第13話「豚ぁ、お前……」




 第十三話「豚ぁ、お前……」




 ゴブリンを妖蜂族の下へ派遣する際の、時間と距離の問題。


 これの打開策をオキクさんが考えてくれた。


 オキクさんの提案はこうだ。



 ここに水輸送部隊の駐屯地を築く。

 水源地防衛の砦でも構わない。


 そこに常駐一個中隊百二十五名と中隊長、小隊長五名と文官数名を置く。


 常駐隊も交代制にして、移動の際にゴブリンを抱えて行く。

 中隊長はオキクさん、オキクさんは交代無しの常駐武官。

 この拠点は俺達と妖蜂族の交易の場とする。



 これは非常に有り難い。

 オキクさんの話は続きがあるようだ。



「その代わり交代期間を延ばしてほしい。その場合、王城で働くゴブリン達が帰還せざるを得なくなった場合は、すぐに送ろう。ここにはほぼ毎日、一日三回ほど水輸送部隊が来るはずだから、緊急の際は気にせず申し出るといい。輸送隊は腹に大量の水を入れて戻るので、王城へ帰還する際は輸送隊にゴブリンを抱えさせる事は出来ない、それは常駐隊が行う」



 俺は右手で膝を打った。ナイスアイデアである。


 俺達は中隊規模の軍隊と素早い移動手段、加えて貴重な酒と蜜等が手に入り、妖蜂族は無尽蔵の水と分別ある雑用係が手に入る。


 ……と言っても、俺達の方が得をしている提案だ。


 これはフェアじゃない。



「それは有りがたいが、少しバランスが悪いな。俺達が得をしすぎだ」


「ははは、神甘露アムリタを贈られた陛下は私をお叱り遊ばすだろうさ。『神甘露の見返りが一個中隊か、愚か者め、一個連隊を送って守護せよ』とな。そもそも、清潔で魔力混じりの水を無限に提供してもらえるのだ、私の案は『控えめ』だよナオキ殿。陛下ならもっとそちらに都合の好い条件をお出し遊ばすさ」



 え? 魔力混じりの水?



『……だからあれほど鑑定をしろと。まったく、あの地下水にはマハータガンバとアハトマイトから放出される神気や精気が混ざった魔素が含まれています。妖蜂族はまだ神気と精気に気付いておりません。『色』は知覚していると思いますが、初めて見る色なので理解に及ばずと言ったところでしょう』



 ほほう……


 目の前にある木のコップに入った水を鑑定。

 …………あ、ほんとだ。スゲェなこの水。


 まぁいいや、厚過ぎる礼に断りを入れねば。


 連隊って、人数はどれくらい?



『大隊が五個で一個連隊です。各隊長を含む総隊員数は三千二百八十一名です』



 多いよっ!!!!

 ここは『断る』一択だな。



「いやオキクさん、それは勘弁してほしい。酒と蜜だけで十分に利益を得ている。これ以上は逆に気を遣ってしまう」


「そう言うだろうと思ってはいたが、陛下が納得なさるか……」


「隊長~、ナオキさん達に蜂糸布ほうしふを贈るのはどうでしょう?」


「蜂糸布か……そうだな、他の種族に贈る事は初めてだが、陛下に奏上しよう」



【妖蜂糸布】が正式な名だが、彼女達が着ている服がその蜂糸布で出来ている。


 純白のシルク、見た目はそうだが丈夫さが段違いだ。


 鑑定には『魔力を流すと防御力が上がる』と書いてある。しかも上限無しの魔力依存、魔力の高いヤツが着込むと相当な防御力を得られるだろう。


 俺に魔力は無いが、皆の為にこれは欲しい。

 しっかりお返しもしよう。


 オキクさんが真剣な表情で俺の方に向き直る。



「恐らく、陛下は蜂糸布を下賜なさるだろう。それは受け取って欲しい」


「わかった、その時は有り難く受け取ろう。だが、俺は南のボスだ、蜂糸布に対して『とっておき』で返礼したい。これは友誼と親愛、仁義と互恵の証として女王に贈る」


「ふふ、はははは、それでは返礼の応酬でキリがないな。だが、その話も陛下に必ずお伝えしておこう」


「そのまま相互不可侵の誓いと同盟を結ばせて貰いたいね」


「うむっ!! そうだな、それは良い事だ!! うんうん」



 オキクさんは何やら嬉しそうにニコニコしながらイオりんの酌を受けた。彼女達の顔って小せぇなぁ。そしてアレだな、日本人に好まれる『濃すぎない彫りの深さ』的な?


 そんな感じの美形。


 妖蜂族は皆、顔立ちが似ているので全員美人。母親が一人だし当たり前か。ちなみに、隊員さん達は皆同じ髪型だ。頭頂で纏めてある。


 イオりんや隊員さん達も嬉しそうだ。

 同盟の話しを出したからかな?


 出来れば永久に同盟したいんだけど……

 とにかく、嬉しそうでなにより。


 こうやって異種族が集まってメシを喰うというのは珍しいと聞いたが、何故だろうか?


 ゴブリン、オーク、妖蜂族、殺意を覚えるほどの馬鹿に出会っていない。


 まとめ役が居なかったから異種族で集まらない……?


 妖蜂族の女王なんて、オキク隊の皆を見ればそのカリスマ性が見えてくると思うんだが、纏めるのが面倒なのかな?


 そもそも纏める気がないのか……


 ま、相手にも事情があるだろう。

 俺は俺で人外達と共に生きる使命があるしな。


 この集落も今じゃゴブリン百十人だ、二か月後には赤ん坊が生まれるだろう。


 どんどん増やして欲しい、ジャキもあのゴブリン達と――


 いやいや、オークとゴブリンで交配したらどっちの種族が生まれるんだ?



『総合力が高い方に偏ります。両親の外的特徴が混ざった容姿の子供は生まれません。眷属の場合は新種ですので断定は出来ません』



 なるほど、って事は、ジャキとジャキガールズの場合は猪人が多く生まれ易いわけか。


 ところでジャキ達は無事に辿り着けるかな?


 北の村からここまでの道中、これと言った敵は居なかったが、妖蟻族の縄張りを通過するわけだしなぁ。


 ジャキか周りの女性達の誰かが眷属になっていたら、ヴェーダで連絡が取れたんだが。


 ジャキは女性達を守りながらの移動だから、アイツ本来の強さは発揮出来ない。


 俺達が移動した時は何の問題も無かったから大丈夫だとは思うが、心配だな。



『ジャキから発せられている魔力量なら、十分な“虫除け”になるでしょう』



 なるほど、俺は魔力を感知出来んからな、その辺はよく分からん。


 ヴェーダが言うなら間違いない、というのは分かる。



『それは危険な考えですね……嬉しいですが』



 ははは、危険でも信じるさ。

 お前は俺の一部だからな。



『お上手ですね。だから女の恨みを買って生き埋めにされるのです』



 ひでぇなオイ。


 ヴェーダのヒドイ照れ隠しに苦笑しながら、皆と楽しく騒いだ。


 侍女となったメチャは、お酒が入って俺の膝を枕に寝た。


 マナ=ルナメルの女衆は血涙を流していた。

 しかし、そこに暗い憎しみの情は感じられない。


 健全な嫉妬と言うものを見た気がする。

 やはり、好い女衆だ。



 オキク隊の皆さんは日が変わる前に東へ帰った。


 持ち帰る二本の木が重そうだったが、俺が神像にもう一つ小壺に入った酒を捧げて、アートマン様から『薄めたソーマ』というこれまた貴重な神酒をもらい、それを隊員さん達に飲ませたところ、一時的に総合力が五割増しとなり、簡単に運んで行ってしまった。


 薄めたソーマはHP・MPの完全回復、滋養強壮・肉体強化・疲労回復・精気増強といった効能を持つ、神々が飲むに相応しい飲み物だった。


 ヴェーダが言うには、今回の贈答用アムリタとソーマを作った所為で、神像が持つ宝玉に込められた信仰点フェイスポイント『FP』がスッカラカンになってしまったらしい。


 って言うか、俺が頼んだ強壮剤ソーマがFPを八割持っていった感じだ。飽くまで、贈答用アムリタはママンの善意だったわけだ、サンクス。


 あふぅん、有り難うございます。


 FPを貯めるには、魔核を始めとした供物と、俺を筆頭とした信者達の信仰心が必要とのこと。


 だが、別に俺はアムリタやソーマが欲しくて供物を捧げ信仰を篤くしているわけではない。だから今まで通りやっていくつもりだ。


 そうヴェーダに告げた。

 股間に優しい風が通った。

 あふう。有り難うございます。



 そろそろ就寝の時間である。

 メチャを起こさないように、俺も横になって寝る。


 ホンマーニも俺の横で寝た。

 彼女はアートマン様への信仰心が強くなった。


 男衆は皆、森に連行されてた。

 ミギカラと長男シタカラも夫婦の営み後、森に向かった。


 ミギカラとシタカラは奥さん以外ともヤル気だ。

 イイネ!! ハーレム。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 現在、マナ=ルナメル氏族には十四名の男が居る。


 その男達は妻子持ちの二名を除き、昨晩まで全員童貞だった。


 しかし、今の彼らはチェリーボーイではない。

 夜の森で卒業式を終えたようだ。


 だが、彼らのその生まれたばかりの小鹿を思わせる歩みが、昨晩の激戦の悲惨さ示している。


 彼らを激戦に追い込んだ七十五匹の女豹は、十四人の勇者ほどではないが、歩みがオカシイ。


 時々股間に手を添えて苦笑し合う女豹共、苦笑するほど勇者達を貪るなと言いたい、お前らも生娘きむすめだっただろ。


 一対五という比率をよく考えて戦ってほしい。


 メチャが女豹に何やら耳打ちされ赤面している。

 そのままの君で居てくれ。


 ホンマーニは女豹共に痛み止めを与えているようだ。


 ミギカラの妻ウエカラとシタカラの妻キツクも体位等の助言を与えている。


 これは、一気に子供が増えそうだ。



 さて、本日の仕事は新たなトイレ建設、トイレに向けて細い用水路造り、水差し作りを予定。


 トイレの入り口には扉代わりの棒を横に掛けられるようにした。


 入っている時は棒を入り口の両側に打ち込んだ木の窪みに引っかけて、出る時に外して立てておく。


 女性用の巻き貝トイレは東西南北に四つずつ。

 男性用は四方に一か所ずつ『公衆トイレ』を作った。


 男子トイレは間伐材を地面に刺した衝立を大きく『コ』の字に設置して、その中に穴を四つ空け、それを衝立で区切っただけの簡易公衆トイレだ。


 いずれ中が見えなくなるようにする。

 今は『大小の排泄はトイレで』と教える段階だ。

 森の中に居る時は例外。


 今日までの間伐材利用で、防壁として木々の隙間に並べていた間伐材は大量に消費出来た。


 男衆が地味に薪を作っているのも助かった。


 女衆も木々の大小に関係無く次々に枝打ちして西の材木置き場に積んでくれる。枝打ちされた枝も乾燥させて使う。


 本日のメインイベントは水輸送隊の受け入れだ。


 準備は俺以外がやってくれる。

 獲物は早朝俺が狩って来た。


 昨日の獲物がまだ残っているが、初回の水輸送隊が到着するので食料は多めに用意しておく。


 俺の作業は昼過ぎに終わった。

 それと同時に東の空が黒く染まる。


 俺は目を凝らしてそれをながめた。



『妖蜂族ですね、その数千二百以上、二個大隊はあるかと』



 多いな、アレが常駐するわけじゃない……と思うが。

 皆も驚いて口をあんぐり空けている。怖いよな。


 やがて、オキクさんともう一人の女性が空から降りてきた。


 二人は俺の傍へ着地する。

 大隊の皆さんはホバリングで待機、羽音が凄まじい。



「お初にお目に掛かります、私は今回の輸送部隊を率いる『ツバキ・タツノコ・ハチスカ』と申します。宜しくお願いします、ミスター・ナオキ」



 オキクさんの隣に居る女性が一歩前に進み出て自己紹介を始めた。


 これまた美女であるが、『お姉さん』のニオイがプンプンする。


 彼女もまた、オキクさんやイオりんのような『和名』であるが……


 もしや日本人と関わっているのだろうか?



『いいえ、翻訳の効果です。『オキク』や『イオリ』の正しい発音を貴方は発する事も聞きとる事も出来ない為、分かり易くしています。『オキク』は本来『ゥオクゥィァク』とするのが日本語では近いと思われます』



 なるほどなー。


 おっと、こちらも挨拶せねば。



「初めまして。この集落を纏めているナオキ・キシです。ツバキさんとお呼びしても?」


「ええ、構いませんわ」


「では、遠慮無く。オキクさんも連日お疲れ様、ゆっくり羽を休めてくれ」



 俺はオキクさんに手を差し伸べた。

 握手覚えてるよな?


 オキクさんはニコッっと笑って手を握り返す。

 ンッホォォ、クッソ柔らけぇ~。


 親指でさりげなく撫でてみる。

 オキクさんも撫で返してきた。

 イェア、勃起をきたすゴリラ。



「ああ、ゆっくり休ませてもらうよ、ナオキ殿」


「今日から君が居てくれると思うと、いささか興奮を覚えるね」


「……どこが、興奮するのか、聞いても?」

「フフッ、分かっているだろう? 君なら」



 俺達が見つめ合いながら、甘酸っぱい駆け引きを楽しんでいると、ツバキさんが小首を傾げながら俺達に質問してきた。



「ミスター、その手は何ですか? 何故、少尉の手を握るのです?」


「あぁ、これは……私の故郷に伝わる簡単な挨拶の一つで、握手と言います。親愛を表し、武器の非所持を相手に示しているんです(テキトー)」


「私とイオリ曹長は昨日教えて頂きましたので」


「なるほど……握手、ですか。宜しい、では私とも握手しましょうか、ミスター」



 そう言いながら、細くしなやかな指を揃えて優雅に右手を差し出すツバキさん。


 まるでダンスのお誘いのようだ。拒む奴は居ないだろうな。


 名残惜しげに手を離すハニーにウインクを飛ばし、ツバキ姫に向き直り、左腕を腰の後ろに回して足を揃え、少し腰を曲げてキザったらしく彼女の指先を『迎え』た。


 ツバキさんは左手を自分の頬に手を当て、少し頬を染めながらウットリしている。


 オキクさんは苦笑しながら『向こうを見ろ』と、視線で伝えてきた。


 俺は右へ顔を回して驚く。


 輸送隊の皆さんがいつの間にか高度を下げ、地上2mあたりでホバリングしながら俺とツバキさんをガン見していた。


 皆さんの顔が赤い。何故?

 眷属の皆は誇らしげだ。何故?



『貴方の立ち居振る舞いが、魔族から見て優雅かつ威厳に満ちていた…… なおかつ、女性を敬い優しく手を差し伸べたその姿に、何かを感じたのでしょう』



 いや、カッコつけただけなんですが?


 昔取った杵柄だ。

 舞台の上で貴族の役など腐るほど演じてきた。


 自分がフィルムに納まる時は『中の人』か『斬られ役』だったが、舞台ではシェイクスピア作品などの主役を演じた事も少なくない。最後は忍者の『加藤段蔵』役だったが。


 とにかく、今回は経験が役に立ったと思っておこう。


 褒められて悪い気はしない、俺も周りも害が無いなら問題無い。


 最後に膝を曲げて手の甲にキス――んチュ。

 よし。ハッハッハ、これは余計だったかな?


 周囲が爆発した、大歓声だ。

 オキクさんは白眼を剥いている。


 ツバキさんは……体をくねらせて『イヤンイヤン』している。



「あらあら、やだミスター、どうしましょう、異種族との婚姻なんて、前例がないわ、でもでも、陛下から『くれぐれも丁重に』って言われているし、でもでも、私にはまだ任期が、でもでも、ミスターは『王族』っぽいし……」


「はっはっは。ツバキさん、私はただの猿人ですよ」


「え、あっ、ごめんなさい、その『エンズィン』ですか、初めてお聞きしました。どちらの高貴な種族かしら?」


「高貴、ですか……それは、美しいアナタの前に居るから、私がそう見えるのですよ」


「oh ミスター……」



 見つめ合う二人、起き上がる股間の魔王、飛び交うナオキ・ザ・グレイトコール。


 手を引いて寄せる俺、唇を舌で湿らせるツバキと唇を噛み締めるオキク。


 ツバキの腰を左手で寄せる、左手を俺の胸に押し当て偽りの拒絶を見せるツバキ。


 目を閉じたツバキ、再び白眼を剥くオキク、そして俺はツバキの――



「きょうだ~い!! 居るかぁ~!? 橋を渡してくれ~、ヒャッハ~!!」



 空気を読まない豚。


 お前、明日の晩に到着じゃねぇのかよ。











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