第34話 真っ赤な口。

「お前たちは本当に面白いな。特にそこの娘。お前、魔にならないか? 歓迎するぞ」


 真っ赤な口を開きそういい放つその悪魔。レヒトは表情こそ崩さずに、唇の角度だけで笑いを表現したかのように。


「断る!」


 そう答えたのはあたしじゃなくて、ノワールだった。


「はは、ノワールよ。ワタシはお前に聞いたんじゃないんだがな」


「天と地がひっくり返ろうがあり得ない。お前がそう彼女を誘惑するのなら、それは俺が必ず、全力を持って阻止する!」


 ノワは近づく魔獣を薙ぎ払いながらそう叫んだ。


 悪魔レヒトを中心にじわじわと溢れていた魔はその流出を終えたのか、今や新しい泡は湧いてこなくなった。

 空の魔獣たちをあらかた一掃した竜たちは、レヒトを取り囲みあたしの命令を待っているようだ。

 地上はソユーズたちが最後の残った魔獣に相対するだけ。


 これでおしまい?


 竜たちはレヒトを睨み、距離を保っている。

 あの得体の知れない異次元の存在感に、迂闊に手を出せないでいる。


 というか。


 あれはあそこに居るように見えて、あそこに存在していない?

 あの場にもし全竜種の全力のブレスを放ったとして。

 それを鏡のように全て跳ね返される、そんな未来が見える。

 空間が捻じ曲がっている。それだけはあたしにもわかるから。


「竜にはわかるんだね、ワタシには敵わないって」


 真っ赤な唇がそう言う。


 悔しい。けど、あいつの言ってることは多分正しい。

 竜はギアの化身だから、それぞれこの空間より高位に手が届く存在だ。

 そんな竜にとっても、あの悪魔が存在している場所までは届かない。

 そこまで届き得るのは、多分この中ではあたしだけ。

 あたしの天神族としてのポテンシャルであればきっと、あそこまで手が届くのだろうとは、思うけど。


 怖い。


 得体の知れない恐怖があたしを襲っている。



「サモン! マジックサークル!」


 ラプラス!?

 彼の声が聞こえる。


「ダブルプレス! マギア!」


 宙に浮かぶレヒトの、その足元に二重の魔法陣が浮かぶ。

 あれは。


「ダークバインド!!」


 漆黒の闇の手が伸びる。

 あれはあたしを一時的に拘束した見えざる手?


 闇の空間魔法、そんな魔法陣から浮き上がる見えざる手がレヒトに向かって伸びる。



「ゴッズディーン!」

「イグニッションスパーク!」

「アブソリュート・ゼロ!!」


 すかさず彼らが口にしたのは先ほどあたしに向かって放たれた三位一体の必殺の魔法。


 黒と白。光と闇。

 そんな対照的なエネルギーが混じり合う渦が。


 地表の空気を巻き上げながら、嵐となって悪魔レヒトに向かって放たれた。


 ゴゴゴと爆音をあげ吹き飛ぶそのエネルギー。


 竜たちは円を描くようにまわり、その被害があたしたちに及ばないように結界で抑え込む。


 ああ。ごめんね。

 きっと彼らにとっても最後の魔力を振り絞った攻撃だったのだろう。

 力つきその場に膝をつく三人。


 怪我をしているわけじゃない、単純に自身のマナを使い切った、そんな感じで崩れ落ちる。



「化け物め」


 ソユーズが最後に吐き出した言葉は、さっきあたしに言われたよりももっと憎しみがこもっている、そんな声だった。




 嵐が晴れた時、そこには真っ赤な口をにまっと開いたレヒトがそのままの格好で浮いていた。

 跳ね返されなかっただけまし? だったのかも知れない。

 ソユーズたちにはもう戦う力は残ってないし、もしあのエネルギーをそのまま反射されていたら全滅していたかも知れない。


 あの攻撃で視界がはれぬ間にもレヒトの存在値が変わらずそこにあったのは、あたしにもわかったし多分ソユーズにも感じ取れたのだろう。

 憎しみのこもった化け物という言葉がそれを表していた。




 この世界にあたしが目覚めて、まだ三日しか経っていない。

 今日は三日目の夜だったはず。

 もういろんなことがありすぎてもっと何日も経ってしまったようにも感じられるけどそれはただの気のせいだ。

 っていうか。


 あたしは全く覚悟が足りなかったのだな。

 ソユーズたちに遊び半分と言われた時は結構傷ついたつもりだったけど、それでも全然足りていなかった。

 彼らがこうして持てる力の全てを吐き出して戦ったというのに。

 ノワだって、兄であった相手と対峙するのは辛かっただろうに。


 さっきまでのあたしは、ただただ自分が優位な場所からこの世界を見ているだけだった。


 何が自分が死ぬことよりも誰かを殺してしまうかも知れないことの方が怖い、だ。


 そんなのただの自己満足の世界じゃないか。


 あたしはまだ、本気でこの世界と向き合ってなかったって、ただそれだけのことじゃないか。


 自分の能力がチートだからって。

 ゲームの世界の外から干渉している立場だったからって。


 そんなことにかまけて、本気で今を生きようとしていなかったんじゃないか、って。


 はは。馬鹿みたい。


 あたしはまだ目覚めて、この世界にきて、たったの三日しか過ごしていない。

 でも。


 このまま本気になれなきゃ、このままここで死ぬかも知れない。

 消えてなくなるかも知れない。

 でも、それで、いいの!?


 ノワが好き。

 ノワのために生きよう。

 そんなふうに思ったんじゃなかったの?

 あれはただのポーズだったの?


 ううん、違うよ。

 違う。


 あたしは、ノワが好き。

 絶対にノワに幸せになってもらいたい。

 そんでもって、できればその隣にいて、もふもふっと穏やかに過ごしたい。


 そのために、できることはなんでもする!


「ノワ、ごめん。あたしあいつを倒してくる」


 あたしはそれまであたしを庇ってくれていたノワの前に立って、そして背中の真っ白な羽をふわっと広げた。


「みんな、お願い!」


 手を高くあげ、竜たちに声をかける。

 彼らの力も、今のあたしには必要だから。


 六体のドラゴンは、その体を凝縮して六つの盾へと変化した。

 あたしが最初に装備していたアウラクリムゾン。そんなドラゴンの鱗の盾。そんな形状になって。


 そう、かれら六体の竜は聖魔具アーティファクトマギアと化して、あたしの周りを浮かび回る。


 ごめんね、行ってくる。

 振り向いたあたしはノワの顔をじっと見つめ、そう心の中で言うと。

 前を見据えて飛びたとうとした。


「ダメだよ。一人でなんて行かせない」


 ノワはそういうと、背後からあたしのレイスの中に滑り込んできた。

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