第13話

夜が終わりを告げ、朝日が周りを照らし始めた。

古びたビルにいくつものペナントが書かれている。

その2階に書かれているお店にママが働いているらしい。

足を止め、そのビルを見上げた。

「ママ・・・・・」

つい呟くと、不意に肩を叩かれた。

「お姉さん。何かお探し?」

振り向くと怪しげなおじさんがにっこりと笑っていた。

「いや、私は・・・・」

「お金に困っているの?なら、おじさんがなんとかしてあげようか?」

「だ、大丈夫です。」

「まあまあ、いいから。」

肩をがっちり抱かれて、逃げるに逃げれなくなる。

蓮さんの顔が脳裏に浮かんだ時だった。


「その子から離れてください。」

後ろから女性の声がした。

「なんだよ、美紀。」

「!」


そこには相手を睨み付けるように見つめる綺麗な女性が立っていた。

「スカウトはここでは禁止なはずよ。

支配人に見つかったら次はあんたの店に言いつける約束でしょ。」

その言葉におじさんが苦虫を噛んだ顔をして離れていった。

ただ呆然とおじさんの背中を見つめていると肩をトンと叩かれた。

「あなたも、こんな所に一人でいたら拾ってくださいって言っているようなものよ?」

「・・・・」

「何か困っているんだとしても、ちゃんと自分の体を大事にしなきゃダメ。」

「・・・・・ママ。」


綺麗な顔立ちの中に所々疲れを感じる様子がみれる。

「ママ・・・?あなた何を言って」

「こんなに近くにいて分からないの、ママ・・・・・!」

「!」

もう一度呼ぶと、その女性の表情が固まり目を背けた。

「・・・とにかく、ここは危ないから早く帰りなさい。」

「ママ・・私だよ。美海だよ」

「・・人違いよ。」

「なんで、なんでそんなこと」

「とにかく、もう二度とこんな所には来ない方がいい。

あなたのために言っているの・・・・それじゃ。」

そう言ってママは立ち去ろうとした時だった。


「いい加減、覚悟決めてもいいんじゃないか?」


どくんと心が跳ねた。

それは私を、幻の中の私ごと愛してくれた声。


「蓮さん・・・・。」

「そうやって逃げて後悔したまま生きていくのか?

こうしてこの子は覚悟決めてあんたに会いに来てるんだ。

それから逃げて、あんたはひとりでずっと苦しむつもりか?」


蓮さんの言葉に、ママの足が止まる。

その姿と、私が見た最後のママの姿が重なる。

「・・・怖いの。もう、私は何も失いたくない。

・・・・誰の事も愛したくない。」

背中を向けたまま呟いたママが震えた声で呟いた。


「ママ、私もずっと、ずっと怖かった。

だから自分にも嘘をついて、お金さえあればきっと・・・・。

誰かが愛してくれると思って。」

お金があれば誰かが私に目を向けてくれると思ってた。

愛も、欲も、存在意義も。

でも、それは違うんだって。


心の中で今まで感じたことのない思いが溢れ、言葉に詰まった私の肩を蓮さんの腕が優しく抱き寄せた。


「美海。」

心が弾む。抱き寄せられた腕が大丈夫だと支えてくれる。

「でも、私分かったの。お金も必要だけど、私が一番欲しかったのは・・・・ママなんだよ。」

ママの肩がぴくんと跳ね、震えている。

「お金さえあれば、いつかママに愛してもらえると思ってた。

・・・・でももう、お金とか関係ないの。私・・・・!」


蓮さんの腕が私の背中を押し、私はママの体を抱き締めていた。

「ママと一緒がいい!」

「・・・・・・美海!」

抱き締めた私をママも強く抱き締めた。

「ごめんね、ごめんね・・・・・あの時手を離してしまって。」

「わたし、わたしはね、殺されてもいいから、ママの、ママと一緒に居たかった・・・・!」

「美海、本当にごめんね。本当に・・・・」

ただ泣きじゃくる私とママを優しく朝日が包み込んでくれていた。



やっと私とママは幻の自分から抜け出せたんだ。

そんな気がした。












































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る