第9話 心の奥底に潜って。

 ゲームの中で魔法を使うのは簡単だった。

 そりゃあね?

 ボタンでコマンド選択するだけだもの。簡単に決まってる。


 普通レベルが上がるごとに新しい魔法を覚えていくものなんだけど、あたしのマキナは最初からデフォルトでほぼ基本魔法を網羅してた。

 よく使うものはジョグコマンドにセットしておけばさっと魔法を行使できたし、普通に過ごしてる範囲ではMP切れなんか心配したこともなかったっけ。


 そういう意味ではこうしてゲームの世界が現実になってしまうと、あたしは魔法の使い方すらわからないことに気がついた。


 って、コマンド画面もステータス画面も見当たらないんだもの。

 アイテムボックスだって、選択することができないってほんと詰んでる。


 色々集めたあの装備、この世界にも持って来れたのならもうちょっと楽だったろうになぁと、門番のおじさんにいただいた素朴な槍を構えつつ思う。

 ビュンって振ってみると、ミシっと音がした。

 あうあう。

 もしかしてこれあたしが全力で振るうと壊れちゃう?


 それは困るな。


 歩きながら空中を弄ってみるけどやっぱりなんの画面も出てくるわけもなく。


 そうだよね。おはなしのようにうまくいくわけはないよね。

 そんなふうにも考える。




 あたしがよく読んでた異世界物のお話では、結構女神様とかからチート能力を授かるシーンとかが多かった。

 転生する時に女神様がいる場所を訪れて、そこでチートを授かったり。


 あたしの場合はそんなこともなかったし。

 ここがゲームの世界とおんなじ世界観だっていうのは多分間違いないしあたしのこの容姿がゲームのアバターであるマキナだったっていうのももう間違いのない事実。


 実際、この身体の身体能力は通常の人のそれを大きく逸脱している。

 この世界の冒険者であっても、ジャンピングキック一発でグリズリーを退治してしまうような人はほぼいないそうだ。

 それもあってあたし、ギルドで自分がキックでグリズリーを殺しちゃったって話はするの躊躇われ。

 だって、そんなことを言ったら変に思われるくらいじゃすまないことない?

 国の機関に捕まって人体実験されるとか、そんなSFみたいなシチュエーションはやっぱり避けたい。



 そんなことを考えながら歩いていると目の前に目的地の林が見えた。


 せめて魔法が少しでも使えたらなぁ。

 この先も結構楽になるだろうに。


 林に踏み入ればまた野獣や魔物と遭遇するかもしれない。


 このフィジカルの高さなら倒すのはそんなに難しくないかもしれない。

 でも、毒持ちのモンスターや状態異常のスキルを放つ敵だっているだろう。

 そんなの相手に体力だけでどうにかなるとも思えないし。


 はあ。

 とため息をつきながら考える。


 マギアクエストの設定では、さっきも思い出したけど魔法って、

「人は体内にあるレイスから、ゲートを通してマナを放出する。

 それを魔力エネルギーに変換し、力を行使する」

 って事だったよね?

 そもそも魂? ゲート? そんな物、あたしにも感じることができるんだろうか?

 まあレイスって心のことだよね?


 そんなふうに思ったあたし、自分の心の奥底を見つめてみる。

 瞑想?

 そんなふうに。


 林に入ると危険もあるかもだからとその前に。

 ちょっとした草原にしゃがんで、ゆっくりと目を閉じた。


 風を感じる。

 草木の匂いもわかる。

 地面がひやっと冷たいのも。

 五感がだんだんと広がっていくような気がして。

 そして、それがだんだんと収束し。


 あたしはあたしそのものだけを意識してみたのだった。


 自分の心の奥底にずずッと潜っていく感覚。

 真っ白な空間。泡の中のようなそんな感触。

 あれ?

 これって何か覚えがあるような。

 向こうの端に光の壁のようなものがある。

 あれがあたしの心の境目?


 ここがあたしのレイス

 それがなんとなくわかる。

 底には果てが見えるのに、上をみると無限に広がるその白い空間に、あたしは酔った。


 三半規管がぐるぐるまわる。

 そんな真っ白な空間の中で、両手を頑張って伸ばして。


 ああ、あそこ。

 あれが出口、ゲート。

 あそこからマナを放出。

 っていうかマナってなに?

 はう。

 この空間そのもの。

 この白い空気みたいな物。

 これがマナ?


 頭の中がぐるぐると回って意識がはっきりとしないまま。

 あたしはもがいて。

 両手をそのゲートから外に出した。




 ブワッと体から何かが出ていく感覚がしたところで、あたしはそこに言葉を乗せてみる。

「アイスキューブ!」

 かざした右手の掌に氷の粒が集まる。

「シュート!!」

 弾丸のように放たれたそれは、目の前にあった林の入り口の樹々をなぎ倒す!


 あは。

 使えるじゃない。魔法。


 なんの魔法を使うか迷って咄嗟に氷魔法にしたのはそれが多分一番周囲に被害が出ないだろうからで。

 多分、あたしが得意な炎の魔法でも風の魔法でも使えるだろうという感覚はあった。


 コマンドが出ない分、頭に言葉を思い描くことでちゃんと魔法は発動できた。

 そこはそれ、無意識に発動しちゃっても困るしちゃんと意識の塊を具現化する意味でも、言葉として認識した上で発動するっていうのは理に適ってるかもしれなかったけど。


 でも。

 あれれ?

 あたしの魔力特性値はゼロだって言ってたよね?

 それにしては今の魔法の威力、一番レベルの低い魔法だったはずなのにかなりの広範囲の樹々が弾け飛んでることない?


 これはまさか。


 リリース版で実装されなかったほどのチート性能を誇る天神族の魔力特性値はデフォルトで無限大だった。

 要は制限が無いってこと。

 あたしのこのマキナのアバターがゲームそのままの性能を誇っているとしたら?


 ああ。そうだよ。

 あの石板タブレットではあたしの特性値は測れなかったんだ!


 それなら納得がいく。


 この世界。

(めんどうだからもうこの世界のこともマギアクエストの世界って呼ぶね?)

 このマギアクエストの世界においてあたしの能力は常識外なんだ。

 リリース版で実装された能力値を基準にしたら、マキナは規格外だもの。


 はうう。

 やっぱり、やっぱり、あたしのステイタスったらめちゃチート!?



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