第101話 見てのお楽しみってやつですよ
「しかし回避に思考を割いているようには」
「ええ見えない」
「むしろ体が勝手にと」
「ええ正しく」
「もう一つ」
「ハイ」
「魔術出力が」
「思いの外
「ええ」
アリサさんと互いに、早口でとんとんと意見を交える。ここ最近、二人で議論を繰り返している内に自然とできるようになっていた圧縮言語めいたやり取りが、まさか戦闘中の会話に役立つとは。
兎角、要点は二つ。
一つは、あの不自然な回避挙動が思考に依らず行われており、かつその最中は高度な思考を要する魔術が使用できないと思われる事。
二つ目は、ハトアの魔術が恐れていた程の出力には至っていないという事。勿論、彼女自身が言っていた通り基礎出力が大幅に上昇しているのは確かだけれども。しかし元々の彼女の力量を鑑みれば、カミの片翼などという大層な代物を使用しているわりには、先ほどからの魔術はどうしようもない程に強力というレベルではない。というよりも、強力な──その分手間のかかる──魔術を使用してこない。基礎出力の高さに物を言わせて、少ない項数・労力で発現可能な基礎魔術のみで戦っている。
今までに見聞きしてきたカミの力を得た者達は皆、魔法・魔術の出力・技量向上が顕著に見られていた。けれどもハトアは……
「つまり
「可能かは不明ですが……彼女達は“研究”しているそうですので」
私達はイノリさん達ほどカミに詳しくない。だからこそ今この場において、その力は不明瞭で恐ろしく、何を引き起こすか分からない代物として考える。目の前の教え子がそれを研究していたというのなら、尚の事。
「しかしどうします?当たらないんじゃワタシのお薬も意味が無い。いっそ殺して良いなら、やりようはあるんですが」
「捕縛が目的ですからね。やはり拘束魔術かと」
「アテは?」
「一応」
もしもハトアがカミの力を魔術出力に注ぎ込んでいれば、太刀打ちできなかったでしょうが……今の彼女に対してであれば、通用するであろう型式がある。
「但し時間が」
「どの程度?」
「三……いえ、二分ほど」
「……え、刻印型?」
「いえ、詠唱型です」
「詠唱で二分てマジですか?」
「マジです」
戦闘に用いられる詠唱型魔術なんて、十秒もかかればそれはもうハイリスク・ハイリターンの部類になる。百二十秒なんて我ながら正気の沙汰ではない。案の定、アリサさんは大きな溜息を付いた。
「ちょっとぉーそんな面白そうなモノはもっと早く教えといてくださいよ〜ワタシと先生の仲じゃないですか!」
楽しそうに笑いながら。
「……正直、まだ研究途上で──!」
「っとぉ!」
僅か残った黒煙の中で光が一度瞬き、稲妻めいた高密度の可視光線が飛んでくる。最初の発光の時点で私は防護壁のスクロールを使用し、アリサさんは回避しつつ前方へと駆け出していた。
「兎に角、そういう事ならお任せを!」
私が用いる“それ”が何であるかすら確かめもせず──そんな暇は無いというのもありますが──、ただ百二十秒稼いで見せるとばかりに、彼女は自信満々に薄まった黒煙へと斬りかかる。案の定、それは煙の中にいたハトアに当たる事はなく、続けざまの『注入器』も足先も、およそ一切の近接格闘を、ハトアは完全に回避し続けている。
けれどもそれは同時に、ハトアの魔術の手数を著しく減じさせる事も意味しており。任せろと言われたからには、こちらもやる事をやらねばならない。
詠唱型、ベースとなるのは数分配式。三桁の数字からスタート。
「122.144.──」
まず二項。そして、ここで。
「──104.……っ、17……6.」
「……待て。なんだ
並べ立てる数字を耳聡く拾っていたのか、ハトアは目の前のアリサさんではなく、私へと意識を向けてきた。
「なぜ一度数え下ろした?いや、数え下ろす事ができた?」
数分配式は詠唱型の中でも規則的で扱いやすい魔術。その最も基本的なルールは“数え上げていく”という事。項を重ねれば重ねるほど、その数字は大きくなっていく。それがこの型式のあるべき姿。
「185.227.……1──違う……、……203.」
「何をしている?お前は今、何を扱っている……?」
幾度かに一度、前項より小さな数字を唱える。私のその詠唱に、当然ながらハトアは疑念の声を上げていた。今の私にそれに応える余裕は無く、だた術式が途絶えてしまわぬよう、次の数字を手探りで探していくだけ。
「訳の分からない事を──!」
とにかく妨害しようとでも考えたのか、ハトアは白衣の裾から紙片を放り──そしてそれは効力を発揮する前に、アリサさんが投げたナイフで貫かれ陣を破壊された。刻印型の構造上の欠点、魔術陣を壊されれば術としての機能もまた失われる。
「……蝿がぁっ……!!」
「イヤぁ、すみませんね」
悪びれる様子もなく、煽るように笑むアリサさん。
「さあさあしばし、ワタシとお前で消耗戦といきましょうか……!」
「チィッ……!!」
そこからの彼女の手さばきはある種、曲芸じみたものだった。
「──ほっ、よいしょ、ほいさぁっ!」
ハトアが白衣の内から取り出す紙片を、片っ端から射抜いていく。メイド服のあらゆる隙間から、ナイフや、時に見慣れない薄刃の暗器らしきものを取り出しては投げ付け、小さく描かれた魔術陣を破壊していく。
恐らくあれは、刻印型魔術が発動する瞬間の魔力の動きを捉え、そこを狙って投擲しているのだろう。時折挟み込まれるハトア自身を狙った刃はやはり回避されるものの……それよりもずっと小さな的に対して、アリサさんはまさしく百発百中だった。
「──ハッキリ言って、今のお前は歪で非効率です。素直に魔術の出力をより高めていれば、少なくともアトナリア先生は既に敗れていたでしょうに」
これほどの技量を誇るアリサさんをして攻撃を当てられない、その回避の
「黙れ……!この忌々しい才をこれ以上伸ばすなど、僕には到底耐えられないね!!」
「成程成程!それでこの馬鹿みたいな量の魔術陣を用意してるってんですから、おかしな話ですよっ!」
密かに抱いていた魔術を疎む気持ちが、彼女をこんなにも歪んだ姿にしてしまったのか。
「449.465.……3……22.──」
私を狙うハトアの魔術がもう幾十もアリサさんに撃ち落とされ、その間にこの口で唱え続けた項数は六つに達している。逆に言えば、たった六項を唱えるのに一分以上もかかっているという事でもあるけれど……けれども、そろそろ。
「470.488.……、……472.──」
「何なんだその詠唱は……!何なんだっ、その魔力の蠢きはっ!!」
「そいつぁ見てのお楽しみってやつですよっ、ワタシも含めてねぇ!」
まだ法則を完全に掴めているわけではない。一項唱えるたびに、次の項を手探りで探していくような感覚。汎化できず再現性にも乏しい、魔術としては不完全な代物。現時点で判明しているのは、成功した場合、同じ項数の通常の数分配式を遥かに凌ぐ出力が発揮されるという事くらい。
「──502。順転逆転、混合結解」
三桁十項。
通常であれば十二分な規模のそれに、項の逆転を加えて更に出力を増大させた試験段階の魔術。破壊や殺傷ではなく、全てを捕縛と無力化に注ぎ込んだ
「クソが!!!」
「ちょっと流石に弾切れ──ですがぁ!」
一体いくつ用意していたんだというくらいに──手数の多さという点では、まさしく私の教え通りの魔術師らしく──、ハトアはまだ数枚の紙片をばら撒いていた。もう暗器も尽きたらしいアリサさんが、その中で最も出力の高い魔術を一つ、『乱渦』で掻き乱した。そうしながらも両手に『注入器』という珍妙なスタイルで攻撃を続け、ハトアに回避を強いる。
アリサさんに触れられてしまえばその時点でアウト、かと言ってその手を躱し続けていれば、私の捕縛魔術に対抗する魔術を編む事ができない。
「クソ!クソックソッ!!……クソ──」
受けに堅いが故に詰みに持ち込まれたハトアが、酷く語彙に乏しい罵倒と共に金糸に呑まれた。いくつかの刻印型魔術を破壊し、同時に彼女の全身を隙間無く縛り上げ、目も口も封じ、指先の一本すら動かせないほどに拘束する。これで詠唱型と動作型を物理的に封じ、かつその上で、魔術に反応する『乱渦』と同じような機能も仕込んである。今のハトアの魔術出力では、これを破る事はできない。彼女にできるのはもう、呼吸と拍動くらいのもの。
「──流石、時間かけただけあってムチャクチャですねこの魔術」
……無茶苦茶度合いで言えばこの人も大概なのですが。殺してはいけないから攻めあぐねていたというだけで、常に余裕を保っていたようだし。
私の方はと言えば、過度な集中と高出力魔術の使用による疲弊が心身にのしかかってきている。少し重い足を動かして、芋虫か蛹かといった様相のハトアへ近寄り、アリサさんと並んで見下ろす。
「それでも、ハトアであれば正面から突破できる可能性がありました。忌々しい可能性ですが」
「カミの片翼。手を出すこと自体が過ちな上に、その使い方すら間違えるとは。つくづく哀れな女ですねぇ」
愚者を見下すような彼女の言葉に、同意も否定も今はしない。
ひとまず、我々の状況は終了。周囲を確認すれば、遠くに小さく、マニさんとレヴィアさんらしき人影があった。
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