お前それ、ジャングルで同じ事言えんの?
つんくん
第1話「サッちゃんに殺された」
第一話「サッちゃんに殺された」
真夜中のジャングル。
醜い小人を喰い散らかす大熊。
俺と大熊を囲む醜い小人達。
眼前のエサを喰い散らかした大熊が、次の標的を求めて振り向く。
大熊と俺の視線が交差した。大熊が立ち上がって威嚇する。
熊の下アゴにぶら下がった小人の内臓を見た俺は――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「
「……おう」
アシスタントのユッコちゃんが、浜辺に仮設された浜茶屋の窓から顔だけを店内に入れ、昼寝していた俺に短い休憩の終わりを告げた。しっかし、おかしな夢だったなぁ……
さて、俺の名は
時代劇や戦隊ヒーロー等々、あらゆる脇役を演じつつ、若手俳優に
裏方仕事が多い職だ、だが、楽しくやっている。
今日の仕事は『ドッキリ』の撮影。
ゴリラの着ぐるみを着た俺が、若手イケメン俳優をロケ現場で襲う簡単なミッション。俺のゴリラ歴は歴代最長、あらゆる番組でゴリラとして活躍し、付いた異名は『プロゴリラー』だ。
二十分程度の短い昼寝だったが、眠気はない。体を起こして軽くストレッチ。ペットボトルに入ったお茶を飲み干し、腰まで下げていた着ぐるみに腕を通してゴリラマスクを被る。
「喜志さん、チャック閉めますね」
「おう、頼む」
うちの事務所の後輩が、背中のチャックを上げてくれる。
俺は後輩の肩をポンと叩き、サムズアップして戦場へ向かう。
戦場は九十九里浜。千葉県出身のイケメン俳優君が、砂浜を歩きながら自分の幼少期を語っている最中、砂の中に隠れていたゴリラが飛び出し俳優君を襲う……
これが今回のミッションだ。
俳優君が現場入りして十五分、ロケバスの中で足止めされている彼に気付かれぬように準備に入る。
砂中に設置された木箱に俺が入り、発泡スチロールの板で木箱に蓋をして、その上から砂をかける。
バサバサと蓋に砂をかける音が続く。
……そろそろ蓋いっぱいに砂がかけられたハズだ。
……いささか砂かけ回数が多い、蓋の耐久力が気になる。
バサ、バサ、バサ……
待て待て、砂が多すぎると勢いよく飛び出せないぞ?
バサ、バ……バキュ。…………ん?
バ……バ……キュ。…………何だ?
キュ、キュ、キュ。…………蓋が割れたか?
……暗くてよく分からんが、割れた所は盛った砂がへこむからスタッフが気付くだろう。
やがて音が止んだ。
箱の中に置かれたトランシーバーから「本番入ります」と声がする。俺は寡黙なベテランで通っているので応答の必要は無い。スタッフ達も長い付き合いで俺の扱いに慣れている。
打ち合わせでは、俳優君が俺の横を通過するのは本番開始から十分ほど経過した頃の予定。それまでは黙想しつつサウナ状態で待機だ。
腕や脚を少し動かし、出番までに筋肉の緊張をほぐそうとして……気付いた。
脚を曲げる事が出来ない。
腕が上がらない。
蓋が顔面スレスレまで落ちている。
何てこった……
蓋が徐々に下がった為に陥没に気付かず、蓋が下がった分だけ砂をかけられたようだ。
さらに、箱の中に砂が入り込んで脚と腕の自由を奪っている。着ぐるみの所為で砂の圧力を感じる事が出来なかった。
『これはマズイ……』
トランシーバーは顔の横にある。だが、腕が動かずトランシーバーを使えない。
大声を出してもカットが入らない。スタッフは近くに居ないようだ。
顔と胸を蓋で押さえられているので、腹筋を使って力任せに起き上がる事も出来ない。
おぅふ、ジーザス。
もっとも俺を焦らせたのが『顔を左右に振れない』という状況。
つまり、頭の方も砂で覆われている。脚や腕がまったく動かせない状況から考えると、箱の中は砂で満たされていると思った方がいい。
酸素は着ぐるみ内にある分だけか……
まだ息苦しくはないが、どれだけもつか分からない。
俳優君がリテイク無しでここまで来れば、俺が飛び出さないのでカットが入る。
その時にトランシーバーで俺の応答が無ければ、さすがに異変に気付くだろう。
カットが入った時点で俺の傍に俳優君やカメラマンが居るので、大声を上げれば気付くはずだ。
……
…………
………………
「テイク5いきま~す。喜志さんガンバ!!」
「ガンバ!!」じゃねぇよ、気付けよ。
今日ほど自分の寡黙キャラを恨んだ事は無い。返事をしない俺に誰も違和感を覚えていない。
そして
俺の横を通過する前に何度もカットが入りやがる。
スタートから五分後、小学生時代の想い出を語るシーンで台詞を噛む。「ガキ大将だったんですよね?」と言う女性レポーターからの質問でキョドる。
イヤホンから聞こえる地上の様子に絶望を覚えました。
ヤバイ。苦しい。汗がヒドイ。喉が渇く。
このテイク5がラストチャンスだ、頼むぜ名俳優……
「カット入りました~、10分休憩に――…………」
『…………クソが』
何とも締まらない最期だ。
意識が薄れていく。
死の間際、俺はガキの頃楽しく見ていたドッキリ番組を思い出していた。
あのドッキリゴリラは最高だったなぁ…………
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あの番組、わたくしも好きでした」
そんな声が聞こえてきた。
優しい声だ。女性の声。
しかし、どこか弱々しく、儚さを感じる。
「貴方が扮するドッキリゴリラも毎回お見事でしたね、来日したハリウッド女優に仕掛けたドッキリゴリラはお腹を抱えて笑いました」
あぁ、あの時か……彼女をビックリさせ過ぎて、テレビ局が訴えられたんだよなぁ。
「そんな貴方が、今回『殺された』事に、私は深い悲しみを覚えます」
殺された……?
あぁ、そうだ、俺は生き埋めになって死んだ……?
待て、殺された?
「貴方は撮影時の事故で亡くなったのではではありません。今回、貴方が入る事になった木箱と発泡スチロールの蓋を作った『大道具の田中サチコさん』による計画的な殺人です」
そんな……サッちゃんが……何故……
「先月、彼女から愛の告白を受けた貴方が、それを受け入れなかったから。まぁ、三十路女の逆恨みです」
……確かに断ったが、いや、何故その事をアンタは知っている?
「神ですから、原因と結果を知る
神……信じられんな。
姿も見えんし……
そう言えば、ココはどこだ……
真っ白い空間?
いや、真っ黒……?
意味が分からん……
「ここは私の部屋…… 残念ながら地球ではありません」
フム、よく分からん場所という事か。
だが、自分が死んだのは理解した。死んだ時の事も思い出した……
何より、自分の体が透けてボヤけてるしな。
他殺かどうかは自分で確かめる方法が無いから、今となってはどうでもいい。
で、俺はこれからどうなる? 地獄行きか?
四十年生きていれば多少の“悪事”を働くもんだ。
ガキの頃はよくイモムシ殺したからなぁ……爆竹で。
「そうですね、貴方は食を得る為以外の殺生が多いようです。たとえ昆虫限定だとしても、それが少年時代の悪戯だとしても……」
あぁ~、やっぱり地獄行きか。
「本来ならば第二層の地獄行きでした。ですが、殺害されたことによって報いを受けたとして減刑、そのまま第一層の地獄行きになりそうでしたが、獄門が開く前に貴方の魂を招く事が出来ました」
……それは、救済?
何のために?
「貴方の魂をここへ招いて次の命を授ける事により生じる出来事や結果が…… 私を含む多くの者にとって『吉』であると知ったからです。殺害されたことによって変じた因果、それによる貴方の運命と結果や過程は非常に興味深い。ドッキリゴリラが好きで“中の人”である貴方に興味を抱き、常に眺めていた幸運に驚喜したほどです」
その結果に至る為に俺を招いた、と?
神様なら結果も分かりそうなもんだが……
「招いた理由はおっしゃる通りですが、神は全知でも全能でもありませんので、遠い未来の事など分かりません。全知全能と言うモノがあるなら、全ての事象を事前に操り、己の望む結果へ導く事など容易いでしょうが、そのような力は有りません。全知全能を
なるほどなー。
で? 『次の命を授ける』とは? 転生的なアレ?
「如何にも。しかし、転生に際して神界の規則により、生前の『
だって気持ち悪ぃから……
今は反省しています、すんませんでした。
しかし、そうか……いや、そうですか。
不思議ですが、今はっきりと、アナタが神だと解りました。
地獄行きから救って頂き有難う御座います。
罰はしっかり受けさせて頂きます。
「殊勝な心掛けですね。宜しい。貴方への罰は…… 大宇宙に
……人外?
あぁ、なるほど。
一寸の虫にも五分の魂、イモムシを殺した私に相応しい罰、いや、罪滅ぼしです。
有り難うございます。
「うふふ、では、貴方に最低限の加護を授けましょう。これで、【言語理解・翻訳】の能力が貴方に備わりました。どこへ転生しても言語に困る事無く、様々な種族と交流出来ます。地球以外の地に転生した場合、その身体と魂に応じて何らかの能力が備わるでしょう。転生後は【アーユス】と頭の中で唱えなさい、自分の身体情報が確認出来ます」
言語理解に翻訳ですか、それはまた大層な能力ですね。有り難く頂戴致します。
アーユス、アーユス……うん、忘れそう。
「私が与えた罰により、貴方は必ず人間が住まう世界へ転生し、人間から狙われる存在となります。貴方や貴方が護る者を襲う存在に対する処置は、人外である貴方の本能に従いなさい。貴方の
人間から狙われる……
分かりました。まぁ、捕食と自衛以外で命を奪う事は無いと思いますが。
うっかり蟻を踏み潰して気付かない……なら、ありそうです。
「小蟲や目に見えぬ生物の死に、人や動物が気付かないのは世の理、裁きの対象にはなりません。小蟲を見つけて踏み潰すのは人や動物の意思。そこに悪意や殺意、無知による好奇心の区別は無く、罪の重さと業の深さが変わり、死後の裁きで清算されます。捕食と自衛の為の殺生でも業は深まりますが、罪にはなりません」
なるほど、肝に銘じておきます。
「そろそろ、貴方の魂を留めていた鎖が朽ちそうですね。最後に、何か聞きたい事はありますか?」
聞きたい事、ですか……
では、アナタの御名前を。
「アートマン」
アートマン…………
存じ上げませんな、申し訳ございません。
「日本人には馴染みの無い名です。既に崇める者も居りません、地球でも最古参の一柱ですので。あとは滅びを待つだけ……うふふ、少し寂しいですね」
滅び……それは聞き捨てならんですな。
フム、ではこの喜志直樹が崇め奉りましょう。
世界をアートマン信徒で満たす、これを目指します。
「あら、有り難う。もしそうなったら、私の失われた力も戻るかも知れませんね。その時はまた、改めてお礼をしましょう。うふふ……」
お任せ下さい。
よっしゃ、頑張ろうかね。
母ちゃんにサヨナラ告げられんのが心残りか……
塩辛いもんばっか食うなよ……
それから……
それから……有り難う……
あぁ、何か眠くなって……
「時間です、お眠りなさい直樹、私の
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
温かい、体全体が何かに包まれている……
このまま眠り続けたい……
まるで母親の胎内で守られている様な……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ふわぁ~…… よく寝た。
あれからどれほど眠り続けただろうか……
そろそろ起きて布教活動せねば…… ん?
体が……
動かんぞ?
指も動かせん、口も目も開かん、何故?
音も匂いも確認出来ん。
眠り過ぎて体に異常をきたしたか?
そうだ、ア、アユ……【アーユス】……ッ!?
目の前に数字と文字が浮かんだ。
これは……
まるでゲームの、ロールプレイングゲームのキャラクターステータスのようだ。
【名前】ナオキ・キシ
【種族】マハトマ・ゴリラ
【レベル】0 【年齢】4 【性別】男
【状態】良好 【ジョブ】――
【総合力】37,200パワー
【特技】
『
【称号・加護】
『アートマンの加護・極小=言語理解・翻訳』
『狂信者=アートマン信者を増やし易い』
【耐性】
『バッドステータス無効』 『火炎吸収』 『物理無効』
『即死・呪殺無効』 『属性攻撃に強い』
種族がマハトマ・ゴリラ?
あぁ、人外ってヤツか。
年齢は四歳……?
四十歳も若返ったのか?
いや、転生なら赤ん坊からだろう、零歳から四歳になったという事か?
だが待て、俺はまだ産まれていない……はずだ。
では、ココはやはり母親の胎内か?
妊娠期間が四年以上掛かる種族?
仮に胎内だとして、体が動かんのは何故だ?
ん? 何か、何か忘れている……あっ!!
『数多在る何処かの世界に親も無く岩より生まれ……』
そうだ、アートマン様が仰っていた。
『親も無く岩より生まれる』
オゥ、ゴッド……比喩じゃなかったのか。
どうやら俺は、前世で砂に覆われて死に、今生は岩に包まれて生まれるようだ。
たはぁ~っ、異世界の孫悟空ですなぁ。
なるほど、窒息の恐れが無いのは不思議だが、身動きがとれない事については理解出来た。
神が『岩より生まれる』と言うのなら、俺はいつか生まれるのだろう。
空腹や便意は今のところ感じない、時が来るまでやれる事をやっておこう。
先ずは筋トレだ。一分間、体中に力を入れて、三分休む。
疲れるまでやって、眠くなったら寝よう。
一、二、三、四、五…………
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