第18話 嬉しくて。

 お互いに真っ赤になってたら話が進まない。

 しばらくそのまま固まっていたら。


「助けて頂いて本当に感謝しています。ありがとうございます」


 そうこちらを覗き込むようにして真剣な目をしてそう言った。


 囁くように小さな声だったけど、それでも彼の誠実さが伝わってきて。


 あたしも顔をあげ、彼のことをしっかりと見る。


 整った顔立ち。綺麗な切長の瞳に長いまつ毛。

 見れば見るほどその美少年といった美しさに、あたしは既視感を覚えた。


 ノワール・エレ・キシュガルド。

 キシュガルド王国の第六王子。

 あたしが彼のことを好きになったのは、その生い立ちに同情したからであったけれど。

 ゲームにおけるイベントクエではもうすでに黒獣となってからの出会いしかなかった。


 って言うかゲームの中では彼が黒獣、イベントボスとなる過程はストーリー映像としてしか見ることができなかったのだ。

 当然、その前に助けるなんてことは不可能で。

 どうやっても、どんなにリプレイしても、彼と対峙して倒す以外にそのクエストをクリアする条件は存在しなかったのだ。


 そんなスチル映像の記憶。

 彼が幼少の頃お母様とお庭で遊ぶ姿が印象に残っていたけどそれを思い出し。


 ああ。

 やっぱりこの子はノワールなの?

 幼くなっているけど、ノワールの幼い頃、そっくりだ。


「ノワール?」


 あたしはぼそっとそう呟く。


「ええ。僕の名前はノワール・エレ・キシュガルド。この国の隣にあるキシュガルド王国の第六王子です」


 って。

 えー!?

 やっぱり?


 この子が第六王子?


 って言うか勇者ノワその人なの?


 あたしは自分の最初の直感が間違ってなかったって思いと、それでもあのかわいかった子猫と王子が結びつかなくて。


 それに、ノワは大人の男性だったはず。

 こんな、幼い男の子になっちゃってるだなんてどうなってるの!?


 ノワは、自分の手足を確認するように眺め、そして。


「僕はあそこで死んだはずでした。パーティのメンバーに裏切られ、瀕死な状態で倒れたところまでは覚えているんですが」


 って。

 じゃぁ。


「もう死んだのか、そう思ったのは自分の身体に金色の粒子が染み込んできた時でした。その後は意識が完全に子猫のようになってしまって、貴女にはご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ないと思っています」


「ううん迷惑だなんて! そんなこと全然ないよ!」


 あたしは思わず彼の手を握りしめていた。



「え、ちょっと」


 はう。ドギマギしてる? ノワ。


「あたし、昨日ギルドの前で困ってるところで貴方に助けてもらいました。覚えていないかもしれないけど。あの時はほんとに嬉しかったんです!」


「ああ。あの時の」


「大人の貴方も素敵だったけど、こうして子供の姿になった貴方もすごく可愛いです。お願いです。貴方のこと、これからもノワって呼んでもいいですか?」


 ふわっと。

 ほんとに少しだけど、ふんわりと微笑みをくれたノワ。


「もちろん! っていうか子猫の時、マキナさんにノワって呼ばれるたびに心の奥底が温かくなって。すごく幸せな気持ちになれたんです。こちらこそ、これからも仲良くしてくれると嬉しいです……」


「ありがとう!」


 あたしはその言葉がものすごく嬉しくて。思わずノワに抱きついてた。


 ドキ、ドキっと彼の心臓の鼓動が感じられる。

 ゴロゴロっていう子猫のそれではなかったけど、決して嫌がっているのではないことがあたしにもわかる。



 あたしはちょっと図々しかったかなとか反省しつつ、こっそりと彼の顔を覗き見た。

 少年の、まだ大人になりきれていないそんなあどけない雰囲気ではあったけれど、ノワは顔を真っ赤にしながらも優しい笑顔を向けてくれた。


 あたしはそれだけでなんだかみんな報われた気がして。


 そのままコツンと彼の頭におでこを当てたのだった。




 なんで子供の状態なのかはわからないけど、もしかしたらノワの身体は本当に魔獣の体に作り替えられたのかもしれない。

 そのせいで子供の身体からやり直してる、とかだろうか?


 精神的にはどうかわからないけどノワの身体はまだ子供だからだろう。

 次第に眠そうな表情になってきてうとうとしだしたところであたしは彼にお布団をかけて。

 そしてそのまま添い寝をすることにした。


 子猫の時のままに、あたしにくっついてすやすや寝息を立て始めたノワ。


 ふふ。


 朝まではまだ時間がある。


 っていうか朝になったら宿の人にどうやって言い訳しよう?


 ティファにはちゃんと本当のこと話してもいいかな?

 まあそうは言っても子猫が少年の姿になっちゃったっていうくらいの話だけど。


 彼女なら、きっと信じてくれるんじゃないかな?

 そんな予感がした。




 ⭐︎⭐︎⭐︎



 全て杞憂だった。

 おかみさんもダントさんも、もちろんティファも。

 ノワのことをさもありなんって感じで受け入れてくれた。


 なんでも使い魔となったものは人化の魔法を使うものも珍しくないのだとか。

 まあティファはそういうのは初めて見るらしくすごく物珍しげに見ていたけどそれでもね。



 ああもちろん、ノワが王子のノワールだっていうのは秘密だ。

 ノワにもそう言い聞かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る