第2話 おかしな女性

 扉を開いたのは自衛隊のような格好をした女性だった。


 馬鹿げた話だと今でも思うが、俺は彼女を見て瞬間、反射的に綺麗だなと、そう思った。


 さっきまで恐怖で憔悴しきっていたくせに、自分の神経の図太さには我ながら感服せざるおえない。


 それでも実際美しかったのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。


 一目惚れにさえも近しい。


「大丈夫ですか、具合は。」


「あ、はい。なんとも。」


「胸に痛みとかはない、体に違和感は。」


「まだ足の感覚は戻らないですが、他には特に。」


 俺は恐る恐る彼女に尋ねた。


「すいません、ここはどこの病院でしょうか。」


「病院じゃないわよ。ここは元々ホテル。それを病床用に改造しただけ。」


「そうなんですか。家族と連絡を取りたいんですけど。」


 彼女は少し同情を含んだ、意味ありげな顔をした。

 そして、少しだけ考え込んだ。


「……家族と連絡は取れそうにないわね。」


「どうしてですか。」


「そもそも、私は医者じゃない。看護師でも、その関係者でもないし、そもそも医療の勉強さえしたことない。」


 俺は返答に困ってしまった。

 

「窓の外は見た?」


「ああ、見ました!そういば、すいません、まだ状況を飲み込めてなくて、俺の目には東京が廃墟になったように見えたんですけど。」


 胸の内のモヤモヤをするすると言葉にして吐き出す。


 今すぐにでも俺の馬鹿げた妄想を否定し、この不安を取り除いて欲しかった。しかし――


「ええ、そうね。」


 俺の願いは容易く打ち砕かれた。


「・・・・・・すいません、どういうことですか。」


「ありていな言い方だけど、滅んだのよ、日本は、戦争で。だから、あなたの家族とも連絡が取れないし、東京も廃墟になってる。」


「滅んだ……」


 俺は彼女の言葉を反芻した。


 人が嘘をつく際、具体的な質問をされると特有の間ができる。


 これは矛盾なく整合性の取れた経緯を考え、どこか誤りがないかとそれを検閲する工程を返答の前に挟むためだ。


 嘘偽りがない場合、記憶を呼び起こすだけですむが、ここまでスケールの大きい話となると何を質問されるかも予測できずに、例え、ある程度事前に設定を考えてきたとしても、その場で考えるはめになる。


 だから、大抵の場合嘘をついている人間は直感的にわかる。


 俺の目は徐々に嫌疑の色に染まった。咄嗟にカメラらしきものを探すが見当たらない。


「いつ滅んだんですか?」


「いつも何も、建物がいつを境に廃墟になるかは線引きしにくいように、日本も徐々に荒廃していったんだ。」


「なんで滅んだんですか?」


「戦争だよ。」


「誰との?」


「難しい質問だね。参加国も多いし、そもそも関係性が目まぐるしく変わっていったんだ。少なくとも中国とアメリカの戦争ではあったよ。」


 言い淀んでいない。俺は少しの焦燥を覚える。


「おかしくないですか、敗戦したわけでも占領されたのでもなく、首都である東京が廃墟と化して日本が滅ぶわけないじゃないですか。」


「とうの昔に東京は日本の首都ではないよ。突然前触れもなく新型兵器で破壊されてしまったんだ。だから、すぐに首都も変わったけど……今は一体どこを首都と呼べばいいのかな。まあ、そもそもこの国に首都があるのかさえ怪しいけど。」


「反戦主義を憲法で掲げている日本が戦争に参加するとは思えませんが。」


「確かにそうだけど、逆に君はいきなり首都を攻撃されて、何十万人も死んで、それでも戦争は悪だなんて主張できるかい?少なくとも、当時の日本人はそうじゃなかった。そもそも、日本は先手を取れないだけで戦争に加担できないわけではないよ。」


 彼女に指摘されて己の誤りに気づく。

 憲法では国際問題の解決として武力の使用を認めないだけで、自衛権までも制限するとは明記されていなかったんだ。

 そういえば、コールドスリープに付く前、自衛隊関連でさんざんその話題をニュースでしていたし、高校でも現代社会の自衛隊の章で習った記憶がある。


「東京が崩壊してから、生き残った政府関係者は緊急臨時内閣を発足して、その指揮のもと攻撃国である中国へ早急に宣戦布告をし、アメリカ陣営として第三次世界大戦に参加したんだ。」


「だとしても、東京が廃墟のままそのまま放置されるのなんておかしくないですか?」


「日本が滅んだと言ったけど、正確には現在日本国は最早国として機能を果たしてしてないってこと。戦争中に内乱が起きたんだ。おそらく敵国のスパイだろうけど、それで日本国は統一的な政府機関を失って、事実上戦争から離脱した。」


 彼女はなんの迷いもなく、経験してきたことを語るかのように俺の質問に答えた。


「他に質問は?」


 虚偽を見破るのにはいささか腕に覚えがあった。

 東京が荒廃しただけなら信じる余地もあるが、日本が滅んだとなると疑わざるおえない。

 それなのに、彼女は一切の思慮もなし俺の質問に返答し続ける。

 先の一言で俺は押し黙ざるおえなかった。


 質問攻めで話の矛盾でも見つけて軽く論破してやるつもりだった。


 あばよくば自分が見たあの光景ごと否定できる気がしたのだ。

 しかし、とても彼女が演技をしているようには見えない。


 リアリティのある話を何の迷いもなく俺に説明する。

 それ以上に、俺へ質問をせがむその態度は何よりも彼女が潔白であることを示していた。


 見たものを無かったことにはできないようである。


「大丈夫?」


 半ば青ざめた俺の横顔を彼女が覗き込む。

 彼女のさらりとした長髪が重力にそって傾いた。


「貴方は、その、どなたなのでしょうか。」


 彼女は質問の意図を汲みかねる。


「あ、いえ、だから、貴方が医療関係の方でないのなら、私になんの用でしょうか。」


 少々角の立つ言い方をしてしまったかもしれない。

 だが、俺には自分の言動を気にするほど、自分の振る舞いを気にできるほど余裕があるわけじゃなかった。


 彼女はまたも考えこむ。言葉を選ぶようにして彼女は次のように言った。


「まず、君はそのままじゃ死んでしまうところだったんだよ。管理する人がいなくなって、電力供給も途絶えかけてたんだ。コールドスリープは適切な順序を踏んで解除されないと対象者は死んでしまう繊細なものだから。それをなんとかしたのはこの私で、要するに君の恩人ということになる。だから、一つ君に頼みたいことがある。」


 正直図々しいと思ったが、命を助けてもらったなら当然と思うべきかとも考えた。


「私を殺して欲しい。そうだな、私と今からデスゲームをしよう。」

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