第11話 オペレーションベータ 1日目
「一週間後?」
彼女はキョトンとして俺を見つめる。
「ああ、どうかな。」
「海ってなると県外になるしね。」
ギプスも取れて自由の身になったあ
る日、俺は彼女を旅行に誘った。当の本人は困ったようにテーブルに置いた電灯を見つめている。
「お前の許可なしに東京を出ないのが条件だったろ、だったらお前が同行すれば問題ないじゃないか。」
「そうだけど・・・」
「仮に物騒な奴が現れても、お前にとってはむしろ好都合じゃないか。それと、橋本も同行したい。」
ここで彼女は手を打ったように悪童子の笑みを浮かべた。
何かを察したらしい。
申し入れはすぐに受け入れられた。
それから一週間、俺は毎日彼女の飯に毒を盛って、毎日彼女に見破られた。
もっと趣向を変えた方がいいんじゃないかとか、毒殺以外も覚えた方がいいとか言われたが、それでも俺は料理を作り続けた。
日に日に調理スキルは上がっていくものの、暗殺に関しては一向に成長の気配を見せなかった。
◆◆◆
「ちょっと遠出してくる。時間がかかるかもしれない。」
快晴の早朝のことである。
「どこに行くんだ。」
「水着を探しに行くんだよ。色々と準備してる君たちのためにも。」
彼女はいつもの口調で、おちょくるようにそう言った。
嬉しいような恥ずかしいような気分だった。
そして、決行の日がやってきた。待ち合わせ場所はアパートの前、八時に集合ということだが、時間通りに外に出ると既に橋下はサイドカー付きのバイクで到着していた。
「そんなもの、よく見つけたね。」
彼女が感動の眼差しで見つめていた。
「おい、これはどういうことだ。」
俺は絶句した。
恐らく、俺が乗るのであろう座席には既に荷物が散乱していた。
「いやー苦労したんだよ。流石に戦争をしただけあって海水浴に必要なものが一切見つからなかったから、色んなところを駆けずり回ってね。特にこの日焼け止め。使いかけだと大体五十年前のものだから効果ないだろうし、四週間ぐらいかけてようやく見つけたんだ。」
橋下はやりきったような顔を浮かべる。
「お前、四週間って、この一ヶ月ずっと日焼け止めクリームを探してたのか!?」
「そうよ、当たり前じゃない。私だって女の端くれなんだから。」
「準備期間をよくそれで溶かしたな!?」
「まあ、私は別に日に焼けても構わないけど。」
「ほら、乗って。さっさと行くよ。」
橋本の雰囲気に流されるまま荷物だらけで座れたもんじゃないサイドカーに乗り込み家を後にする。
この人、初対面の時はいかにも大人な女性みたいな感じだったのに、こっちが素なのか。
◆◆◆
目的地は九十九里浜の海岸線だったが、途中山登りや滝巡りなんかもした。昔、両親と来たことがあって、うろ覚えながらに覚えているらしい。道案内は彼女がしていた。
山や滝なんかは生来インドア派の俺にとっては無縁のものであったが、彼女に毎日歩き回されたおかげで何とか二人についていくことができた。
といっても、山に関しては別腹で、結局俺と橋下は訓練で登山の経験がある彼女に休憩を挟んでもらいながらおんぶに抱っこでようやく頂上についた。
道中鬼教官のように変貌した彼女を見て、ああ、やっぱりこの人軍人だと思った。
お昼はそこで昼食を取り、色々回り道しながら目的の海の家に着いた。既に日は没しかけていた。
木造かつ近くに潮風もあるということで老朽化は激しかったし、ほこりも被っていたが、二日泊まる分には十分だった。
三人で持ってきた掃除用具で清潔にした後、俺は食事の準備に取り掛かった。
後ろで何やら二人が騒いでいる。
よほど楽しいことでもあるのだろう。
俺は夏の夜風を聴きながら蛍光灯の下、作業に没頭した。
食事を済ませた後は瑠璃色の電灯の下トランプをした。
彼女はポーカーフェイスが上手い印象があったが実際にはそんなことはなく、結局一位を取ったのは俺だった。
特にひどいのは橋本で、考えていることがすぐに顔に出てしまい、試しに架空の掛け金を設定してみたところ八百万ほどの負債を抱えていた。
そうして、俺らは一日目を何もすることなく消化した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます