第7話「俺の名を言ってみろぉ」



 第七話「俺の名を言ってみろぉ」




 何かがオカシイ。


 昨夜の神像神秘体験、その時から違和感を覚えていた。オカシイ。


 猪の串焼きを皆で食べる時も、その時の楽しい団欒の時も、食後の歓談時、就寝前の閑談時……


 オカシイ。


 一夜明けて目覚めた俺が覚えた違和感。

 いつも俺に群がって寝ていた女衆が居ない。

 って言うか、周りに誰も居ない。居るけど居ない。


 集会所の寝床からムクリと起きて井戸へ向かう。


 既に皆は起床して仕事の準備に取り掛かっていた。


 俺は朝の挨拶を交わす。



「お早うミギカラ」

「お早う御座います。アンマンサン・アーン」


「「「ノンノンサン・チーン」」」

「あ、あぁ、皆もお早う……」


「では、私どもはお勤めに参ります」

「そうか、気を付けてな」



 皆が足早に去って行く。

 俺を横切る者達がチーンチーン言いながら去って行く。


 俺は確信した。違和の正体に気付いた。


 彼らは俺の顔を見てくれない。


 正確には、目を伏せて顔を直視しないように気遣っている。


 目線は俺の胸元だ。大胸筋が好きというわけではない。


 これは天子こうていに接する時のマナーだ。『御龍顔を直視するなど、とんでもない』というヤツだ。


 さらに言えば、俺の体に触れる事さえ許されない。

 そんな姿勢と覚悟をヒシヒシと感じた。


 一抹の寂しさを覚える。



『帝王は孤独なのです』



 君、少し黙りたまえ。


 ヴェーダの心無いスパルタンな一言に精気を2ポイント消費させられたが、二秒で回復したので早朝の狩りへ向かう。


 膀胱決壊待った無し。


 寂しさを吹き飛ばす為に早くスプラッシュして狩りに臨みたい。


 今日は北に見える丘の頂上から撒き散らしてみよう。



 丘の頂上に在る大木からのスプラッシュ・イン・ザ・スカイは最高だった。


 この辺り一帯にマーキングを施せたのではないのだろうか?


 丘から降りてさらに北上し獲物を探すが、マーキングが強烈過ぎたのか獣の気配がしない。


 俺の臭いがキツいのか、気配が強烈なのか、気の短い魔獣ですら姿を見せない。


 特殊な体というのも考え物だな。


 狩り開始から一時間を超え、既に拠点から20km以上離れてしまった。


 皆には俺の帰りを待たずに朝食を済ませて作業するようヴェーダに頼む。


 しかし、獲物が居ないにもほどがある。


 何故だ……?



妖蟻ようぎ族のテリトリーです。獣や魔獣は根こそぎ狩られていますね』



 アリさんか、とんでもない地下帝国が在りそうだ。


 朝の狩りは長期戦になるな、そう思った俺は足元にある大石を掴んで齧る。


 苔が付いてなかなかジューシーだ。

 苦みのあるメロンパンと名付けた。

 三分後に名前は忘れると思う。


 そう言えば、アハトマイトを食べた事が無い。


 だが、食べようと思わない。母の胎盤を食すかのような、そんな禁忌的な拒否感がある。


『卵の殻』を食べる、そういう考え方もあるだろうが、アハトマイトは卵の殻程度の認識で食すべき代物ではない。


 何より、超が付く希少な鉱物だ。地下に埋めた分はあのまま手を付けずにおく。ゴブリン達が集めてくれた大小の欠片のみ利用する。


 特に、人間にはアハトマイトの存在を隠し通す。絶対にだ。


 金銭欲に関する人間の執念は、地球の歴史と俺の経験で学んでいる。


 アハトマイトは金になるだろう。


 貴金属や貴重な鉱石のように幾らでも代えが利くモノじゃない、量に限りが有る最高強度の鉱物だ。放っておく馬鹿は居ない。


 金銭に絡まずとも、その価値は魔族や亜人をも引き付けるだろう。


 皆にもその点を頭に入れておくようにお願いしよう。



『教育済みです』

「ありがとうございます」



 さすが、仕事が早い事に定評があるヴェーダさんだ。

 バックアップは万全。憂い無く狩りを続けよう。


 間諜のラヴにはアハトマイトナイフを持たせてやりたいが、ここは鍛えまくった鉄製ナイフなどで我慢してもらおう。


 今度はいつ会えるかな?




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「キャー、助けてぇー!!」



 獲物がまったく居なかったので、北上を続けて北浅部との境界に在る巨木に登って周囲を見渡していたところ、女性の叫び声が聞こえた。


 むむむっ!! 勃起事案かっ!?


 逸る気持ちと股間を抑え、俺は悲鳴が上がった場所へ急行する。



「何だこりゃぁ……」



 裸にされたゴブリン達が、裸のゴブリン達に襲われていた。


 襲われているのは女性、襲っているのは男。


 女性が泣いている事から、プレイではなくレイプだと推測する。


 俺は木々の上から彼らの前に飛び降り、【威圧】を使わず男共を威圧した。


 反り返った男共のキノコは瞬時に萎み、その場にへたり込み脱糞失禁、そして気絶。


 女性達は震えながら一斉にスプラッシュ。


 先ずは事情聴取だ。

 足元でM字開脚しながら震えている女性に声を掛ける。



「ここで何をしていた?」

「キ、キ、キノコ…… キノコを、狩りに」



 何とも微妙な表現だ。


 俺は足元を見廻し、木の根元に生えていたキノコを見つけた。


 それを左手で引き抜き、右手で男のキノコを掴み、女性に問うた。



「お前が狩りに来たキノコは、左手のキノコか、それとも右手のキノコか?」


「ひ、ひ、左手の、キノコ、です」

「そうか」



 左手のキノコを彼女に渡した。

 彼女は恐る恐る受け取った。

 事情聴取は当事者の両方から聞く必要がある。


 キノコを掴んだ男のキノコに精気を少し流して気付けした。


 キノコを掴んだままだったのでキノコが大きくなった。



「あぅ…… あぁ、こ、ここは…… あっ!!」


「お前達はここで何をしていた? 正直に言わねば握り潰す」


「はぅあぁっ!! お、お、女を襲っていましたっ!!」

「それは、罪にならない事か? 氏族が違うのか?」


「つ、罪? いいえ、知りません。女達は違う氏族です」


「なるほど、弱肉強食に罪無し、か。森の常識なら是非も無い」



 一応、女性達にも同じ質問をしてみたが、弱肉強食のルールを否定しなかった。


 自分達も森の獣を狩っている、だから受け入れる、自分達だけルールの外で生きているわけではない、強くあれば狩られはしない、そう彼女達は言った。


 なるほど、理に適っている。

 俺なんかよりよっぽど男前な女性達だ。


 俺はキノコを手放し、男を解放した。

 解放された男を女性達が警戒する。


 男を下がらせ、女性達に腰巻を着けるように促し、俺の背後に纏まるように指示した。


 地面に転がる七名の男達に精気を流して起こし、あとで俺がそちらへ向かうと伝えて集落へ戻した。


 脱兎の如く逃げ帰る彼らを、女性達は射殺さんばかりの眼光を放ち睨み付けていた。


 さて、彼女達を如何いかんすべきか。


 集落は近いのかと聞いてみる。

 近いという答えが返って来た。


 ならば早く戻りなさいと言うと、『村』でお礼をさせてくれという。


 それは別に構わんが、その前に男達の集落へ行く事が先だ。


 彼女達にそれを伝え、用事が済んだらお邪魔すると言って承知してもらった。


 ミギカラ達には「帰りが遅くなる」と、ヴェーダに伝言を頼む。


 助けた八名の女性達と別れ、男達の臭いを辿りながら追いかける。


 しばらく森を駆けると、彼らの背が見えた。

 この距離を保ちながら追跡。


 追跡開始から10kmほど森を進み、ようやく彼らの集落へ辿り着いた。


 森の中から集落の様子を窺う。


 マナ=ルナメル氏族が居た集落より規模が大きい。これは『村』だ。


 逃げ帰った男達が村人達に囲まれ、大げさな手ぶりと大声で俺の事を話している。



「本当なんだ!! とんでもねぇバケモノだったんだよ!!」

「ひと睨みで全員気絶させられた、アレは本当に化け物だ」

「体も大きかった、オーク以上はあったぜ……」


「あぁ、ハイ・オーク並みだった。オーガのような巨体だ」

「そうだ、黒い毛を纏ったオーガだ!!」

「アレはオーガよりも強い。尋常じゃない威圧だった」

「俺はその化け物にビッグボーイを掴まれた……」



 散々な言い様だが、襲撃を妨害したんだから当然か。

 そして最後のヤツ、お前のはスモールキッズだ。


 彼らに対して、村人達は話し半分で聞いている御様子。



「そんな化け物聞いた事も見た事もない」

「オーガが森の浅部に出て来るとも思えん」

「それに、この村には『ヤツ』が居る……」


「そもそも、そんな化け物に会ったお前達が、何故全員生きて帰れた?」


「それは…… 分かんねぇ」



 村人の疑問に答えられない男達は、各々の顔を見つめ合って首を傾げる。


 だが、そこでスモールキッズ、略してスモーキーが挙手した。



「あ、あのよぉ」

「ん? 何か知っているのかスモーキー」



 ブフォアァッ!!!!


 思わず吹いてしまった。

 まさか本当にスモーキーだったとは……



「俺は聞いたんだ、あの化け物がボソッと言った事を」


「ヤツは何と?」


「たしか……『弱肉強食に罪無し』……だった」



 あぁ、言ったな。


 ゴブリンの常識を確認した程度の意味だが。

 村人達や逃げ帰った男達も、眉根を寄せて思案している。


 何か彼らの琴線……

 ではないな、逆鱗にでも触れたか?


 暫らく黙考した後、村人の一人がスモーキーに語り出す。



「それは、弱い者の肉を強者が喰うと言う意味だろう。そして、その行いに罪は無い、即ち、『強ければ何をしても許される』と言ったんだ」


「「「な、なるほどなー」」」



 いや、言ってない。スモーキーお前反論しろ。


 お?


 スモーキーは小首を傾げて何か言いたそうだ。行け!!



「ん~、それじゃぁ、困った事になるぜ?」

「何故だ? 強者の許しを得たんだぞ?」


「いやぁ、だってアイツがさ、最後に言ったんだよ……『あとでお前達の集落に行く』ってな」


「ほほぅ、確かにそれは恐ろしいが、そいつはお前達に罪は無いと言って帰したんだろう? つまり、逆らわなければ死ぬ事はないだろ?」


「いや、だからさ、『強者は何をしてもいい』って事なら、アイツがここに来て暴れ回ってもいいって事だろ? アレすっげぇ強ぇぜ? たぶん南のアカカブトゥより強ぇぞ?」


「「「盲点だったっ!!!!」」」



 何やら可笑しな方向に向かっている。

 出て行きにくい。


 村の入り口で騒いでいた為、ガヤガヤと村人が増えてきた。


 おや? おやおや?


 この村には女が居ないのか?


 集まって来るのは男ばかりだ、決して貧乳の女性が多いわけではない。鑑定で確認済みだ。


 スモーキー達が俺の存在を皆に伝えると大騒ぎになった。馬鹿が、粗チン野郎が!!


 皆が「どうしたものか」と考えて数分。

 村人の誰かが言った――



「ヤツに化け物を退治してもらおう」



 村人達の声が消える。そして――



「おいおい、『ヤツ』ってのぁ、俺の事か?」



 ゴブリンの女性達を四つん這いにさせ、その上に寝そべる巨豚。


 女性達の首には革の首輪、首輪には太い蔓が繋がれており、それを数十本纏めて豚が握っている。


 しかし、首輪は可愛らしいデザインだ。

 豚の趣味か?


 しかも、女性達は頬を染め喜んでいるような……


 豚はゆっくりと起き上がり、女性達から降りると、豚の事を『ヤツ』と呼んだ男の前に立ち、男の首を掴んで持ち上げた。



「グゥッ、ガッ……」


「俺の名を言ってみろぉ」


「ジャッ、ガガッ……ジャ、ジャキ、様……」


「そうだ、俺はジャキ、北都の帝王ジャキ・ブロンソン・ホクトだっ!!」



 豚はそう叫ぶと、男を俺に向かって投げ飛ばした。


 俺は投げられた男をキャッチ。

 男は気絶しているようだ。


 豚が俺を見てニヤリと笑う。

 凶悪な豚面に村人達がおののく。



「こそこそ隠れてんじゃぁねぇぜ、モンキー」

「モンキーじゃない、エイプだ。たぶん」



 俺は20mほどある豚との距離をジャンプひとつで詰めた。


 俺の登場にスモーキー達が白眼を剥き、村人達が失禁する。


 スモーキーの腕を掴んで気絶した男を渡し、豚に向き直る。


 デカイ。


 それが豚の第一印象だ。


 大きな腹と太い手足は力士のように筋肉が詰まっている事が窺え、それを包む緑色の肌には血管が浮かび脈打っている。


 身長264cmの俺より豚の方がやや高い。

 少し期待しながらステータスを鑑定。



【名前】ジャキ・ブロンソン・ホクト

【種族】北都系猪人

【レベル】30【年齢】18 【性別】男 

【状態】絶好調 【ジョブ】北都真拳使い 

【爵位】小エリアボス爵


【HP】36,800 【MP】9,830

【総合力】120万パワー


【特技】

『鉄壁:Lv-19』 『怪力:Lv-24』 『一撃必殺:Lv-7』

『北都真拳:Lv-2』 『土魔法:Lv-3』 『自然回復:小』

『威圧』


【称号・加護】

『ムンジャジの加護=攻撃力・防御力30%上昇』

『デブ=防御力20%上昇』

『テクニシャン=性交相手の満足度上昇』

『性豪=性交時に体力の消耗が無くなる』

『負け犬=仇敵を目にすると能力が40%下降』


【耐性】

『毒・神経無効』 『土属性耐性』 『打撃無効』

『金属性に弱い』



 強い。ミギカラと比較すると強さが際立つ。


 種族的な基本能力値の差か、それともコイツが特別なのか……



「どうした猿大将、始めようぜ」

「フッ、気が早いな」


「気に入らねぇんだよ、テメェの余裕がよぉ」

「そうか、なら仕方が無い。来いよ、『負け犬』」


「……上等だコノ野郎」



 ほう、豚から発せられるエネルギーが高くなったのを感じる、が、総合力が上がっていく様子は無い……


 総合力は特技や魔法を使っても上がらんのか?



『能力上昇効果のある魔法や道具、特技や称号等以外では上がりません。総合力は個体が持つ能力が出せる全力を示した数値です。正確な攻撃力と防御力を知りたい場合は、それを意識すれば確認可能です。ですが、能力値に開きがあり過ぎる場合は見る意味は無いでしょう』



 なるほど、勉強になった。


 そのまま観察と洒落込みたいところだが、豚改めジャキが頭突きをかましてきた。


 物理無効の俺と、打撃無効のジャキ。

 どんなに打ちつけても互いに無傷、ダメージが入らない。


 俺は揺らぎもせず立ち位置も変わらず。

 ジャキが地面に唾を吐く。



「やるじゃねぇか猿野郎」

「次は俺の番だな」

「あ゛? ぶほぉぁっ!!」



 俺はジャキの額に右手を添えて軽く押した。


 ジャキは顔面を仰け反らせて後頭部を地面に打ち付け、数回バウンドして木造の小屋に突っ込んだ。あとで弁償しよう。





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