第5話「お前、母ちゃんと……っ!!」



 第5話「お前、母ちゃんと……っ!!」




『ナオキ・ザ・グレイト』コールに悶え苦しんだ翌日。


 朝日に照らされて目が覚めると、ヴェーダが『爵位は確認しましたか? オーガベルンの縄張りと爵位を引き継いでいます』と言ってきた。


 はて、何だろうかとステータスを確認。


【爵位】『小エリアボス爵』=特技【威圧:総合力依存】を獲得。


 へぇ、大熊の後釜に納まっていたのか。

 ってか、爵位なの?


 威圧って、わざわざ特技で覚える必要あるのか?



『特技の威圧は特殊能力です。威圧を当てる対象の総合力が低い場合、即死させる可能性もありますので御注意下さい』


「フムフム。ミギカラを威圧したらどうなる?」


『僅かな威圧で昏倒、軽めで心肺停止、強めで爆散でしょうか』


「それはヒドイ。威圧はパッシブスキル?」


『いいえ、アクティブです。眷属や配下への威圧は特技ではなく普通に行ったほうが無難です』


「了解。気を付ける」



 俺はミギカラの爆散を頭に浮かべ『ブフッ』と吹き出しながら、井戸の方を向いた。


 そう言えば釣瓶つるべおけも無い井戸では顔も洗えんな、と思ったら、井戸の水は溢れ出して周囲が沼地状態になっていた。


 物っ凄い湧いてる。噴水かな?


 皆、灌木のベッドに寝ていたお陰で体が濡れる事は無かったが、その所為せいで惨状に気付いた者が居なかった。


 ゴブリン達は俺が起きる前に起床していたようだが、俺を起こして問題を片付けるような事はせず、果敢にも防火貯水池へ繋ぐ為と思われる用水路を掘っていた。


 これは彼らの姿勢に応えねばならんな。


 俺は皆に朝の挨拶をしながら、用水路工事の指揮を執るミギカラに声を掛けた。



「お早うミギカラ。すまんな、寝過ごした。すぐに手伝う」


「お早う御座います主様。いやぁ驚きました、あれほど水が得られるとは」


「ハハハ、俺も驚いている。取り敢えず、俺は四方に貯水池を造りに行く。用水路はこのまま真っ直ぐ伸ばしてくれ、俺もあとでお前達に合流する」


「はっ、畏まりました」


「ヴェーダは彼らに効率の良いやり方を指示してクレメンス」


『了解しました。ではナオキさん、間伐材を引き裂いて簡単な【すき】を三十三本作って下さい。鋤のイメージはコレです』



 頭の中に鋤の形が浮かんだ。


 社会科の教科書で見た事あるな、弥生時代の農具だったかな?


 スコップというか、ボートを漕ぐオールだな。


 これなら、岩の欠片を使って綺麗に作れそうだ。


 早速、間伐材の元へ走り、一本引き抜いて手頃な厚みに引き裂き、板を作る。


 130cmほどに長さを決めて、引き裂いた板を岩の欠片でスパスパ切る。


 厚み4cm、幅30cmの板が完成。


 欠片を使って板の左右を抉り、T型の取っ手と先端の『ヘラ』部分を残して終了。


 板から鋤の形にするまで二分弱、一時間ほどで三十三本製造。


 両腕に担いでミギカラの元へ走る。



「ミギカラ、コレを使え」


「おおぅ、ヴェーダ様が仰った『スキ』ですか、有難う御座います!!」



 ミギカラが大声で皆を呼び、鋤を配る。

 皆からも感謝の言葉をもらった。


 次はくわを作って差し上げたい。

 ついでに盾や槍も作るか。


 用水路を皆に任せ、今度は貯水池造りに励む。


 仙術の熟練度を上げる為、地面にガンガン石を撃ち込む。


 撃ち込む石は岩の欠片アハトマイトを使わず、森にあった苔の生えた石を使う。漬物石ほどの大きさだ。


 一発撃ち込む毎に、精気を10前後使うが気にしない。


 って言うか、俺の総精気量と自然回復量を考えると、百以下の消費量など考慮する必要を感じない。


 重さ5kgほどの【飛石】を三発撃てば一般的な25mプール程度の大穴が出来る。深さは4mくらい。


 なるべく周囲の森に沿う楕円形になるように、大小の石を使い分けながら面積と深さを整えた。


 掘り起こした土をそのまま防壁に使う為、10mほど平地を拡張。間伐材が増える。


 穴を囲む土壁も作りつつ、移植もこなして約二時間経過。

 長さは約35m、幅は約25m、深さは約20mの堀が完成。


 堀を囲む土壁の高さは内側が3mを少し超え、外側は約5mある。


 壁の厚みは1m程度にして、階段も造った。


 堀を見ながら思い付いた。『拠点の周囲を堀で囲もう』と。水濠だ。


 そうすれば、貯水池に繋ぐ用水路は一本で済むし、防衛能力も上がる。


 間伐材で浮き橋やボートを造れば、堀を渡って森と拠点を行き来できるしな。


 拠点を囲み終わったら、外側の壁をもっと高くしたい。


 せめて、この周囲の魔族や魔獣では乗り越えられない高さの壁が欲しい。



『堀の深さを足すと、巨人種の侵攻も跳ね返せますが』

「そうなの? まぁ防壁の高さは後で調整しよう」



 結構な面積の貯水池改め堀が出来たので、用水路を堀と繋げて水を入れたい。井戸災害で沼地ぶりが本格化してきた。


 俺は堀側から井戸に向かって用水路を造っていく事にした。


 幅は約2m、深さはゴブリン達の肩ほどでいいだろう。


 一応、井戸の方から水が流れ易いように高低差を付けておく。


 そう言えば、あの水は湧き続けるのだろうか?



『枯れる事はないでしょう。湧き出る水量も堀を満たした後にアートマンの加護で調整出来ます。神像を造って加護を得て下さい』



 安心のヴェダペディアから良い答えをもらった。

 杞憂は無くなった。


 狙い撃つぜ!!

 あ、そろそろ石を補充せねば。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 朝の一仕事終えて、ミギカラ達をねぎらう。

 まぁ、労いの言葉だけですが。



「助かった、ありがとう」

「いやぁ、あっと言う間ですな。感服で御座います」


「お前達も順調だな。あとは水路の周りを囲む壁だが、高さはお前の腰辺りで良いだろう。俺が術で固めていくから土を水路沿いに盛ってくれ」


『岩仙たるナオキさんの眷属は【岩仙術】の下位互換である【土魔法】の土属性魔術が使用出来ます。土木作業に役立つでしょう』


「畏まりました。皆聞いたな、始めるぞっ!!」


「待てミギカラ、朝飯が先だ、お前達も喰ってないだろ? 肉を喰って休憩してから始めよう。焚き火の周りに土を盛っておいてよかった、寝ている間に水で火が消えるところだった。枯れ枝を足して肉を焼こう」



 朝食と10時の休憩が重なった形になったが、良い仕事が出来たので満足。ゴブリン達も好い笑顔だ。


 10時の休憩と言ったが、それが通じるのは時間の単位を知っている俺とヴェーダだけだ。


 それでは不便なので、1日24時間という概念を皆に知ってもらいたい。


 論理的な説明はヴェーダ先生に任せた方が、学の無い俺が教えるより効率的だろう。


 という事で、先生オナシャス!!



『了解しました。朝食後に時間の概念を仕込みます。度量衡も日本基準でイメージと共に仕込んでおきましょう。これは午後の作業中に土や水等を用い『時間』と合わせて学ばせます。私が常時、彼らの疑問に答えれば、短期間で理解出来るかと』


「おおぅ、そりゃ重畳」



 この長さは何センチ、この重さは何キロ、今何時、あと何分、これは、あれは……


 こんな感じで質問して、いつでもすぐに答えが返ってくるわけだ。基礎となる物差しや重り、そして日時計や砂時計を用意してあげれば、数日で活用までいきそうだ。



『アラビア数字と十進法も学ばせましょう。彼らが扱う象形文字による数字は3以上が無くゼロの概念もありません。これは数日かけて初等の四則演算と同時に学習させます』


「そうか、無理せず楽しく教えてやってくれ」



 彼らは象形文字らしきものを使うが、表語文字より不便だ。俺は彼らの文字を加護のお陰で読める。


 彼らも加護を授かったお陰で日本語を理解出来るが、翻訳が無いので話す事は出来ない。


 これは未定の話になるが、ゴブリン種の象形文字を何かに保存したいと思っている。


 デカイ岩などにアハトマイトの欠片を使って彫り込むのもいい。魔族語は魔族の公用語だが共通の文字は無く、それぞれの種族が有する文字で魔族語を表現しているようだ。


 もっと眷属や配下が増えたら、日本語やアラビア数字などを知って欲しい。


 使い勝手が良いと思ってくれたら、彼らの文字や言葉を失わないように気を付けて、彼らの扱うそれらと一緒に使用してくれると有り難い。


 無論、日本語を使わなくても構わない。


 ただ、ゴブリン達が使う象形文字が未発達で、俺としては『もっと効率よく出来る』と感じたに過ぎない。


 文字としての日本語使用は個人的な願望だ。俺と眷属しか扱えない言語と言うものがあれば、様々な面で役に立つ。


 魔族語の発音を日本語で表現出来るか難しいところだが、片仮名やアルファベットで象形文字の音を表現できるなら、象形文字を漢字に当てはめつつ、その漢字に読みを振って、眷属や配下が使い易いような形に出来るのが望ましい。


 大人よりも子供達の方が馴染むだろうな。幼少期にゼロから始めるわけだから、それほど違和感を覚えずに現行の言語と両立出来そうだ。



 そう言えば、この集落には子供が居ない。

 皆の年齢は把握しているが、十代以下のゴブリンが居ない。


 ひょっとしたら、『子供』の概念が俺とは違うかも知れん。

 二十代が少年とかも有り得る。教えてヴェーたん!!



『ゴブリンの肉体的な成長は魔族随一の早さです。妊娠期間は二か月、生後約四か月で肉体は完成されます。ですが、精神は幼いままで脳も未発達の上に命知らず、勝手に集落を飛び出し他種族に狩られる率が高く、その驚異的な死亡率は99%と他の追随を許しません。スライム、コボルトと共に【冥界常連三種族】と呼ばれています』



 ゴメン、ちょっと待って、目からしょっぱい水が、止まらねぇ……


 百人出撃で帰還兵一人って、じゃぁ何?

 ここに居る奴らって精鋭? 帰還兵?



『集落を飛び出さなかった比較的大人しい個体かと思われます。称号と特技を考えると、集落を飛び出して帰還出来た者はミギカラのみです』



 ミギカラか……

『遁走』『強運』『氏族の英雄』……コレだな。


 しっかし、こりゃぁ対策を練らなきゃヤバいな。



『御安心下さい、眷属の子は眷属になりますので、ナオキさんの命令に逆らう事はありません。眷属以外の子供には、貴方が発する普通の威圧を当てれば服従して眷属化に同意するでしょう。間違えて特技の威圧を放たないように。消滅してしまいますので』



 それはよかった。そうか、眷属化すればいいのか。


 スライムとコボルトも救ってやりたいな。ヴェーダが頭の中で見せてくれるスライムとコボルトの容姿が涙をそそる。


 特にコボルト、牙を剥き出し威圧する表情に哀愁を覚える。


 ひと先ず、この集落のゴブ人口を増やそう。

 今夜から毎晩励むように頼んでみようかな。


 チラリとミギカラを見る。

 ヤツがこちらを見た。指をクイッと曲げて呼ぶ。



「何か御用でしょうか?」

「お前、母ちゃんと、やってる?」


「母ちゃん? 妻ですか? 毎日ですね」

「そうか。他の奴らは?」


「息子夫婦以外は、経験すら無いでしょう。彼らは私の孫、長男の子供達と死んだ次男の子供らです。彼らは兄妹姉妹として育ってきましたからなぁ」


「なるほどな。いや、子作りに励んでもらいたいと思ってな。生まれた子達は眷属になるみたいだから、集落を飛び出して死ぬ事を阻止出来ると思ったんだ」


「そ、それはまことで御座いますか?」

「ああ。そうだろヴェーダ?」


『真実です。それに、種族も変わって知能も高くなっています』


「ジーザス…… なんてこった……」

「まぁ、そう言う事だから。一応皆に言っておいてくれ」



 口元を右手で押さえながら震えるミギカラ。


『ジーザス』の翻訳前が気になったが、ミギカラとゴブリン達をヴェーダに任せ、俺は水豪造りに取り掛かった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 最初に造った水濠が東側だったので、二つ目は南に造った。


 時計回りに西、北と造る計画だ。

 全て造ったらそれを繋げる。


 南の水濠は、と言ってもまだ空堀だが、昼過ぎに終わり。


 ゴブリン達はヴェーダの指導の下、北東に畑を耕していた。


 すきも活躍したが、やはりくわの方が畑を耕すには都合がよさそうだ。


 昼食を終え、俺は鍬作りに精を出した。


 一時間と少しで三十三本完成。


 それをミギカラに渡して、畑を耕すついでに飛石用の石を集めておいてくれと頼んだ。


 西と北の堀は日暮れ前に完成した。


 日が暮れるまで狩りにでも行こうかと思ったが、大熊の肉があるので石拾いに出かけた。


 森の中は小石が少ない。


 大きめの石は腐葉土から頭を出しているので見付け易い。岩と呼べるような物は結構な頻度で見かけるので、それを地中から引き抜いて持ち帰ることにした。色々用途が有る。



 何度も往復しながら岩を抱えて拠点に帰還。

 四つの岩をゲット。石は大小合わせて五十個。

 

 これなら岩を砕いて手頃な石を作った方が効率的だ。



 焚火の周りには串に刺さった熊肉がズラリと並んでいた。

 火の周囲はもう少し料理が出来る構造がいいな。


 焚火する場所をもう一か所造る事にした。


 堀造りで余った土を拠点の中央寄り、マハーカダンバから少し離れた場所に盛る。


 盛った土を縦横約10mの正方形にならす。

 高さは20cmほど。


 中央を踏みしめて凹ませ仙術でガチガチに固め、持ち帰った岩を一つ設置。


 二つのアハトマイトをこすってナイフを製作。

 刃渡り約30cmだ。


 擦った際に出来たアハトマイトの粉は、丁寧に集めて大ウサギ製の革袋に入れ、マハーカダンバの根元に置いた。


 設置した岩をナイフでサクサク切り裂いて長方形のブロックを作り、そのブロックを中央の踏みしめた場所を囲むように半分ほど土に刺し込みながら輪にしていく。直径は3mほどだ。


 半分以上残っている中央の岩を少し砕き、岩を円の外に置く。円の中にある岩の欠片を両手で磨り潰して砂にする。


 砂の上に灰を敷き詰めれば囲炉裏の完成。


 ここで焚き火をすればすぐに灰は出来る。


 枯れ枝を最初の焚き火に突っ込んで火を貰い、新しい囲炉裏に持って行く。


 囲炉裏の中に重ねた枯れ枝の中に火を入れる。

 火はすぐに燃え移った。


 いつの間にか集まっていたゴブリン達から歓声が上がった。


 この場所は集会所にしよう。四隅に枝打ちした木を刺し込んで、屋根を取り付けられるようにしておくか。


 水濠が完成したら大工仕事だ。









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