第3話 脅迫
彼女はそう言いながら一人納得したようにデスゲームと繰り返した。
おどける訳でもなく顔は真剣そのもの、突然の言葉にどういう反応をすれば良いのかわからず戸惑った。
そんな俺を他所に彼女は話を続ける。
「一つだけ君にしないで欲しいことがある。それは私に無断でこの東京を出ることだ。引き換えに君が私を殺すまで一切の危害を加えないことを約束しよう。」
突然の事実を突きつけられて、衝撃の現実を目の当たりにして、憔悴しているというのに厄介な人に出くわしたなと思った。
決して彼女は何も悪くない。東京が滅んだことも、家族に連絡が取れないことも決して彼女のせいではない。分かってはいるが、俺の、いきなり目の当たりにした不条理への怒りの矛先はいささか彼女の方へと向いた。
「自殺したいなら勝手にすればいいじゃないですか。」
少し冷たいかとも思ったが、自殺志願者に下手に耳を貸してはいけない。
真に死を願う生物など生存バイアス的に存在しないのだから、彼女が真の意味で死にたがっているはずがない。
こういう手合いは総じて助けて欲しいのだ。
私の境遇をどうにかしてほしい、私の不幸を解決してほしい、私の欲を満たしてほしい、心の底ではそう思っている。
しかし、彼女らは概して言葉の選択を誤る。
つまり、"助けて"が"死にたい"に置き換わっているのだ。
今の彼女もおそらく俺に構ってほしいのだ。
人助けもやぶさかじゃないが、生憎と今はそんな余裕などこれっぽっちもない。
むしろこっちが助けてほしいくらいだ。
だから、俺は彼女を突き放す。俺が構わないと分かれば彼女も自ら死ぬことはないだろう。
「言ったろ、デスゲームだよ。君がどんなふうに私を殺すか、それに興味があるんだ。自分で死んでは意味がないだろう。」
デスゲームも先ほど思いついた後付けだろう。
それを裏付けかのように彼女はデスゲームにおいて俺に危害を加えないという、デスゲームにおいてはあるまじき矛盾した約束をしている。
「デスゲームは建前ですよね。なんで死にたいんですか。そう思う原因があるんですよね、話してみてください。」
こういえば彼女は俺を拒絶する。実際、彼女は自分が巷によくいる死にたがりの一人と思われているのが気に食わなかったのか、不満げのある声をいくらか漏らした。
「・・・・・・私は国防軍の兵士だったんだよ。」
何の脈絡もなく彼女は話し始めた。一体何の話だ?
「もともと、自衛隊に所属していて、戦争で必要に駆られて諜報作戦の指揮を取ったこともあるんだ。君のご家族のことも、当然調べようと思えばいくらでも調べられるけど。」
彼女の態度は言外に"家族に手を出されたくなかったら大人しくいうことを聞け"と告げていた。
それはないだろうと心の中で思った。
いくら自分が辛いからって人の家族を巻き込むのはあまりにも悪手だ。
それだけ追い込まれてる証拠でもあるため同情しない訳でもないが、それでも家族を引き合いに出すのは止めて欲しい。
「やれるものならお構いなく。」
彼女への多少の憤りに任せてそう言った。
「いいの?」
彼女の一言に冷や汗が垂れる。彼女の顔を見ればハッタリだと分かるが、それでも万が一の可能性を捨てきれない。俺は探りを入れる事にした。
「本当に自衛隊の方ですか?」
「元だけどね。自衛隊は開戦の前に解体されて国防軍に再編された。」
「証明してくださいよ。」
直後、乾いた銃声と金属音、そして、俺の足付近のベッドに弾痕が残る。
硝煙が鼻腔をくすぐった。
彼女の手にはサップレッサー付きの歪な拳銃が握られていた。
彼女の方を咄嗟に驚きの表情で見る。
目にも止まらぬ発砲。
顔あたりの血の気がさっと引いた。
錆びついていた生存本能が今更ながらに危険信号をあげる。
「別にいいですよ。ただ、あなた、何でコールドスリープに入ったんですか?」
「免疫系の病気で、当時の技術じゃ治せなかったんです。」
俺は殺されまいと彼女の質問に素早く答えた。先程まで強気だったのを考えると情けない話だ。
「だよね、コールドスリープに入るぐらいだから、きっと難病なんだろう。別に君がこの先どう生きようと勝手なんだけど、早く私を殺さないと、残り少ないであろう寿命を無駄に浪費するだけだよ。言っておくけど、私は君を起こしただけ、病気は依然として治ってはいないから。」
はっとした。当然治ったものだと思っていたが、彼女のいう通りだ。
コールドスリープは自分の病気を治せる技術が確立するまで身体のあらゆる代謝を凍結させるものだ。
だから、基本的にはコールドスリープに入った時点で病気は治ったといっても過言ではないので、こうしたイレギュラーはすっかり失念していた。
しかし、たかが一般人が元自衛隊の彼女を殺せるのだろうか。佇まいやその瞳には、女性という性別の下に隠しきれない軍人としての強靭さが現れていた。
素人の俺でも悟らざるおえない彼女との歴然とした差を前にして俺は疑問に思う。彼女はそれほどまでだったのだ。
散々迷った挙句俺は小さく頷いた。
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