第11話「僕は蜂もイケるんだヨ」




 第11話「僕は蜂もイケるんだヨ」




 日暮れ前に狩りから帰還。


 俺とオキクさんが狩りを終えてすぐ、ヴェーダは皆に俺の狩りが終わった事を告げ、オキクさんも蟲系魔族特有の『聞こえない声』を出し、俺達の周囲で果物採取していた隊員さん達に撤収を指示した。


 そのお陰で、誰一人遅れる事もなく拠点に戻って全員で宴の準備が出来た。


 全員と言っても、マナ=ルナメル氏族以外は水浴びを堪能し終わってから、という条件を出した。


 さすがに料理まで手伝わせるわけにはいかない。


 肉の下拵したごしらえや野菜等の調理はマナ=ルナメルの皆に任せ、俺は水浴び場となっている井戸の周りに簡易な衝立ついたてを造った。


 まぁ、枝打ちした間伐材を地面に刺して並べただけだが。


 衝立は井戸近くの用水路で水浴びしていた隊員さんの所まで伸ばしたので、非常に感謝された。


 オキクさんは俺の作業が終わるまで鎧を外さなかった。


 残念でならんが、隊員さん達の水浴びは、まさに『天女の水浴び』だった。


 俺が猿人だからだろうか、彼女達はニコニコと俺に手を振ったりして警戒心ゼロ、股間にイラちを感じる……


 俺は「困ったものだ」といった表情で肩をすくめ、ヴェーダと言う名の脳内フォルダに彼女達の画像を時間一杯収めた。


 タオルがないので、衝立の裏に回って焚火を熾しておいた。集会所の囲炉裏と最初の焚き火に次ぐ三つ目の『火のある場所』だ。


 だが、彼女達は質の良い手拭を所持しており、それで体を拭いていた。色んな意味で欲しいなアレ。


 蟲系魔族は火を嫌うとヴェーダが教えてくれたが、彼女達は火から十分な距離を保って羽を乾かしていた。


 火を嫌っていても扱いには慣れているようだ。



 水浴びを終えたディック=スキの女衆や、オキクさん達が次々と集まって来ては感謝を述べていく。


 なんでも、妖蜂族と妖蟻族は臀部に付いてある『蟲腹』の方に水分を貯える事が出来るらしく、隊員達はかなりの量を蟲腹に貯えられたようで、皆とても満足げだった。


 そんな表情を見る事が出来た俺も満足だ。


 ウンウンと笑顔で頷く俺。背後から近づく者在り。

 そいつが俺の肩越しに小声で囁く。

 声の主は妖蜂族の副隊長さんだった。


 そして、事件が起こった。



「あのぉ、すみません、かわやはどこでしょうか?」


「…………は?」



 カワヤ……革屋?

 その翻訳では分かんないな。



『おトイレ、お便所、バスルーム、レストルーム、ウォータークローゼット、ラバトリー……このように翻訳すれば満足でしょうか? 現実逃避はいけません』



 やっぱ厠だよなっ!!

 待て待て、『便所=森』じゃねぇのか?



『妖蜂族の文化やインフラは優れております。個体数が多いので『城』を清潔に保つ為、排泄物の処理は十分な対策がとられているかと』



 あぁ…… 俺は魔族を侮っていた。


 ゴブリン達が余りにもワイルドだったから、他の種族も野生的と言うか原始的というか――……


 違う。そうじゃない。


 それは言い訳だ。

 俺は文明人ぶって彼らを見下していたと言っても過言じゃない。


 優しく友好的な彼らに対して恥ずべき姿勢だ。


 クソッ!!



「副隊長さん、申し訳ない。俺は田舎者で野蛮だから厠を必要としなかったんだ。少しだけ我慢してくれ、すぐに造る!!」


「あ、そんな、無いなら森で――」


「気を遣わせて申し訳ない。もし我慢出来なくなったら、必ず複数人で行ってくれ。俺の『縄張り強化』で拠点付近は安全だと思うが、夜の森は足元が危険だからな」


「いえいえ、野営で慣れていますから~」


「スマン。美しい乙女に『夜の花摘み』へ行かせる俺を罵ってくれ」


「い、いえ、大丈夫でしゅからっ!!」



 副隊長さんはワタワタしながら隊員達の中に戻って行った。

 あんなに走ったら漏れるのではなかろうか?


 こうしてはおれん!!

 可及的速やかに簡易便所を設置せねばっ!!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 拠点の北側、水郷の少し手前に第一号簡易便所を造る。


【飛石】で直径20cmほどの穴を地中深く掘り、穴を中心に直径3mの空間が出来るようにして、螺旋状に間伐材を打ち込む。


 これでトイレの中は見えない。


 名付けて『巻き貝トイレ』だ。

 女性専用です。


 扉などを作る時間が無かったので苦肉の策だった。


 ラッキースケベ必至エリアなので、『男が近付いたら殺す』と、男衆を脅すのも忘れない。


 トイレの中には一応ティッシュの代わりとして『柔らかい葉っぱ』を置いておいた。無害な葉っぱを鑑定して選んだゾ。


 完成後、トイレに並んだ隊員さん達を見て、一か所では足りないと判断。急遽、二つ目、三つ目と続けて造り上げる。


 一仕事終えた俺の下に副隊長さんが駆け寄って来た。



「本当に早かったですねぇ~、私は最初に完成した厠をお借りしました!! ぐるぐる回って可愛い厠ですね、お陰さまでスッキリしました!!」


「そりゃ良かった。何か、足りない点は有ったかな?」

「う~ん、お尻を洗う水……ですかね」


「それは……何? 容器に入った水でいいのか?」


「桶とかだと使いづらいので、取っ手と注ぎ口の有る物がいいですね」


「ジョウロとか急須みたいな感じか……分かった、用意しておこう。迷惑を掛けるが、今日は葉っぱで我慢してくれ。何なら用水路で洗っても構わんが」


「あ、それじゃぁ、用水路お借りしようかなぁ。えへへ」



 そう言って、彼女は用水路まで飛んでいった。


 そして、『蟲腹』の先端を水に浸けて腰を振り、水から上げてまた腰を振って戻って来た。


 お尻ってそっちかよっ!!

 不浄の左手使わねぇのかよ!! ガッカリだよっ!!



『蟲系魔族の多くは肛門と尿道口が二か所有ります。用途に応じて使い分けているようです。女性の場合は生殖器も二か所です』



 ……神秘だな。非常に、非常に興味深い。

 興味深過ぎて死にそう。



「殿方に見られるのは初めてでしたが……恥ずかしいですねぇ~」


「あっ、スマン、つい見惚れてしまった。悪かった」


「いえいえ、恥ずかしかったですけど、ナオキさんならいいですぅ~」


「ハハッ、そりゃ有り難いね。ところでまだ名を聞いてなかったな」


「第一大隊第五中隊副隊長『イオリ・タツノコ・ハチヤ』です!! 中隊長補で第一小隊隊長です!!」


「イオリさんか、良い名だ。改めて宜しく、ナオキ・キシだ」



 俺は右手を出して握手を求めたが、そんな文化は無かった。


 ですので、僕が教えました。

 彼女は照れていました。


 俺達はガッチリ握手した。

 小さな手が柔らかい。ヤベェ。


 ゴブリンの七倍柔い。

 マズイ、股間の魔王が降臨しそうだ。


 イオリさんの触覚がピコピコ動いて可愛い。


 あ、駄目だコレ。


 転生して一番感じる違和、それがこの異常な性欲だ。


 中高生かとツッコミが入るほど性に敏感、更に貪欲。


 まさに猿。


 オキクさんに気を寄せながら、その部下に興奮する外道。しかも罪悪感ゼロ。


 これが野生の本能か……

 節操がない、だが…… 



『受け入れなさい、それが今の貴方、大猩々ボスゴリラの独占欲です』



 ボスゴリラか、そうか、俺はメスを囲おうとしていたのか。


 受け入れよう、ワイはゴリラや、プロゴリラー直樹やっ!!


 小さな岩に腰を下ろす俺と、イオリさんの目線はほぼ同じ。


 彼女との距離は約70cm。

 魔王のチン長46cm、魔王の射角64度。


 握手の隣に顔を出す魔王が問う『呼んだ?』まだ呼んでねぇ、消えろ。


 彼女の黄色い瞳が魔王を捉える。

 触覚が跳ねる、頬を染める。


 ウインクをかます俺。

 微笑んでキスを飛ばすイオりん。悪い子だ。


 悪いメス蜂は脚を開いて蟲腹の先をこちらに向け、先端で魔王を――



「ナオキ殿~!! 探したぞ!! ん? イオリか、貴様何をしている?」



 左脚を曲げ魔王を隠す俺。

 握手の説明をオキクさんにする。


 蟲腹を名残惜しげに下げるイオりん、手は離さない。



「……厠のお礼を言っていました~」

「うむ、それで『握手』か。今のうちに仲良くなっておけ」


「ええ、それはもう天地神明にかけて!!」

「お前も彼が得難い人物だと気付いたようだな、はっはっは」


「オキクさん、どうでしたか厠は?」


「面白い構造、悪くない。あとは水があれば――」


「ナオキさんから用水路でお尻を洗ってもいいと許可が出ました~」


「ん? それは助かる……しかし、ナオキ“さん”か、随分と仲良くなったようだな、イオリ」


「ハイ!! 除隊したらナオキさんのお手伝いすると決めましたぁ~!!」


「ほぅ……ところで貴様、“尻”からハシタナイ汁が出ているが?」


「あらら~、見ないで下さいナオキさーん!! 恥ずかしいですぅ~!!」


「愚か者めが、早く握手をやめて洗って来い。まったく……」



 あ、ほんとだ、蟲腹の先から垂れてる。

 何か、甘い匂いがするな。ん?


 あれれ~、おっかしいぞ~、魔王がバクハツしそうだぁ~。



『妖蜂族の女性が分泌する【性交促進潤滑液ローヤルジュース】ですね。【妖蜂ローヤルゼリー】に並ぶ妙薬として高額で取引される為、ハンターや冒険者などが妖蜂族を狙う原因となっております』



 そいつは聞き捨てならねぇな……

 詳しく聞きたいところだが、その前に魔王を退治せねば。


 だがしかし!!


 蟲腹の先端を洗いに行ったイオりんに代わって、次はオキクさんが隣に来た。


 イオりんもそうだが、オキクさん達は水浴びのあと鎧を外して軽装となった。


 軽装と言うか、薄着? 妖蜂族の子供達が口から出す細い糸で織った絹布けんぷのような滑らかなワンピースを着ている。そのワンピースには後ろに深いスリットが入った意匠で、そこから蟲腹を出している。


 そしてその白いドレスはやたらと肌に密着しており、なおかつ透けている。胸部はもとより、色んな所が目に毒だ。


 嫌がらせかと問い質したい。

 ベッドの上で問い質したい。


 そして現在彼女が放つ甘い匂い。

 イオりんと同じ香りが次第に濃くなっている。


 これはいったい何の拷問だ?

 俺と森にトゥギャザーする?


 オキクさんがこちらをチラ見して何か言おうとしている。



「ゴホンッ、あ~、ナオキ殿、その、また大きくなったのだな、ソ、ソレ」



 バレていたのか。

 アッハッハ、コマッタナー。


 左脚を下げてプロゴリラーの矜持を見せる。



「ハハハ、お恥ずかしい。どうも君の魅力にはね……抗えないようだ」


「そ、そうか。ならば仕方が無い。抗う稽古をするといい、うふふ」


「フッ、君が初めてだよ、俺をここまで必死にさせたのは(早く森に行かせて下さい)」


「そ、そこまで、必死に私を……何故だ?」


「言わせんなよ、恥ずかしい(風が触れるだけで爆発しそうなんです)」



 オキクさんが俯いて両の拳を固く握った。

 一拍置いて俺を見つめる。


 可愛いですね。

 なので早く俺を解放してくれ。



「わ、分かった。へ、陛下に、お、おうかがいしてみりゅ」

「(え? 何を?) フッ、なるべく早く頼む」


「せ、せっかちだな、ナオキ……は。うふ、うふふ」


「おっと、宴の用意が出来たようだ。俺は少し森に行って来る」


「そ、それなら私も行こう!! うん、それがいい!!」

「ははは、すまんすまん、ただの『花摘み』さ」


「ッッ!! そ、それは悪かった、私はここで待とう」



 こうして俺は、荒れ狂う大魔王を皆に凝視されながら、夜の森へ向かった。







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