第6話「ヒロインは君に決め……え?」



 第六話「ヒロインは君に決め……え?」




 昨夜は皆で集会場に寝た。深夜、ミギカラ夫妻とシタカラ夫妻が奏でるアレの音が聞こえてきて悲しくなった。


 早起きして森に入り、モーニング・ロンリーファックに勤しむ。


 ついでに木に登ってモーニング・スプラッシュ。

 ふぅ……虹が出来た。


 膀胱も玉もスッキリしたところで狩りに向かう。


 狙いは鹿だ。


 ゴブリン達の腰布は鹿の皮だった、革の腰巻だな。


 女衆が下しか隠していないので、上着用の鹿革を与えたい。


 ついでに俺の腰巻も作ってもらおう。

 へへへ、全裸なんだ、俺。


 彼らは特殊な植物から採れる搾り汁を使って、魔獣や動物の皮をナメして革に加工するそうだ。大熊の皮は既に女衆がナメしてくれている。



 大樹の上から獲物を探す。

 鹿は居なかったが狼を発見。魔獣だ。


 飛石で二匹仕留める。


 今回は直径1cmほどの小石を頭に飛ばしてみたが、爆散せずに貫通してくれた。合掌。


 さて獲物を拾いに行こうかと木から降りようと思った時、南の方から煙が上がるのが見えた。


 ミギカラの話だと、この大森林『南浅部なんせんぶ』の南側には人間が入り込むので、魔族の集落は無いと聞いていたんですが……


 煙の位置は南浅部中央エリアの範囲だ、南浅部の南側ではない。


 他のゴブリン氏族だろうか?


 火魔法を修得している下級下位の南浅部魔族は少ないと聞いたぞ?……。


 俺は仕留めた狼を大木の枝に掛けて煙の方へ向かった。


 俺達が住む大森林の浅部は東西約400km、南北約120kmだ。


 水濠で囲んだ拠点は南浅部中央北寄り、俺が狩りに出た場所は拠点から7km南、そこからさらに3km南に三か所から立ち昇る煙を発見。


 煙が上がった場所は拠点から約10kmしか離れていない。


 大森林の浅部を南に抜けたら平野が広がる、平野からは人間達のテリトリーだ。


 もしあの煙が人間達による焚き火等の煙だったとしたら、人間達が大森林に30kmも侵入して来た事になる。


 南浅部南側には、下級下位の魔族と魔獣以外に人間の敵となり得る存在は居ない。


 ヴェーダの知識に有る『冒険者』の低ランカーなどが頻繁に南浅部で狩りをするらしいが、森に侵入したとしても精々が日帰り出来る範囲であるはずだ……。


 移動時間を考えると低ランカーに30kmは深すぎると思うが……


 低ランカーに強者が居ないとは限らない。


 そう考えると、あの煙は低ランカー以上の実力がある人間、もしくは火を扱う事が出来るどこかの魔族、そのどちらかではないか?


 煙との距離を詰めながら警戒度を上げていく。

 時速は10km以下に抑える。



 血の臭いを感知して速度を落とし、大木に隠れながら進んだ。


 やがて視認出来るところまで到着、そこはゴブリンの集落と思われる開けた場所だった。


 ミギカラ達と敵対していた氏族の集落だ、だが、生きたゴブリンの姿は見当たらない、そこに在るのは山積みにされたゴブリンの死体。生き残りは居ないと思わざるを得ない。


 ゴブリンの気配を探ってみたが、森に潜んでいる様子も無い。


 集落では人間達がテントを張って朝食を作っている。

 三つの煙は三か所ある焚き火から出たものだった


 人間の数は目視出来るだけで十八人、鑑定してみると全員が鉄の鎧を装備している。鎧は同じデザイン。


 総合力は全員600前後、皆が『剣技七級』のスキルを所持、騎士か?



『爵位と官職が空欄になっております、騎士見習いの野外訓練でしょう。テントの中に責任者が居ると思われます』



 ヴェーダの予想通り、テントから“二人”出てきた。


 一人は騎士姿の若い男、もう一人は弓を肩に掛けた軽装の若い女だ。


 男は総合力1,274、女は……5,388、女はミギカラより強い。


 女は魔族だな、ダークエルフか。

 何故人間と……なっ!? 隷属状態っ!!


 いや待て、他の奴らの状態は……『誓忠・疲労』になってる……


 何だこりゃ、忠義を誓った状態を固定されているのか?



『女性はあの首輪に各国の皇族や王族等しか扱えない闇魔法の隷属魔術が付与されています。騎士達は国に仕える際の契約魔術によるものです』



 皇族や王族等しか扱えない……


 まぁ、隷属魔術なんて持ってりゃ国を支配するのは簡単か。


 なるほど、皇族や王族しか扱えないと言うより、扱えるからトップに収まったわけか。


 騎士に施された契約魔術もトップ専用か?



『いいえ、施したのは【メハデヒ王国】の王族でしょうが、契約魔術は魔法の心得があればどの属性でも習得出来ます。契約魔術は相手の同意が必要ですが、王族が使う隷属魔術に同意は不要です。ただし、格上や耐性持ちにはレジストされる確率が上がります』



 おっかねぇなオイ。


 エルフやダークエルフは魔法耐性がありそうだが、あのダークエルフはレジスト出来なかったのか?



『隷属魔術は闇魔法耐性で“ある程度”抵抗出来ますが、無効や反射のように完全なレジストは出来ません。闇魔法耐性持ちのダークエルフには、隷属魔術と即死魔術を付与した魔道具で二重に縛っているようです。ナオキさんは【バッドステータス無効】なので、如何なる異状にも陥りません』



 何気にスゲェなバステ無効。


 状態異常の種類は今後の為にヴェーダから学んでおこう。眷属達が精神支配されたりするかも知れん。


 さて、コイツらをどうするか……


 殺すのは簡単だが、帰って来ないコイツらを探しに捜索隊を出されたら面倒だ。


 高ランクの冒険者や強力な騎士団が派遣されたら、俺も助かるか分からんし、眷属達はほぼ間違い無く狩られる。


 殺されたゴブリン達には悪いが、ここは監視に留める。


 あのダークエルフは残念だが……

 ん? あの女、こっちを見た?



『ダークエルフに気付かれました。気配察知スキルが貴方の気配を捉えられたようです。ナオキさんは隠密系スキルを獲得しましょう』



 ちっ、面倒臭ぇ。気付かれてるなら仕方が無ぇ。


 騒がれる前に……


 顔だけ出して『騒いだら殺すオーラ』を出しつつガンを飛ばす。



「ひっ」

「ん? どうしたメス豚」

「な、何でも無い。しゃっくりだ」


「フン、人間モドキもしゃっくりをするのか、不愉快だな」



 パァァン!!


 あの騎士野郎、金属籠手ガントレット着けたまま女の顔を叩きやがった……原因は俺っぽいが、気分が悪い。



『隷属魔術は『服従』以外の効果は有りませんので、彼女はその都度『ウソを吐くな』という“命令”が無い限り、真実を明かす必要が生じません。隷属魔術の欠点ですが、その欠点を利用したあのダークエルフに感謝しましょう』



 そいつぁ有り難ぇ……。

 恩返ししねぇとな。



っ……クッ……」

「さっさとテントを収容しろ、メス豚」


「……分かった【……】」



 女が何事かを呟くと、三つあったテントが地面に沈んだ。


 正確には地面にあった影の中に消えた。


 ヴェーダが言うには闇魔法の『影沼』という亜空間を発生させる魔術のようだ。


 便利だな……


 あいつの隷属状態をどうにか出来んか?



『眷属化すれば彼女の闇魔法耐性がランクアップしますし、精神力も上がります。貴方が所持している耐性の劣化版も彼女の耐性に加わりますので、彼女の能力上昇率次第で完璧にレジスト出来るかと。貴方の力が高まれば、眷属も強力になりますので、いずれは眷属すべてが完全にレジスト出来ます』



 眷属化……

 どうやって彼女に接触するかが問題だな。


 ウンウン唸りながら考えていると、こちらをチラ見する彼女と目が合った。


 俺は右手を前に出して人差し指を曲げる。

『来い』のジェスチャーだ。


 彼女は目を見開き、一拍置いて軽く頷いて『かげ』と口を動かし、地面を指差した。


 俺は彼女の足元を見て首を傾げる。影は有るが……


 彼女は僅かに首を横に振って、俺の顔と足元を交互に見た。


 なるほど。俺は頷いてニヤリと笑った。


 俺の足元に暗黒と言っていい影が出現した。

 ヴェーダに入ってイイかと聞く。



『貴方と彼女の力量が圧倒的に離れていますので、簡単に脱出可能です。何の問題もありません。逆に、貴方を影に入れた彼女のMP消費量が心配ですので、十秒で彼女の眷属化を果たしましょう』



 って事は、事前に眷属化を承諾してもらっておく必要があるな。


 俺は足元の小石を拾って、その表面にヴェーダに教えてもらいながら『眷属、承諾』と爪で彫り込み、彼女に小石を見せたあと、騎士達の隙を突いて彼女の右手に収まるように軽く投げた。


 小石を見事キャッチした彼女の顔は苦痛に歪んだ。スマン。


 さり気なく小石を見る彼女は再び目を見開き、次いで眉をひそめ、真剣な顔で俺を見ながら頷いた。



『影内からは外の世界を見る事が出来ます、おそらく彼女は貴方を自分の足元まで運んで話をする気でしょうから、彼女の足の裏に触れて精気を流して眷属化して下さい』



 俺はヴェーダの指示に従い、一度ダークエルフに頷いてから足元の影に飛び込んだ。


 影の中は不思議な世界だった。


 彼女の荷物と思しき物や、先ほどのテントも少し離れた場所に在る。上を見るとガラス張りの天井のように外の景色が見えた。


 彼女との距離は50mほど、俺はあっという間に彼女の足元へ引き寄せられた。


 彼女は想像以上の魔力消費で膝が笑っている、急がねば。


 足元に引き寄せられた俺は影の中から彼女の足に触れ、精気を思い切り流し込んだ。彼女が口を抑えて内股で悶え、悩ましげで少し恨むような涙目を俺に向ける。


 可愛いですね、僕は勃起をきたした。


 ヨシッ、これで彼女のMPも全快する事だろう。


 彼女の精気許容量はミギカラの六倍近く有った、せっかく回復させたMPを消費させるのも悪いので、速攻で森へ戻してもらう。


 彼女の状態を確認、『絶好調』となっていた。


 隷属化は解除出来たみたいだ、種族変化で相当強くなった模様。


 彼女の肌の色は元々小麦色だったが、ほんの少し濃くなった。長い銀髪は白金色に染まり、しなやかな肢体からは精気が溢れ、美貌と妖艶さに磨きが掛かっている。


 しかし、彼女の変化に気付く者が居ない。その理由は、“家畜”に興味を持たないからだとヴェーダは言った。


 本当にイラつくな、この世界の人間は。


 そのまま森の中から彼女を見守る。


 現在、ヴェーダが彼女に説明中。


 頬を染めて驚愕の表情を見せる彼女の名は『ラヴ・ハヌマンスキ』、マハトマ・ダークエルフの十九歳……


 そして、三十四番目の眷属だ。


 ヴェーダとラヴ、時々俺を交えた話し合いの結果、ラヴはこのまま『メハデヒ王国騎士団』に留まり、間諜としてスパイ活動をしてもらう事になった。


 俺はラヴの貞操を気にしたが、魔族は人間から獣扱いされているので心配御無用とラヴに言われ、スパイ活動を許した。


 総合力が六万近くになったラヴは、先ほどの平手打ちや少々の攻撃程度では傷付く事も無くなり、危険になったらいつでも影沼で脱出可能であるとヴェーダが言ったのも、許可を与えた理由の一つだ。


 眷属ネットワークで四六時中ヴェーダが彼女を見守っている事だし、ヴェーダを通していつでも連絡が取れる。


 ラヴの事はヴェーダに一任しておこう。


 俺達が静かなる脳内会議を進める中、騎士達は朝食を終え、帰途に就く準備に取り掛かった。


 見習い騎士を率いる騎士がラヴに斥候を命じ、ついでに頬を叩いた。殺したい。


 叩かれたラヴは表情を変えず、騎士の背後に居る俺に向けて一礼し、森へ入って行った。


 森へ入る瞬間、少しだけこちらを見たラヴは、『チュ』と唇を鳴らしてキスを飛ばしてきた。僕が軽く勃起したのはナイショだぞ。


 俺は右手を上げて彼女を見送り、騎士達が森へ向かったのを確認してから、山積みされたゴブリン達を【飛石】で開けた穴に埋め、土を被せて大きな石を置き弔った。


 ゴブリン達の死体からは魔核が抜き取られ、右の耳が削がれていた。


 魔核は魔道具の燃料や換金の為、右耳は討伐証明だそうだ。胸糞が悪過ぎて人間を滅ぼしたくなった。


 今の俺は芋虫虐殺による天罰とこの世界で見た人間に感じる『妙な苛立ち』によって、人間を同族と思えないし思わない仕様となっているので当然の感情だな。


 ゴブリン達の墓標に黙祷を捧げ、苦い気持ちのまま帰途に就く。


 拠点へ戻る間、ヴェーダとラヴは情報交換と雑談で楽しんだようだ。


 ラヴはそれが嬉しかったようで、この日から寝る間を惜しんでヴェーダとお喋りするようになった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ラヴが人間に捕まった経緯などをヴェーダに聞きながら、仕留めておいた狼の元へ向かい、狼を二匹抱えて帰還。


 皆は俺の帰りが遅くなった事をヴェーダに聞いていたようで、俺を心配して待っていてくれた。


 危険は去ったと皆を安心させ、遅れた事を詫びて女衆に狼を渡した。


 アハトマイト製ナイフを二本作り、ミギカラの妻ウエカラと、二人の息子シタカラの妻キツクに渡しておく。


 ミギカラの話では、人間は頻繁に浅部を侵すが、30kmも侵入するのは稀だが皆無ではないそうだ。


 警戒レベルを上げるべきだろう。


 皆にも注意喚起して気を引き締めさせる。アハトマイトナイフは全員に配る事にした。


 だが、敵に渡ると厄介なので、なるべく拠点だけで使うように指示しておく。


 狩猟には俺が岩を削って作った石刀や、木と組み合わせた斧、槍、弓矢で頑張ってもらう。


 武器が粗末な部分はレベルと技術でカバーさせる。


 その為には俺が皆を訓練したほうがいいだろう。

 明日の朝から訓練を開始しよう。



 今日の予定は四つの堀を繋げる作業。

 人間が来る前に水濠と防壁を完成させる。


 ゴブリン達はヴェーダと一緒に畑仕事の予定。

 彼らはとても楽しそうだ。


 度量衡の学習は順調のようで、「これは何グラム」「これは何センチ」と、自分の指や小石を使って談笑していた。


 なんだか可愛いな(気のせい


 女衆がさばいてくれた狼の肉を囲炉裏の火で焼いて皆で食べる。


 囲炉裏で丸焼きもしてみたいなぁ、マンガみたいなやつ。


 狼の魔石は大樹マハーカダンバの窪みに保管してもらった。


 騒がしくも明るい集会所での朝食を終え、それぞれ仕事へ向かう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 日暮れ前に拠点を囲む水濠は完成した。


 日暮れまで時間が余ったのでイカダを造る。


 先ずは間伐材の樹皮を剥ぎ、それを捻ってロープを作り、枝打ちした木の四か所を飛石で貫通させ、そこにロープを巻きながら通して縛った後、細く加工した木材を穴の隙間に押し込んで完成。


 筏が完成したのはすっかり日が暮れたあとだった。

 焚き火のそばで作っていたので光源は問題無かった。


 明日は筏と同じ要領で橋を作ろうと思っているが、浮き橋と跳ね橋のどちらにしようか迷っている。


 頑丈なロープがあれば跳ね橋一択なんだが。



『それに適した丈夫なつるが多く自生しています。一本では細すぎて使い物になりませんが、り合わせて縄にすれば強度が増します』


「そんな蔓があるなら筏を作る前に教えてクレメンス」


『あの木の樹皮を捻って作った縄も頑丈ですので』

「念の為に筏の前後を蔓で縛っておくかぁ」



 安全が確保出来るなら跳ね橋に決定だ。

 さて、夜の狩りに出かけよう。

 大熊の肉も狼の肉も無くなった。


 ゴブリン達は井戸の水で行水させておこう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 クソデカイ猪を発見。

 脳天に【飛石】一発で終了。

 合掌、美味しく頂くよ。


 豚三匹分ぐらいあるが、ゴブリンだけで食べたとして一日持つか?



『ゴブリン達だけなら三日持ちます。貴方を合わせると二日ですね』



 じゃぁいいか。

 俺は石ころ喰っとけばいいしな。


 猪を持ち帰るとまた歓声。

 女衆が群がって捌く。男共は枯れ枝探し。


 薪が必要だな、効率が悪い。


 間伐材を50cm間隔で輪切りにして、薪を作って積み上げて乾かしておこう。


 降水量が少ないようなら野晒しでいいが、どう見ても熱帯雨林っぽいもんな。スコール多そう。



『湿度は高いですが、降雨量は少なめです。この森は魔素を多く含んだ土壌に支えられています。薪は天日干しで十分乾燥出来ます。水魔法を取得した者が居れば、魔法の練度次第で即時乾燥も可能になります』



 なるほど。水魔法使い求む、だな。


 雨が降らないわけじゃないって事は、薪を置く小屋を建てるべきか。


 釘が有ればしっかりした物が建てられそうだが……


 石の釘とか作ってみようかな? 叩いた時に折れそうだが。



『岩石が有れば―― 岩仙術の熟練度依存になりますが、何らかの鉱物抽出が可能です。持ち帰った岩には少量の酸化鉄が含まれています。今後は色々な物を注意深く鑑定する事をお勧めします。【アユスヴェダ】の持ち腐れです』



 スマンかった。お前が有能だから自分で考える事を怠けてた。


 しかし、鉄を抽出できるのは嬉しい。

 あとでやってみよう。


 取り敢えずアハトマイトの刃と石の重りを付けた斧を作って、男衆に配ろう。


 蔓が大量に要るなぁ。



『明日は総出で蔓の収集にしましょう』

「そうだな、ついでに野草もな。肉しか喰ってねぇ」


『山芋やアケビが多く自生しています』


「アケビか、懐かしいな。実家の庭に生ってた。アケビの茎に付くイモムシがデカくてなぁ……クエスチョンマークみたいな形でよぉ……」



 あのイモムシは苦手だったな、今見たらどう思うのか……


 イカンイカン、猪の串焼きを待つ間に岩から鉄を抽出してみる。


 ヴェーダの指示に従って岩に精気を流し、それを引き抜く感じで――



「――お? ぉぉおおお、これは便利だ。え~っと、鑑定……1kg弱の粗悪な鉄。よく分からんが、異世界の鉄って事だな」


『純度が低いですね。仙術の練度不足です、精気の消費も著しい』


「ん? あぁ、3,000持って行かれたか。キロ3,000は多い……のか?」


『一般的な成人男性なら極端な魔力枯渇で死んでいます。平均的なMP量は100前後ですので。まぁ、仙人の精気と一般人のMPを同じ扱いにするのは間違いですが』


「へぇ~。とにかく仙術を鍛えろって事だな。仙術でこの塊から釘は作れるか?」


『出来ますが、今はまだ無理です。【製造】の特技が有れば可能ですが、岩仙術のみとなると熟練度が足りません。先ずは岩石、次に鉱物を自由に加工出来るように頑張って下さい。熟練度が低いうちは岩石に含まれた鉱物を同時に加工出来ず、岩石の強度が下がります。鉱物を抽出してから加工して下さい』


「なるほどなー。アートマン様の石像を造る時は抽出してからにしよう」


『それは……アートマンも喜ぶでしょう』


「ところで、アートマン様は女神だよな?」


『始原の神々に性別はありません。貴方のお好きなように想像すれば宜しいかと』


「おぅふ……」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 猪の串焼きを堪能した後、俺は石像造りにチャレンジ。


 ゴブリンの男衆は重い木刀で素振り。

 女衆は資質に合わせてヴェーダが魔法を指導。


 持ち帰った中で一番大きな岩を、最初の焚き火が在る所まで運ぶ。


 焚き火に照らされた岩に一礼して柏手かしわでを打ち、精気を流して鉄を抽出。


 1.5kgの鉄を抽出後、アハトマイトナイフを右手に持ち、黙想。


 アートマン神の容姿をイメージする……


 イメージする……

 優しい声だったなぁ……


 インドの女神ラクシュミーとか、サラスヴァティとか、妖艶な腰付きの魅惑的な女神を想像してしまった。


 弥勒菩薩の様な中性的な容姿イメージは何故か弾けて消えた。


 これは魅惑的な容姿にしろというアートマン様からのお告げではなかろうか?


 試しに元カノを想像してみた。

 股間に激痛が走った。馬鹿な。


 次はAV女優を想像。悶絶。

 股間に剣山が刺さったかと思った。有り得ない。


 間違いない、お告げだ。


 エロス少なめで魅惑的な美女にせよ、そういうお告げだ。


 股間を優しく撫でられたような気がした。

 有り難う御座います。



 よし、先ずは地面にスケッチ。

 タイトルは『ぼくが考えた、せかいいちのびじん』だ。


 ナイフで地面にアタリを付ける。

 ポーズはこんな感じぃぃ!!??

 股間に激痛、このポーズは駄目だ。


 では、こんな感じ……よし。

 胸は小さぁぁぁああっ!!!!

 大きめに決まりだ。それ以外考えられないっ!!


 衣装を決めて、小道具の花を持たせて……

 股間に爽やかな風を送って頂きスケッチ終了。

 有り難う御座います。


 立ち上がって岩に向き直り、再度一礼して岩にナイフを突き立てる。


 最初に無駄な部分をカット。

 大胆かつ慎重にナイフを滑らせる。


 顔は二面、腕は四本、豊満な胸、右脚は色っぽく開き、その右足は土下座するゴリラを踏み付けている。


 左脚は真っ直ぐ、奥の右手に剣、手前の右手に鎖、鎖はゴリラの首輪と繋がっている。


 奥の左手に花、手前の左手に宝玉、髪は上部で纏め、胸は隠さず腰に薄衣を垂らす…………



「な、なんじゃこりゃ……」



 気付いたら羅刹女神を彫っていた。

 何を言っているか解らねぇと思うが、俺も解らねぇ。


 洗脳だとか、憑依だとか、そんなチャチなもんじゃぁ断じてねぇ。


 もっとスゲェ『ヴェーダ』を感じたぜ…………


 そう、俺はいつの間にかヴェーダのアドバイスに従って彫像していた。


 あまりにも自然で、的確なアドバイスだったので気にする事無く彫り進めた。


 驚愕しつつも、地面に描いた魔法少女はさり気なく右脚で消した。


 背後から多数の気配を感じた俺は、ハッとして振り返る。


 ゴブリン達が平伏、いや、これは――



三跪九叩頭さんききゅうこうとうの礼―― 一度跪き、三度頭を下げる、それを三回繰り返す―― 魔族に伝わる究極の土下座です』



 どう見ても清朝の皇帝に対するアレだが、流す事にする。

 そんな些事より、彼らの動向が気になる。


 礼を終えた者達が立ち上がり、ミギカラを先頭に俺と神像の前に並ぶ。


 ミギカラは神像に手を合わせて拝むと、俺に向き直り、目を伏せて合掌した。



「アンマンサン・アーン」

「…………?」



 そう言ってお辞儀をするミギカラは、列から外れ何処かへ行った。

 ミギカラの次は彼の妻ウエカラ、次はシタカラ、その妻キツクと続いていった。



「ア~ンマ~ンサ~ン・アーン」

「マンマンサン・アーン」

「アンアンチャン・アーン」


 それぞれ違った言い方だった。年齢や出身地で違う、そんな気がした。


 彼らの子供達は皆同じ「ノンノンサン・チーン」だった。


 南無阿弥陀仏的な宗教用語だと理解出来た。


 彼らはミギカラと同じ様に、何処かへ行ってしまった。

 男衆はイカダの方へ向かったようだ。


 俺は一人寂しく神像を抱えてマハーカダンバの下へ運んだ。

 すると、マハーカダンバの根が地中から飛び出し、神像の足元に絡み付いた。


 神像は太い根に抱かれながらマハーカダンバに埋まっていく。


 俺が呆然としている間に、マハーカダンバに嵌ってしまった神像はゆっくりと上昇し、俺の頭上を越えたところでピタリと止まった。


 神像の足元には大きな穴、マハーカダンバに出来た『うろ』とでも言うべきか、ゴブリンが入り込めるほどの大きな穴が出来た。


 中を覗くと何も見えない。満月に近い月明かりが届いていない、漆黒だ。


 ふと、洞の傍にある窪みに光る物が見えた。

 それは女衆に頼んで置いてもらった狼の魔核だった。


 しっかり二個置かれてある。


 俺は魔核を手に取ると、本能に任せて洞へ放り投げた。

 神社の御賽銭、そんな気持ちがあったのかも知れない。


 頭上に神像、右手に魔核おかね、眼前に賽銭箱。日本人がとる行動はほぼ決まっている。


 俺は少しだけ笑って、二礼二拍手一礼したあと神像を見上げた。


 神像の左手にある宝玉が、一瞬だけ青白く輝く。


 俺は満足して神像に背を向け、その場に座って皆の帰りを待った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 女衆が小さな花を摘んで戻って来た。


 花は根元から綺麗に抜かれている。

 彼女達はそれを『御神木マハーカダンバ』の周りに植えた。


 男衆は小動物を数匹狩って戻って来た。

 狩られた獲物を井戸の水で洗い、神像の足元に供える。


 すると、供えられた獲物は浮かび上がり、洞の中に吸い込まれてしまった。


 驚くゴブリン達を余所に、俺は洞を見つめた。


 洞の中は相変わらずの暗闇、しかし、神像に変化が見られる。また宝玉が輝いたのだ。


 狼の魔核の時よりも弱い輝きだったが、確かに光を放った。


 驚愕とも歓喜とも言える声がゴブリン達から上がり、それと同時に俺の膝上が輝き、何かが置かれた。


 それらを手に取って顔の前まで持ってくる。



「……角ウサギの皮、良品質。角ウサギの角、良品質」


『肉や魔核、骨や内臓は持って行かれましたね』


「皮の剥ぎ取りが楽になるな。あとはナメして革にするだけだ」


『皮に付いた傷も修復されています。ナメしの腕次第では高品質の革が出来上がるでしょう』



 ヴェーダは俺との会話を皆に聞こえるようにしていたようで、話し終ったところでドッと歓声が湧いた。


 俺は確信した。

 ガッチガチのアートマン信奉者が量産されるな、と。







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