番外。妹に婚約者を譲ったわたくし、実は聖女だったので勇者さまとともに世界を救ってみます!

第50話 妹に婚約者を譲ったわたくし、実は聖女だったので勇者さまとともに世界を救ってみます!

「婚約を解消してくれないか? マリアンネ」


 はう。

 もうあと1ヶ月でこの学びや、王立貴族院の全過程が終わりを迎えようとしているこの時期に。

 よりにもよって卒業記念のダンスパーティに備えて少し打ち合わせをしましょうと、そういうお話で我が家を訪ねていらっしゃったはずのこの日に。


 幼馴染でわたくしの婚約者であったルドルフ・バッケンバウアーさまは目の前の席にゆったりと腰掛けたまま、おもむろにそう切り出して。


「なぜ? なぜですかルドルフさま!」


 思わずそう声をあげてしまったわたくし。

 手に持っていたカップをカチャンとテーブルに落とすように置き、立ち上がってそう抗議の声をあげたのでした。


 大声を出すなんて貴族の令嬢としてありえない、はしたない、そんなお小言がお母様から飛んできそうなそんな勢いで。

 一瞬はっと周りを見渡し、ああ、お母様がこの場にいなくてよかった、と安堵したわたくし、もう一度ルドルフさまのお顔をキッと覗く。


 わたくしの勢いに押されたのか、はあ、とため息をついたルドルフさま。

 こちらに向き直るとこう宣言したのです。


「それだよそれ。君のその気の強さにもう僕はうんざりなんだ。このまま卒業してしまえばもう婚姻まで一直線だ。取り返しはつかないぞと周りにも諭された。悪いがこれで婚約は破棄させてもらう」


 はわわ。

 いつの間にか解消って言葉が破棄に変わってる?

 そんな、でも。

 このままこんなタイミングで婚約解消だなんて、せめて貴族院時代にフリーだったのならちゃんと恋愛もできたのに。

 わたくしにだって、この先の将来の夢も展望もあったのに。


「でもルドルフさま! わたくし達の婚約にはお互いの家同士の繋がりのためという建前もあったでしょう? それはどうされるのです?」


 そう。

 自分たちが良くってもそう簡単にはいかないのがこの貴族社会。

 特に家同士で結ぶ関係をそうそう当事者の勝手な都合でどうにかしていいものでもないはず、だし?


 うち、フランドール公爵家は王家にも連なる名家でお父様は国家の重鎮、宰相で。

 ルドルフのバッケンバウアー侯爵家は代々騎士団総長を務める家柄。

 ルドルフだって将来はお父様ガイウス様のあとを継ぎ、国家を守護する騎士団を統べる騎士団総長になるんだってそう思っているはずだし、わたくしだって将来の騎士団総長の妻に相応しくと剣や乗馬も嗜んできましたもの。そこいらの大人しいだけの令嬢には負けない自信だって、ありましたのに。


 それがそう簡単に婚約破棄だなんて。

 何かの間違い、ですわよね?


「ああ、それなんだが……」


 わたくしから目を逸らし、背後を気にするルドルフ様。


 え? なに?


 バタン!


 勢いよく背後の扉が開いたかと思ったら、そこから現れたのは妹のリリアンヌ。


「お姉さま! ごめんなさいお姉さまわたくし……」


 わたくしと正反対というかほんと大人しい雰囲気の妹リリアンヌ。

 それなのに。深紅のルビーのように艶のある髪を振り乱し、その細い体が折れてしまうんじゃないかと思うほど勢いよくわたくしに抱きついて。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 そう涙をこぼしただただ謝る彼女に。


「泣いてばかりじゃわけがわからないわ。どうしたっていうの? リリアンヌ?」


 わたくしはリリアンヌの頭を撫で、諭すようにそう聞く。


「それは……」


 口籠って振り返りルドルフの方を見る彼女。


 ああ。

 いくら鈍感なわたくしでも、これは察しました。

 ちょっと困ったような顔をしているルドルフのその表情にも、彼の狡さが垣間見え。


(ああ、そういうことなのですね。なら、しょうがないのかもしれませんね)


「ルドルフ様? きちんと初めから説明をしてくださるかしら?」


 わたくしはリリアンヌを抱きしめながらゆっくりとソファーに腰掛けるようながして。

 一緒にその席に座り直すとジロっと彼、ルドルフ・バッケンバウアーの顔を睨んだのでした。




 一つ年下の妹リリアンヌ。

 わたくしにとっては目の中に入れても痛くない、そんな猫可愛がりをしていた大事な妹。

 性格はもう正反対っていうくらい大人しい彼女は、どんな時でもゆるふわっとした笑みをたやさない天使でした。


 どんな理由があろうと、その妹を泣かすなんて。許せません。

 たとえそれが彼女がわたくしに対する罪悪感からだとしたとしても。

 そういう状況を作ったのは間違いなくこの目の前にいるルドルフでしょう。

 リリアンヌからルドルフに迫ったりとかは100パーセントあり得ませんもの。

 そこだけは間違いようがありません。

 彼女が望んでわたくしの婚約者を寝取ろうだなんて、そんなことを考えるわけがありませんもの。



「それでは、あなたはうちの妹リリアンヌを好きになったからわたくしと婚約解消しようとなされたのですね?」


 言葉は丁寧だけれどかなりきつめの口調でそう話すわたくし。


「ああ、そういうわけなんだが……」


 最初の勢いはどこへやら。流石に妹に乗り換えたいから婚約解消してくれとは言えませんよね?


「すまない! マリアンネ。だが僕は真実の愛を見つけたのだ」


 はい? 真実の愛?


「元々僕は気の強い性格の女性よりも優しい性格の女性の方が好きだったんだ。だから婚約するなら君よりリリアンヌの方がよかったとそうもう何年も前から思っていたけれど言い出せなくて。この間偶然彼女に会って話をして、そうしたらもう我慢ができなくなってしまって……」


「それで妹に手を出した、と?」


 ああ、自分でも口調がキツくなっているのが分かります。でも、もう止められません。


「いや、手を出すだなんてそんな……」


「何もしていないとか言うつもりじゃないでしょうね!」


 何にもしてないならリリアンヌがこんな風に泣くわけがない。


「いや、まあ、誓いの口づけを、だな……」


 ガタン!


 いきなり立ち上がったわたくし。

 鬼の形相に見えていたかもしれません。でも。


 ひぃ、っと声を漏らすルドルフ様。

 だからあなたはダメだって言うんです。

 仮にも将来の騎士団総長がこんなにも心が弱くてどうしますか!


「ごめんなさい、お姉さま。わたくしが悪いのです。どうかルドルフ様を許して差し上げてください……」

 消え入るような声でそう、わたくしの腕に縋って泣くリリアンヌ。

 ああ。ごめんねリリアンヌ。

 あなたについた悪い虫がこんなんで。

 それだけが気がかりだけど。


 ふう。

 吸った息を吐き出して。

 わたくしはさっと座り直すと。


「いいでしょう。婚約は解消しましょう。リリアンヌが代わりであればお父様方も納得なさるでしょうし。でも」


 わたくしは、最後にもう一度ジロっとルドルフの目を見据えて。


「今度またリリアンヌを泣かせるようなことをしたら、許しませんからね」


 それだけを言うと。


 わたくしは席を立ち。

 2人を残し、スタスタとその場を後にして自室に戻ったのでした。






 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎




 さあ、どうしましょうか。


 婚約解消でフリーになったのはいいけれど今まで考えてた将来の目標も何もかも全て吹っ飛んでしまったし。


 ああ。

 もう、このまま大人しく貴族の令嬢やってるのもあんまり似合わないし。


 将来設計も何もかもが真っ白になってしまって。

 かといって妹に婚約者を奪われた形になったわたくしなんか、まともな縁談ももうあてにできない。

 それこそ年の離れたおじいちゃん相手とかはうんざりだしそもそも元々まともな結婚をしたとしてもその辺の貴族の奥方にすんなり収まるような器じゃないし、さ。


 いっそのこと、貴族なんかやめて冒険者でもしましょうか。

 もしかしたらそんな生活の方が性に合ってるかもね?


 だいたい、わたくし、なんて一人称使ってるのだって渋々だし、ね?

 言葉遣い間違うとお母様からお叱りがあるからしょうがなく、だし?


 そんなことを考えてうだうだしている間にとうとう明日は卒業式の当日。


 こんなわたくし、ううん、あたしだってさ、流石に落ち込むんだよ?

 一生に一度の記念のパーティ。外部の人だってみえるそんな晴れの場に、パートナーもいない壁の花しなくちゃいけないだなんてさ。


 ベッドの中でお布団をくしゃくしゃにしながらも、あたしは柄でもなく悔し涙で濡れていた。

 明日はどんな顔で行けばいいって言うの?

 ねえ。

 神様。

 あたし、そんなに悪い女でした?

 こんな目に遭わなきゃいけないほど、悪いことしちゃってたんでしょうか?






 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎





 当日。


 流石のあたしも傷心で塞ぎ込んでいるのがわかったのか、お母様がいつもと違い少し優しかった。

 ふふ。

 いつもこんなお母様だったら嬉しいのにな。


 そんなことを考えながら馬車に乗り込む。


 一応はこれでも公爵家令嬢。

 それなりに着飾ったしお化粧だってきちんとして、髪もしっかりセットされ。

 あたしだってそれなりに綺麗に見えるはず?

 普段のあたしだったらそんなドレスやお化粧に気分も高揚してウキウキ気分で出かけてただろうけど。

 今日はそんな気分には到底なれなかった。



 パーティは貴族院の卒業式の後に開催される。

 式の最初は来賓の挨拶からはじまった。


 長々と続くお話。これで皆正式に貴族として迎え入れられるそういう記念でもある。厳粛な面持ちで聞いている人も多かったけれど、あたしの気分はそれどころじゃなかった。


 こそこそ、こそこそと囁き声が聞こえ、あたしの顔色を伺う同級生たち。

 婚約解消の噂はやっぱり皆に広まっているようで。


 針の筵のようなそんな場所。

 ああ、もうサボっちゃえばよかったかなとか思ったけどそう言うわけにもいかないし。


 この挨拶が終わったらそれぞれに貴族章が手渡される。

 個々の魔力紋に合わせてその者の能力を表す紋章が刻まれることとなる貴族章。

 それこそがこの国の貴族の証。


 火水風土の属性に光と闇、そういった属性がその紋章に刻まれるわけだけど、それはそれぞれの魔力特性値マギアスキルに影響を及ぼすの。


 貴族たるもの、その能力を持って持たざるものに施し護るべし。


 それがこの国の貴族の矜持。


 まあ言うだけならかっこいいんだけどね?




 一人一人呼ばれて王の前に立ち。

 そして手渡される貴族章。


 それを受け取り誓いの言葉を述べるとき、光とともに刻まれる紋章。


 厳かな雰囲気の中進んでいくその儀式のような場面はやがてあたしの番になって。



 ゆったりと進み王の前に立つあたし。


「汝にこの章を授けよう。いついかなる時も貴族としての矜持を忘れず、励むように」


 頭を下げ両手を差し出すとそこにふわっとのせられる章。ああこれが。そこに間違いなくあるという存在感は感じるのに全く重さを感じない。


「謹んでお受けいたします。いついかなる時も貴族としての矜持を忘れず、その能力をもって持たざる者に施し、護ることを誓います」


 瞬間、光があたしを包み。


 そして。


 光が止んだ時。


 そこには一つの紋章が刻まれていた。


「おおっ」


 ん?


 今、驚いたような声、漏れたよね?


「まさか、この目で再びこの紋章を目にすることになるとは思わなかった」


 へ?


「マリアンネ・フランドールよ。其方の貴族章に刻まれた紋章は聖女の紋であった。わしもまだ幼い頃当時の聖女様に見せていただいて以来であるが間違いない」


 ええー?


「これも、運命かの。先代の聖女は其方の祖母であったから。また、この世界に魔が迫っている証かもしれん」


 はうう! 魔が迫ってる? それって……。


 頭を下げ両手を掲げたまま王の言葉を聞いていたあたし、いい加減上目遣いで見て見ると。


「良いか、マリアンネよ。其方はこれより聖女としてこの国に尽くすのだ。心してその使命を果たすがいい」


 厳粛な、そんな雰囲気のまま王がそう宣った。




 なんだかよくわからないうちにあたしは別室に連れて行かれた。


 まあ、卒業生の席は大騒ぎになってたし、あのまま戻るわけにも行かなかったし。


 途中、ふっとルドルフと目があった。


 ああ、彼はどう思ったんだろう。


 ふ。


 そんなことが頭をよぎるだなんて、あたしはまだあいつのことが気になるのか、なんて自嘲して。





 別室のソファーに無理やり腰掛けさせられたあたし。


 それから何人もの人が変わるがわる現れた。


 来賓で聖職者の人や外国の人ももちろんこの国の貴族も大勢来ていたしお父様もいらしたけど。


 皆、あたしが聖女だからって。


 聖女は特別だからって。


 お近づきになりたいって顔をして現れそして去っていった。


 お父様からは慰めの言葉とこれから大変になるかもしれないからと父親らしい言葉をかけて貰えたのが嬉しかったけどそれでもあたしの頭の中はパニックで。半分以上うわの空で聞き流していた。






「少しは落ち着きましたか?」


 いつの間にか。

 本当にいつの間にかあたしの目の前に1人の男性が立っていた。


 すらっと背が高く華奢だけど、それでもその姿勢はバランスが良く。

 多分、かなり強い、この人。

 そんな第一印象で。


 よく見ると豪奢な金色の髪を後ろに流し、とても綺麗なお顔をしていたその男性。


 さっとあたしにお茶の入ったカップを手渡してくれた。


「これ、ハーブ入りのお茶です。美味しいですよ?」


 そうニコッと笑う。


 ああ。

 なんだかこの人気持ちがいい。

 雰囲気が、すんなり受け入れられる。そんな。


「ありがとうございます」


 あたしはそのお茶を受け取ってこくんと一口飲んで。

 うん。熱すぎなくてちょうどいい。


 ふふ。

 思わず笑みが溢れた。


「気分がすぐれない時にはいいんですよ? このお茶」


 そうお茶目な笑顔になる彼に。


「ふふ。不思議な方。でも、嫌いじゃないわ」


 そう口にしていたあたし。




 この部屋に出入りできるって言うことはこの人も特別な地位の人なのだろう。


 きっとあたしが聖女だってわかってここでこうしているはず。


 さっきまで入れ替わり立ち替わり訪れてきた人はみんな、「あたし」ではなく「聖女」に用事があるのが見え見えでなんだか気分が悪かった。

 多分この人だって一緒。

 頭ではそう思うのに。


 なぜか、許せる。

 そんな気にさせる彼。


「それはそれは。光栄ですよ。聖女様?」


 笑顔を見せながら騎士の礼をしてみせる彼。


「ボクはアリオン。人はボクのことを、「勇者」って呼びます。どうそお見知り置きを」


 そういうとこちらを見てウインクして見せた。


 ふふ。

 そのお茶目な姿に。あたしはこの先、多分長い旅をこの人とともにすることになるのだろう、そんな予感がしていた。




 どうやら卒業パーティの時間にさしかかったのだろう。

 会場から楽団の音色が漏れ聞こえてきた。


 その華々しい音楽を聴き色々とアンニュイな気分になったあたしに。



「では聖女様、もしよろしければ一曲踊っていただけませんか?」

 と、アリオン。


 そう目の前に差し出された手をとって。

 あたしはゆったりと立ち上がると彼に向かってカーテシーをして。


「わたくしでよければ。喜んで」


 そうにこりと微笑み小首を傾げたのだった。



     fin

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