04. 裏切りの真実【side:留美奈】

「豪炎寺さん、どうして……。どうして星歌くんは戻って来ないんですか?!」

「すまない。話した通り星歌くんは間に合わなかったんだよ。彼は、もう……」

「うぅ、そんな。やだよ……星歌、くん……」


 豪炎寺さんを責めても何も変わらないことは頭の中で分かっていた。

 正直、未だに信じきれない。ゲートの外でいくら待ち続けても、星歌くんがもう戻って来ないなんて。

 今すぐにでも笑顔で姿を現して『ただいま』って声をかけてくれるはず。この数日間、ただひたすらそう思い続けた。


 でも彼は帰ってこなかった。

 あの日、私が恐怖で足がすくんで動けなくなってしまったばかりに……。

 私のせいで星歌くんは死んでしまった。


「本当に残念で仕方ないよ。僕にとっても彼は頼りになる存在だったからね。いつの日か正式に我がギルドへって思っていたんだよ」

「そう、だったんですか……」


 思えば、星歌くんは豪炎寺さんに憧れていたんだった。密かに『煉獄の赤龍』に入りたがっていたことも知っている。その時のために、スキルが無くても危険なダンジョンに足を踏み入れてきたことも……。


「事が事だけに、準備が整えば捜索隊を出そうと思う。だから君さえ良ければ、一時的にでもうちのギルドに入らないかい? 可能性は低いかも知れないが、彼が見つかれば真っ先に留美奈ちゃんに知らせるよ」


 ギルドは一度加入してしまうと、簡単に抜ける事が出来ない。本人の脱退意志とギルドマスターの許可があって初めて成立する。

 私が抜けたくても、もし豪炎寺さんが拒絶してしまえば私は一生『煉獄の赤龍』に所属することになってしまう。

 ——それでも今は悩んでる場合ではない。


「……加入します。その代わり星歌くんを探すのに全力を尽くすって約束してください。お願いします……」

「もちろんさ。ギルドマスターとして約束しよう」



 こんな状況になってしまって初めて自分の中に抱いていた気持ちに気付く。

 私は星歌くんのことが大好きだ。それもたまらないくらいに。

 この気持ちにもっと早く素直になって伝えておくべきだった。

 今になってこんなにも後悔することになるなんて……。


 もしも見つかった時に、星歌くんが五体満足でなかったとしても、その時は必ず——。




 ——そう決心してニ週間が経過した頃。


 私は耳を疑う状況に出くわした。

 それは『煉獄の赤龍』のギルドホームの幹部会議室の前を、たまたま通り掛かった時のこと。


「……っ! な、なんだと!?」

「ですから、事実は確認中でして」

「でも、見た奴がいるんだろう?!」


 ……この声は、豪炎寺マスターと幹部の人?

 豪炎寺マスターの慌てふためく声を聞くのは初めてかもしれない。


 どんな内容で驚いたのか、ちょっとした興味本位で部屋の扉に耳を押し当てて聞き耳を立てる。


「……チッ。まさか生きていたとは。あの日突き飛ばしてやったから、確実に黒竜に灰にされたかと思ったんだがな」

「マスター、突き飛ばしたんですかい?」

「当然だ。あの無能さえいなくなれば、優秀なヒーラーの留美奈ちゃんはフリーだからな。後は落ち込んでるところを優しくしてやれば、女なんてチョロいもんだぜ。ヒヒヒッ」


 ……突き飛ばした? え?

 これって星歌くんのこと、だよね?

 私をギルドに引き込むために……星歌くんを、突き飛ばしたの?

 ううん、それより星歌くんが生きてる!?


 騙されていたことが衝撃的すぎて頭の中がごちゃごちゃになる。

 でもそれ以上に大好きな人が無事だったという事実が、この数週間の緊張を一気にほぐした。

 力が抜けてヘタヘタとその場に座り込む。


「よかった。星歌くん、生きてた……ぐすんっ……」


 嬉しさのあまり涙が零れる。

 手で拭っても拭っても追いつかないくらいに。






 星歌くんのことは一安心できた。

 今から豪炎寺マスターは敵だ。

 あの優しそうな表情も、励ますように掛けてくれていた言葉も全部嘘だったんだもん。


「……私、ここから逃げなきゃ——」

「おいおい、逃げるって……どこからだい?」


 いつの間にか扉が開き、音もなく静かに豪炎寺マスターは立っていた。

 冷たく刺すような目で、しかも不気味なくらい口元をニヤつかせながら。


「ぁ……」

「逃げれる訳ないだろ? 君は既に我がギルドのメンバーだからね。それにあの無能くんには既に刺客を手配しておいたよ」

「刺客……ですか?」

「フッ。我がギルドの暗部に所属していて、実力はA級プレイヤー以上の暗殺者。あの無能を確実に仕留めてくれるだろうよ」


 A級以上の実力者で暗殺に長けた刺客。

 そんなのスキルを持たない人間なんて一瞬にして殺されちゃう。


「お願い! 何でもするからそれだけはやめて」

「ぶっはっはっ。お願いしますだろう? 暫くはこのギルドホームから外に出るな。そうすれば奴の助けてやる」

「わ、分かり、ました……」

「フヒッ……フヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 その気持ちの悪い笑い声を聞いて、という本当の意味を理解する。

 きっと思う存分痛ぶるつもりなんだ……。

 星歌くん……どうか無事でいて……。




 ◇




 俺はダンジョンを無事に脱出後、作戦を練った。

 豪炎寺は間違いなく留美奈をギルドに引き込んでいるだろう。

 多少強引でも一度加入させてしまえば、拘束する事は容易い。

 そして俺が生きていると知れば、確実に殺しに来る。奴自身は手を汚さず、専門の腕の良い殺し屋なんかを使って。


 だから俺は【ダウンロード】で《刀剣術》《肉体強化》《鉄鎖束縛》のスキルを末端プレイヤーからパクった。

 ……いや、パクったというのは聞こえが悪い。

 相手はスキルを失う訳ではないので、コピーしたと言う方が正しいかもしれない。


 本当は高位ランクの人たちから【ダウンロード】したかったが、直接目にしたスキルに対してでなければ【ダウンロード】は発動しない。


 ただ、低ランクスキルだとしても、俺はそこから【アップデート】でスキルを向上させて、オリジナルのモノへと変えることができる。


《刀剣術》⇒《神域刀剣術》

《肉体強化》⇒《剛腕強化》

《鉄鎖束縛》⇒《氷鎖束縛》

 ……各スキルはこのように強化された。


 あとは直接殺しに来る目上の刺客の持つ能力を俺のモノにしてしまえば……。

 よし、完璧なプランだ。



 廃ビルの屋上で夜空に浮かぶ美しい満月を見上げ、その時を待つ。


「……ようやく来たか。そこにいるんだろ?」


 豪炎寺が送ってきた刺客の暗殺者。

 鋭い目付きに黒ずくめで、口元には包帯を巻いている。


「よく気付いたなぁ。でも残念、無能青年くん。おめぇはここでおしめぇだからよぉ……キシシッ」


 暗殺者はそう冷たく告げると、背中に携えた鞘から長剣を引き抜いた。



 ———————————————————————

【NEWスキル】


 ■《神域刀剣術》

 ⇒刀や剣などの近接武器におけるセンスが達人の中の達人クラスとなる。(あくまでもセンスのみ)


 ■《剛腕強化》

 ⇒効果時間は5秒。一時的に鋼鉄をも砕く力を手に入れる。


 ■《氷鎖束縛》

 ⇒相手の手足を氷の鎖で縛り身動きを取れなくする。束縛中は徐々に凍り付いていき、5分で完全凍結状態へ至る。



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