第四章 夏――『学院』に裁きを

第91話 勝ち目はあるのか?


 さーてさてさて。

 情けなくも『学院』から逃げ出したわたしたちは、勢いそのまま列車に飛び乗って王都からも脱出した……というになっている。


「──いやぁー、我々もラブホ女子会が板についてきましたねぇ」


「……かもねぇ」


 にこにことそんなことをのたまうアリサさんの言葉通り、わたしたちはまたしてもラブホテルに寝泊まりしていた。いやまあ、今回は女子会じゃなくて潜伏なんだけど。列車のちけっとを取るだけ取りつつ、前回・前々回とは違う繁華街の一角にこそこそと逃げ込んだのがつい昨日の話。


 逃げたふりして王都内に留まる……っていうのは、早期に決着を付けたいわたしの判断だった。『学院』の首長まで噛んでるのが確定した以上、お上も即座に沙汰を下すだろうし。なるべく『学院』から距離を置きたくなかった。その上でラブホに潜むのが良いって進言してきたのがアリサさん。こういうところは、利用履歴とかが残りにくいからって。


 そんなわけで大きめの部屋に六人で籠もること一晩、流石に昨日──逃げてきた当日中はみんなも神経を尖らせて、追手が来ないか警戒しっぱなしだったから、話し合いなんてほとんどできなかった。交代で休憩を取りつつ(何もしてないのでせめてこれくらいは……って、マニさんが頑張ってくれてた)、アリサさんが変装して街の様子を見に行ったりして、ようやく今、ひとまずは大丈夫だろうと肩の力が抜けたところ。

 アリサさんの先の発言も、空気を読んでのことだったというわけだ。


「何はともあれ食事です。腹が減っては何とやらですからねぇ」


 偵察ついでに買ってきてくれたらしい諸々をテーブルの上に広げていくアリサさん。朝食と言うには少し……いやかなり多いけれど、逃げてきてからこっち、みんなちょっとした腹ごしらえくらいしかしてなかったからありがたい。


 とりあえずおにぎりを各々に配っていくその姿はそれなりにお給仕さんっぽくて、ていうかこの人、一睡もしてないけど大丈夫なのかなぁとも考えたけれど。まあなんか全然いつも通りだから大丈夫なんだろう。たぶん忍者ぱわーだと思う。


「では今日もいつも通り、食べながらでも」


 そう言って話し合いの口火を切るアリサさん……とアトナリア先生はソファに、わたしとアーシャは大きなベットの端、マニさんレヴィアさんは反対側の端。いつか見たような構図で、昨日の出来事を整理する。


「色々と気になる部分はありますが……まずは何よりも、“理事長が元締めである”ことがほぼ確定したのは大きいですね。あの人を捉えれば『騒動』の大元が収束し、その全容も明らかになる可能性は高い」


「分かりやすくて良いわね」


 頷くアーシャの隣で、わたしも首を縦に振る。力ばっかりあって頭が弱いわたしたちにしてみれば、特定の誰かをぼこぼこにして解決するならそれに越したことはないから。


「とはいえ、我々はその理事長から逃走してきた身なんだが……勝ち目はあるのか?」


「もちろん。お上のが降りればね」


 レヴィアさんからの指摘に、これまた頷いて返す。

 昨日の出来事も報告済みなわけだから、まず間違いなくお上は“やれ”と言うはずだし。今はその最終決定を待っている段階だ。


「昨日撤退したのは、あの時点のイノリでは私達を守りながら戦える保証が無かったからよ。カミそのものとの戦いに際し、血族にはとっておきがある」


 まさかカミそのものを、しかもあんなに深く適合した状態で連れてくるとは思わなかったからねぇ。流石にあの場でやり合うわけにはいかなかった。これもまた、いつもは霊峰で待ち構える側だったわたしの意識が招いた失態と言えるかもしれない。不甲斐なし。


「……そうか。正直、アレに対抗できるとなればそれこそカミの領域に足を踏み入れている気がしないでもないが……まあ……」


 アドレア・バルバニアの威圧感を思い出したのか、レヴィアさんは眉根を寄せている。みんながあの力に慄いていたからこそ、示し合わせたように逃げに徹することができたわけで、それを打倒すると断言するわたしは、レヴィアさんにとっては同じくらい常人離れした存在に見えるらしい。


「……しかし、再戦となれば……」


 で、なんとも言葉を失ってしまった彼女に代わって、マニさんがもう一つの懸念点をあげてきた。両手にでっかいおにぎりを持ちながら。


「……恐らく、オウガスト・ウルヌスも……同時に相手取る形に……なると思いますが……」


「そっちは私が抑えるわ。とっておきがあるのは、私も同じよ」


 アーシャだって、昨日のが全力ってわけじゃない。条件さえ整えば、わたしが手を出すまでもなく、オウガスト・ウルヌスくらいなら下してくれる。間違いなく。


「……正直、あのクソジジイには……ぶっ殺してやりたいくらいの恨みが、ありますが……」


「わたしたちでは手も足も出ない。やれると言うなら任せる他ないな」


「……実働部隊として……スカウトされておきながら、この体たらく……自分が情けないです……」


 揃って項垂れるレヴィアさんとマニさん。わたしがなにか言う前に、珍しくアリサさんが二人を慰めていた。


「まあ、明らかに別格の強さでしたからねぇ……こればっかりはこちらも、大将副将に頑張って頂くしか」


「まかせろー……ちなみに、アリサさんならわんちゃん勝てたりしない?」


「毒物耐性と気配探知能力の程度にもよりますが……まあ厳しいでしょうねぇ……特に理事長は、ワタシの煙幕も普通に突破してましたし」


 絶対無理とは言わない辺りがいやらしい。とはいえもちろん、ここまできてこの人に「捨て身でどうにかしてこーい!」なんて言うつもりはないし。ここはやっぱり、わたしがアドレア・バルバニア、アーシャがオウガスト・ウルヌスと正面から戦いつつ、みんなには適宜援護してもらう形になるかな。問題は……


「──でー……先生はー、そのー……大丈夫そうですかね?」


 昨日からずっと静かなままのアトナリア先生だ。アリサさんが恐る恐るお伺いを立てるように声をかけるけど……これもたぶん演技でしょ。昨日からの急展開にかこつけて、完全にこっち側に引き込む腹積もりでしょ。局長(予定)の目は誤魔化せないよー。


「……、……」


「……アトナリア先生?」


 なにかぽそりと呟いた先生に、改めて全員の注目が集まる。『学院』が、少なくともその理事長が生徒達を害していたのが確定したともなれば、平静でいられるはずもないだろうけど……


 

「…………悪逆非道。最早、許される余地はありません」


 

 ああもう、完全にきれちゃってる。眼鏡の奥の紅い瞳には、狂おしいほどの怒りが渦巻いているように見えた。

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