05. 月下の戦闘

 月明かりに照らされ、向けられた刃が不気味に輝く。


「残念だけど、俺はもう無能じゃないんだよね」

「そう言えば貧弱なスキルを手にして、プレイヤー資格試験を受けに行ったらしいなぁ」

「何だ、知っていたのか?」


 まぁ、知られるように情報開示していたからな。

 

 そう。俺はスキルを【ダウンロード】でパクった後、あえて【アップデート】する前の段階の状態でプレイヤーの資格試験を受けに行っていた。


 試験の結果が出るのには一週間かかり、スキルさえ持っていれば仮ランクであるF級が発行される。

 そして正式発表日を迎えれば、対象のスキルに応じたランクが与えられ、E級以上のプレイヤーになることが出来るのだ。


「暗殺対象のことを事前に調べておく。プロとして基本的なことさ。それによぉ……」

「それに?」

「無能だろうが、F級だろうが関係ねぇ。俺っちはA級並みの実力で、これまで九十九人も暗殺してきたんだからな」


 A級並みか……。

 豪炎寺は余程、俺のことを消しておきたいらしい。

 想像以上で思わず笑みが溢れる。


「なっ……なんでここで笑いやがる?」


 それだけの実力者ということは、優秀なスキル持ちに違いない。

 俺が強くなるための糧としては持ってこいという訳だ。


「いやぁ、嬉しくてね。わざわざカモがネギ背負って会いに来てくれたからさ」

「おめぇ……俺っちがカモだってのか?」

「違うのか?」

「ふん。どうやら、無能は無能でもただの馬鹿なだけらしいな。なら、死ねぇぇぇぇ!」


 刺客は地面を蹴ると、高速移動し一気に距離を縮めて来る。

 俺はそれ以上の速度で『ミスリルナイフ』を【クラウド】から【インストール】し、両手に装備する。


 俺が新たに手にした力——《神域刀剣術》は、ただ戦闘センスを向上させるだけではない。

 動体視力も極限まで上昇させるのだ。

 つまり、今の俺には奴の動きはもちろんのこと、僅かな息遣いですら見逃すことはない。


 刃と刃が激しく交差するたび、淡い紅色の火花が飛び散り、金属音が周囲に鳴り響く。


 さすがはプロの暗殺者。隙のない動き。

 それに加えて常に高速ステップで動き続け、こちらを撹乱してくる。

 移動スキルを持たない俺はその場に留まり、防戦を強いられていた。


「どうしたどうしたぁ? さっきまでの威勢は何だったんだぁ? 口だけかよぉ」


 俺が苦戦していると見て調子づいたのか、段々と攻撃のペースを上げていく。


 ——さて、そろそろ頃合いかな。

 奴のスキルを【検索】。


 俺は奴の猛攻を上手く逸らしながら、戦闘中に【検索】を使用する。


 ———————————————————————

【検索対象者使用中スキル】


 ■《暗殺術》

 ⇒動く際に音を抑え、トリッキーな動きが出来る。暗殺者に必要な基礎技術が身に付く。連続使用は3分間。


 ■《超加速》

 ⇒一瞬だけ速度を大幅に上げる。身体に負荷がかかるため通常は連発不可。


 ■《乱舞》

 ⇒5秒間の内に10連撃の攻撃を繰り出す。———————————————————————



 やはり、中々優秀なスキルを持ってるな。

 これはあくまで今使用しているだけで、恐らくまだ使ってないスキルもあるだろうけど……。


「……全てのスキルを【ダウンロード】する」

「ぁん? 何ブツブツ呟いてやがる。おめぇにそんな余裕があんのかよ!」


 俺の使用可能スキル一覧に《暗殺術》《超加速》《乱舞》が追加される。


 相手の使用するスキルを暴き出し、我が物とし、更にはオリジナルのスキルへと昇華させる。

 これが今の俺の戦い方だ!


「全てのスキルを——【アップデート】」


 未だ止むことのない攻撃を受け続けながら、俺は脳内で【アップデート】を使用した。


《暗殺術》⇒《幻影暗殺術》

《超加速》⇒《神速》

《乱舞》⇒《極刀乱舞》

 ……へとそれぞれ強化される。


 ———————————————————————

 ■《幻影暗殺術》

 ⇒常時発動。移動時に音を鳴らさず、人外の反応速度とアクロバティックな動きが可能。疲労度が100%に達すると、一時的に解除される。


 ■《神速》

 ⇒目に見えぬ速さで瞬間的に移動する。一度使用する度に疲労度が5%蓄積される。


 ■《極刀乱舞》

 ⇒一撃必殺の刀術を乱撃で繰り出す。猛攻の18連撃。刀を装備時のみ使用可能。———————————————————————



「待たせたな。《神速》!」


 その場から動かずに防戦していた俺は、刺客と同じ速度……いやそれ以上の速度で動きながら刃を交える。


「馬鹿なッ!? その緩急を付けた隙のない動きは、まさしくプロの暗殺者。しかも俺っちより速いだと!?」


 刺客は目に見えて明らかに動揺している。

 そして次第に息が乱れ、額から汗が噴き出ていく。

 

 刺客が使っているのは、たった3分しか連続で維持出来ない《暗殺術》……完全に時間切れだ。

 一方で俺の《幻影暗殺術》は疲労度という制限はあるが、時間的な縛りはない。


 暗殺は短時間で事をなすが故に暗殺。

 これまで3分以上も戦闘に時間をかけることなど、なかったのだろう。


「くそっ、くそぉ……まさかこんな……」

「装備を交換……『ミスリルナイフ・改』を【インストール】!」


 石の壁すら貫く白光する刃で、ここぞとばかりに一気に攻める。

 刺客が使う剣の耐久値が限界に達し、ガラス細工のように砕け散った。


「はぁ!? 剣が砕けただと!? こ、こ、こ、ここは一旦引いて……」


 慌てふためく刺客の存在が徐々に薄くなっていく。


 ——スキルか? それも俺のモノだ!

 ——【検索】……【ダウンロード】!


 今度は《気配隠蔽》のスキルが手に入る。

 すぐにでも【アップデート】したいが、刺客の存在はこうしている間にもどんどん薄れていく。

 逃げるつもりだろうが……そうはさせない。


「スキル——《氷鎖束縛》!」


 目にも止まらぬ速さで氷の鎖が出現し、刺客の手足を縛り上げる。


「なんなんだよ、これは!?」

「チェックメイトだ。段々と凍結していき、五分後には身動き一つ取れなくなるぞ」

「ひぃぃぃぃぃ……。た、たのむ。命だけは……」


 優秀なスキルはたくさん手に入ったし、俺としては用済みだ。

 さすがに自分で人殺しをしようとは思えない。

 このままプレイヤー協会に引き渡そう。

 ……いや、留美奈の居場所や『煉獄の赤龍』の内部情報など知っておきたいことは山程ある。


「なぁ、あんた名前はなんて言うんだ?」

「お、おお俺っちは影道かげみちって言う、いや言います……」

「じゃあ影道。あんたに選択肢を与えてやる。このまま完全に凍りつき、プレイヤー協会へ引き渡されるか。もしくは、俺の配下になって諜報員として役に立つか」

「二重スパイをしろってこと……ですかい?」


 選択肢はないぞと言わんばかりに、俺は静かに頷く。


「分かりやした。星歌さんの強さは本物でしたし、俺っちはあなたを新たな主人マスターとします」

「よし。それじゃあ数日中に情報収集をしてきてくれ。留美奈のためにもできる限り急いで。もちろん裏切るなんて考えるなよ?」

「承知……!」


《氷鎖束縛》を解除すると、影道はそのまま姿を消した。


 うん、全ては計画通りだ。

 留美奈を確実に救うためには、情報が必須だ。

 相手は何と言っても国内に九人しかいないS級プレイヤーの一人。

『業火のサムライ』の二つ名を持つ男——豪炎寺 紅。

 更には国内五大ギルドの一つ『煉獄の赤龍』のギルドメンバー全員が丸々敵になる。


 まずは潜入を試みる。

 もしそれが厳しいなら、その時は——



 ——真正面から堂々とギルドごと潰してやる。



「もう少しだけ、待っていてくれ……留美奈」


 東の空が少しずつ白みがかっていく様子を見上げながら、救出計画を最終段階へと移行させることを決意した。


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