第13話 橋本の思惑

 ◆◆◆

「あいつ・・・」

 思わず声を出してしまった。

 自信満々で七匹だと豪語するから釣りが上手いのかと思ったがほとんど小魚じゃないか。

 俺でも食べれられなさそうな小さい魚は海に離したというのに。

 いや、結局それで一匹も釣り上げ羅れなかった俺が言うべきことではないか。


 仕方なく彼女の釣り上げた魚を下処理して、カレー作りに移る。途中、橋本から作戦を説明されたときのことが頭をよぎった。



『具体的な方法だけど、前提として彼女には味覚がないの。だから、それを利用して睡眠薬入りの料理を食べさせる。』


『本当か?俺が薬を仕込んだ食べ物をアイツは全部看破して――』


 そこまで言いかけて、俺は気づいた。

 彼女は一度も毒入りの料理を口にしていない。

 そう、たった一口も。香りさえも嗅ぐことなく。

 どの場合においても、彼女は俺の仕草で看破していた。


『・・・・・・確かに、俺が飲料水に睡眠薬を混ぜていたことを忘れていた時、彼女は俺と同じようにそれを飲んでいた。』


 思い返せば、彼女はカレーの超甘口と辛口も間違えていた。

 味覚がないのではと思っていたが、まさか本当だったとは。


 ああ、だからあの時彼女は酒を飲みたがらなかったのか。

 飲んでも楽しめないと分かっていたから。


『でしょうね。彼女は湊の反応を見て料理に毒を盛ったか、盛ってないかの判断をする。だから、彼女に毒を盛る場合これは心理戦になるってわけ。』




 先に二人分の皿にカレーをよそい、その後に鍋に薬品を混ぜる。今から人を殺すのだと言う実感が生々しくも湧いてきた。




『あの人は勘がいいから、私と湊がグルだってことに気づくだろうね。』


『そんな詐欺師みたいな。』


『間違ったこと言った?』


 顔色ひとつ変えない橋下を見て、俺は我にかえった。


『そうだな。少なくとも俺は罪人だ。』


『勝手に仲間外れにしないでよ。私も共犯者にして。』


 俺は当時、苦笑いを返したんだと思う。




 先に橋本の分のカレーを持っていく。

 その後に、俺達二人分のカレーと焼き魚をテーブルに置いた。


「もしかして、何か入れてたりしないよね。」


 ギロリと彼女が俺を睨む。

 そんなわけないだろと、白々しく返した。

 何なら俺のカレーと交換しようかと提案し、自分の皿を差し出す。

 しかし、彼女は俺が差し出したカレーを突き返した。


「いや、橋本くんのをもらおうか。」


 心臓の鼓動が高鳴った。


「最悪、君は自分と道連れにしてでも私を眠らせようとするからね。流石に仲間の食事に毒は盛れないだろう?」


 当たり前だ、そもそも何にもいれちゃいないと返す。

 声は震えていないだろうか。

 俺は橋本に目配せをするが、こちらを向こうとはしない。

 あくまでも橋下は貫き通す気だった。


 俺はとにかく気にしないようにカレーに手をつける。

 俺らがカレーを食べ始めたのを見届けて、彼女も安心したように夕食を開始する。

 橋下は焼き魚から口にしたものの、結局カレーも完食したのだった。


 九時頃になって橋下は早めに寝ると二階に上がっていった。

 背中を追うように彼女も部屋に戻る。

 俺は一人リビングらしき広間で、蛍光灯の薄暗がりの中酒を飲んでいた。

 しばらくして、上の階から降りてきたのは橋下だった。


「私も少しいい?」


 俺は何も言わずにコップを突き出した。




『しかし、正直彼女にバレないように毒をもる自信がない。これまで何度も彼女には見破られている。どれだけ策を講じても、俺の仕草一つで怪しいと勘づかれてしまうと思う。』


『随分と弱気じゃない。』


 否定はしなかった。決意はしたものの、これまでの失敗の積み重ねは俺の自信をひどく傷つけていた。


『別に構わないわ。むしろ、都合がいい。』


 どういうことだと橋下に尋ねた。


『あの人にバレずに毒を盛るのは不可能。だから、バレた前提で動く。』


『?』


『まず湊には、そのギプスが取れたら一週間、毎日彼女の料理に毒を盛ってもらう。その後に、二泊三日の旅行に行くの。彼女は私が同行することを知ったら、当然旅行中に何かあるだろうと気付く。』


 橋本は突然俺の胸元を指さした。


『そこをつく。私たちは二日目の夕食まで何もしない。そしたら、一週間食事に細工をされ続けた彼女は旅行における湊が出す最後の料理を怪しむと思う。そして、おそらく料理の交換を持ちかけてくるわ。相手が持ちかけてこないようであれば、私から仄めかす。ここで湊には自分から料理の交換を積極的に薦めてほしいの。そうしたら彼女は必ず私の料理と交換する。』


『そううまくいくものか?』


『さっきも言ったけど、彼女は私が旅行について行くと聞いた時点で、彼女から逃げ続けてきた貴方の前任者である私が同行してきた時点で、この旅行が彼女の暗殺のために仕組まれたものだと気づくはず。』


『そう都合よく相手が気づくか?』


『これに関しては断言できる。彼女は必ず気づく。というか、不自然でしょ。彼女の事情を知って、尚も彼女を殺すことなく、後一歩のところで怖気付いて逃げ去った奴が突然ひょっこり都合よく貴方たちの旅行に同行するだなんて。』


『確かにそうだな。』



『それなのに、その旅行の最中一切の動きも見せてこなかったら、当然彼女は怪しむし疑心暗鬼になる。そして最終日の夕食まで何もしてこない時点で、直前の一週間毎日毒を盛られ続けて、貴方の出す料理に過敏になっている彼女なら、その夕食こそ今回の暗殺の本命だと気づくでしょう。つまり、二日目の夜、三人のうちどれかの料理には毒が盛られていることになる。では逆に、どの皿を彼女は訝しむか。』



 橋本は身振り手振りで俺の回答を催促する。


『逆張りして素直に食べるんじゃないか?』


『いや、おそらくだけど、出される料理出される料理必ずと言っていいほど細工をされ続けた彼女は自分に出された皿を素直に選ぶことはできない。というか、そうなるように頑張って毒を盛ってね。』


『そんな無責任な・・・・・・』


『では、貴方と私の二択。ここで、貴方が自分の皿を差し出してくれば湊の方も怪しいと勘繰ざるおえない。最悪、自分と湊二人の料理に薬物が入ってる可能性すらある。だから、彼女は私と交換するしかない。ダメ押しに湊は料理を持ってくる時、最初に私のだけを持ってきた後、貴方達二人分の料理を持ってきて。』



『どうしてだ?』



『勘のいい彼女なら気づくはずよ、その不自然さに。普通なら料理を運ぶ時持てる分だけ持つでしょう?つまり、本来なら私達三人のうち二人分を持ってきた後に残り一皿を持ってくる。それが普通。なのに湊はわざわざ両手で私の料理を最初に持ってきてくるんだもの。』



 そこで俺は橋本が何を言いたいのかを理解した。



『確かにこれは微妙な差異。偶然と言って切り捨てても構わないレベル。だけど、三人のうちどれかの料理には必ず薬が入っていて、尚且つ湊と自分、両方のご飯に細工をされているかもしれないという強い疑念を持った彼女にはその歪さを無視できるはずがない。』


『そして、彼女は私の料理と交換する。』

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