第100話 気持ち悪いですねぇっ……!


「──ハトア、貴女には聞きたい事が山ほどあります」


「そうかい。僕は何も無いよ、劣等種に話す事など」


 学生寮舎の一角を背にしながら、よれた白衣の教え子と睨み合う。

 夏季休暇の直前にハトアから初めて劣等種と言われた時には、足元も覚束ないほどだった。今日だけで二度同じ意味合いの言葉を耳にして、もうショックはない。悲しさと憤り、彼女を正しく導けなかった事への不甲斐なさ。胸の内にあるのはそれらばかりで、私の原動力となって体を突き動かす。


「174.223.244、結解!」


 三桁三項の魔術によって、ハトアの体へ大きな加重をかける。普通であれば立ってすらいられないはずの過負荷に、しかし彼女は右手指の動きだけで抗ってみせた。


「無駄だ。今の僕とお前とでは基本出力が違う」


 カミの片翼でもって異常な力を得たハトアは、基礎的な動作型、詠唱型だけでこちらの高出力の魔術を打ち破ってくる。すぐさま自由を取り戻した彼女が、さらに左腕を上げて私に狙いを定め──


「──チッ」


 ──斜め後ろから切りかかったアリサさんのナイフを、やはり不自然な挙動で回避する。前につんのめるように踏み込んで刃先を躱し、そのまま加速の魔術──恐らく紙片を用いた刻印型──でこちらへ一気に詰めてきた。接触の直前ギリギリでスーツの内からスクロールを取り出し開放、圧縮した空気の壁を生成してハトアを受け止める。


「……鬱陶しい小蝿だ。──、──」


 揺れる半透明な壁の向こうで、眉間にしわを寄せるのが見えた。接触したものを捕縛する機能も仕込んでいたはずの防壁が、急速に解け消えていくのを感じる。ハトアの小さな詠唱、ほんの二節ほどのそれによって。

 クリアになっていく視界の先には、ハトアの背中に迫るアリサさんの姿も見えているけれど……突き出された『注入器』もやはり、ハトアは身を翻すと同時に躱してみせた。


「挙動がっ、気持ち悪いですねぇっ……!」


 ナイフに『注入器』、足技も絡めてのアリサさんの連撃は、やはりそのどれもが躱される。勿論ただ眺めている私ではなく、指先の動きで編んだ縛鎖の魔術を打ち込む。が、それも後ろ手に翳された紙片──そこに刻まれた陣により生じた指向性の熱波に打ち払われ、私自身も諸共に吹き飛ばされてしまった。


「くっ……!」


 余波が寮舎へ及ぶ事は防ぎ、かつスーツの裏地に仕込んでいた反応型の保護魔術が機能した為、大きな怪我は追わずにすみましたが……服や髪の先が少し焦げ、嫌な匂いが鼻を突く。


 こちらより少ない挙動・労力で、こちらよりも強力な魔術を放ってくる。それ自体は、そこまで大きな問題ではない。私だって刻印型のストック事前準備はしてきたし、何よりアリサさんと二人がかりなのだから、いくらでも捌きようはある。


 問題は兎に角、攻めるに難いという点。

 ハトアは実地実戦もこなせるとはいえ、ここまでの身体能力を有してはいなかったはず。事実として今も、躱せはすれども拳による反撃などは一切無く、どう見ても近接格闘のすべを修めたというわけではない。こちらへの攻撃手段は魔術のみ。時折混ぜ込まれる魔術による急制動も、細やかな挙動ができているわけではない。

 ただただアリサさんの言う通り、回避に際する体の動きが不自然で気持ち悪い。


「一体、何の仕掛けが……」


 言わば自動回避とでも呼べるような、そんな類の何かを発動させているのだろうか。しかしその割には、彼女の回避行動自体には魔術的なモノを感じない。これは魔術師としての私の勘に過ぎないが、肉体に作用させているのはあくまで基礎的な身体強化の魔術のみであるように思える。


「退け」


「おっとぉ……っ!」


 ハトアが紙片から発生させた一瞬の暴風によって、アリサさんが後方へと吹き飛ばされた。原理解明の為にしていた観察も一時中断、一先ずは、それと同時に組み上げていた動作型と詠唱型の魔術を放つ。


「無駄だと言っている」


 それなりの規模の魔術を放ったはずだったのですが……ハトアは同じく動作型と詠唱型、それも私よりもずっと少ない項数で、より大きな魔術を返してくる。私の音波衝撃は同系統の魔術で掻き消され、更にハトアのそれは減衰されども消えはせずに、そのまま私自身にまで迫ってきた。


「っ」


 スクロールを一つ開放し、先と同じ空気の障壁で受け止める。四散させてしまっては寮に被害が出てしまうかも知れない為、この魔術で受け切るのが正解だった。私は足を止められてしまいますが。


「……!はぁっ……」


 代わりに、舞い戻ったアリサさんが直上からハトアに迫る。もう見慣れてきた回避挙動で『注入器』を躱し、私への追撃を中断させられたハトアの口から、心底苛立たしげな溜め息が漏れ聞こえた。


「本当に鬱陶しいなお前はっ……!」


「まぁそう言わずにっ」


 アリサさんにヘイトを向けるその横顔へと、簡便な魔術を三つ連続して放つ。刻印型の非実体刃、足先の動きで生成した動作型の土礫、短い詠唱型のピンポイント発火。それらをハトアは、アリサさんからの攻撃を回避しながら取り出した三枚の紙片で個別に無力化し……いや、更に追加で数枚、周囲にばら撒いているように見える。


「おっと──」


 そうして、ハトアを中心に連鎖的に巻き起こるいくつもの爆発。轟音を響かせるそれを回避はしつつも爆風に煽られてか、アリサさんが私のすぐ隣にまで跳んできた。メイド服の端が焦げ、やはり嫌な匂いが漂ってくる。


「レヴィア・バーナートが見たらショックで再闇落ちしていたかも知れませんねぇ」


 恐らく冗談だと思われる事をつらつらと言いながら、黒煙の塊を注視しているアリサさん。まさかあれで自滅しただなんて有り得るはずもなく、私も次の攻撃に備えながら言葉を交える。


「見ている限りではあの回避挙動の原理は不明ですが……分かった事もあります」


「おや奇遇ですねぇ、ワタシもです」


 視線を交える事も無く、僅かな時間での情報共有と作戦会議。


「回避に専念している間は、動作型・詠唱型の魔術を使用できない可能性が高い」


「刻印型……つまり、発動の瞬間に頭を使わなくて良いものなら使用できる、と」


 当然アリサさんも気付いているそれを、どうにか攻略の糸口にできないものか。

 

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