第86話 ……何とも、荷が重いな


「──タイミングが良いのだか、悪いのだか」


 もう日もほとんど暮れかけた頃合いに、わたしとアーシャの部屋に全員が集まっている。マニさん、レヴィアさん、アリサさんにアトナリア先生、みんながみんな、一様に真剣な表情をしていた。


「ええ、同一日中にもとは……何らかの意図が絡んでいる可能性は決して否定できません。できませんが……」


 アーシャの言葉にことさら大きく頷くアリサさんだけど、そこを深掘りできるほどの情報は集まっていないというのは、彼女もよくよく分かっていて。この場で第一に話すべきことは別にある。


「まさかウルヌス教授が……ああ、そも、『学院』の地下に、ああ、もう……っ!」


 すでに今日わたしとアーシャが発見したもの──カミの片翼についてと、レヴィアさんが見たもの──オウガスト・ウルヌスがカミの片鱗を所有していたことの二点は、ざっくりと全員で共有済み。アトナリア先生なんかは、かなり動揺しちゃってるみたいだけど。


「わたしとアーシャが見たものに関しては、お上の決定を待たなきゃいけないから」


 カミの片翼は、その隠し場所も含めて『学院』が間違いなくろくでもない事をしてる証左にはなった。こちらからは何も手出しせず、開けた穴はアーシャが完全に元通りにしたし、あの小部屋に入ったことも探知されていない。一方で、カミをああまで完璧に──腹立たしいことに──制御、管理しているというのは、任務を遂行する上での脅威になり得る可能性もあった。だから、お上に情報を伝えるとともにの許可を待つ必要がある。あの場で片翼だけを無理やり祓っても、根本的な解決にはならなかっただろうし。あれはあくまで、“片翼”なのだから。


「少なくとも……『学院』全体へ仕掛けるのは、明日すぐにでもって訳にはいかない」


「っ……!」


 アトナリア先生は本当に歯痒そうに表情を歪めている。でもそれは、わたしも同じ気持ち。合わせた視線でそれが伝わったからこそ、先生もどうにか堪えてくれた。


「…………ええ、分かっています。直近の問題はウルヌス教授の件、ですね?」


「はい」


 気を落ち着けたアトナリア先生の言葉通り、こっちはわたしたちで考えられる……というか、急いで考えなきゃいけない案件だ。

 レヴィアさんは片鱗を差し出してきたオウガスト・ウルヌスに対して「少し考えさせて欲しい」と答えたらしい。マニさんはもうさっきから、「えらいえらい」とレヴィアさんを抱きしめるだけの機械になっちゃってる。

 

「まさか、同じ人物を二度も堕とそうとするとはね」


 呆れた声音のアーシャに対して、渦中のレヴィアさんは怪訝な表情をしていた。


「いや、あの振る舞いはどうにも……わたしがあの羽根を知らない前提でのものに思えた」


「……まあ、流通ルートが複数ある、というのはほぼ確定ですが」


 アリサさんの言葉が指す複数っていうのは、現時点ではハトア・アイスバーンとオウガスト・ウルヌス。少なくともこの二人、あるいは他にも……そういった状況下で別経路から偶然にも二度、レヴィアさんの元にカミの片鱗が流れ着いてきた……と、考えて良いものか。それとも。


「そも、『学院』側は今のレヴィアさんが我々の協力者であると知っているはずです。にも関わらず、そのレヴィアさんにちょっかいをかけてきたとなると……『学院』が一枚岩ではない可能性もあるかと」


「つまり、理事長が一連の『騒動』に関わっていない可能性、ね」


 わたしたちが直接やり取りをしている──レヴィアさんがこちら側の人間だと伝えている──『学院』側の人は、アトナリア先生を除けば理事長だけ。

 これまでわたしたちは、『騒動』の規模を鑑みるに一番偉い人も関わっているだろうと思っていたけれど……ばら撒きの実行犯であるオウガスト・ウルヌスがレヴィアさんの現状を知らないとなれば、彼は理事長からレヴィアさんのことを聞いていない=理事長はシロで純粋にわたしたちの協力者、ということも考えられる。

 そしてレヴィアさんが二度も片鱗を渡されそうになったことを踏まえれば、片鱗を配って回る愚か者共すらも、密な協力体制にはない可能性がある、と。

 

 アリサさんとアーシャが言いたいのはそういうこと、だと思う。たぶん。

 ……なんだけど。


「ご主人様方が見たものさえなければ、その線でイケそうだったんですがねぇ……」


 そう、呻き混じりにアリサさんが言うが、事態をややこしくしてる。


「生物研究棟の床まるごと、そしてその地下にまで影響が及んでいるとなれば、トップの介入が無いと考える方がむしろ不自然でしょうね……」


 先生の言う通り。あれだけの規模でカミを管理しておいて、『学院』の全権者が関わっていないなんて有り得ない。だけども全権者が関わっているのなら……いや全権者が関わっておきながら、関係者内で情報共有がされていないというのは、どうにもおかしな話だ。


 ……ハトア・アイスバーンの本性を垣間見たときにも感じたけれども。『学院』はどうも、狡猾な部分と杜撰な部分が両極端に存在するというか……そのせいでむしろ、話がとっ散らかっちゃって、行動とその意図が読めないというか。


「……改めて、面倒な状況ね」


 今にも舌打ちしそうなアーシャは、かしこぶってる──というか知識の吸収とその活用は実際にすごい──けどわたしと同じで、やっぱりどうしても辺境住みゆえに視野が広いとは言い難い。だから、わたしたちだけじゃどうすればいいか分からなくて。そしてその分、アリサさんが頭を悩ませてくれる。

 

「……ご主人様、お上がの決定を下すまで、どのくらいの期間を有するのでしょう?」


「うーん……なにぶん前例のない状況だからねぇ……でもお上はあれで結構、思い切りは良いから。時間がかかるってことはないだろうけど……」


 そも、わたしを霊峰の外に出して事態を解決させようだなんてこと自体が、前例のない指令なわけで。お上は決して、融通の聞かない頭でっかちなんてわけじゃない。わたしのも恐らく聞き入れてくれるはずだし、それも合わせてそんなに長くは待たされないはず。


「……あのカミの扱いは、お上も腹に据えかねいているはず。恐らく数日中には、何らかの沙汰が下るのではないかしら」


 アーシャと一緒にそう伝えれば、アリサさんは少しだけ考え込んで……そしてすぐに案を出してくれる。


「成程…………であれば、やはり。明日は“待ち”かと」


「待ち、かぁ……」


「ええ、あくまで明日は、ですが。次のオウガスト・ウルヌスとの個人指導は明後日。そこで奴にもう一度片鱗を差し出させ、その現場を我々が抑える。そのままあの老人をごうも……尋問して情報を集めつつ、お上の沙汰が下り次第『学院』全体の検挙に踏み込む。お上の決定まであまり長引くようならマズイですが……」


 アリサさんが言ってること自体は、そう難しい話じゃないように思える。お上の決定によりけりではあるけど。どちらにせよオウガスト・ウルヌスは尻尾を出しすぎた。何もしないという訳にはいかない。


「懸念点は、レヴィアさんを狙ったのが意図的なもの──つまりこれを起点に我々を何らかの罠に嵌めようとしている場合ですが……それを加味してもここは、動かない方がリスクが大きい」


「……理事長が敵だった場合。我々がウルヌス教授を捕らえない方が、むしろあちらからは不自然に見えてしまう……という事ですね」


「ええ、まさしく。今回ワタシ達は、ようやく見つけた実行犯を喜々として捕らえにかかる。そういう立ち振舞いが望ましいかと」


「……なるほど」


 アリサさんと先生が出した結論に、頷いて返す。

 わたしたちの最大の切り札は、研究棟地下のアレの存在を知っている……ことを、『学院』側が把握していないこと。

 

 アーシャの隠蔽は完璧だ。これは間違いなく、確実に。

 だからわたしたちは、『学院』が思っている以上に『騒動』の真相に近づいている。それを悟られないようにしつつ、現状最も分かりやすい“犯人”であるオウガスト・ウルヌスを捕らえる。いかにも執行者らしく……って話だと思う。たぶん。


 で、さしあたってその為には。


「その為には──おらひよっこォ!いいですか今回はお前が主演ですよっ」


 とまあ、急にてんしょんが上がったアリサさんの言葉で、レヴィアさんにみんなの視線が集まる。ちょっと困ったように眉間にしわを寄せながらも、その瞳にはちゃんと、わたしたちと同じ意志が浮かんでいた。


「……何とも、荷が重いな」


 レヴィアさんには、もうひと頑張りして貰います。

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