第2話「今夜は熊鍋だな」



 第二話「今夜は熊鍋だな」




 ピキ、ピキピキ…………


 疲れた。明日には左右に『割れる』な。


 岩に出来た亀裂から朝日が差し込む。


 二年前に開く事が出来た俺の両目が、森の緑と太陽の光を捉えた。


 転生から十八年、四歳で目覚めた日から毎日休まず筋トレを続けている。


 筋トレと言っても、全身を包む岩を体全体を使って割ろうとしているだけだ。しかし、これも優れた筋トレである。


 身動き出来ない状態が十八年も続けば、通常なら気が狂ってしまいそうなものだが、特にどうと言う事はなかった。【耐性】の影響だろうか、不思議だ。



 三年前、岩から小さな音が耳に届いた。


 転生して初めて聞いた音。

 それは岩にヒビが入った音だった。


 その日から、自分の心臓の音が聞こえるようになった。


 それから一年後、毎日ヒビを入れ続けた努力が実り、外気と光を手に入れた。


 両目を開き、肺呼吸を始める。

 外の景色は見えなかったが、肺に入れた空気は美味かった。


 さらに一年後、背中から外気を感じた。

 前面にだけ出来ていた亀裂が背面に届いた瞬間だった。


 そして今日、亀裂が前後に入って一年。


 岩の中心で赤ん坊のようにうずくまっている俺が、いつものように四肢を伸ばそうと力を込めると、左右に分かれた岩がグラついた。


 そのグラつきは、俺の脳に『もう割れる』と告げていた。


 四肢には確かな手応えがあった。

 体全体で岩が割れると感じた。



 今夜、岩の亀裂から月が見えた時、俺は生まれる。



 日が沈むまで寝よう。

 ステータスの確認は……

 岩から……出た……あと――……Zzz




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夜鳥のさえずり、狼の遠吠え、蟲の鳴き声、風の囁き、木々の合唱。


 月光が原生林を照らす。岩の亀裂から俺の両目に突き刺さる満月の淡い光。


 深呼吸、精神統一、鼻歌でリズムをとり、腹に力を溜め、四肢に力を流して――



「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」



 ――大の字ジャンプ。


 轟音を夜の森に響かせ、岩が左右に吹き飛ぶ。

 月光のスポットライトに照らされながら宙返り。


 ドシーンと大地を揺らして百点満点の着地。


 大地を両足で踏み締め、両手を胸に叩き付け渾身のドラミング。


 ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ……



「うぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!」



 苦節十四年、転生から十八年経った今日、俺は今生で初めて泣いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ひとしきり泣いたあと、俺は砕け散った岩に腰かけ、夜空を見上げていた。


 美しい。月の光で星の輝きは霞んでいたが、とにかく澄んでいる。


 小さな動物達が、遠くから俺の様子を窺っている。

 可愛いものだ。あとで食べよう。


 さて、一年ぶりにステータスを確認しよう。【アーユス】――



【名前】ナオキ・キシ

【種族】マハトマ・ゴリラ

【レベル】0 【年齢】18 【性別】男 

【状態】絶好調 【ジョブ】伝教師


【耐力】5,700 【精気】1,200

【総合力】53万パワー


【特技】

『大猩々:Lv1』 『超怪力:Lv128』 『精神統一:Lv68』

『岩仙術:Lv1』 『アユスヴェダ』 『自然回復:小』


【称号・加護】

『アートマンの加護・小=言語理解・翻訳・ヴェーダ』

『狂信者=アートマン信者を増やし易い』

『行者=術攻撃30%上昇・眷属能力20%上昇』

『岩仙=物理攻撃30%上昇・鉱物可食』


【耐性】

『バッドステータス無効』 『火炎吸収』 『物理無効』

『即死・呪殺無効』 『属性攻撃に強い』 『土・金属性反射』

『飢餓・孤独耐性』




 ほほぅ……

 耐力と精気の表示が出た。HPとMPみたいなもんか?



『間違いではありません』



 …………は?

 女の声?


 誰も居ないな、空耳にしてはハッキリ聞こえたが……



『私はヴェーダ、貴方をサポートする【知識】……アートマンから貴方へ贈られた追加の加護です。遅れた誕生日プレゼントだと思って下さい』



 お、おう。

 加護、加護ね。


 ……脳内コンピュータ的な存在だと思っておけばいいかな?



『その認識で問題ありません』

「なるほど。検索とか可能?」


『調べたい対象があれば、自動的に検索結果をお知らせします』

「それは助かる。ありがとう」



 さて、次だ。


『仙術』と『アユスヴェダ』、『自然回復:小』が追加されている。


 加護は極小から小に格上げされてるな。


 仙術は魔法的なアレか?

 アユスヴェダはまったく解らんな。

 一通り見てみるか。



【超怪力】 能動特技アクティブスキル

 筋力を超怪力Lv数値%分上昇させ、その合計を三倍にする。


【精神統一】 能動特技。

 仙術の威力を精神統一Lv数値%分上昇、雑念を振り払い集中力が増す。


【岩仙術】 能動特技。

 属性と特技レベルに応じた仙術の行使。

 現在は岩仙としての岩仙術が使用可。

 岩仙術Lv1の仙術は【飛石】=指定の石を対象に飛ばす。


【アユスヴェダ】 能動特技。

 指定されたモノを鑑定・検診・分析する。

 アーユスはアユスヴェダに統合。分離不可。


【大猩々:Lv1】 能動特技。

 真の姿を解放。

 精気を10%使用して巨大なゴリラになる。

 変化可能時間はスキルレベル依存。


【鉱物可食】

 あらゆる鉱物を食物として経口摂取できる。

 鉱物の種類によって身体能力上昇が見込まれ、条件を満たせば『特技・耐性・称号』を獲得できる。



 なるほど。益々ゲーム染みてきたな。

 そして、アユスヴェダが便利すぎる、有り難い。


 職業の【伝教師】はアートマン信仰の尖兵、キリスト教の宣教師と似たようなものらしい。


 しかしアレだな、前世で体得した武道を特技として持っていないのが寂しいな。


 空手と柔道は初段だが、剣道は三段まで取っていたのに、勿体無い。


 まぁ、生まれ変わればリセットされるのは当然か。かたはしっかり覚えているので、これからまた稽古すればいいだろう。



『空手道と柔道に関する特技は【体術】として習得可能。剣道は【剣術】として習得可能。効率的な習得は生物への武道技使用です』



「フム、実戦か。助言ありがとう。俺の華麗な一本背負いを見せてやるぜ」


『体術の前に仙術のレベルアップをお勧めします。物理無効と超怪力持ちの貴方は、体術獲得の優先度は低いでしょう』


「なるほどなぁ、そう言うもんか。じゃぁ、晩飯確保の為に【飛石】で小動物を仕留めてみるか」



『よっこいしょ』と岩から腰を上げ、こちらを除き見していたウサギっぽい動物に目をる。しかし、一斉に逃げた。


 足元に落ちてある『岩の欠片』を使おうと思ったが、ヴェーダに『勿体無い』と止められらので、少し周囲を探して野球ボールほどの石をゲット。


 その石に『飛んでけ』と念じ、木々の隙間から狙える獲物に向けて飛ばした。獲物との距離は50m程度。


 石は目視出来ない早さで獲物に命中。

 ウサギの頭と、その先にある大木が爆散した。



「えぇぇ…………」


『ロイヤルオードナンスL7・105mm戦車砲と同等の威力です。小動物相手ならば小指の先程度の小石で十分でしょう』


「ロ、ロイヤル何? 戦車砲? 先に言ってくれ。死ななくていい動物まで巻き込んでしまう。今の獲物は後で食べるけど」


『次回からそのようにします』

「頼むぜ」



 溜息を吐きながらウサギの元へ向かい、合掌。


 その時初めて自分の両腕を見た。

 毛深い腕だった、着ぐるみではない。


 しかし、ゴリラにしては毛が薄い……


 皮膚は小麦色、体毛も艶のある黒だ。背中の毛色は判らん。ある程度の年齢になったら背中の体毛が白くなり『シルバーバック』と呼ばれる容姿になるかも知れんし、既に成っているかも知れんそもそも背中に毛があるのか?



『シルバーバックではありません。現在の全身像を脳内に映しますか?』


「そんな事が出来るのか、見せてくれ」


『アナタの全身は体毛からシワの数まですべて測定出来ますので』



 なるほどなー。

 むむむ、頭の中に全身像が……

 これ俺の知ってるゴリラじゃない。


 長い髪の毛があるし瞳が金色、立派な眉毛もあるし鼻が高い。


 アウストラロピテクス寄りのネアンデルタール人?

 種族もマハトマ・ゴリラだしな、普通じゃないのは当然か。


 体は猿だが頭部は人間に近いかな?

 う~ん、類人猿と言うより猿人だな……


 顔面は普通のゴリラより凶悪だ。

 まぁ、だから何? って感じだが。


 そんな事より、仕留めたウサギを喰ってしまおう。

 食べた後に大猩々とか色々と実験だ。


 さて、本能に従って首無しウサギを生で喰らう。

 ……う、美味い。美味いな生ウサギ。


 ついでに石も食べてみた。

 ……甘みの無いクッキーのようだ、悪くない。


 しかし、自分が人間ではないと実感する。

 特に悲観せず、ただ納得した。


 自分の目線が前世よりもかなり高くなっている事にも気付いた。


 体長は2メートルを余裕で超えている。拳を地面に突きながら歩くゴリラ特有の『ナックルウォーキング』も試してみたが、非常に歩き易く疲れ難いので気に入った。


 身体能力を把握する為、スキップや反復横飛び等の無駄な動きをしつつ、小石を地面に撃ちながら次の獲物を求めた。


【飛石】は石の大きさによって消費する精気量が変わる事が分かった。ヴェーダにも確認してもらったが、ソフトボール大で消費10、ピンポン玉ほどの大きさで消費3。


 直径2cm以下の単発なら消費ゼロ。2cm以下の小石を複数同時、単発連射、2cm以上の石と混合等々、色々試してみたが、精気の消費量は気にするほどではなかった。


 予想はしていたが、【自然回復:小】は耐力と精気を時間経過で回復させる特技だとヴェーダが教えてくれた。耐力と精気を1秒間に1ポイント回復する使用だった。


 今回耐力の減りは無かったが、10分間で600も回復するというのは、なかなか高性能なのではないかと思う。


 少しだけ耐力を削ってみたくなったので、かつて岩の中から数回見かけた大熊とのバトルを求めてジャングルをナックルウォーキング。熊肉も確保出来て一石二鳥だ。


 おっと、大猩々化もしてみたい。大きさが分からんので、大木の少ない場所でやってみよう。


 ワクワクしてきたぜ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 イイ感じに木のない場所を探して数分、木々が少ない場所を発見。早速スキル検証開始。


 え~っと『大猩々:Lv1』か、それでは始めましょう。


 俺が『大猩々』を意識すると、全身を光が包んだ。

 いや、俺が発光している。

 

 金色の光が俺の体から溢れ、夜の森は一瞬だけ幻想的な乙女の森になった。


 輝きすぎて森が騒がしい。いささか不用心でしたな。


 光が収まり、再び闇が森を支配した……のは構わんが、急な光の所為で目が闇に慣れない。視力が回復するまで目を閉じ、ヴェーダに全身像を見せてくれと頼む。


 頭の中に今の俺が映し出された。これが真の姿か……。


 シルバーバックの立派なゴリラですな。

 如何いかんせん大きさが分かりません。



『ハンサムですね』

「そりゃどうも」



 なるほど、これはハンサムなのか。

 う~ん、ハンサム?


 猿人は仮の姿で、類人猿ゴリラが本来の俺?


 自己分析しながら少しずつ目を開けて慣らす。


 月光でも周囲が見渡せる。

 かなり目線が高い。

 鑑定では264cmと出た。デカイ。


 ついでにチン長も鑑定……

 ヒュゥ!! 思わず歓喜の口笛を吹いてしまった。


 俺自身とスキルのレベルが上がれば、もっとデカくなるのだろうか?



『なりますね』

「頑張るかんなー!!」



 よし、変身終了。


 再び光を放ちながらチェンジ。


 フム、ゴリラ状態の方が『自信』に溢れているような気がする。要検証だな。


 実験も済んだし、いよいよ狩りの時間だ。

 探検しながら、のんびり行こう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 石を拾って食べながら、真夜中のジャングルを彷徨って1時間ほど経過した。


 違う味の石が食べたいなどと考えていると、風が血の臭いを運んで来た。


 臭いへ向かって方向転換、迷わず進む。


 何やら『ギャァギャァ』と叫び声のような音を拾った。


 動物の鳴き声ではない……


 俺は速度を上げつつ、慎重に暗闇の中を進んだ。そして――


 ――虐殺現場を見た。



 真夜中のジャングル。

 醜い小人を喰い散らかす大熊。

 俺と大熊を囲む醜い小人達。


 眼前のエサを喰い散らかした大熊が、次の標的を求めて振り向く。


 大熊と俺の視線が交差した。大熊が立ち上がって威嚇する。


 大熊の下アゴにぶら下がった小人の内臓を見た俺は――



「ウォォオオオオオオオオオオ!!!!!」



 大熊に飛び掛かり、その頭を掴んで地面に叩き付け――ようとしたら、掴んだ瞬間大熊の頭がトマトのように潰れ、そのまま首ごとモゲた。


 そして俺の体に大熊の『何か』が大量に入ったのが分かった。


 頭を失った大熊は、大量の血と胃の内容物を夜空に吹き上げながら、三歩後退してドスンと仰向けに倒れた。



「えぇぇ……」

『お見事』



 呆気なく終わったバトルにいささか肩を落とした俺は、ヴェーダの賛辞に「おう」と応え、大熊に合掌したあと周囲を見渡した。



「えぇぇ……」

『これもまた、お見事ですね』



 醜い小人達が土下座していた。

 日本人も唸る見事な土下座だった。


 女性と思われる小人達に至っては、腰布を捲くり上げケツをこちらに向けて逆土下座をしていた。


 ケツは微妙に揺れている。挑発かな?



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