第23話 魔道士サイレン。
蛇蝎の牙の面々がいなくなったロビーは閑散としていた。
まだ普通にクエストに出ている冒険者が戻ってくるには早い時間だし。
「にゃぁ」
あたしの胸元でノワが鳴く。
頭を撫でるとぐいぐいと手のひらに自分から頭を擦り付けてくるこの仕草。
かわいいけどもしかしてノワ、また完全に意識も子猫になっちゃってる?
トロンとした瞳。ゴロゴロゴロゴロ喉が鳴っているそんなところはやっぱり完全に子猫。
はう。
もとに戻れなくなったらどうしよう。
ちょっと不安に感じていると、ノワ、あたしの手をペロンと舐めた。
上目遣いにこちらを見る目には、なんとなく意思を感じ無いことも無い。
「ねえノワ。あなた、ちゃんとまた人化できるの?」
ギルドの中だし受付にはミミリィさんが座ってる。
一応言葉を選んでそう聞いてみた。
「にゃぁ」
「ほんと? 大丈夫なの?」
「にゃあ!」
うーん。
一応返事はちゃんとしてるけど、これって信じて良いのかな?
「にゃぁぁ?」
あたしも猫の鳴き声を真似てそう言ってみる。
「ふにゃ〜」
なんだかあたしが疑問系なのが不満そうなノワ。
「うーん、ごめんね。わかったわ。信じるから」
あたしがそうノワの頭を撫でながら言うと、
「にゃ〜ん」
と可愛く鳴いてあたしの手に頭を擦り付けてくる。
もう、しょうがないなぁ。
子猫になっててもちゃんと意思の疎通ができるように合図でも決めておかないとかなぁ。
そんなことを考えていると、ギィィとギルドの扉が開いた。
あたしの胸元で、ノワの毛が逆立つのがわかる。
はっとしてそちらを見ると、入ってきたのはいかにも魔道士然とした黒の魔道帽を被った男性だった。
手には束にしたマンドラゴラを下げている。
まああれは薬草採取クエとしては結構一般的な素材ではあるけど。
ツカツカとカウンターまで歩いた彼、一言二言ミミリィさんと話した後はそのまま買取カウンターまで歩いて行った。
「あいつ、なの?」
「ぐるるるる」
あたしはノワを抱きしめて耳元でこっそりと聞いてみる。
ノワ、興奮してグルグル唸ってるから間違いなさそう。
ということは。
あれ、が、魔道士サイレン、か。
ノワの臨時パーティの一人で間違いなさそう。
ノワから聞き出した臨時パーティの面々は、
魔法剣士ソユーズ
賢者ラプラス
そして
魔道士サイレン
この三人だった。
それぞれ皆魔法に長けている。
前衛の勇者ノワールを後衛で守り支援するため、と、そういう理由で兄王子達に指名された猛者だという話だった。
特にこの魔道士サイレンは、一番の攻撃魔法の使い手であり。
その名が指し示すように、全ての魔法を詠唱無しで一瞬で展開し放つという。
危険極まりない相手のはず。
なにしろ目があった瞬間に魔法が飛んでくるかもしれないんだもの。
予備動作も何もあったものじゃ無いって話だ。
確かに、本当に信用できるのでなければこの人に背後は任せたく無いよね?
そんなこわもてだ。
まあ、それに備えてなければの話ではあるけどね。
⭐︎⭐︎⭐︎
「君、どこまでついてくるつもりかな?」
冒険者ギルドを出ていくサイレンのあとをついてきたあたし。
大通りを抜けサイレンが横道に入ったところであたしもそちらへと急いでみたら、角を曲がってみたら彼がいない。
あれっと思ってキョロキョロしてしまったところで、空中に浮かぶサイレンからそう声をかけられた。
はっとそちらをみると、魔法陣みたいなものを空中に浮かべその上に立つ彼が見える。
「はう、ごめんなさい。あたし、勇者様にお礼が言いたくって」
子猫を抱いた少女。そんな姿に少しでも油断してくれるといいな。それがあたしの作戦なのだ。
ちょっと剣呑な皺を浮かべるサイレン。
「なんで僕が勇者の知り合いだと思ったの?」
「あたし昨日、変な人たちに絡まれているところを勇者様に助けて頂いたんです。その後ギルドに入っていくお姿を見ていましたから」
これは、嘘じゃない。
サイレン達と合流するところまでは見てはいなかったんだけど、ノワから聞いた話だとあの後すぐロビーでノワと彼らは合流し、受付でそのままパーティ申請をしたのだということだった。
パーティ申請はギルドカードにその情報が記入されることによって恩恵が得られるようになっている。
まあ恩恵って言ってもゲームの時みたいにパーティだからと自動バフがかかるとかそういうことは無いみたいだけど、貢献値の分配や手続きにソロである場合とパーティを組んでいる場合によって差があるため、通常は必ずギルドでちゃんと手続きをしておくのが常識になってるんだよね。
「ふーん。そっか。でももう調査は終わったから勇者はまた別のところに旅立つ予定なんだよ。残念だったね」
「はう。魔道士様はもう勇者様とはお会いにならないんですか?」
「そういうこと。ああ言っとくけど僕は彼がどこに泊まっているのかも知らないからね。あとをつけても無駄だよ」
まあ、これは本当だろう。
というかノワの弁によれば、彼はもともと宿を決めていなかったらしい。
必要があればその日一晩の宿を探すこともあるけれど、毎日が危険との隣り合わせだった彼は、ダンジョンに入る前にはいつだって泊まる場所帰る場所の確保なんかはしないそうだ。
宿を決め、もし万一戻れなかった時にはその宿に迷惑をかけるかもしれない。そんなふうに考えてしまうからって。
だから。
昨夜ノワだけが街に戻ってこなかったことは、誰にも知られていなかった。
当然この人たちもそのことはノワから聞き出して知ってたはず。
知っててこうしてこんなことを言うんだものな。
ああ、ちょっとだけ腹が立ってきた。
「そうですか。もしまた勇者様と合流される予定があるのならお手紙でも渡してもらえたらとお願いしようと思ってて。お声をかける勇気が出ないままあとをつけちゃいました。ごめんなさい」
「まあ、いいけどね。他に用事がないなら僕はもう行くよ。あと君、そんな下手くそな尾行でもされる方は良い気がしないもんなんだ。僕が気が長い方だったからよかったものの、気の短いやつならいきなり攻撃されても文句は言えないよ? これからは気をつけるんだね」
そういうとサイレン、魔法陣をシュンと消し去ると地面にタンっと飛び降りて、そのままスタスタ歩いて行った。
流石にあたしは尾行をやめ、その場に佇んでサイレンを見送ったのだった。
表向きはね?
実はすでに召喚モンスター・カメレオンスパイダーを放っていたあたし。
蜘蛛の魔獣なんだけどカメレオンのように皮膚の色を変え、尾行やスパイに特化した能力を発揮するこのクモコ。
体のサイズも極小にしてあるから、きっと気がつかないはず!
ここでサイレンと戦って倒したとしても残りのメンバーを警戒させるだけ。
できれば一網打尽にしたいし、おまけに本当のこと言ってこの街の中ではあまり戦いたくない。
目立つしそれに、下手したらあたしが悪者にされちゃうもの。
だから。
こうして油断してくれてるうちになんとか全員の居場所を見つけておきたいなって。
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