第83話 少し手伝って欲しい事があるのだが


「──おお。二人共、丁度良い所に」


 なんだか久しぶりな気がするマッケンリー教官の声が耳に届いたのは、生物研究棟のすぐ目の前でだった。先日の『騒動』を経てなにか変わったことはないかなぁって、現場周辺の様子を見ていた、その時に。


「あ、こんにちは」


 当たり障りのない挨拶を返しつつ、こんな所でうろちょろしてた言い訳……は、しなくて良さそうだなぁとか考える。なにか用事があるみたいだし。


「私達に何か?」


 アーシャの問いかけに、目の前まで来た教官がむんと頷く。相変わらず筋骨隆々で、堂々とした立ち振舞だ。


「うむ。差し支えなければ、少し手伝って欲しい事があるのだが」


「手伝い?」


「ああ、モンスターの処分を」


 言いながら、ちらりと生物研究等の方を向く。その視線で、どうもわたしたちをというより、一定以上の戦力を探していたらしいというのが分かった。




 ◆ ◆ ◆



 

「──いや、助かった。教員や研究者も、今は人手不足気味でな」


「そうなんですか?」


 不要になった甲爬獣の処分。

 それがマッケンリー教官からのお願いだった。


「ああ。一部がフィールドワークに出ているから、というのもあるが……」


 相変わらず妙な歩き心地の棟内を、教官と話しながら進んでいく。本来であれば、こういう長期休暇中のモンスターの処分は教員か研究者さんたちのお仕事らしいんだけど。今年はどうも、手が回っていないとのことで。


「あの一件以降、職員側からも離職者が少々出ていてな」


 苦い顔でこぼす“あの一件”とは言わずもがな、三人が命を落とした『騒動』のことだろう。やはり人死には、否が応でも諸々を変えてしまうらしい。


「それは、私達に話して大丈夫なのですか?」


「まあ、いずれ分かる事だろう」


 アーシャのつっこみに教官は一度小さく笑って……でもその笑顔はすぐに、ふっとかき消えた。

 

「……俺はそれなりに長く『学院』にいるが、一連の出来事に対して何もできる事が無い。遂に死者まで出てしまった。不甲斐無い限りだ」


 真剣な顔をする教官に、一生徒として返せる言葉はそう多くない。

 そうですか、なんて呟くくらいしかできず、そんなわたしたちを気遣ってか、教官もすぐに話題を変える。


「……今回の甲爬獣、ハトア教授が捕らえてきたものでな」


 おっと、こっちにとっては地続きな話になるかも。


「あの人、前も捕まえてきてましたよね。えっと……ワイバーン」


 いつだかやった『戦闘実技』の講義を思い出しながら言えば、マッケンリー教官も首を斜めに振っていた。


「ああ、彼女は魔術の探求者でありながら、生物の……とりわけ脳に興味を持っている様子だった」


「脳?」


 脳。脳みそ。頭の中。

 何だってまたそんなものを。


「その生物の持つ固有の能力は、身体だけでなく脳の機能にも依存しているのではないかと。そう考えているようでな」


「固有の、能力……」


 隣を歩くアーシャの言葉が、いやに鋭く耳に入り込んでくる。

 きゅっきゅって小さく鳴る靴音が、記憶を浮かび上がらせてくるような。


「魔法や魔術の才能なんかも、脳に秘密が隠されているのではないか、とな。“頭蓋を切り開いて見れば分かるかもね”などと口にした時には、彼女も冗談を言うのだと安心したものだ」


 ──頭を開いてその隅々までを観察すれば、何か分かるかもしれないだろう?魔法の才を生むに足る何かが。

 

 研究室でハトア・アイスバーンがアーシャへ向けた言葉が思い起こされる。かつてここで見た、彼女の姿と共に。

 妙な言い回しだと思った。頭蓋を切り開いて何になるんだと。面白くもない冗談のつもりだったのかと。だけど、少なくともあの女自身は、どうも本気で言っていたようで。


「まあ、そのハトア教授が後処理を放り投げてフィールドワークに出てしまったせいで、こうして二人に面倒をかけてしまう羽目になったのだが」


 礼に少しばかり、成績に色を付けさせてもらおう。

 そう笑うマッケンリー教官をよそに、何だか気持ちの悪い感覚がわたしの胸中を渦巻いていた。

 


 

 ◆ ◆ ◆




「──ただの、悪趣味で個人的な仮説、なのかしらね」


 で、甲爬獣──硬い甲殻を持った大きな蜥蜴。おっきい。体長がわたしくらいある──を囲う部屋に入ってからすぐに、アーシャがそう独り言ちた。マッケンリー教官は隣の部屋で別のモンスターの処分に当たっていて、話を聞かれる心配もない。遮音の魔法もあるし。


「だと、いいんだけどねぇ」


 わたしたちの独り言っていうのはつまり、お互いに向かって言ってるようなものなわけで。先程話題に上がったハトア・アイスバーンの特異な言動は、やはりアーシャ的にも引っかるものがあるようだ。


「実際どうなんだろうね。頭をさ、ぱっかーんって割って、んで脳みそを観察するっていうのは」


「……少なくとも、人類種相手にやったら檻の中ね。実益を得られるかも不明だし」


「だよねぇ」


 十匹くらいいる甲爬獣さんたちは、既にまとめてアーシャの魔法に縛られていた。そこだけ重力が何倍にもなったみたいに、半ば地面に埋もれて藻掻くこともできないまま。右から順に首がごきりと半回転していく様子を眺めながら、腕を組んで考え込む。


「うーん……」


 いやまぁ、これがハトア・アイスバーンのただの趣味なら良いんだけどね。どうでも。でもなぁんか引っかかるというか、胸につっかえる感じがあるというか。アーシャに向かって言われたのが腹立たしいから……なのかなぁ。


「少なくとも、今日の報告会に上げても良いんじゃないかしら。どうせもう、話せる事も尽きかけていたのだし」


「だねぇ」


 アトナリア先生がこの事を知っていたのかも含めて、ね。

 アリサさん辺りならもしかしたら、脳みそ云々にも詳しいかもしれないし。ていうかあの人、逆に何だったら分からないんだろう?


「……はい、終わったわ」


「お疲れさま」


 とまあそうこう話しているあいだに、甲爬獣たちの亡骸がひとまとめに積まれていた。例によってわたしは何もしてない。アーシャすごい。えらい。


 こちらの意図を察して少し前かがみになったアーシャの頭に、手を乗せる。えらい、えらい。


「ありがと」


「それはこっちの台詞ー」


 ちょっとだけ戯れてから、部屋を後にしマッケンリー教官の元へ。

 同じくひと仕事終えていた(拳が血塗れだった)教官からは一言、「世話をかける」とだけ言われた。

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