第31話 月が堕ちた闇。

 ノワールの前でひざまづき、項垂れる三人。


 しばらくの沈黙の後、剣士ソユーズが一歩前に出て。


「ノワール殿下。我らがしでかした事、許しを乞おうとは思ってはおりませぬ。その剣でどうか我らの首を刎ねていただけたら、と」


 そう頭を垂れた。


「お前たち……」


「ただ、一つだけお願いがございます。どうか兄上様、レヒト殿下に取り憑いた魔を祓ってはいただけませんでしょうか?」


「兄上の?」


「我ら三人は近衛騎士、レヒト殿下に忠誠を誓った親衛隊でございます。あるじが白と言ったなら黒でも白。殿下がノワール殿下を害せよと言えば、我らにはそれに否と答える選択肢はありませぬ。しかし」


 ソユーズは額を地面に擦り付けるように、懇願する。


「レヒト様に非はありませぬ。この度の所業は全てあるじに取り憑いた魔の仕業。どうか、どうか、ノワール殿下。あなた様に兄上様を気にかけてくださるお心が少しでも残っていらっしゃるのであれば。どうか、レヒト殿下をお救いくださいませ」


「それほどまでレヒト兄様に忠誠を誓うのであれば、どうしてお前たちは自分の手でそれを成そうとしない?」


「これを」


 懐から銀のプレートを取り出すソユーズ。ってこれ、ノワールの冒険者カード?


「我らはこれをノワール殿下の死の証として持ち帰り、レヒト殿下の前に赴くつもりでした。そこで、その場で、不敬と謗られようともなんとしてもレヒト様を拘束し魔を払おうと、そう誓っておりました。しかし」


「それしかもう我々にはレヒト殿下のおそば近くに赴くチャンスが見つからなかったのです」


 はう、サイレンも。


「しかし、こうしてノワール殿下が生きておられた。いや、そのお姿、蘇ったといった方が正しいのでしょう。このままあなた方と争って我々が生きていられる保証はありませぬ。そちらのお嬢さんが本気を出せば、我々など消し炭になっていたところでしょうし」


 チラッとあたしを見てそういうソユーズ。

 背後の二人も同意するように頷いている。


「で、あれば。このまま我らが倒された挙句レヒト殿下にまでノワール殿下の手が伸びるのは我々の本意ではありませぬ。お二人を仲違いさせることを望んではおりません。ですから」


 もう一度額を地面に擦り付け、ソユーズ。


「どうか、どうか、レヒト様を害することの無きよう、お助けくださいますよう、この命に変えてお願い申し上げます」


 そう声を絞り出した。


「あなたさまを害し、おそらく一度は死に至らしめた我々がこんなことをお願いするのは虫が良すぎるとお思いでしょうが、どうか殿下、我らの命は差し上げます。どうか兄殿下だけはお助けくださいませ」


 うしろの二人も同様に、額を地面に擦り付ける。




 はう。土下座の風習がここにあるのかどうかはあたしは知らない。


 だけど。


 彼らの真剣な姿は本物だと、そう思った。





 マギアクエストのゲーム本編ではそこまでのことは語られていなかった。

 っていうか王子に取り憑いた魔?

 そんな設定、あたしは初耳。


 まあそれはそれでしょうがない部分もある。

 そもそもキシュガルド王国にはあたしは訪れたことがないんだもの。


 マギアクエストの舞台はあたしが今いるこのロムルスの街をスタート地点としたマギアスガルドだった。その周囲、国境の荒野までがゲームの範囲。

 あ、南に広がる海も舞台の一部だったけど。


 マギアスガルドだけでも結構な広さがあり、山も谷も街もたくさんあり、辺境の伯爵領なんかまだその最奥まで到達したものがいないという設定で。


 そこから先の外国は、名前だけは出てくるしそこから訪れる登場人物とかもいたけど、ゲームのプレイヤーにはまだ解放されていなかった。


 世界の端には見えない壁があり、そこから先に進むことはどうしても無理だったのだ。



 きっと、もっと先までゲームを続けていればそういった外国のフィールドも解放されキシュガルドに訪れることもできるようになったのだろう。

 でも。

 あたしにはスチル映像で様子を伺うのが精一杯だったのだ。



 この三人にしたって兄王子の配下の冒険者、暗殺者、としか触れられていなかった。

 こんなにも人間味の溢れている人たちとは思ってもみなかった。

 それこそ物語の登場人物、ただのモブ。NPCとすらあたしは認識していなかったのだもの。


 それでも。


 戦いの最中、彼らに言われた言葉があたしの心に刺さっている。


「ふん! 俺たちには俺たちの使命がある。遊び半分のお前とは違うのだよ!」


 そう言われたとき。

 あたしの心は動揺した。


 あたし、遊び半分だった?

 少なくとも彼らにはそう見えたってこと?


 命のやりとりをしているはずが、彼らにはあたしの態度はそんなふうに見えたのか?


 確かに。

 あたしは彼らの命を奪うのが怖かった。

 でも、それってもしかして、あたしの自己満足なのだろうか?

 命を奪う覚悟もなく、この世界のことをいまだにゲームだと思っている心の現れなのだろうか?



 あたしがそんなことをつらつら考えて体を固くしたのがわかったのか、あたしを片手で抱いたままのノワールはその力をぎゅっと強めて。

 あたしの頬に唇を寄せて、そっと囁いた。


「ごめんマキナ。うちの国の事情に巻き込んでしまって。怖い思いをさせたのだったら本当に申し訳なく思う」


 はうう。

 出会った時のままのゾクゾクっとするようなそんな低音ボイス。


「ううん、ノワ。あたしは大丈夫。それよりも、このはざまの結界を解除するね」


 そう言って両手を広げ。


「アウト・オブ・ディメンション!」


 そう結界解除の呪文を唱える。


 周囲の空間が反転し、世界に色が戻った。


 天頂高くにあった月は、もうすでに傾き樹々の隙間からわずかに光が漏れるのみとなっていた。


 ノワは、どうするつもりなんだろう?

 神妙な顔をしてひざまづく三人の前で、真剣な眼差しなノワ。

 あたしはそんなノワを覗き見るように見つめた。


「うん。俺は大丈夫だから」


 あたしの瞳が心配そうに見えたんだろう。

 彼はそう、呟いた。





「はは! 情けないねお前たち。結局ノワールを討つことすら叶わないとは!」


 月が堕ちた闇の、その空の雲の影から。

 そう甲高い声が響いた。

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