第36話 欲。

 え?


 パチン、と。

 彼のその差し出された手をはたいたのはあたしではなくノワだった。


「さっきも言ったろう? 断る、と」


 そう言ってノワ、あたしをそっと抱き抱えると背後に飛び、レヒトと距離を取る。


「な、なぜだノワール! なぜお前までもがこの高みにこれる!?」


 初めて。

 悪魔レヒトの顔に驚愕の表情が浮かぶ。


 この高次空間、精神世界。

 神の住まう場所に近い、真那マナの地だと。

 そうレヒトが断言したこの高み。


 そこにノワが現れたことがそこまで意外だったのか? レヒトの顔は驚きに歪んでいる。


「さあ、どうしてだろうな? でも俺はマキナと一緒ならどこまでも行ける。彼女と一緒ならどんな場所でも、だ」


 そういうとノワ、あたしの方を見て。


「言っただろ? 君は俺が絶対に守る、って」


 そう言ってウインクして。

 はは。あはは。

 もう、ノワ。

 あなたには叶わないわ。


「あたしも、絶対にノワを助けるんだから」


 あたしはそう言って両手に二つの召喚魔法陣を起動した。


「サモン!」


 顕現する二体の竜。


 白銀の聖竜エレメンタルクリスタル。


 そして。


 あたしのとっておき、竜たちのまとめ役、七色竜である神竜、オーバーザレインボウ。


「お願いドラコたち、ノワを護って!」


 ここは精神世界。

 物理的なドラゴンの力ではなくて、きっと精霊ギアとしての竜種の力が必要だから!


 まずエレメンタルクリスタルがその巨体を白銀の粒子に変え、ノワールの体に纏わりつく。

 顕現したのは聖魔具アーティファクト白銀の竜鎧ドラゴメイル


 そして。

 神竜オーバーザレインボウはその体を一本の剣へと変化させる!

 聖剣七支刀レーヴァテイン

 七色に輝くその聖剣はススっとノワの右手に収まった。


 ちょっと驚いた顔のノワ。

 でもすぐに笑顔になって。


「ありがとうマキナ」


 そういうとそのまま真っ黒なふさふさの羽を広げ、レヒトに向かって飛びかかった。



 ガキン!!


 聖剣を振り翳しレヒトに迫るノワ。

 レヒトもその手に漆黒に塗りつぶされたような黒い剣を持ち、相対した。


 鋭くぶつかる剣。

 驚愕の表情のままのレヒト。

「なぜだノワールー!!」

 とそう叫ぶ。


「なぜお前は、ワタシがやっとの思いで手に入れたものをそういともかんたんに手にすることができるというんだ! なぜだ!」


 ガン!


 レヒトの剣が真横に滑る。

 ノワールはそれを受けつつジャンプ。

 レヒトの背後から聖剣を振り下ろした。


「なぜって、意味がわからないよ! 兄さん!」


「お前はワタシが欲しいものをみんな持っていたじゃないか! 憎かった、だから!」


 振り返りノワールの剣を受けそう叫ぶレヒト。



 って、あれ!?

 どうして?

 レヒトは本物のレヒトを食べちゃった悪魔、でしょ!?

 そうしてそんな、本物のレヒトみたいなこと言うの!?



「何でもって。何でも持ってたのは兄さんの方じゃ無いか!」


「ワタシは確かに第三王子で王位継承権もあった」


 ガンとノワールの剣を弾くレヒト。


「だがそれは兄上たちの予備の予備でしかないそんなあやふやなものだ! なんの価値も無い!」


「だからって!」


「病弱のワタシはずっと元気に飛び回るお前が羨ましかった。人々から好かれ、勇者と崇められるお前は嫉妬を通り過ぎて憎くもあった」


「そんなの!」


「お前にとってはそんなものなのだろうよ! 頑強さも、愛らしさも、勇者としての名声も! だが!」


「だから俺を殺そうと思ったっていうの!?」


「そうだよ!」


「そんなの!!」


 ノワール……。


 ああ。

 ノワールは兄さんたちが大好きで、その大好きな兄さんたちに喜んでもらいたくて。

 勇者として頑張っていたのだって、そのためだったのに。


「だが、今のワタシのこの体を見よ! この力を! 人を超越したこの完成された生命体としてのワタシを! 病弱で何をすることも出来ず弱々しく生きることしかできなかったワタシでは無い!」


「悪魔に魂を売ったのか! 兄さん!」


「それの何が悪い!」


「人間としての尊厳はどうした! 王族としての使命は! 忘れてしまったのか!?」


「ははっ! 生きていくのに理由が必要か? 快楽を求めるのに意味が必要か?」


「少なくとも俺にはそれは重要で必要なものだよ!」


「そんな甘い事を言うからワタシはお前が嫌いなんだ! そのくせなんでもその手にしてしまうお前がな!」


 レヒトは左手をブンと横なぎに払った。


「ノワ!」


 その圧をまともに受け吹っ飛ぶノワ。

 あたしも全力でそちらに飛ぶ。



「どうだこの力をみよ! 欲望のままに、快楽のままに、そうして生きても誰にも否と言わせることのない力を! ワタシはワタシがしたいように生きる! 今はただそれだけが望みだ! 何をも跳ね返し、何に囚われることもなく、ただ快楽に生きる、それが!」


「ノワ!」

 あたしは倒れたノワを抱き上げ顔を覗き込む。うん、意識はしっかりしてる、大丈夫。


「兄さん……」

 悲しげな表情を浮かべるノワ。


 うん、レヒトは、

 あれはレヒトの欲。

 人の欲は魔と化す。

 そうした魔が暴走した結果がゲームのラスボス魔王だった。

 でもあのレヒトは、


 欲が魔となり、魔界と繋がり悪魔となり、その結果本物のレヒトを食べ尽くしてしまった、と。

 レヒトの欲に潜り込んだ悪魔の種子。


 魔界からやってきた悪魔だと、あたしはそう思っていたけど。

 どうやらそれだけでは無い、そんな。



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