第37話 魔力特性値の概念。

 ごめんノワ。

 あたし。


 高次の空間にありながら地上に落ちたノワを抱き抱えながら、あたしは彼の瞳に滲んだ涙? 汗? どっちかわかんないけどそんなまなじりに口づけをした。


 びっくりしているノワ。

 唇に、ちょっと涙の味がして。


 さっきまで。

 もしかしてこの戦いはノワに任せておいた方がいいのかも?

 そんな気分になっていた。

 あのレヒトの台詞に答えるノワに、そう感じて。

 でもやっぱりさ。


「あたし、やっぱりノワが大好きだよ。だから」


 振り返り、左手を空に浮かぶレヒトに向ける。


「ドラゴン・ノバ!!」


 あたしの周囲に浮かんであたしを守護していた六体のドラゴン、竜の鱗が全てあたしの左腕に集まった。

 円筒形に並ぶその鱗。

 そして。


 光の渦がその筒の中に浮かぶ。

 呼び出され顕現する正の粒子と虚数の粒子。

 それぞれが円筒の中で嵐のように加速し、そしてそれはエネルギーの塊となって放たれた。


 空間というものはZEROでは無い。

 そこにはたまたまエネルギーの釣り合いがとれた膜が存在するだけ。


 ああ。あたしには量子力学もディラックの海もわからないけど、少なくともマギアクエストの世界ではそうだった。

 そこに大量のマナを落としてあげることで生み出される素粒子は、マナのエネルギー量の分だけの力をもつ。


 もしかして。

 ってそう思ったけど、この高次の空間でも竜の咆哮ドラゴンノバが起動できたってことは。

 意味がないかもしれない。効かないかもしれない。さっきはそんなふうにも考えたけど、でも。


 うん。この空間でも、マギアクエストの常識が生きている証拠だ!


 これなら!


 精神世界、真那の世界でも!


「いっけーーーーーー!!!」


 バリバリと弾ける光の奔流がレヒトに向かって放たれ、そして。




「うぐぐぐぐっ」


 レヒトに直撃したその光の奔流。

 ああでも。

 あれに耐えるのか。レヒトは。


 ダメージは通ってる。精神生命体といえどその形をかたどる魔の組成自体を拡散させうるエネルギーであれば、少しは!!


 もはや人や魔獣、そして魔人をも超えたレイスの存在であるのだろう、そんなレヒト。

 でも。


 空の彼方までその光の奔流が飛び去った後。

 鬼の形相でこちらを見る、そんなレヒトの姿が残されていた。


「許さん! 許さんぞ! このワタシにここまでダメージを与えるとは! 絶対に許さない!」


 そう叫ぶレヒトの姿が。






「いこう、ノワ。あたしたち二人でレヒトを倒すの!」


「ああ。そうだな」


「そして。まだ残っているかもしれない本当のレヒトさんのレイスを救ってあげよう」


「え?」


「ちゃんと倒して、それでもってちゃんと円環に還してあげなきゃ。きっと救われないから」


「ああ。そうだな。うん。きっと、そうだ」


 あたしはノワの手をそっと握って。

 起き上がったノワ。

 あたしの手をぎゅっと握り返してくれた。





 

 あたしとノワは同時に飛び上がり、レヒトに迫った。

 あたしの白いふわふわな天使の羽と、ノワの黒いやっぱりふわふわな毛で覆われた羽が重なるように開いて。


 レヒトは右手に黒い剣、左手に黒い棍棒のようなものを掴んで振り回す。そこからやはり黒い霧のようなものが広がり、あたしたちに襲い掛かった。


「マギア・ウォール!!」


 あたしはその霧を阻む次元の壁を展開。

 右手を伸ばしてあたしとノワを覆うよう、球状に張り巡らせた。


 バリバリと弾けるように襲い掛かるその霧。ううん、細かい砂の礫みたい?


紫香蓬莱ライラック・ミラージュ!!」


 あたしは左手の盾のうち、黄竜の権能を解放!


 マナをも砕く、その咆哮ブレスを放つ!


 あたしの左目のドラゴンズアイが黄金に輝きその権能を完全にコントロールする。


 砂の礫のように見えるその黒い霧、一粒一粒を砕き、昇華させていった。




 鬼のような形相のそのレヒトにノワが迫り、聖剣を振り下ろす。

 レヒトは黒い剣と棍棒で相対しているけれど。



 うん。ちょっと変。

 レヒトの魔力量が桁外れなのはわかる。

 感じるプレッシャーが半端ない。それはもう激昂してからはもっと顕著になっている。


 だけど?


 レヒトが放つ圧をノワに影響しないようあたしが受け流す。

 その分、ノワの攻撃が押している感じで。

 あたしはノワが攻撃をする隙にライラック・ミラージュを連射する。

 あの大きいレイスを削りながら、少しずつダメージを与えていく。


 それにしても。

 もしかして。

 レヒトの魔法は、力まかせ?

 大量の魔、マナ頼り?

 あれだけの魔力量、もっとちゃんとした魔法陣を展開し、しっかりと聖霊ギアと連携しさえすればあたしたちなんか圧倒する力を発揮できるだろうに。


 まさか。

 魔力特性値マギアスキルの概念が彼には無い?

 ああ。

 可能性、あるかもだ。

 元々のレヒトは魔法にはあまり縁がなかった。だとしたら。

 やっぱり歪なのだ。

 力だけを追い求めた結果の歪。



 あたしの紫香蓬莱ライラック・ミラージュが効いているようで、だんだんと肩で息をするような仕草にかわるレヒト。

 疲れている?

 うん。

 顔色もずいぶんと青くなって。


 精神生命体であるレヒト。

 そんな人間臭い疲れとかとは無縁な気がしていたけど、ううん、これは。

 イメージなのか。

 ダメージを受け、だんだんとその存在値が薄くなってきたそんなイメージがこういう姿になって現れているのかも。


「ノワ! 離れて!」


 もう、いいだろう。

 彼を楽にしてあげなくちゃ。


 レヒトを浄化する。

 ううん、彼を、本当のレヒトの心を何とか円環に返してあげる。

 でなければ、悲しい。

 このまま悲しいままは嫌だ。


 ここはマギアクエストの世界だった。

 でも。

 人が悲しみと幸福に生きる現実の世界だ。

 ゲームなんかじゃない。

 お遊びなんかじゃない。

 だから。



 あたしは両手を組んで前に突き出すようにして唱えた。



円環の昇華サブリメイション・オブ・サークル!!!」


 サークレットリンカネーション

 円環に、レヒトの魂を還すのだ。

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