第49話 心。
ゴゴゴゴゴッツ
と轟音がマリアンネの目の前を抜けていった。
ノアが漆黒の魔に呑まれ、半狂乱になっていた自分。
その轟音によってなんとか正気を保ったものの、どうしたら良いのかわからないまま浄化の魔法を飛ばす。
「嬢ちゃん、ダメだ。あれはもうデカすぎる。俺たちで手に追える相手じゃない」
ギルがマリアンネの肩を掴んでそう叫ぶ。
マリアンネの浄化魔法はもうあの魔には届いていない。
届く前にかき散らされてしまっていた。
「そこの三人、危ないから下がって!」
背後からそう声がする。
今の轟音の主?
「待ってください! あの中に同僚が呑まれてしまったんです!」
飛び出してきた女性冒険者二人が躊躇なく前方の魔に攻撃魔法を撃とうとしているのを察して、マリアンネは慌ててそう告げる。
「貴女、聖女様よね? じゃぁ呑まれたていうのも聖女様?」
「ええ、同僚のノアが」
「そっか。じゃぁあんまり手荒にはできないわね」
金色の髪の少女はそう言うと両手を前に突き出して。
「キュア! ピュリフィケイション!!」と叫んだ。
え? これって。回復魔法と浄化魔法の複合?
マリアンネは見た。冒険者だと思った少女が、まるで聖女のような輝きを発するのを。
嵐のよう巻き上がる金色のキュアな粒子が、その漆黒の魔を浄化していくのを。
自分の浄化魔法には無かったパワフルさ。そしてそれは問答無用といわんばかりに魔を散らしていったのだった。
浄化の嵐がおさまった時。
そこには一匹の黒猫の子猫が残されていた。
「んー。この子……」
「主様、これは……、ノワールさまの時のように変質したのとは違いますね。むしろこれは」
紅い髪の少女はそこまで言うと、残りは他の者には聞こえないように金色の髪の少女の耳元で囁くように話している。
「ノア! ノアなの!?」
マリアンネは子猫を抱き上げ。
そのぐったりとした子猫に呼びかける。
「にゃぁ……」
小さく鳴く子猫。
「よかった……生きてる……」
マリアンネは子猫に頬擦りをして。
堪えきれずほおに一筋涙を流した。
「ねえ、聖女様。ちょっといいかな」
「ええ、なんでしょう」
「その子、貴女の同僚の子には違いないとは思うのだけど、今のその姿は魔獣黒獣の子供であるのも事実だと思うの」
「魔に呑まれたからですか!? 魔に呑まれせいで? 元に戻す方法はあるんですか!!?」
「ないことも、ないけど。でもそれがその子にとって良いことかどうかはあたしにはわからない、かな」
「そんな。どうして! お願いです。元に戻せるなら戻してください。ノアは純粋な子なんです。純粋に聖女を目指して頑張って。あたしはそんな彼女を応援したくて。だから、お願いです女神さま!」
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「じゃぁ聖女様、手を貸してもらえるかな」
あたしは彼女の手をとって、黒猫子猫の上からかざす。
この子を元の姿に戻すにはまず聖女様の記憶に頼らなきゃ。
マナで子猫の周囲に膜をはり、そこに人間だった時の子猫の子のマトリクスを描く。
そうして。
マジカルレイヤーという魔法技術。元々魔人がその身に纏う人型のガワがこの魔法理論の素となっている。
本来は自分自身を強化する魔法なのだけど、今回は。
ボワっと子猫の周囲がひかり輝いたと思ったら、だんんだんとその光が人型となり。
そうして。
聖女、ノアの姿がそこに現れたのだった。
周囲はもう暗く、上空には月がぽっかりと昇っていた。
まばゆく降り注ぐ月光の中。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
と、何度も何度もお礼を言われたあたし。
ちょっと気恥ずかしかったけどまあしょうがないか。
女神さまだなんて勘違いは正しておいたけど、それでもマリアンネの目は信じてない様子。
まあこの子のマナも随分大きいし、普通の人間としては多分マギアスキルの値も高そう。
聖女としての能力も申し分ない感じではある。
それをあたしがあっさり超えて見せちゃったものだかしょうがない部分もあるのかな。
マリアンネたちと別れミラ・レイと共に最後の魔だまりを浄化して今回のクエストは終了した。
月明かりの中宿屋まで帰る。
あの時。アウラが言ったこと。
黒猫子猫のノアは、どうみてもあれがあの子の本体だと。
どう言うわけで人間のふりをしていたのかはわからないし、ノアの様子を見ていても彼女自身ががその事を知っているのかどうかもあやしかった。
それでも。
マリアンネの涙は本物だった。
あの子たちが本気で聖女を目指していた事も。
だったら。
まあ、いいか。
人間とか魔獣とか、あたしとノワのことを考えてもそんなのね。そんな区別、どうでもいいのかも。
たいせつなのは、心だもの。
心が人であるのなら。
身体がどうかとかは関係ないもの。
ねえ。
デウスさま。
end
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