第8話「昭和の香りがするの」



 第八話「昭和の香りがするの」




 物理攻撃無効系は、攻撃による肉体への衝撃も無効化する。


 押せば動くが打っても飛ばないというわけだ。


 力の差があればこその戦術だが、押し飛ばした先に鋭利な物が有れば、打撃を無効に出来ても飛ばされた先で怪我をする。


 斬撃無効や刺突無効があれば、その限りではない。

 無論、物理無効の俺は論外だ。


 小屋からムクリと起き上がって出てきたジャキ、その体は木片で傷付き擦り傷だらけだが、地面にバウンドした時のダメージは無効化されている、HPは減っていない。数ポイント削って自然回復したといったところだろう。傷も塞がっていく。



「ったくよぉ、まさか押し飛ばすとはな…… テメェ、名は?」


「ナオキだ。南浅部中央の小エリアボスをやっている」



 俺の言葉に村人達が騒ぎだす。ジャキが眉を顰めた。



「吹いてんじゃぁねぇぜ。南中央はオーガベルンだったはずだ」


「アカカブトゥは俺が殺した。ゴブリンを襲っていたのでな」



 更に村人が騒ぎだした。特にスモーキーが煩い。



「な? 言ったべ? 俺言ったべ? ナオキさんマジパネって言ったべ? ってか俺、ナオキさんにボーイ握ってもらった感じだから、もうダチだから、オメェらと違ぇから、豚の舎弟じゃねぇからwww」


「よよよ、よさないかスモーキー、ジャキ様に聞こえたらどうする!!」


「そうだそうだ!! 彼女が寝取られたからってお前、言い過ぎだぞ!!」


「そうだそうだ!! 彼女がビッチだったのは確かだが、言い過ぎだ!!」


「そうだそうだ!! 彼女がジャキ様にベタ惚れだからって、言い過ぎだ!!」


「いやいやいや、お前らの嫁も娘もクソビッチだからwww」



 寝取られか、アレはブルーが入る。

 心が荒むのは仕方が無いな。


 だが、状況は把握した。


 村の男は弱肉強食の敗者、女は……

 被害を受けたが現状は満足の御様子。


 さりげなく女性達の表情を窺ってみる。

 うむ。敗者の顔じゃない、勝者側だな。


 ジャキを心配しているようだ。

 俺を睨む者も居る。ヤレヤレだぜ。


 豚を屠殺するわけにはいかなくなったな。


 女の涙は見たくない。


 さて、青筋立てた豚をどうやって鎮めるか……

 ジャキがスモーキーをチラリと睨む。



「テメェ、スモーキーっつったか、あとでブッ殺すからよ」


「ひぃ!! べ、別に怖くねぇし? ナオキさん居るし!!」


「ンだとこの野郎」



 ジャキが粗チンに体を向けたので仕方なく止める。



「オイ、お前の相手は俺だ、掛かって来い」


「チッ、少し頑丈だからってチョーシ乗んなよ?」


「そう思うなら掛かって来い。お前は敵相手に無駄話が多い」


「……死ぬぞテメェ」

「そうやって時間を稼ぐな、弱虫の常套手段だ」



 酷く顔を歪め赤くして殴り掛かってくるジャキ。


 女達が数名掛かりで持ち上げていたジャキの武器らしき斧、それを使いもせず、特技を使う様子も無い。


 突き出された右手の手首を左手で掴み、ジャキの右脇に俺の右腕を入れて上腕と肩をホールド。


 そのまま一本背負い。

 打撃無効を無効化する布石だ。


 ジャキの背中を地面に叩きつけながら、圧し掛かった状態でヤツの胸を圧迫する。


 体を離しジャキの右腕を両脚で挟んで腕ひしぎ十字固め。


 降参を待つ。


 コイツは恐れている……


 格上に武器や特技を使った場合の、相手が明確な『殺しの理由』を得た場合の、戦いを中止する言い訳が出来なくなった状況になる事を恐れて『喧嘩』している。


 ジャキのような短気なヤツが、この弱肉強食の大森林でそんな甘い考えを持つとは思えない。


 その逃げ腰の姿勢と思考に至った理由は分からない。十中八九ジャキの称号である『負け犬』を贈ったヤツが原因だと思うが。


 ジャキの右腕からミシミシと宜しくない音が聞こえる。


 だがコイツは降参しない。右腕の肘に激痛が走っているはずだが、それを堪えつつ左手で俺の脚を退けようとしている。


 もともと根性はあるのだろう。俺に殺意が無い事が分かったからだろうが、それ故に『喧嘩』でも負ける事を恐れている。


 その恐怖もあって負けを認めない。


 馬鹿な野郎だ。独り言でも呟くとしよう。



「国を滅ぼされる寸前までボコボコにやられた王が居た」


「クッ……?」


「その王は薪の上に寝て屈辱を忘れないようにし、やがて雪辱を晴らした。その王に負けたもう一人の王は、胆を舐めて敗北の苦みを忘れないようにした。やがて、その王は復讐を遂げた」


「……テメェ」


「ある男は百戦して百敗したが、最後の一戦で勝利を得、大帝国の祖となった。その大帝国の東、海を渡った島国に我慢と敗北に人生の大半を費やした男が居た、しかし、その男は250年という空前絶後の永きに亘るミラクルピースを実現した政権の祖となった」


「…………」


「俺はガキの頃、『センパイ』って奴らに呼ばれて、床屋…… つっても分かんねえか。まぁ、建物の裏に在る空き地で集団リンチを受けた。ズタボロになったな」


「…………」


「俺には二つ年上の兄貴が居てよ、その兄貴は町で有名なワルでな、その兄貴が『高校』って場所から居なくなった。高校は三年間通うんだが、俺はまだ一年間しか通ってなかったからな、つまり四年目には兄貴が高校を去って、二年目の俺だけ高校に残った」


「……大猿の『町』にそんな場所が……で、やられた理由は?」


「周囲への威嚇と、自分の強さを示す為、かな。弱虫が集まって、年下の体が大きなヤツをリンチして、自分達が勝った事にする。俺には分からねぇ考えだ。集団で年下一人に勝って『強さ』もクソも無ぇのになぁ」


「それで……テメェは、テメェはどうした。そいつらに屈して服従したのか?」


「んなワケねぇだろ。『単二乾電池』って硬い小石みたいなもんを両手に握り締めてよ、やられたその日にそいつらの家を一軒一軒回って、全員ガタガタにしてやった」


「……また、襲われるとは思わなかったのか? お前の仲間を頼らなかったのか?」


「友達に頼むほどでもねぇよ。俺をヤった奴らには『次も、その次も、一人ずつシバく』って言っておいたから、同じ事が起こったとしても気にしなかった。何回やられても何度でもやり返せばいい。もし『殺してもいい』って世界だったら、あいつらに二度目は無かった、一度目も無ぇな」


「……そうか」


「お前はまだ生きてる。次が有る。最後に勝ちゃいいんだよ。まぁ、俺はもう誰にも負けたくねぇから鍛えまくるけど。でも負けるんだろうな~」



 ジャキの抵抗が止み、力が抜けた事を確認したので腕ひしぎを解く。

 俺はジャキの横に座る。ジャキは仰向けで大の字になって空を見ていた。

 村人達は声も無く俺達を囲み、事の成り行きを見守っていた。


 ジャキは空を見ながら悔しそうに語る。



「恐らく、俺に次は無ぇ。お情けで生かされた俺に次は無ぇ」


「次は有るだろ、三度目は有るか知らんが、次で勝てるように努力しろ」


「努力? ざけんな、俺だって――」

「魔法も北都真拳も練度が極端に低い」

「なっ!? 何でそれを……【鑑定】持ちか」


「ん? あぁ、鑑定出来る。そこで気付いた事もある。お前は斧を使用するのかもしれないが、斧スキル? を持っていない。そもそも武器を扱うスキルを持っていない。何故だ?」


「……北都のおとこは武器を所持しない。北都真拳を体得したこの体が武器だ。そして…… 俺には北都真拳の才能が無い。二人の兄貴は勿論のこと、弟にすら勝てない。いくら努力しても越えられない壁がある」


「お前に『負け犬』の称号を贈ったのは、その兄弟達か?」



 俺の言葉を聞いたジャキが、数秒の沈黙を破って声を絞り出した。



「……ケン、胸に七十二の傷を持つ男、北都四兄弟の末弟、ケンジロウだ」


「多いな傷!! そうか、弟に……俺は兄貴に勝った事がねぇけどな」


「ハハ……だろうな、俺だってそうだ。そして、弟に負ける兄など居ない」



『兄に勝る弟など存在しない』、有名な言葉だ。だが――



「勘違いするんじゃねぇよ。俺は兄貴に負けたんじゃねぇ、喧嘩で勝った事はねぇが、負けた事もねぇ。泣かされた事は数えきれんが、噛み付いて引っ掻いて、兄貴が退くまで毎回粘った。そのうち喧嘩もしなくなって大人になったが……今やったらゲンコツ一発で勝てる。たとえこの姿でなくても、な」


「……そうか、そう、だな。昔はアイツをよく泣かした。アイツは泣かされたあと必ず一人で夜遅くまで稽古していた。気が付けば俺が一方的にやられる方に、四兄弟最弱なんて呼ばれるようになっていた。努力が、足りなかったんだな」


「弟ってヤツは、産まれたその日からライバルが居るんだよ、兄貴か姉貴か知らねぇが。武道か学問か、それとも他の何かか、意識しなくても自分の力を推し量る目安になる。そして、兄貴や姉貴も弟や妹をその対象として認識する。まぁ、例外はあるがな」


「俺は、二人の兄貴だけ見て、弟の事は『見た』事がなかったのか」


「夜遅くまで稽古する弟を見て、何もしなかったのなら、そうだろうな」


「そうか」

「そうだ」


 ジャキは目を閉じ、大きく息を吐いた。

 俺は立ち上がり、村人達を集めてその場を去った。


 俺達が村の入り口に移動すると、女達がジャキの周りに集まって座り、黙ってジャキを見つめていた。


 ジャキは女達を虐げていたわけではなかったようだ。


 彼女達は男達より上質な革の衣服を身に纏い、体の状態も皆【好調】となっている。


 男達より肉付きが良く、しっかりとした食事も与えられているのだろう。


 俺は男達に話を聞く事にする。

 何故か俺の隣で威張っているアホに聞いてみよう。



「スモーキー、ジャキに殺された村人は居るか?」

「え? 居ないっスね」


「ジャキは無理やり女を奪ったのか?」


「無理やりっつうかぁ、俺達が勝負して奪われた娘も居ますし、進んでジャキに股開きに行った女も居ますね、俺の元カノとか」


「そうか。アイツなりのルールがあるんだな。強者が女を奪うのはこの森のルール、無駄な殺しをせずに勝負で奪うのがアイツのルール。俺の出る幕じゃないな」


「え? どゆこと? ジャキをブッ殺して女を奪うんじゃないんスか? そしてアバズレを俺にくれるんじゃないの?」


「いや、俺にジャキを殺す理由が無い。女も必要無い」


「え? じゃぁ、ナオっさんは何しに来たんスか?」


「あぁ、忘れてた。俺が来た理由は、女を襲わずに『普通に娶る』方法は無いのかとお前達に聞きに来たんだ。女達は弱者かも知れんが、強者がその女性を奪う為に奪う対象へ暴力を振るう必要を感じないからな。ジャキを見て確信した。お前達が真に強者なら、弱者であるあの女達を態度と言葉で手に入れる事など容易いだろう? ゴブリンの常識は理解したが、俺は森で娘達を助けた、最後まで弱者の面倒を見るのも強者の仕事だ」


「え~っと、そ、それは……」


「大将の言う通りだぜ、クソ野郎。女が欲しいなら俺から奪え」


「げぇっ!! ジャキィ!!」



 スッキリした表情のジャキが、女達を引き連れて俺の横に立った。


 女達は村の男達を睨んでいる。

 好かれてるなぁジャキ。



「テメェらはよぉ、女を守るって事を知らねえ。その意気込みも気概も持っちゃいねぇ。一発殴るだけですぐに女を差し出しやがる。何だか解らねぇが、イラつくんだよ」



 あぁ、コイツは古いタイプのヤンキーだな。


 女と男をハッキリ分けるヤツだ。『女は台所に立っとけばいい』とか言うヤツだ。


 ある意味では女性に優しいとも言えるが、女性に期待していないとも言える。この考えは早めに改めないと、歳を重ねる毎に男尊女卑が当たり前という思考で固まる。


 俺の親父がこのタイプだった。母ちゃんに手を上げていた分、ジャキより性質たちが悪い。


 極端な考えはジャキや彼に関わる女性達にも不幸を及ぼすかも知れない。


 過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ。



「ははは。まぁ、ジャキの言う事はもっともだ。差し出された女の気持を考えたら、お前らに対する失望か恨みしかないんじゃないか? ジャキの下に侍る事になった当初は、彼女達もジャキを恨んだかも知れん。だが、今の彼女達を見てみろ、ジャキを恨んでいるように見えるか?」


 男達が女達を見て俯く。

 逆に、女達はジャキに身を寄せた。


 スモーキーの元カノと思しき女性はスモーキーを見て鼻で嗤った。


 スモーキーが『グギギ』と唸って血涙を流す。


 頑張れ。



「解ったか? この村の女性問題に俺の出る幕は無い。お前達が嫁を得たいなら、俺が他の集落へ話を持って行ってやろう。俺の集落にもゴブリンの女性は居るが、期待はするな。彼女達は俺の眷属となって、少し、いや、かなり強くなっている。お前達の十倍以上強いからな、必死に頼めば嫁になってくれるかもしれんが、この森の常識から考えると難しいだろう」



 男達がすがるような目で俺を見る。


 う~ん、駄目そうだなぁ。

 自分達で何とかする、と言わないのがアレだな。


 なんて事を考えていたら、ジャキが話し掛けてきた。


 コイツは既に男達を見限っている感じだな。何も期待していない。



「大将、アンタ、どこの集落に身を置いている?」


「ん? マナ=ルナメル氏族の集落だ。先日拠点を移した」


「マナ=ルナメル? 知らねぇな。知ってるかチチョリーナ?」


「知っています。南浅部最弱の氏族です。うちの半分もゴブリンが居ないと思います」



 ちなみに、チチョリーナはスモーキーの寝取られ彼女である。



「半分以下って事は、五十以下か大将?」


「そうらしいな。数は三十三、子供は居ない、周りは魔法持ちが居る部族に囲まれている上、集落付近にアカカブトゥが棲んでいた。かなりの人数を削られたようだ」


「そりゃヒデェな。拠点はこの村から近ぇのか?」


「あぁ~、(距離の単位をkmで言っても翻訳されるのか?)」



『翻訳されます。1km=3龍1飛竜です。貴方にも翻訳を通して聞こえますのでご安心を』



「……え~っと、ここから南に50kmくらいかな?」


「森の中でその距離なら、ゴブリンじゃ丸々二日掛かる距離だな。水は有るのか? 南浅部は西側に行かなきゃ川が無ぇだろ? 森の外は人間が造った長城だ、長城を越えれば湖が在るらしいが、行けるワケねぇしな」



 長城なんてあるのか…… 何の為に?



『南側以外山脈に囲まれたこの大森林に蓋をする為です』



 フタ?

 魔族や魔獣を閉じ込めてんのか?



『そうです。四か所に設置された城門を必要に応じて開き、森の【浅部】と呼ばれるエリアに冒険者や騎士団を派遣し、森の生物を狩っています。無論、魔族も狩りの対象です』



 逃げ場無しの状況だったのか……。

 早いとこ浅部を纏めて人間対策を考えた方がいいな。


 俺達の拠点は浅部の中でも対人最前線に置かれてると思っておこう。覚悟が必要だな。



『そうですね。アカカブトゥに『南浅部の悪夢』や『殺人熊』の称号が付いていたのは、森へ狩りに来た人間達を彼女が多く殺めた事による結果です。それほど人間は浅部に侵入すると言う事です』



 そうだったのか、ある意味アイツは防波堤として機能していたワケか。



「おい、どうした大将、まさか拠点に水が無ぇのか?」

「いや、問題無い。充分過ぎるほど湧き出ている」


「湧き出る? 泉でも見つけたのか?」

「井戸を掘った。知ってるか? 井戸」

「中部にある北都にも井戸は有る。そうか、井戸か……」



 井戸発言で村人達が騒ぎだした。

 女達も小声で話している。



「聞いたか皆の衆、あの御方はアス・ホオルを御造りになられたそうじゃ」


「伝説じゃなかったのか……」

「俺はナオっさんを信じてた」

「しかし、爺様に聞いた話じゃ水が濁っていたって……」


「俺が掘った井戸の水は澄んでるぞ、今度飲みに来ればいい」


「オイ大将、そりゃマジか? 俺も女共を連れて行ってもいいか?」


「ああ、勿論だ。歓迎しよう、そのまま住んでくれてもいいぞ? 対人戦に自信があるならな」



 俺の発した言葉に、ジャキはニタリと笑い、男達はゴクリと喉を鳴らした。




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