第4話「忘れない、この羞恥心」
第4話『忘れない、この羞恥心』
現在、俺の前には33人のゴブリンが正座している。
場所はマナ=ルナメル氏族が居を構える集落、その中央にある木々を伐採して造った空き地だ。
数十分前にゴブリン達の眷属化が完了し、俺が大熊を抱えてここまで運んで来た。
その後、眷属化によってゴブリン達との念話が可能となったヴェーダが皆を空き地に集め、ヴェーダとゴブリン達の問答が行われている最中だ。質問には所々で俺も答えた。
問答は俺に関する事が多い。
Q:主様は何者なの?
A:神の御子です。
Q:主様は神獣ですか?
A:いいえ、猿人です。
Q:主様は何故魔族語を話せるの?
A:神の加護です。
Q:主様は何処から来たの?
A:俺は天を指差す。歓声が上がった。
Q:主様の御家族は?
A:俺は言った『お前ら、だ』。歓声が上がった。
Q:ぬ、主様の、よ、夜伽は?
A:俺は言った『五人一組順番制』。嬌声が上がった。
注:ただし、最低三回の進化を遂げた女性に限る。悲鳴が上がった。
Q:主様の武器は?
A:俺は右手で握り拳を作った。歓声が上がる。
Q:主様、魔法は使えますか?
A:俺は小石で大木を以下略。歓声が略。
Q:主様は人間に勝てますか?
A:俺は言った『負け方が分からない』。歓声と嬌声が略。
俺からも質問してみた。
Q:ここに住む者は33人だけ?
A:そうです。他は死にました。
Q:他の氏族と交流は?
A:ありません。昔はありました。
Q:それでは血が濃くなるね。
A:大丈夫です、余所から女性を奪うので。
Q:逆に奪われたりもする?
A:日常茶飯事ですわ~!!
Q:同族以外の敵は?
A:氏族と小動物以外は基本的に全部敵。
Q:敵と戦う時は戦術とかある?
A:ほ、包囲殲滅陣っ!!
Q:金属製武器とか盾とかある?
A:全て略奪されましたが何か?
こんな感じで問答が続けられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一時間ほどで問答は終わった。
生活様式、この森や集落の掟、縄張りの範囲、地形、隣接する敵対勢力と兵数。
今後の方針を決める為、俺はこれらを詳しく聞いた。
問答の後は皆の緊張もほぐれ、個人的な趣味なども聞けたので、なかなか有意義な時間だったと思う。
おしゃべり後の現在は男衆と俺だけが空き地に居る。女衆は大熊を処理中。
黒曜石のナイフでは大熊の分厚い皮に傷一つ付けられなかったので、俺が生まれた岩の欠片を持って来て使わせてみた。見事な切れ味だった。
俺を十八年間も封じていた岩の欠片だ、鋼より固いと思う。岩から出て改めて見た岩はデカかった。
割れる前は高さ12m以上ある球体の大岩だったようだ。
欠片をアユスヴェダで調べてみると、【アハトマイト】という名称だった。しかも、この世界ではあの岩だけしかない、神気を宿した超希少鉱物だ。
ヴェーダが欠片を【飛石】として使う事に対し『もったいない』と言った意味が分かる。
その貴重な『欠片のナイフ』を女衆に渡した後、速攻で岩まで戻って【飛石】で地面に穴を開け、二つに割れた岩を穴に入れ、目に付いた巨木を引っこ抜いて穴に植え替え土を盛り、飛び散った大小の欠片を集めて隠してから集落へ戻った。
拾っていない欠片が大量にあったので、それを回収する為にゴブリンズを動員する事にしたのだが、回収に行ったついでにそのまま岩の周りを拠点にしてはどうか、という意見が出た。
あの岩の周囲は灌木が多く開拓は簡単だろう。大木は簡単に引っこ抜く事が出来るし、そのまま建材に使用出来る。
ゴブリンズは枯れ枝を組んで作った竪穴式住居だ、今よりはマシな住処を提供したい。
男衆に俺の考えを告げると、ここの位置は四方八方に敵の集落があるので、岩の場所に拠点を移すのは何の問題も無いという事だった。
女衆が大熊の処理を終え、大熊の魔核を持って報告に来た。
俺は魔核を受け取り拠点を移す事を伝える。
女衆も賛成してくれた。
ひと先ず、直近の方針が決まった。俺は大熊の魔核を見つめる。
何だか美味しそうだったので食べた。
コーラ味だった。皆が驚いている。
ミギカラが心配そうに声をかけてきた。
「ぬ、主様、魔核など食べて大丈夫なのですか?」
「問題無い……と思う」
『問題ありませんが、ナオキさん以外は魔核を食べないように。死んでしまいますから』
どうやら危険な行為だったようだ。魔核は鉱物ではなかったんだな、反省。
だが、体がポカポカしてムラムラしてきた。
勃起待った無し。魔核の効果だろうか?
鑑定すればよかった。こんな時は――
教えてヴェダえもん!!
『一時的に全能力を上げるバフ効果ですね。オーガベルンの魔核には精力増強と滋養強壮、増血と興奮の効果もあるようです。魔核を摂取すると恒久的に最大精気量を増加させます。それから、御立派ですね』
「御立派? 何が……ん?」
ゴブリンの女性達が俺の股間をガン見している。
ハハハ、マイッタナー。見ないでくれ。
雄ゴリラの生殖器は小さい。人間の小指ほどしかない。変身した時は女性の体を心配するサイズだったが、猿人である今は体毛に隠れて見えない程度の大きさのはずだ。
だが、男衆が驚愕の表情を浮かべ恐慌状態だ。
短小野郎を嘲笑する表情ではない。
心を、男の矜持をへし折られた顔だ。
俺はゆっくり下を見た。
そこに魔王が生えていた。
『46㎝、御立派です』
「ありがとう」
俺はほとばしるパトスを放出する為、一人、森の奥へ向かった。
女衆には悪いと思ったが、この魔王相手では死んでしまうだろう。
月明かりに照らされながら、俺は右手で魔王を三回退治した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『お疲れ様でした』
「ふぅ……では、行こうか」
魔王を退治した俺が戻ると、女衆が「勿体ない」と言いながら、俺が歩いて来た方向に駆け出したので慌てて止めた。
そっちには何も無い、いいね?
全員を集めて移動を開始する。
大熊の肉を男衆が担ごうとしたのでストップを掛け、肉は女衆に持ってもらった。
俺の心中を察してくれ。
今だけは男衆が素手で食肉に触れる事を避けたかったんだ。
出発の際、竪穴式住居は俺が徹底的に破壊した。
空き地もボコボコにした。
敵勢力にここは使わせない。
男衆を先頭、女衆を挟んで俺が
移動はスローペースだったが、無事に到着。
夜明けまで四時間はある。
今日はこのまま寝る事にした。
岩が在った場所の周囲は既に俺が整地しているので、皆集まって土の上に雑魚寝だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が昇り、小鳥の囀りと顔に落ちてきた朝露の目覚ましで再起動。
俺の体に群がっていた女衆を摘まみ、ヒョイヒョイと横へ置く。
岩から出て初めて尿意を覚えた俺は、大自然に囲まれてスプラッシュ。
ンほぉぉぉ……クセになりそうだ。
大熊の肉を一掴みして頬張る。
モグモグ、ジューシーで歯応えがある。
俺がまだ人間だったら、血抜き等の処置をして料理せねば臭くて食べられないかも知れない。
首を刎ねた時に十分血抜き出来ていても、魔獣は臭い。
俺が軽い朝食を摂っていると、ゴブリンズが周りに集まって来た。
お早う御座いますと頭を垂れるゴブリンズ。
俺も「お早う」と返す。
朝の挨拶を終えたゴブリンズが、朝の狩りに向かおうと立ち上がる。
俺は皆を止め、ミギカラに話しかけた。
「待て待て、朝飯ならここにあるだろ。お前達も喰え」
「宜しいので?」
「構わんよ。俺はその辺の石でもいいし」
「有り難う御座います。では、頂戴致します」
大量にある大熊の肉を女衆が岩の欠片で切り分け、皆が俺の周りに座って一斉に頬張る。
とても美味しそうに食べているが、象ほどの大きさがある大熊の肉だ、塩も火も無い現状では痛む前に食べてしまうしかない。
かつて、マナ=ルナメル氏族には火魔法の特技を所持したゴブリンが居たが、十数年前に寿命で亡くなったそうだ。
それ以来、この氏族に火魔法を扱えるゴブリンは居らず、他の氏族から火魔法持ちのゴブリンを略奪する事も出来ずに、現在に至っている。
火で焼いた肉を食べた事があるのは、族長のミギカラと、その妻のウエカラ、長男のシタカラの三人だけだと言う。
彼らは高齢で、亡くなった火魔法持ちゴブリンと同じ時を過ごした生き残りだ。
肉を焼いて食べるのは当たり前の事だったとミギカラは言った。「若い衆は焼いた肉を食べた事が無い、食べさせてやりたい」と。
「なるほどな。う~ん、火を
『枯れ枝を集め、それをナオキさんの怪力で粉のようになるまですり潰し、岩の欠片を火打石代わりに火花を散らせば、粉に火が着くかと』
「火打石は石と石じゃ無理だろ、せめて一方は鉄とかじゃないと」
『アハトマイトでも火花は作れます。ですが、アハトマイトを削れるのはアハトマイトだけですので、火打ち金として使えるのは打ち石がアハトマイトの場合に限ります』
ふむふむ、理解した。
朝食が終わったら、岩の欠片と枯れ枝を集めてもらおう。
岩の欠片は鉄に桃色の膜が張ってあるような独特の色合いなので、日中は見つけ易いと思う。
一応、ゴブリン達が色を判別出来るかもヴェーダに確認しとくか。
『問題ありません。ちなみに、魔族は紫外線や赤外線といった人間にとっての不可視光線も視認できます』
マジか。スゲェな魔族。
世界がどう見えているのか気になるな。
先に朝食を終えた俺は、皆が朝食を食べ終わるのを待つ。
食後の談笑を挟んでから、欠片の回収と枯れ枝集めを頼んだ。
俺は岩を埋めた場所に植えた巨木を拠点の中心と決め、その周囲を円が広がるように整地していく。
先に若い木々と灌木を引き抜いて拠点の中心に集めておく。
そして空いたスペースに大木を移植。これを繰り返し、なるべく大木を守りながら徐々に空きスペースを造っていった。
ヴェーダが『直径100mです』と告げるまで移植と間伐を続け、大量の間伐材と拠点を囲む大木の壁が出来上がった。
壁と言っても、ジグザグにずらしながら移植したので、木と木の間は十分なスペースが保たれ、日を遮るほどではない。
拠点中央、岩を埋めた場所に植えた巨木、ヴェーダが【マハーカダンバ】と名付けたその巨木の周囲には、大量に積み上げられた間伐材が有る。
その大量の間伐材を大木の壁の隙間に置いていく。簡易防壁だ。
狩りに行く時などは俺が間伐材を持ち上げて通路を造る。
これらが枯れてしまえば火魔法を持った敵が大活躍必死。対策をヴェーダに考えてもらった。一秒で答えが出た。
『マハーカダンバの側に井戸を掘りましょう。水脈が在ります。防火貯水池を東西南北に造っておけば、下級魔族が扱う火魔法程度ならすぐに鎮火できます。そもそも、貴方が火に触れれば精気として火炎を吸収出来ます』
ふむふむ。
井戸と防火貯水池は当然造るとして、俺の火炎吸収はあてにしてはイカン。俺が居ない時を考えて備えよう。
もうすぐ日が暮れる。
俺は整地に夢中で昼食を忘れていた。
ゴブリン達にはヴェーダの指示で昼の休憩が与えられ、大熊の肉も昼食として食べてもらったようだ。
ヴェーダには正確な時間が判るので、十時と十五時の休憩も入れてもらおう。
この世界は地球と同じ一日が二十四時間だ。
人間が住む惑星というものは、どこの『世界』でも
それは奇跡的な配置で、この条件を踏まえないと人間はおろか知的生命体が生まれないらしい。
大宇宙には更に奇跡的な条件をクリアしたエリアが存在するとヴェーダは言ったが、そこには高次元の存在が居て、惑星に縛られている生命体には生きていけない、転生先の候補から除外された世界だと教えてくれた。
俺は是非ともその世界へ言ってみたいと思ったが、ヴェーダに『……無理』と言われた。
まぁそんな事言われても諦めませんが。
そんな宇宙の事を考えて作業しているうちに、すっかり日が暮れてしまった。
ゴブリン達も間伐した灌木を集めて寝床を造ったりしている。
マハーカダンバの前に造られた大きな寝床は俺用だろう。
俺の寝床の隣には、今日回収してくれた岩の欠片と枯れ枝が置かれていた。
皆に礼を言って、欠片を二個と枯れ枝を一掴み持って移動。
マハーカダンバから少し離れた平地に腰を下ろし、さっそく土を輪形に盛って火熾し準備開始。
両手を合わせてシャカシャカと枯れ枝をすり潰す。
驚きの柔らかさですな、超怪力恐るべし。
あっという間に粉になった枯れ枝。
ゴブリン達が興味深げに見守る。
岩の欠片を両手に持ち、粉の近くで欠片をカチンと打った。
火花が飛んでゴブリン達が騒ぐ。
俺は火花が飛ぶ方向を考えて、『打つ』よりも『滑らせる』事にした。感覚的にはマッチに火を付ける動作だ。
左手に持った欠片に、右手に持った欠片を押し付け、一気に滑らせた。
シャッ、という音を出しつつ、より多く削られた欠片の粉末が、高熱を発しながら枯れ枝の粉に降り掛かる。
ポゥと火が着き、プチプチと音を立て燃えていく。
軽く手を振って風を送ると、一瞬だけ火の勢いが弱まったが、すぐに盛り返して勢いよく燃え上がった。
俺は余った枯れ枝を軽く揉んで火に近付けた。
火は簡単に燃え移り、燃える粉の上に枯れ枝を置いても火が弱まる事はなく、完全な焚き火になった。やったぜ。
一仕事終えて周囲を見渡すと、皆が呆然として炎を見つめていた。
俺が立ち上がると、我に返ったミギカラが
「おでがっ、いぎでっ、どぎにっ、わがいじゅうっ、にぐっ、あばばばぁ」
何を言っているのか解らなかったが、感謝の意は伝わってきた。
俺は男衆と共に枯れ枝の残りを焚き火のそばへ運び、女衆には大熊の肉に枯れ枝を刺し込むように教えて、火の周りに作ってある土の輪に肉を刺した枯れ枝を突き刺すようにしてもらった。
『皆、嬉しそうですね』
「そうだな」
そんなゴブリン達をみていると、何だか力が漲ってきたので、ついでに井戸を掘る事にした。
火を囲む彼らからそっと離れてマハーカダンバの近くへ移動。
井戸の場所を決め、自分の体がスッポリ入る所まで両手を使って掘る。
掘り出した土で穴の周りを囲み、仕上げに両手で押さえ付けてカチカチに固める。
最後に【飛石】で大きめの石を穴の中央にブっ放つ。
六発撃ち込んだ所でヴェーダからストップが掛かった。
『水脈に到達しました。お疲れ様です』
「よっしゃ。水源確保」
飛石の爆音を聞いたゴブリン達が俺の周りに集まって来たので、穴の事は焚き火のそばで説明すると告げ、皆を引き連れて戻った。ミギカラだけは、何度も井戸の方を見ていた。
肉はイイ感じに焼けてきた。食欲をそそるニオイだ。
俺は皆を見渡し、井戸の説明をする。
「さっきの穴はな、井戸だ。水を得る事が出来る」
「「「「いど?? 水??」」」」
どうやら井戸の存在を知らないようだ、翻訳もされていない。地中から水が湧く場所なども無いのだろうか?
だが、ミギカラは他の者と反応が違う。
「や、やはり、伝説の……アス・ホオル」
「井戸の事か? 知っていたのか?」
「はい、お伽話で御座いますが、かつて『東の平原』に君臨したゴブリンキング様が、人間の奴隷を使って大地に穴を掘り、地中から水を得ていたと聞いております。その伝説の穴を奴隷達は不浄の穴『アス・ホオル』と呼んでいたそうです」
「不浄? 何故だ?」
「酷く濁っていたから、と」
「あぁ、原因は沢山あるな。鉄分とか、ただ土で濁っていたとか……」
『ここの井戸水は澄んでいますよ。御安心を』
「ヴェーダがこう言っている、普通に飲める水だ」
「おおお、なんとまぁ……火に続いて水まで、この御恩は氏族を挙げて必ずや」
「ははは、期待しておこう。さぁ、肉が焼けたぞ、喰おう」
「応っ!! ナオキ・ザ・グレイッ!!」
「「「ナオキ・ザ・グレイッ!!!!」」」
その後、『ナオキ・ザ・グレイト』コールが夜の大森林に響き渡った。
ナオキ・ザ・グレイッ!!!!
ナオキ・ザ・グレイッ!!!!
ナオキ・ザ・グレイッ!!!!
こんな恥辱は未だかつて味わったことが無い。
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