺は約四十リットル程度の水が入るようだが、その程度の重さなら苦にならないとのこと。ゴブリンの方が重いしね。


 ツバキさんの説明を受けている間に、オキクさん達は汲水を終えた。

 オキクさんが数名の部下を引き連れて集会所にやってくる。

 部下さん達は大きな木箱を一つずつ抱えていた。全部で九個だ。


 ツバキさんはそれを見て「あらあら、イケナイ」と自分の頭をコツンと叩いた可愛いよツバキ可愛い。



「ミスターのインパクトが強すぎて、私も皆も忘れていたみたいね」

「そうですね、ジャキ殿の登場がトドメでした」


「ミスター、コレは陛下からの返礼の品です。どうぞお納め下さい」



 ツバキさんが木箱を持った女性達に首肯で促す。

 女性達が俺の前に並んで箱を置いていった。

 予想は出来るが、一応贈り物の中身をツバキさんに尋ねる。



「陛下のお心遣い、何と礼を言えばいいのか、感謝の言葉もない。有り難く頂戴する。して、かなり大きな箱だが…… 無暗に蓋を開ける事は出来んな。中身を聞いても?」


「我が王国、我が種族の秘伝。どうぞ、手に取ってご確認下さい」

「秘伝…… フム、ならば慎重に扱うべきだな」



 それなら、本来の姿と言うべきゴリラーマンになって誠意的なものを見せたいところだが……如何せん体がデカすぎる。返礼品の扱いを誤りそうだ。


 大猩々の大きさを抑える事は出来るか?



『出来ますが、それでも3mを軽く超えますね』



 それくらいなら指の太さや器用さも問題無いかな?

 駄目っぽかったら元に戻ればいい。よっしゃ。


 皆が見つめる中、初お披露目の『大猩々:Lv1』を発動する。


 俺の体から金色こんじきの光が放たれ、皆が驚き目を瞑る。



 光が収まり静粛に包まれた。

 手で光を遮っていた者達がゆっくりと目を開き、光が収まった事を確認して手を下げる。


 彼らの表情が驚愕に染まり、眷属達が跪く。

 妖蜂族は頬を染め、ジャキが口笛を鳴らし、何故か俺の後ろにも視線を向ける。



「まさか、兄弟が神獣化スキルを覚えていたとはな…… 森の最奥に住む年老いたバケモン共くらいだぜ、神獣化なんて出来るのは。それも御子の力かい?」


「そうだな、神獣化とは少し違うが、産まれた時から備わっていた能力だ、アートマン様がこの力を与えて下さったのだろう」


「オイオイ、先天スキルが神獣化かよ、大盤振る舞いだな兄弟の母ちゃんは!! ハッハッハ」



 ジャキが楽しそうに俺の肩をバシバシ叩く。叩きながら俺の背後を見る。さっきから何なんだ?



「ところで兄弟、後ろの姉ちゃんは誰だい?」

「は? 姉ちゃん?」



 俺は後ろを振り向いた。

 女が居た。全身が黄色いガラスで出来たような、動くガラス人形が居た。


 頭の天辺から足の先まで、全てが透き通った女性型のマネキン、そんな『物』が俺を見つめていた。



「相棒を『物』だなんて、失礼ですね」

「相……棒? ってその声、ヴェダえもん?」


「そうですが、何か?」

「な、何でお前が居んの?」

「いつも心の中に居りますが」

「えぇぇ…… 狭くね?」

「貴方の心は広くて快適です」

「やめて恥ずかしい」



 ヴェーダが快適と言うなら、快適なのだろうと無理やり納得。

 コイツは俺の心の中から出て来たらしい。ちょっと意味が分からんが、どうせ非科学な仕組みなので納得しておく。


 果たして生物なのかと鑑定に掛けたら、鑑定が弾かれた上に頬を抓られた。


 小声で「えっち」と言われた。

 ヴェーダがそう言うなら、えっちなのだろう。


 そして、『自分の体はアナタの精気とアートマンの神気で出来ています』、と教えてくれた。


 よく分からんが、ヴェーダがそう言うなら、そうなのだろう。


 とりあえず、皆にヴェーダの紹介をする。



「コイツはヴェーダ、俺の相棒だ。たぶん、神様的なアレだと思う」


「兄弟、冗談は―― え? マジで?」

「うん。知識の神、かな?」


「あらあらミスター、素敵ねぇ……」

「あわわわ、な、ナオキ殿が神獣化して、か、神様が、わわわ」



 俺の言葉にさすがのジャキも声を失い、妖蜂族も目が点だ。


 眷属達は力いっぱい平伏し、オキクさんはワタワタし始め、ツバキさんは俺を見てウットリし続け、部下の皆さんは頬を染めながら上司の指示を待ち、ジャキの女達は俺とジャキを見比べて「イエス・ジャキ、オーケイ・ナオキ」などと上から目線で俺を承認した。


 贈り物を確かめるだけの事なのに、俺の所為で要らぬ混乱を招いてしまった。


 三割くらいはヴェーダの所為だと思う。お尻を抓まれた。



「失礼な。ところで、落ち着かないのでナオキさんの中に入っても宜しいでしょうか?」


「ん? 猿人に戻れって事か?」

「いいえ、今の貴方の中ですが」

「入れるのか? 入れるなら構わんが」

「有り難う御座います」



 そう言ってヴェーダは俺の背に手を当て、ニュルリと入って来た。

 フムム。少し体が温かくなった。



『ふぅ、やはり中は落ち着きますね。次回からは出る事を控えます』



 そうしてくれると助かる。

 そして、ヴェーダの奇行を見た皆が再び驚愕した。

 眷属達はもうトリップしている。特にホンマーニとメチャがヒドイ。


 ツバキさん以外の妖蜂族は呆然とこちらを眺めているので、オキクさんに声を掛けて正気に戻ってもらい、木箱の確認に立ち会ってもらった。


 オキクさんは何やらブツブツ言っていたが、気にせず木箱の中身を確認。

 蓋を開けた瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。



「……これは見事な」




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