第15話「……やっちまったなぁ」




 第十五話「……やっちまったなぁ」




 一辺が120cmほどの木箱、その中には妖蜂糸製の反物たんものがギッシリ。


 しかもカラフル。植物や動物などの模様が見える。

 九個ある木箱のうち、三つがこの美しく織り込まれた反物が入っていた。


 他の六つは無地だが染色されていた。何故か白は無かった。

 白は比較的楽に供給出来るから価値は低いとツバキさんは言った。



「どうでしょうか? 模様の付いた物は妖蜂族が四歳の頃から十二年掛けて、三人掛かりで精魂籠めて一反仕上げる秘伝の品です。ミスターが今手にしているのは…… あの子と、そっちの子と、端に居るあの子が織った物ですね」


「君達が…… そんな大切な物をこんなに、参ったな。要らぬとは言えんし、貰うには高価過ぎる。彼女達の熱意と愛情が、反物を持つ手に伝わって来る、今の未熟な俺達がこの『結晶』を衣服にして纏う事は出来ん。暫らくはアートマン様に預けよう」


「うふふ、然様ですか。では次回に『白』を持って来させましょう」


「いやいや、気遣い無用だ。それより、約束通り『とっておき』を贈らせてもらうよ。ちょっと付いて来てくれ。皆さんも御一緒に」



 男衆に反物の木箱を持たせて、神像の下へ向かう。

 俺が木箱から一反ずつ取り出し、ホンマーニとメチャに渡して神木マハーカダンバの根元に奉納させ、ミギカラに俺のアハトマイトナイフを持って来させる。


 俺はアートマン様に強く願いながら、奉納した反物の前にナイフを置いて酒と獲物を供えたあと、いつものように『二礼二拍手一礼の儀』を行った。


 俺が最後の一礼を終えて神像を見上げると、奉納した反物とナイフが淡い光に包まれながら浮かび上がり、光と共に消えた。


 次いで酒壺と獲物が浮かんで『うろ』に吸い込まれた。


 オキクさん以外の妖蜂族に驚きの声が上がり、ジャキ達からも感嘆の声が上がる。


 俺は嫌な汗を掻きながら『かーちゃん頼む!!』とドキドキしていた。

 あそこまで大見得切って、何もありませんでした、では格好が付かん。



『集会所での信心上昇と、信者から毎時供給される信仰度数、先ほど奉納された品々と供え物で、FP残高が391万1,280となりました。アハトマイトナイフは奉納品から除外されます。【伝教師】への下賜品リストを表示します、御所望の下賜品をお選び下さい』



 え? え? どゆこと?

 あ、頭の中に何か…… これの中から選ぶのか? マジで?


 何か、色々あるな、これが神様からの下賜品か……

 アムリタとソーマが無いな、贈答用があったけど……

 オイオイ、贈答用アムリタって800万もすんの!?



『伝教師にはアムリタとソーマを下賜出来ません。前回の薄めたソーマは特例です』



 な、なるほど。

 とにかく今は返礼の品を…… あった、俺がお願いしたヤツだ。



【マハトマ・ジャマダハル】=100万FP (材料持ち込み特別価格)

≪アハトマイトの両刃を持つ近接片手用武器。柄は無く、取っ手の様な握りが鍔と平行に付いており、握りを掴むと拳の先に両刃の剣が付いた形となる。二本一対≫



 加工費だけで100万? しかも特別価格、とんでもねぇな……

 あの反物は1本でFPいくら分だ?



『無地染色が5万、柄物が120万です。大イノシシの肉と魔核で20FPです』



 あぁ、やっぱり高級品だったかぁ反物。

 他に何か贈ろう。何かねぇかな…… こ、これは……



【神木の美肌セット】=5,000FP

≪マハーカダンバの樹液から作られた薬用液の詰め合わせ。今日からあなたもマハトマ・ビューティー。容器は全て総クリスタル製≫



 これだな。

『英断です』


 マハトマ・ジャマダハルと美肌セットを賜る。ソイヤぁ!!


 FP残高=290万6,280


 俺の眼前に光る球体が出現。両手を差し出すと、手の上に硬く平たい物が置かれた感触が伝わる。


 光が収まり両手の上に置かれた物を確認。赤い紐で縛られた黒檀こくたん製の箱。長さ1m、高さ15cm、幅30cmほどの箱、中身はジャマダハルだろう。俺はそれをミギカラに渡す。


 再び眼前に光球が出現、両手を差し出し美肌セットを賜る。


 可愛らしい『シダ編みかご』にピンクの絹布が敷かれ、その上に十二種の美肌薬用液が詰まった綺麗なクリスタルの小瓶が入っていた。


 編みかごの取っ手には赤いリボンが巻かれている。しかも翻訳が付与された日本語の説明書付きだ。これはホンマーニに持たせた。


 姿勢を正して神像に一礼。あふん。有り難う御座います。


 皆に向き直ってツバキさんに歩み寄る。背後からミギカラとホンマーニが付いて来る。



「ツバキさん、こっちが『とっておき』の品、我が神から賜ったこの世で二つと無い武器だ。その強度に勝る物は存在しない、これが陛下の御身を守る事を願う。そして、もう一品、こちらはこの神木の樹液から作った『美肌薬用液』だ。陛下に女神の如き美しさと健康な肌を願って」



 ミギカラがツバキさんの前に片膝を突きジャマダハルを差し出し、ホンマーニがオキクさんの前で両膝を突き、美肌セットを差し出した。


 ゴクリと喉を鳴らせてジャマダハルを受け取るツバキさん。

 神像に一礼して美肌セットを受け取るオキクさん。少し慣れてきたようだ。


 オキクさんは美白セットを部下に渡し、丁寧に蜂糸布で包ませ、それを受け取り大事そうに抱えた。


 ツバキさんは震えながら俺の顔を見て、申し訳なさそうに『安全確認』の為の検品許可を求めてきた。二つ返事で「どうぞどうぞ」と微笑む。



「で、では、失礼して…………オゥ、ファッキン オゥサム……」



 彼女はジャマダハルに畏怖を覚えたようだ。

 すぐに蓋を閉じ、紐できつく縛って蜂糸布で厳重に包んだ。

 どうやら自分で持ち帰るらしい。


 ツバキさんもオキクさんに倣って神像に一礼し感謝の意を示した。「ひゃっ」と声を上げるツバキ嬢。お約束ですね。


 俺に向き直ったツバキさんは小さく笑って溜息を吐く。



「さすがにコレは私が持ち帰りませんと、ハァァ、早く陛下に献上して重すぎる肩の荷を下ろしたいですね」


「私もです大尉、至極の一品を持って森を抜けるなど、考えただけでも頭痛がします」


「それは……スマンかった」



 顔色の悪い二人が可哀そうになった。

 下賜品リストを素早くチェック、【マハトミンC】なる栄養ドリンクを発見。お値段なんと5FP!! 輸送隊の皆さんに購入。


 計1,313本。容器は竹製、3分の1が『かぶせ蓋』になっていて、パカっと取れる。茶筒のようだ。


 FP残高=289万9,715


 眷属に渡して皆さんに配った。

 ツバキさんが小首を傾げる。



「ミスター、これは?」

「元気になる神薬です。薄いエリクサー、だと思って下さい。どうぞ、ググっと」



 エリクサーと聞いた輸送隊の皆さんが一斉に一気飲み。

 飲み終えてシャドーボクシングを始める。何故?

 ツバキさんとオキクさんが猛獣の目で俺を見る。何故?



「美味しゅう御座いましたミスター……今度一緒に、夜、飲みましょう」


「ふんす、ふんす、ナオキ殿、いつでも、いつでも構わんからな!!」


「お、おう」


「ではミスター、私共は一度戻ります。が、すぐに戻って参ります。その神獣化の事、じっくりと聞かせて下さい。じっくりと……」


「すぐだ!! 最速で戻って来る!! ふんす!! 神獣神獣神獣ナオキ、ハァハァ」


「ハッハッハ……気を付けて戻ってくれ。拡張工事しながら待っているよ」



 こうして、“尻”から針をシャキンシャキン出すツバキさんを先頭に、輸送隊は帰っていった。


 肉体疲労と栄養補給に抜群の効果を発揮したマハトミンC、今後も役立つ事必至の下賜品だった。今日は仕事終わりに拠点の皆にも配ろう。


 あ、昼飯忘れてた。


 奉納品以外の頂いた反物は、アートマン様にお許しを得たあと、箱ごと全てアハーカダンバの洞に保管させて貰った。


 下賜品リストとは別に、『預け物』リストが出来た。やったぜ!!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ジャキによる質問攻めを受けながら昼休みは終わった。

 皆も聞き耳を立てていたが、マナ=ルナメルの皆は胸を張って聞いていた。


 ジャキの質問で気付いた事だが、ヴェーダは大猩々状態の時以外、中から出る事は出来ないようだ。『猿人の皮膚は精気を閉じ込める全身鎧だと思って下さい』と言われた。大猩々はその逆、精気を放出する。


 それから、ヴェーダが言うには、大猩々状態の俺が【威圧】すると森の生物が沢山死ぬらしい。


 それを皆に教えると、眷属達が真っ青になって「お戻り下さいぃぃ、お戻り下さいぃぃ」と懇願してきたので、再び猿人になった。


 少しばかり怖がらせてしまったようで、スマンかった。

 昼休み終了間際に前倒しでマハトミンCを配った。計154本。俺は要らない。


 FP残高=289万8,890


 元気百倍マハトミンCの効果は抜群だ!!

 ジャキは自分の股間をブッ叩きながら作業するほど元気が出た。

 昨晩絞り摂られた男衆も腰捌きが華麗になって絶好調だ。今夜も頑張れ。


 女衆の目付きが『スケ番』のようになっていたので笑った。



 平地拡張は順調に進み、約3ヘクタール、3万平米を平地に出来た。

 最初の拠点が約0.8ヘクタールだから三倍以上だ。野球のグラウンド三つ分程度かな?


 引き抜いた樹木の量が大変な事になった。移植した大木も平地を隠すように並んでいる。


 日暮れ近くに戻って来た妖蜂族の皆さんに灌木や雑草の整理、地ならし等を手伝って貰えた。有り難い。


 日も暮れた今では、妖蜂族が運んで来た石材が平地の端に置かれている。


 こうやって見ると、あと1ヘクタール北に伸ばしたくなった。伸ばそう。

 ツバキさんに提案すると、苦笑しながら頷いてくれた。


 拡張は19時前に終了。工兵さん達が活躍した。その間、ゴブリン達は狩りと夕食の用意だ。絶対に食料が足りないと思ったが、兵隊さん達は果物を持参していたので、水だけでよいと遠慮された。


 何か無いかと下賜品リストを見る。自分にはFPを使いたくないが、お客さんにはドンと使いたい。ママンもそう思っているはずだ。あふん。有り難うございます。


 だがしかし、まともな食料が無い。いや、有るには有るが、【伝教師】では低ランクの下賜品に限られている為、俺がお勧めしたくなる物が少ない、という事だ。


 結局、マハトミンCと『干し芋』を千四百四十二人分購入。



『干し芋10切れ』=1FP

『マハトミンC』=5FP   合計8,652FP


 FP残高=289万338



 眷属が皆さんに配るが、ジャキ組がヨダレを垂らしていたので、明日のオヤツに出すからと我慢してもらった。客に対する感謝の品と同じ物を一緒に食べるのは気が引ける。


 安価な品だったが、以外にも干し芋が大ウケだった。サツマイモの甘みと歯応えは好評で、何よりも肉類でなかった事が幸いした。俺も祖母から干し芋を貰ってよく食べていたので、少し羨ましい。


 マハトミンCはお土産として持ち帰る兵隊さんが沢山居た。

 ツバキさんとオキクさんは「貯めておく」と言っていた。ヤレヤレだぜ。


 食後の歓談を挟んで、一個大隊の水補給隊が東へ戻り、常駐軍一個大隊と工兵一個中隊の七百八十七名、それと常駐軍司令のツバキさんが残った。


 オキクさんは工兵中隊の隊長になったようだ。イオりんはゴブリン送迎小隊を率いて、明日合流する。



 今日はよく働いた。やっと落ち着いた夜を送れる。


 ツバキさんと五人の中隊長が俺の前に並んで座り、ジャマダハルと美肌セットの礼を言ってきた。


 ツバキさんが代表して言葉を交わす。



「あれほど陛下が御笑い遊ばしたのは、おそらく初めてでしょうね。陛下はその玉体を御懐妊のため動かす事が出来ません。その分、刺客に襲われる危険に身を置いておられ、常に最強の妹殿下を侍らせておいでです。マハトマ・ジャマダハルを手にした陛下は幼子のようにお喜び遊ばしまして、王妹殿下に対の一本を下賜され、玉座の間に運び入れた岩を楽しそうに、本当に嬉しそうにお二人でサクサク斬っておられました」


「ははは、それは良かった。気に入って頂けたようでなにより」


「神木の樹液も大変お喜び遊ばした御様子で、私も近くで見ておりましたが、陛下が最近お悩みになっておられた目尻の小皺が、樹液の一滴をそこへ塗っただけで、頬から目尻にかけて瑞々しくなられ、まるで若返りの秘薬だと仰せに…… その後、王妹殿下と奪い合いになっておられました」


「う~ん、喧嘩になるなら、定期的にお譲りしましょう。私は美しい女性が争う事を望まない」


「嗚呼ミスター、貴方は…… 分かりました。陛下にお伝えしておきます」



 美肌セットの大勝利を聞けて、非常に満足である。

 俺が気分良くウンウン頷いていると、背筋を伸ばし居住まいを正したツバキさんが爆弾を投下した。



「就きましては、女王陛下との晩餐に御出席頂きたく。晩餐の後、ミスターの子種を所望したいと陛下が仰せで御座います。その子種で女王候補が御生まれ遊ばした際には、例外的に女王候補様をミスターの許へ分封させると仰せです。それから、私が率いる大隊はミスターが御自由に使うようにと、お言葉を賜っております」


「……なるほど。子種ですか、うんうん、なるほど」


「同盟締結と相互不可侵条約、互恵協定。陛下も非常に乗り気で御座いました」


「うんうん、それは良かった。子種もね、うんうん」



 俺は女王陛下との野性的なアレやコレを妄想していた。

 ロマンティックが止まらない、誰か止めてくれ。


 案の定、魔王が降臨した。


 衆人環視の中で降臨するのは毎度の事、慣れてしまった。

 俺の魔王に視線が集まる。さりげなく背を反らし魔王をお披露目。


 ツバキさんとオキクさんが懐からマハトミンCを取り出し一気飲み。

 竹筒を部下に放り投げ鎧を外す二人。他の中隊長も続く。


 ホンマーニが俺の手を取り、メチャがツバキさん達を先導する。

 俺は男衆の最敬礼に右手を上げて応え、森に消えた。



 その夜、妖蜂族に七人の眷属が出来た。





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