第99話 馬鹿な事はやめろと


「……ふぅ……っ」


 距離が開いたまま、教官と睨み合う。

 魔術師の男と魔女の生徒の二人がかりで抑え込んでいる辺り、やはりレヴィアの魔女としての能力は決して凡百なものではないことが分かる。近くに規格外な存在がいるだけで。拘束されてしまってはいるけど、言い換えればレヴィアは今も一人で二人を相手取っているということ。時折彼女の周囲で火花が散ってるから、恐らく相手の魔女とのせめぎ合いが起きているんだろう。


「おいマニっ、前も言ったがわたしはお前と心中するのは御免だぞ……!」


「だ、そうだが。それでも降参はしてくれないのか?」


 言葉を読み違えている教官が、再度静かに投げかけてくる。レヴィアが言っているのは、アリサさんに助けを求めようという話だ。

 

 “助けて下さいお願いします”と叫べばサポートしてくれると、私達の上司は言っていた。本人が直接駆け付けてくれるのか、あるいはその文言をトリガーに何かしらの魔術なりが作動するのか。具体的なところはさっぱり分からないけど……それでもあの人の得体の知れなさを考えると、下手をするとそれだけでこの状況を解決できてしまう可能性もある。だから最終的には、それに頼ってしまえば良い。


 ……だけども、できることなら私達だけでなんとかしたい。これは意地とかプライドとかではなくて、“私の価値を血族に示さなければならない”っていう、もっと現実的な理由から。

 私は戦力として声をかけられたのだから、その価値がある限りは、一蓮托生となったレヴィアも共にいられる。だけどアリサさん──もしかしたらアトナリア先生も──という強力な個人が加わって、イノリさん直属の部下という点においてわたしの価値は下がりつつあるし。これがそのまま続けば私と、元より罪人であるレヴィアの扱いは軽んじられていく可能性だってある。イノリさんとは友達でもあるつもりだけど、その辺りは厳しく見るだろうとも思っているから。

 だから私は、少なくとも戦力として迎え入れたことは間違いではなかったと思わせる程度には、成果を出さなければならない。せめて雑兵プラス一人くらいは、自力でなんとかしたい。


「……っ……」


 そういう風なことを、視線でレヴィアに語りかける。レヴィアの方は無事であること、生き残ることを最優先に考えてるから、返ってくるのは否定的な目付きだった。何なら彼女だって、死ぬ気で抵抗していれば今こうして捕まってはいなかったんじゃないだろうか。自分や私ごと巻き込むような大きな爆発の魔法でも使っていれば。だけど、今のレヴィアはそれをしない。


 今のレヴィアの“強くなりたい”は、私達が生き残るため。

 私の“強くなりたい”は、生きるにせよ死ぬにせよレヴィアと一緒にいるため。


 こんな場面になればこそ、その違いが感じられた。

 

「……やむを得んか」


 呟いたのはレヴィアではなくマッケンリー教官で、黙ったままのわたしに投降の意思がないと理解したのか、ヴェルナ教官と二人でこちらへ飛び込んでくる。一人を捕縛し、一人は負傷。こうなればもう、真正面から確実に抑え込むのが良いと判断したんだろう。


「──っ」


 ヴェルナ教官が、一歩先行して拳を打ち込んできた。意思は感じられないけど、その体捌きは講義で見てきたものと相違ない。身体強化の魔術が強力になっている分、むしろいつもよりキレがあるくらい。それでもこの人単独なら、私の方が優位なんだけど……


「──フンッ!」


 呼吸の隙を、マッケンリー教官が埋めてくる。流石は夫婦というべきか、自我の有無に関係なく体が覚えている動きだけでも互いをカバーし合えるらしい。攻めきれない。単純に手数が倍近く違う。剣を躱せば拳が飛んできて、それを受け流す間にまた次の一太刀が飛んでくる。

 ただ一つ言えるのは、何をやっても勝てない相手じゃないってこと。アリサさんのような、勝つビジョンが全く見えない相手とは違う。少し命を張れば、どうにかならないこともない。


「マニっ!限界だ、わたしは──!」


 レヴィアはもう、助けを求めようとしている。でもさせない。レヴィアにはまだ私に付き合ってもらう。私達の価値を示すために。ちょうど良い一撃、受け流されることを前提に突き出された剣先を、私は右の脇腹で受け止めた。


「──なっ」


「……く、ぅ……!」


 ずぶずぶと体を刺し貫かれる感触。既に負傷済みでより刺さりやすいだろう場所に、あえて刃を向けさせた。こちらから一歩踏み出すのと同時に、刃先が背中の方に貫通したのが分かる。構わずに、剣を握ったままのマッケンリー教官の手首を掴み、砕く勢いで握り込む。


「くっ……離、せ!」


 押しのけられ蹴り飛ばされ、私はまたも横っ面から地面に叩きつけられた。さっきとの違いはより重症なのと、わき腹に剣が刺さったままだということ。


「マニっ!!!」


「レヴィア……!」


 すぐに体を起こしながら剣を引き抜いて。レヴィアのそばに立つ魔女へと投げつける。力任せで雑な投擲だけど、これくらいの距離なら外すこともない。


「──」


 自身に迫る刃を、その女生徒は風の魔法で弾いた。鉄の塊が地面に落ちる……その前に、もう一度レヴィアの声。


「ああ、くそ……クソがっ!!」


 苛立たしげな叫びと共に、彼女自身をも巻き込むような大きな爆炎が生まれる。レヴィアを抑え込んでいた魔法は、女生徒が護身のために別の魔法を使ったことで弱まり。そうなれば、自分の怪我を厭わない全力であれば、レヴィアは瞬間的にそれを上回れる。

 頬を叩く爆発の余波はあの夜に戦った時よりは数段劣るものだけど、それでもこの場をひっくり返すには十分だ。白衣の男性と女生徒は左右に吹き飛んでいき戦闘不能、爆煙の中で倒れ込むレヴィアもまた、ボロボロに。

 

 それでいい。ここでアリサさんに助けを求めてしまえば、私の怪我は無駄になる。ただ負傷して、情けなく助けてもらったひよっこになってしまう。それなら、どうせ刺されたのなら、レヴィアも死なない程度に体を張って私達自身の力でできる限り抗うのが良い。レヴィアはそんな私の意図を汲んでくれた。あとで死ぬほど怒られそうだけど。


「──そこまでする、かっ……!」


 呆れたような口調のマッケンリー教官へと殴りかかる。当然奥さんに止められたけど、構わずに追撃。左拳も撃ち出して、膝蹴りも叩き込む。ここらでマッケンリー教官がスイッチ……しようとするけれど、無視してひたすらヴェルナ教官を狙う。剣を失った今、脅威の度合いはヴェルナ教官の方が上。そしてそのヴェルナ教官は、明確に私に劣る。


「……ぐっ……!」


 私を止めようと、出血の続くわき腹を殴ってくるマッケンリー教官。それでも彼を無視し、一歩引いたヴェルナ教官を追い、踏み込む。どぽっとこぼれた血が足元に落ちるのを感じながら、捻った上体を戻すように。その勢いを全て、拳に乗せるように。一発で沈める──


「──ォラァッ!!」


 心臓を砕く勢いで、ヴェルナ教官の胸を殴り抜いた。勿論、身体強化があるから本当に砕けはしないだろうけど。凄まじい勢いでかっ飛んでいった彼女が、無事でいられるはずもない。そんな確かな手応えと共に、腕を振り切ったままの姿勢ですぐ横を見れば。鬼気迫った表情のマッケンリー教官が、今しがたの私と同じように拳を引き絞っていて。


「──妖精、よ……!」


 微かにレヴィアの声が聞こえたときには、一本だけの鎖が教官の腕を引っ張っていた。


「ぐ、ぅぉぉっ……!」


 振り下ろす直前で硬直させられた教官がまだ何かしてくる前に、今度は下半身を大きく捻って回し蹴りを見舞う。側頭部を蹴り抜く一撃。鎖に囚われているから、回避も受け流しも出来ない。頭部を揺らして意識を混濁させ、その隙に構えを取る。腰を落として、本日何度目か、しっかり上体を捻って。


「──フンッ!!」


「ガッ……」


 腹部への第二撃で、マッケンリー教官は完全に意識を消失した。レヴィアの鎖も消え、巨体が地面に崩れ落ちる。


「…………ふぅ……」


 一息ついて向き直れば、自分の魔法でボロボロになったレヴィアが、倒れ込んだままこっちを睨みつけていた。


「全く、馬鹿な事はやめろと……というか、なんで腹に穴が空いてる……お前の方が、元気そうなんだ……」


 わたしみたいな喋り方をする彼女のそばに寄って、肩を貸す。


「……ストレングスは、頑丈だから……知ってるでしょ……」


「……そうだったな。少し待ってくれ……少し、もう少しすれば、回復の魔法を……」


 あちこち焼け落ちた制服に、火傷だらけの肌。

 前にも見たような恰好だけど、今日のは全然、マシに思えた。

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