第92話 たぶん、すぐだよ
「──ええそうでしょう、そうでしょうとも」
怒り心頭なアトナリア先生に、アリサさんはうんうん頷いてる。先生の中にあった葛藤だとか悲しみだとか焦りだとか、その全部が怒りという一つに収束したような感じ。このところよく浮かべていた沈んだ表情も消え去って、鋭く、毅然とした目付きが蘇っていた。
「……恐らく、私の怒りはイノリさんの怒りとは違うものなのでしょう」
「……そうかも、しれないですねー」
わたしの怒りはカミを愚弄したことへの怒り。アトナリア先生の怒りは生徒さんたちを利用していることへの怒り。向けている相手が一緒なだけで、その根源にあるのは全くの別物だ。
「それでも構いません。私は教育者として、『学院』の非道を止めるのみ」
「はい。先生はそれで良いと思います」
「ええ。ですがその為には……歯痒いですが、イノリさんの力に頼らなければなりません。微力ながら、どうか最後まで協力させて下さい」
「もちろんです」
先生の言葉に、喜んで頷く。実際、先生の実力の一端はもう見せてもらってる。アドレア・バルバニアの魔術にすら干渉できた『乱渦』。アリサさんがオウガスト・ウルヌスとレヴィアさんとのやり取りを盗み聞いたのだって、アトナリア先生が編み出した盗聴魔術を改良したものらしいし。単純な戦力としても、搦手を使うにしても、いてくれるに越したことはない。
「改めまして、一緒に『学院』をボコボコのボコにしてやりましょう!」
アリサさんはとても嬉しそうだ。まあこれで、先生の中にあった『学院』への情みたいなものは完全に失せただろうし。
……んで気付いたら、視界のすみっこでマニさんとレヴィアさんが「……ますます私達の存在意義が……」ってしょげてた。いやでも、レヴィアさんがいたからこそ、そして誘惑に打ち勝てたからこそ、こうやって『学院』の悪行を暴けたわけだし。で、そのレヴィアさんが最初に目を付けられた原因が、マニさんとのあれこれで不安定になっていたから……かもしれないって考えると、むしろこの二人は存在自体が大貢献だとも言える。えらいえらい。
「……そこを褒められても……あまり、嬉しくはないですね……」
「イノリに褒められてるんだから黙って喜んでなさい」
「そんな横暴な」
まあ正直、血族としても「君が一度カミの力に手を出したおかげだよせんきゅー愚か者!」だなんて大っぴらには言えないので、この話題はあんまり広げないでおこう。
「──では今一度、こちらの持っている情報を整理してみますか」
わたしの心情を察してくれたのか、アリサさんが全員に向けてそう投げかけた。助かる。昨日はあの部屋で色んなことが一気に明らかになったから、まだ頭の中で上手く纏まってないのだ。
「まず警戒すべきは、『学院』側は派閥とやらができる程にカミの研究に注力していたという点です」
「うん。理事長はカミそのものとかなり深く適合してた。たぶん元々の素養もあるんだろうけど、それだけじゃない違和感もあった」
「では、あの隔絶した力も研究の成果である可能性が高い、と」
「はい、先生」
「実際、より力を引き出す際の条件がどうのと言っていたものね」
アーシャの言葉に合わせて頷く。“力を引き出す条件”とやらを色んな角度から研究していて、その成果全てを統括であるアドレア・バルバニアが身に宿しているのだとしたら、そりゃあ、あんな異様な威圧感にもなるってものだ。
「それでも勝てる、と断言するんだから、我々のボスは随分と頼もしいな」
「レヴィアさん、素直になったね」
「今のは半分皮肉だったんだが」
っていうわりには、素直に笑ってるけどね。
「ま、その辺りはもう我らがご主人様を信じるとしまして。一応、暫定的な我々の目標は、理事長を始めとした『騒動』の主要関与者の捕縛なわけですが……」
「……派閥争い、というからには……オウガスト・ウルヌスと同程度には、『騒動』に噛んでいる……別派閥の人物がいる、はず……」
「ですです。んで、ワタシの見立てだとそいつは──」
「──ハトア、なのでしょうね」
レヴィアさんをからかっているうちに、とんとんと話が進んでいた。確かにハトア・アイスバーンの関与が疑われる『騒動』は、それ以外の場合とは明らかに雰囲気が異なっていた。それが理事長の言うところの、あぷろーちの違いからくるものだと考えれば。いわばその、毛色の違う『騒動』が頻繁に起こっていたこと自体が、彼らの言う派閥争いだったとも捉えられる。それは先生も怒るわけだよ。その派閥意識のせいでわたしたちにばれる羽目になったんだから、愚か極まれりという感じでもあるけど。
まあ真相は聞き出してみないことには分からないけど、件のハトア・アイスバーン本人は未だ行方をくらましたままだからなぁ。
「十中八九、理事長は所在を知っているでしょうし。やはりこれも、現状『学院』にいるメンバーを絞めあげる事に帰結しますかねぇ」
「……吐かせる上で、『プロテクト』とやらが気にかかるわね」
「ですよねぇ奥方様」
皆まとめて捕縛したとして、全部素直に喋ってもらえるはずもない。
「ワタシに対する理事長の態度は、まるで“精神防護魔術程度のものではない”とでも言いたげなものでした。魔術反応もなく、恐らく魔法でもない。何か未知の──或いはこれもカミ研究の成果の一端なのか──とにかく厄介な“お口チャック”を有していると見て間違いないでしょう」
「……ですが同時に……それが弱まっている、とも……言っていました……」
「ええ、となると尚の事──」
「──スピードが求められますね。アーシャさんの……何と言いましたか、口が軽くなる魔法?が有効であると知られた以上、その弱まった『プロテクト』とやらは当然補強されるはず。その上で、我々が戻ってきても返り討ちにできる……そう高をくくっている可能性は高いですが、だからと言っていつまでも『学院』に留まっている保証も無い」
みんなの意見を取りまとめた先生の言葉に、全面的に同意。吐かせられる好機がある内に。それに、一番分かりやすいカミへの狼藉の証拠──生物研究棟地下のあれだって、わたしたちが見たこと自体は勘付かれてないとはいえ、警戒して隠されたり何なりされる可能性もゼロではないから。
総じて、とにかく早く動きたい。でも、今すぐって訳にはいかない。
「……いっそ、適当な罪状を被せて表向きの法で捕らえる事はできないのか?カミ関連の悪事を働いていた証拠──わたしに片鱗を渡そうとする瞬間の記録は取れているわけだろう?」
少し静かだったレヴィアさんがひとつ、案を出してくれた。だけどそれは、アーシャがすぐさま否定する。
「それが許されるなら、私達は表の法を恣意的に利用できる集団という事になってしまうわ。いくら何でも、そのラインは越えられない」
「……それもそうか……」
超法規的な活動はしてるけど、王国法の悪用はだめ。神伐局、ひいては神霊庁の最低限の線引だ。そこ越えちゃうと政府内の色んなところから批判が来るだろうし、それで神霊庁の存続が危ぶまれるなんて自体になったら最悪だからねぇ。わたしたちの仕事はわたしたちの内で片付けないといけないって話だ。
「……ふむぅ。ここは、お上の素早い決断が求められますねぇ」
もどかしい気持ちを共有して、アリサさんの言葉にみんなで頷く。わたしとアーシャだけ、ちょっと意味合いが違ってるけど。それを言葉に出して言うならば。
「大丈夫。たぶん、すぐだよ」
って感じ。お上も怒ってるだろうからねぇ。
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本文中に失礼します。
完結が近い&来月中旬頃から少し忙しくなる可能性がある為、来週から毎日投稿し8月上旬での完結を目指そうと思います。とか言いつつキツかったらペースを戻すかもしれないです。
というわけで次回更新は7月24日(月)を予定しています。よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。
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